コズミック・イラ異聞 厄災を翔ぶ者達   作:STASIS

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第七話 崩壊の大地

 それは、レオがガンダムのデータの吸い出し作業を終え、次の出撃……残る新型機の奪取或いは破壊の為、機体を起動しようとしていた時のことだった。

 

「……つまり、私がニコルと交代して、この機体をガモフに配置。入れ替わりのニコルも自分の機体をヴェザリウスに置き、以降彼はヴェザリウス配置となる。それで良いんだな?」

 

 G.U.N.D.A.M.の文字が映し出された起動画面を確認しつつ、レオは一人呟いた。無論ただの独り言ではなく、艦橋との無線通信を使用していた。

 

≪ああ、合っている。ユリシアも悪いパイロットでは無いが、やはり艦一つを任せられる士官は誰か、と言われると、まだ君以外には、な≫

 

 相手は、艦橋に座すラウ・ル・クルーゼ。ラウは肩を竦めてそう言うと、右手を挙げて艦長席のアデス艦長に合図を送った。合図に応じて、アデスがMS隊発進準備の指示を飛ばす。

 

≪こちらからはミゲル、オロール、マシューが出る。ガモフからは君とユリシア、クルト辺りになるだろう。ユリシアの方は結局自分の機体を回収していたのだったな?≫

 

「の、ようだが修理が間に合わないそうだ。彼女も予備機を使うだろう。で、私はどうする。よもやこの機体で出ろ、と言うのではないだろうな?」

 

 レオは軽く冗談めかして言った。

 ……あらためてデータを整理した果ての結論として、このガンダムの性能は、はっきりと言ってジンとは比較にならない。だが、同時にこのガンダムは実戦兵器としてはあまりにも繊細過ぎる機体でもあった。

 

 スペックだけで言えば、奪った機体の中で最もこの機体が高性能だと言える。特殊な武装、機構は背部の高機動ウィングスラスター以外持たないが、その分マシーンそのものが純粋に高性能だ。が、その代わりに操縦難度が極めて高く、それでいて僅かな操作ミスさえもパイロットに許さず、一つのミスが制御不能の大惨事を引き起こしかねない。しかも各部が最大スペック発揮状態を前提に調整されている為に、少しでも何処かの調子が悪ければ途端にスペックダウンを起こす。

 

 ……パイロットとしては、挑みがいのある機体と言える。だが、兵器としては落第も良い所だ。恐らくこの機体は他の機体以上に実戦を想定していない、完全な実験機だったのだろう、というのがレオと、大方の整備スタッフの見解であった。

 

≪……まあ、構わんよ? データの吸い出しは終わったのだから、好きにしてくれ≫

 

 だが、レオの予想に反してラウはそう答えた。

 

≪君自身、使いたがっているようだしな≫

 

「おや、そう見えるか?」

 

≪私にはな≫

 

 ラウはそう苦笑した。レオ自身、そこは否定出来なかった。

 

「師の悪い癖が移った、という事にしてくれ。この機体で出る。ガモフにはそう伝えてくれ」

 

 わかった、というラウの言葉を残して、艦橋との通信が切れる。整備クルーに斬機刀の用意を指示しつつ真正面に視線を移す。ちょうどミゲルやオロール達のジンがハンガーを外れ、装備架から武装を受け取りつつ発進位置へ移動するのがモニターに映っていた。

 

 装備している武装は、先の戦闘時とは趣の異なる重装備……機体の全長程の長さを誇る特火重粒子砲だ。所謂D装備と呼ばれる拠点攻撃用装備。ただの一撃でヘリオポリスに甚大な被害を与えるであろうそれは、通常ならばこのような場で使われる装備ではない。作戦指揮官たるラウがヘリオポリスの被害を考慮していない事の表れだ。

 

「本気で沈めにかかるか、ラウ・ル・クルーゼ。その判断は妥当だろう。だが……」

 

 仮にヘリオポリスが破壊されれば、そこに住む人々は無事では済むまい。攻撃開始から今に至るまでの時間を考えるに一般市民のが避難する時間はそれなりにあっただろうが、あの時格納庫で見たフィオレは、恐らく軍の関係者という立場にある。

 

 仮にミゲルが冗談で言っていたようにフィオレがガンダムの専門スタッフであったとして、恐らく彼女もまた足付きと合流する事になるだろう。最後の機体のサポートに回る為に。

 ……そんな彼女の乗る艦を、自分は沈められるのか。

 

≪エルフォード機、起動確認完了しました。ハンガーロック、解除します≫

 

「了解した」

 

 プレ・フライトチェックの後、鈍い衝撃が走る。ガンダムの機体を固定するアームが外され、レオはゆっくりとガンダムを前進させた。斬機刀を受け取り、マシューのジンに続いて発進位置へ。最早目を瞑っていても出来る程に何度も繰り返したプロセス。機体がジンからガンダムになろうと、そこは大して変わらない。代わり映えしない作業はレオの意識を繋ぎ止めてくれずに、再び考え込んでしまう。

 

 ……出来る事なら。出来る事なら、彼女を連れ戻したいと願う。彼女はレオにとって、何より護りたい存在だ。一度その手から零れ落ちてしまったそれを、再び取り落とすような真似は出来ない。

 

 もう自分は、あの時の無力な自分ではない。故に不可能ではないと思えた。そしてそれが叶うのなら、実行可能なのは地球軍側の態勢が整っていないであろうこのタイミングを置いて他ならない、とも。

 

「レオ・エルフォード、発艦する」

 

 発進時の衝撃は、流石に脳内に渦巻く事柄を一時的に吹き飛ばすだけの強さを持っていた。リニアカタパルトで放り出された機体の進路をヘリオポリスに向け、レオはフェイズシフトのスイッチを起動する。灰色の機体が白と蒼に染まり、武骨な灰色のジン達の中で急に存在を主張し始める。

 

≪目立つわね〜、それ≫

 

 編隊の中央に陣取ったガンダムに並んだジンから、ユリシアの声が無線通信で届く。彼女の機体も灰色の一般機だ。あの赤い機体はやはり使えなかったらしい。自分の事を棚に上げて、ユリシアは笑った。

 

≪お前さんだっていつもは真っ赤じゃねえかよ≫

 

≪そう言う貴方もいつもは派手なオレンジじゃない≫

 

 ミゲルも「ですよね〜」と笑った。ついでに言えばレオのジンハイマニューバも白系統のカラーで塗装されており、ラウもシルバーグレー系のパーソナルカラーを持つ。“目立ちたがり屋”が多いのがZAFTの特徴……なのだろうか。とにかく、自分もその目立ちたがり屋の範疇に入ってしまうであろうレオは何も言わなかった。

 

 一応、目立つ機体は編隊を組む際の基点にし易いという利点も無くは無い。実際、今回の出撃部隊は合流後、レオのガンダムを基点に編隊を組んでいた。

 

「……ん? 何だ、ヴェザリウスから更に一機来る?」

 

 編隊を組み終えたところで、不意に機体のセンサーが後方から接近する機影を捕捉し、小さくアラートが鳴った。ヴェザリウスからもう一機、灰色のMSが発進しこちらへ向かって来ていた。

 

≪あれ? 出撃するの私達だけじゃなかったの?≫

 

「その筈だが?」

 

≪おいおい、何か用か? アスラン!≫

 

 追いついて来たその機体はジンでは無い。二本のアンテナに挟まれた鶏冠を思わせるセンサー、みるみるうちに赤く変色したフェイズシフト装甲を纏う尖ったボディに、腰に備えられた大型のスラスター……その特徴はジンやシグーよりも、レオのガンダムに近い。アスランがヘリオポリスから奪取したガンダムの一機だ。コード名はGAT-X303 イージス。

 

≪こちらはアスラン・ザラだ。俺も同行する≫

 

「そんな指示は受けていない。ラウの許可は得たのか」

 

 アスランは無言で返答した。要は無許可で飛び出して来た訳だ。

 

≪何だよ何だよ、無理矢理ついて来たのか! 面白ぇけど、隊長的にはどうなのかね≫

 

≪一応、奪ったばかりの機体でしょう? 本国に持って帰るまで下手に動かさない方が……≫

 

≪良いんじゃねーの? 地球軍の新型機同士の戦いってのも≫

 

 ミゲルが心底楽しそうに笑う。実際、ミゲル・アイマンはこの手の型破りを好むタイプではあるのだが、本来アスラン・ザラは寧ろそういった逸脱を咎めるタイプの人種だ。それが逆に無断出撃に至るとあれば確かに面白い話ではある。

 ……が、軍としてそれが良い事であるかどうかはまた別の話だ。

 

「ラウ、私だ。アスラン・ザラが……」

 

≪構わん、許可する。アスランは慣れない機体での出撃だ。援護してやってくれ。ただし……アスランは帰投後、私に報告に来るように≫

 

 レオの問いに、ラウはそう答えた。

 ZAFTという軍は柔軟性が高く、ある程度個人の独断が許容される風潮がある。これは構成員であるコーディネーターの能力の高さ、或いはコーディネーターである彼ら自身の自負から来ている。このZAFT独特の気風は、例えば敵軍の策に嵌りかけた際、現場での臨機応変な対応が効かせやすい、という利点にもなるが、軍という組織の規律の緩みにも直結する。

 

 故に今回のようなケースの対応は、指揮官側にある程度の慎重さが求められるのだが……恐らく、アスランならば下手な手は打たないだろう、という事だろうか。レオはそう了解し、サブディスプレイに背後から迫るイージスを映し出した。

 

「との事だ。聞こえたか、アスラン」

 

≪了解≫

 

 ……などと、咎めるような口調で言っていたのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせて済まない。君を迎えに来た。フィオレ」

 

 ヘリオポリスに着いてみれば、今度はレオが独断行動に走っていた。コロニーに侵入した途端、レオの視界に飛び込んで来たトレーラーの車列。そこから感じる、馴染み深い存在の感覚。他者には決して説明の出来ない理由で、レオは味方との通信を切断して、ガンダムを一直線にそこへ飛ばした。無関係と確信したトレーラーはキャブを斬機刀で串刺しにし、問題のトレーラーだけはキャブと荷台の接続部を正確に斬り裂いて無力化。現れた一人の少女にガンダムの手を差し伸べると、レオはコックピットから顔を出して言った。

 

 四年ぶりに目の当たりにするフィオレの姿は、あの日コペルニクスで別れた時の面影を強く残していた。髪は少し伸びた……というか伸ばしたのか。けれどあの頃のような纏まりが消えて、どこか艶の落ちた、荒れたような印象も受ける。身長も伸びたようだが、身体つきもこの四年でより女性らしくなった。服装をきっちりしたがる癖は直っていないようで、ボタンを一番上まできっちり閉めていた。多くの事がレオの脳裏に去来するが、フィオレがガンダムの掌を見つめ暫し動きを止めたのを見て、レオは眉を顰めた。

 

 ……改めて考えれば、彼女は地球軍に籍を置く事を良しとして、あの格納庫に居たのだろう。強制されてそうしているに違いない、と断定したいが、そうでないなら? 彼女が完全にナチュラルに迎合し、地球軍としてZAFTと戦う立場に居たとしたら?

 言われてみれば最も過ぎる懸念が頭を過ぎる。が、次の瞬間フィオレがガンダムの掌に足を乗せ上に登るのを見て、その懸念は完全に霧散した。レオは片手でガンダムの腕を制御し掌のフィオレをコックピットレベルにまで運ばせると、もう片方の手を伸ばした。あの日伸ばせなかったその手をフィオレが掴み、勢い良く飛び込んで来たフィオレを抱き止める。

 

「会いたかった……会いたかったです、お兄様……!」

 

 両腕をレオの首に回し、胸元に顔を埋めるように抱き止められた姿勢で、小さくフィオレが呟いた。

 

「ああ。俺もだ……無事で良かった」

 

 言いたい事は山程出て来る。だがレオはそれだけ答えて、コックピットを閉じた。ガンダムを再び立ち上げると、ディスプレイの起動に反応してフィオレはレオから離れ、コックピットの端に寄る。

 スロットルを操作すると、ガンダムは両翼を拡げ空中へと舞い上がった。切りっぱなしだった無線を再起動すると、悲鳴のようなミゲルの叫びが聞こえる。

 

≪レオ! 何やってた!? 援護頼む、こいつ──≫

 

「済まない、今向かう!」

 

 本来ならすぐにでもヴェザリウスがガモフに帰還したかった。が、状況がそれを許してくれそうにない。フィオレに断りを入れると、レオはガンダムの進路をミゲル達の居る空間へと転換した。間もなく、ヘリオポリス市街上空でドッグファイトを繰り広げるミゲル、クルトのジンと、敵の手に残ったガンダムが見えた。その向こうで、ユリシア、マシューのジンが敵の新型艦へ攻撃を始めている。

 コックピットにフィオレが居る以上、無理な機動は出来ない。レオは武装選択画面から斬機刀ではなくビームガンを選択し、スコープで狙いを付けて空中の敵機──大剣を手にしたガンダムを狙った。

 

「ストライク……」

 

 フィオレが呟く。思う所があるのだろうか、と感じるが、今は配慮している余裕は無い。レオは再びトリガーを引き、敵機に対しごく至近距離に位置するミゲルの隙をカバーするよう援護射撃を放った。二発ほど放たれたそれを、モニター上にてストライクと表示される敵ガンダムは器用に回避して行く。しかし、その回避行動自体は不必要に大回りで、ミゲル程のパイロットならば予測し易く、また処し易いマニューバでもあった。ミゲルは隙を突いてストライクから距離を取ると、長大な特火重粒子砲の存在を見せ付けるように銃口を向けた。

 

 直後、そのジンの鼻先を一筋の光条が掠めた。件の新型艦からの流れ弾だ。その方面に視線を向けると、艦前方、まるで馬の脚のような構造体よりさらに一機のMSが出撃して来るのが確認出来た。例の茶色の機体、カスケードだ。カスケードは出撃するや否や、そのまま両手に携えたロングライフルを二機のジン、そしてレオのガンダム目掛けて発射する。無慈悲なまでに正確な援護射撃が、クルトのジンの頭部を粉砕した。

 

≪しまっ──!≫

 

「離脱しろ! それでは無理だ! アスラン、クルトの援護を!」

 

 叫び、二機のガンダムはクルトのフォローに入るべく動いた。だが、レオはカスケードの援護射撃のせいでクルトに近付く事が出来ない……いや、あの程度の弾をすり抜けて強引に近付く事も不可能では無いが、フィオレが居るこの状態では……。

 

 次の瞬間、頭部を失ったジンのスラスターを桃色の刃が両断した。視界を失ったままストライクに背後からの接近を許してしまい、尚且つ回避の方向を誤ってストライクの攻撃範囲に逆に近付いてしまったのだ。

 スラスターを喪い、更に迷走するクルトのジン。助けに入る間も無く、そこへ更なる狙撃が加えられる。カスケードの長距離射撃。襲い来る砲弾はジンの装甲を次々と砕き、遂にコックピットを撃ち抜いた。頭部と片羽を失ったジンは急に力が抜けたように停止して、それ以上動かずにヘリオポリスの空中を流されて行った。

 

≪クルト!!……だが、しかし!≫

 

 ミゲル機がスラスターを吹かして上昇、カスケードを振り切る。一見がら空きの背中にストライクがビームの刃を投げるが、ミゲルは即座に反応し、機体を右にスライドさせて回避する。

 

≪貰ったァァ!!≫

 

 だが、その瞬間、ミゲルにとって予想外な、かつ致命的な事態が発生した。突如としてジンの脚部が、胴体から切り離されたのだ。

 

≪何──!?≫

 

 ストライクの放った刃……ビームブーメランが戻って来て、ジンの脚部を斬り裂いたのだ。例え空中に居たとしても、MSの脚部は可動式のスラスターとして非常に重要だ。片方を喪った時点で、MSのバランスは崩壊する。頼みの特火重粒子砲を手放したジンに、ストライクが迫る。最早、ミゲルに回避する術は残されておらず、誰もミゲルを援護出来る位置に居ない。

 

 そうして、ミゲル・アイマンの生涯は終わった。

 

≪ミゲルゥゥゥ!!!≫

 

 爆散するジン。悲鳴のようなアスランの叫び。だが、その時既に、レオはストライクの背後に回り込んでいた。実質的に、ミゲル機を囮にした形であった。

 ターゲットマーカー、レッド。射程内。ここで撃てば、ストライクの背部に直撃を与えられる。

 

≪──待ってくれ!≫

 

 だが、レオがビームガンを発射するより先に、その射線上に一機のMSの背中が入り込んで来た。アスランのイージスだ。何の真似だ、とレオは思わず声を荒げ、背を向けたままガンダムの至近距離に接近して来たイージスの肩を掴み接触回線を起動する。

 直後、失敗した、と気付く。

 

≪待ってくれ! あれは……≫

 

 通信画面に、焦った様子のアスランのバストアップが映し出される。通信回線起動時の一般的な仕様として、無線会話は双方の映像がお互い自動的に送信されるよう設定されている。

 つまり、レオ側の映像もアスランに送信されている。

 

≪……いや、レオ、誰だそれは!?≫

 

 アスランは驚いて叫んだ。知らぬ間に僚機のコックピットに見知らぬ人間が居座っていれば、当然の反応だろう。レオは反論を許さぬよう、初手から語気を強めて言った。

 

「味方だ! そう思っておけ!」

 

≪え……味方……どういう……≫

 

「それより、そちらこそどういうつもりだ! 何故攻撃を阻む!?」

 

≪あれは敵じゃない!≫

 

 レオが問い返す間も無く、アスランはストライクに接近し、その腕を掴んだ。通信を個人回線に切り替えると、アスランが接触したストライクに向け叫ぶ声が聞こえた。

 

≪止めろキラ! どうしてお前がそんな物に乗っている!!≫

 

≪アスラン! アスラン・ザラ!≫

 

 ……仕様上、この状態であれば接触中のストライク側の映像もレオ側に流れて来る。レオの方は先のミスもあって、すんでのところで映像をカットしてあったが、ストライク側のパイロットの姿を見て、レオは思わず声を上げた。どう見ても正規パイロットでは無い、民間人にしか見えない少年がそこに居る。その姿を見て、横に居るフィオレが呟いた。

 

「ヤマト君……っ!」

 

 知り合いか、と当たり前な事を聞きそうになる。知っていない筈も無いだろう。彼女がガンダムのスタッフだとするならば。

 

≪その声──アスラン!? だけじゃない、リーリエ!?≫

 

 その呟きを、耳聡くもストライクのパイロットは聞き取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 情報が錯綜する。キラは目の前に迫る二機のMSが攻撃の手を止めているのを良い事に、状況を整理しようと試みた。

 

「アスランが、何でZAFT兵に! それに、どうしてリーリエの声が!!」

 

 状況が飲み込めないのは、恐らく向こうの二機も同じだ。

 ……いやそうでもなかった。羽の生えたアンノウンの方は尚も羽に備えられたビーム砲をキラに向けている。が、射線上にアスランが割り込み続けている為に撃てないだけだ。

 

≪お前が何故……コーディネイターの君が、何故そんなものに乗っているんだ!!≫

 

 アスランが叫ぶ。その叫びに、見知らぬ声が被さる。

 

≪どう言う事だ。コーディネイター? ストライクのパイロット、君は……≫

 

 そして、世界は崩壊を始めた。コロニー全体に響き渡る、絶望的な甲高い音。機体のセンサーが拾ったその音がコロニーのメインシャフトが崩落した音だと気付き、全員の視線が一点に集中した。ヘリオポリス中央を縦断するシャフトが、彼らの目の前で爆発を起こし、捩じ切られるようにして砕け始めていた。

 次の瞬間、足元の人工の大地が……キラ達の街に巨大な裂け目が生じ、割れた。シャフトの支えを喪ったコロニー外殻が、自転するコロニー自体の遠心力に振られたのだ。割れ目から漆黒の宇宙空間が顔を出して、空気の流出が大嵐のような乱気流を巻き起こす。既に崩壊した建物の残骸や乗り物の類が、木端のように舞い上がる。

 

「ヘリオポリスが!」

 

≪そんな……!≫

 

 その声は、確かにリーリエの声だった。が、それもストライクの胴体に打ち付ける無数の破片の鳴らす衝撃音に掻き消される。白いアンノウンもアスランのイージスはその場から動こうとしない……いや、動く事が出来ずに居た。下手に動けば乱気流に機体を持って行かれ、流出物とまともに衝突しかねない、と判断した為だ。その判断はキラも同様だった。

 だが、乱気流の中でも巧みに機体を制御している二人と違い、キラにはそれ程の経験も技量も備わっては居なかった。しかも、その二機でさえ急速に流され始めているのだ。ストライクが耐えられる道理は無かった。

 洗濯機に放り込まれたかのように乱気流に揉まれるストライクは遂に制御を失い、流されるままに吹き飛んでヘリオポリスの外へと放り出されようとしていた。

 

≪キラァァァァ!!!≫

 

 アスランが叫ぶ。が、彼らとストライクとの距離はどんどん離れて行き、遂にストライクはヘリオポリスの大地に……いや、大地の一部だったものに激突し、それを粉砕しながら、なお流されて行く。最早キラにはこれ程の乱気流に巻き込まれた機体の制御など出来ず、コックピットの中で盛大にシェイクされながら外部の宇宙空間へと投げ出され──

 

 ──気付いた時、ヘリオポリスはそこに無かった。

 

 モニターに映る光景はそれまでとは全く異なり、先程までの市街上空の光景ではなく、銀色と鉛色の金属片が、ストライクの周りに漂っている暗礁宙域があるだけだった。酷くくらくらする頭がはっきりし始めると、キラは視界に映る絶望的な光景に目を見開いた。

 

 見慣れた街はもう無い。あるのは宇宙のゴミ屑と化した建物、看板、エレカ、その他諸々……。と、ストライクの視界を何かが塞いだ。マニピュレーターで退かしてみると、それは見慣れた、と言うにはあまりに見慣れた物であった。

 

「これ……僕の……自転車……」

 

 買って貰った時のことをよく覚えている。父と共に自転車屋まで車で行って、二人でああだこうだと悩みながらこれに決めたのだった。二年位乗っていただろうか。一回派手に壊れた事があって、右のハンドルグリップと前のタイヤは取り替えてあったのだった。そろそろメンテナンスに出す頃合いだった筈だ。

 マニピュレーターで再度自転車を掴もうとする。その瞬間、自転車はハンドル部分から真っ二つに千切れ、キラは「ひっ」と喉奥から声を漏らした。自転車だったものが、デブリと化して他の残骸の中に消えてゆく。もう、戻って来てはくれない。

 

≪──キラ・ヤマト!≫

 

 不意にマリュー・ラミアスの声で自分の名を呼ばれ、キラはビクッと身体を震わせた。アークエンジェルからの呼び掛けだ。多分、今の今までずっと呼び続けていたのだろう。

 

≪無事なの? 無事なら返事しなさい!≫

 

「は、はい! 生きてます!」

 

≪良かった……アークエンジェルも無事です。こちらの位置は分かる?≫

 

 キラは機体のカメラを回して、ストライクのカメラを通して周囲を見回した。が、どうにも残骸だらけでアークエンジェルの姿を判別出来ない。その上、右を見ても左を見ても、見覚えのある物ばかりが目に映る。モルゲンレーテの看板、カレッジの門にあったおっさんの銅像……首だけ……、一昨日街中で見かけた番号のエレカ等々。そして何より、さっきの自転車の残骸。

 

≪無理そうなら、貴方の位置情報だけ送って頂戴。ジーク少尉が迎えに行くから、そこを動かないで。とにかく、一度アークエンジェルに帰って来なさい≫

 

 わかりました、とは言えなかった。自分でどうにかする、と言える状態でもない。キラは言われた通り位置情報だけ送信して通信を切ると、俯いて唸り声を上げた。

 

 皆は無事だろうか。父さんは? 母さんは? あの女の子は? カトウ教授は? フレイ・アルスターは? そして……アスランとリーリエは?

 

 今日一日だけで、色々な事が起こり過ぎだ。永遠に続くかに思えた日々は崩れ去り、自分は地球軍の戦闘兵器に乗って、アスランと対峙している。その上何故か、敵機から見知った者の声がする。さっきまで一緒に居た筈なのに。

 

≪こちらカスケード。ジークだ。キラ・ヤマト、生きてるか?≫

 

 ジークからの呼び掛けが聞こえるが、答える気になれない。

 

≪位置を確認した。迎えに行くよ。とにかくアークエンジェルに帰ろう。皆も待ってる≫

 

 違う、と思った。自分の帰る場所は、アークエンジェルなどと言う訳の分からない艦なんかじゃない。自分には自分の生活があったのだ、と。だがそれを口に出す間も無く、ストライクの前に茶色のMSが姿を現していた。

 

≪カスケードよりアークエンジェル。ストライクと接触した。機体に損傷は見受けられないが……キラ・ヤマト。生きてるか?≫

 

「……生きてます」

 

≪良かった。とにかく行くぞ。いつまでも此処には居られない≫

 

 カスケードが前進し、ストライクの肩に触れた。その肩装甲がさっきの自転車にぶつかり、何処かへと弾き飛ばしたのに彼は気付かない。

 

「………………はい」

 

 ようやく、キラはスロットルレバーに手を掛けた。いつまでも此処には居られない。それは事実だ……いつまでも、こんな物を見ていられない。が、そのキラの耳朶に小さなコール音が届いた。断続的に鳴り響くそれは、以前バイトでコロニー外に出る時の講習で聞いた。救難信号だ。発信源を拡大すると、それは宇宙空間を漂う、円柱状の救命ポッドだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生き残ったZAFT機は、まるで敗残兵のような心持ちで母艦へと帰還を果たした。残ったのはユリシアのジンと、アスランのイージス、レオのガンダムのみ。マシューとオロールは既に撃墜が確認されていた。どちらも、敵艦の砲撃による物だった。

 ヘリオポリス崩壊の責任は、恐らくZAFT側にもあっただろう。コロニーに甚大な被害を与えると知りながらD装備を持ち出したのはZAFT側の判断であり、実際それがヘリオポリスに最後のとどめを刺したのだ。そう自覚していたから、パイロットも、艦橋のカラーも、整備スタッフも口数が少ない。

 部隊長ラウ・ル・クルーゼに対して、評議会からの追及は免れ得ないだろう。そうでなくても、中立コロニーの破壊に携わってしまった、という罪の意識が各隊員の心にあった。

 

 ただ、そのラウ・ル・クルーゼは現在、別の問題に対処する事で手一杯であった。

 

「……別に咎めるつもりはない。ただ事情を聞きたいのだ。二人とも、あまりに君達らしからぬ行為だったのでね」

 

 殺風景な隊長室に、レオ、アスランの両名が立っていた。デスクではその部屋の主が何枚かの資料を見ていた。薄い金の長髪の男性。だが、顔の上半分を銀の仮面で覆い隠して居る。ラウ・ル・クルーゼだ。

 

「アスランは無断で出撃。にも関わらず、あの新型への攻撃は酷く消極的だった。レオの方は、現地で一名、民間人を機体に乗せて連れ帰った……。どちらからでも構わんが、何故そんなことをした?」

 

 無機質な仮面が二人に視線を投げる。

 

「脅すようで気が引けるが、レオの連れて来た彼女については、今は身体検査を終えて空き部屋の一つで休ませている。が、レオ。彼女についての説明が無い場合、私も対応を変えざるを得ないぞ?」

 

「彼女は……俺の実の妹だ」

 

 ややあって、レオは口を開いた。アスランとしてもラウとしても、彼の家族関係の話を本人から直接聞くのはこれが初めての事であった。

 ……加えて、アスランにとってはレオが“俺”という一人称を使うのを見るのも初めてだ。アスランは少し目を丸くしてレオの方を見た。

 

「四年前に月で両親を失った後、遺された俺は義理の妹と一緒にプラントへ渡って来られたが、彼女だけは地球の人間に引き取られて行った。その後音沙汰は無かったが……あの機体を奪取する時、格納庫で彼女、フィオレと再会した」

 

「ほう」

 

()()した理由は三点ある。その時の状況からして地球軍、それも件の新型機に関係している可能性があった点、放置すれば件の新型艦と合流し、残された機体の補助に回る可能性があった点、先の攻撃の際D装備を使用する状況であった以上、艦から離れていた彼女の身柄も危険であった点だ。後は……」

 

「……血の繋がった、唯一の家族を再び手放す訳には行かなかった。それが本音か」

 

 珍しく饒舌に喋るレオの言葉を、ラウが引き継いだ。

 レオも特に否定しない。この二人が戦友である事は知っていたが、これ程ラウがレオの事を理解していたのか、とアスランは驚きを隠せなかった。

 

「そう……なる。俺がこうして戦うのは、ただ残された妹達を守る為だ。あの時、俺はフィオレを救えなかった。だったら、今度こそ俺は……そう思って、ああさせて貰った」

 

「分かった。君の話が事実なら、彼女はプラントとしても見過ごせない人物となるだろう。すぐクライン議長閣下に報告せねばな。それで、アスラン──?」

 

「はっ!!」

 

 少々感情的な色を帯び始めたレオの言葉に聞き惚けていたアスランは、唐突にラウから名を呼ばれ間抜けな声を上げた。

 

「申し訳ありません、あまりの事に動揺してしまい……。あの奪取し損ねた最後の機体、あれに乗っているのはキラ・ヤマト。月の幼年学校で私の友人であった、コーディネイターです。まさかあのような場で再会するとは思わず、どうしてもそれを確かめたくて……」

 

「成る程、コロニーで言っていたのはその事か」

 

 レオが言った。先程までの感情的な様子はもう見られず、いつものクールな姿がそこにあった。切り替えが早い……と思いそうになるが、本当に切り替えられているなら寧ろ口を挟む真似はしないだろう。だから、まだ気持ちを切り替えられていないと理解出来た。

 

「ああ……。あの機体の動きを見ての通り、本職のパイロットどころか軍人ですらない。それで、思わずお前の射線を塞いでしまった。レオにもすまない事をした」

 

「いや、良い。そういう事ならば、寧ろ止めてくれて助かった」

 

 それきり、暫し、沈黙が続く。黙って話を聞いていたラウは、やがて大きく溜息を吐いた。

 

「そうか。二人とも、戦争とは皮肉なものだ。引き裂かれた家族、友人が敵に回る。ならば強引に奪い返す、というのもまたレオらしい、か……。アスランも、仲の良い友人だったのだろう?」

 

「はい……」

 

 ラウは机を回り込み、アスランの前に立つとアスランの肩に手を置いて、それから優しげな声色でゆっくりと言った。

 

「わかった。そういう事ならば次の出撃からは君を外そう」

 

 ラウのその言葉に、俯き気味だったアスランは一気に顔を上げた。その表情には、動揺がありありと見えた。

 

「そんな相手には銃を向けられまい。私も君にそんな事はさせたくない」

 

 ラウが机に戻ると、アスランもまた感情的に机に身を乗り出した。

 

「いえ隊長! キラは……あいつはナチュラルに良いように使われているんです! あいつは……優秀だけどぼーっとしててお人好しで、気付かぬ内に利用されてるんです! だから私は彼を説得したいのです!」

 

 そこまで言って、レオがアスランの肩に手を置く。落ち着け、と言う事だと理解して、アスランは謝罪しつつ身体を戻した。

 

「彼だってコーディネイターです。こちらの言う事が分からない筈はありません」

 

「……先だってのレオの例もある。気持ちは分かるし、確かにそれでその友人がこちらに来てくれるなら、私も、そして軍も彼を歓迎するだろう。説得は許可するが、仮に、彼が説得に応じない時は?」

 

「それは……」

 

 アスランは言い淀んだ。

 

「まして、君がその友人と接触するとすれば戦場での事だろう。そして軍人ではない彼が戦場に出て来ているならば、恐らく覚悟は決めている筈。それでも尚、君は彼を説得出来るか?」

 

 畳み掛けるようにラウが問い掛ける。戸惑いを覚えながら、それでもアスランは、仮面に隠されたラウの瞳を見据え、きっぱりと言い切った。

 

「その時は、私が討ちます」


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