北条の野望 ~織田信奈の野望 The if story~   作:tanuu

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城の見取り図はあんまり詳しくなくてごめんなさい。頭の中でのイメージの助けになれば幸いです。


第9話 築城

馬に乗りながら街道を北へ進んでいく。今までいた小田原や伊豆は北条領内でも安全な土地だ。しかし、今いる武蔵はそうではない。対上杉戦の最前線なのだ。

 

北条家と扇谷上杉&山内上杉との確執は深く長い。初代早雲の頃から争っている。それもそのはず、実力はともかく権威はある関東管領家の上杉とその領土を奪い、関東管領以前の権力者である北条の名を名乗る勢力の仲が良い訳ない。

 

そんな最前線なのだが…緊張感の無い奴が一名。あーもう締まらない。馬の乗り方が危なっかしい。そのせいでコントみたいになって緊張感が緩んでいく。まぁ、乗れなかった頃に比べれば大分マシだ。

 

武蔵、特にこの辺(海沿いでない)の地域は武蔵野と呼ばれるように、原野が殆どで、城や街道の周りだけに田畑がある。武蔵野の開拓は政情が安定した江戸時代以降の話らしい。ここを開拓できればかなりの収穫が見込めるだろう。武蔵の領有が完了したら進言するのも良いかもしれない。

 

ともかく、謙信が来るまでがタイムリミットだろう。そこまでに確実に武蔵、下総は抑えたい。武蔵と上野の国境と利根川辺りを防衛ラインにして踏みとどまるのが理想だ。生産体制の強化、ひいては富国強兵…やることは多い。

 

要するに、今は景色も何にも無い原野の中にある道を進んでいるのだ。結構暇である。

 

「暇ですわ。何かお話しましょう」

 

「あー、別に良いけど。何について?」

 

「では、上杉家についてお願いしますわ。わたくし、今一つ上杉家について理解できてませんし…これから敵対する家について無知なのはいかがなものかと思いましたの」

 

「明日は雨か雪か強風か…」

 

「ちょっとぉぉぉ!ひどいですわ…」

 

涙目になっているのを見て笑いをこらえる。まぁ、良いだろう。暇なのは事実だし。向学精神があるのは素晴らしい事だ。

 

「上杉家は祖先を遡ると公家に行き着く。鎌倉将軍宗尊親王に従って関東にやって来たらしい。足利尊氏の生母が上杉の娘だった事から栄光が始まった。かつては関東管領であると共に、越後、上野、武蔵、相模の守護で伊豆や下総、下野にも影響力を持つ関東の名門だったが、今はもはや没落寸前だ。越後は守護代の長尾家が牛耳ってる。相模は奪われ、南武蔵も失陥した。残るは北武蔵と上野だけ。しかし、権威は残っている上に一族を結集させれば侮れない敵となる」

 

「公家の武家化なんですのね。質問なのですけれど、山内上杉と扇谷上杉ってどちらが本流として正統性があるのか教えて下さいませ」

 

「ふむ、良い質問だ。どちらも権勢を争っていたが、本筋は上野が本拠地の山内上杉だろう。現在の関東管領も名目上はこの一族だ。昔は別の系統の犬懸上杉が権力を持っていたが…」

 

「上杉禅秀の乱ですわね」

 

「その通り。それで、没落した。他にも色々いるぞ。山内上杉に吸収されかかっている上に、他の一族と異なり我ら北条に仕えている宅間上杉。山内上杉の分家の深谷上杉。越後守護家に、かなり傍流の千秋上杉と山浦上杉。かなりの数が根深く関東と越後に根付いている。こいつら全てを排除するのは不可能だ。そこで、主な勢力の扇谷上杉と山内上杉に狙いを絞っているのさ。同じ一族だが、この二つの系統は不倶戴天の敵同士。今のところは各個撃破が可能だ。故に、今回は河越を落として、扇谷に王手をかけるという訳だ」

 

「そんなに上手くいくか分かりませんわよ?足元を掬われるやも…」

 

「まぁ、その危険性は大いにある。過去の遺恨も全て投げ捨て打倒北条で来られると厳しい」

 

実際そうなったのが河越夜戦だ。両上杉家に加え足利公方まで参戦した関東武将オールスターVS北条家というとんでもない戦いだ。史実では大勝利となるが、この世界ではどうなるかまだ分かったものではない。油断する訳にはいかない。

 

「そうならないようにするのが外交だろう…見えてきたぞ。おそらく、あそこが関戸だ」

 

「小田原よりかなり小さいですわ」

 

「あれと比べて勝てる町は日ノ本に無いだろう。普段いるところが規格外なだけだ」

 

関戸は街道沿いの宿場町として栄えている。元々、鎌倉時代末期に幕府によって造られた凄い古い城があったらしいが、もうその遺構は殆どない。僅かに石垣が旧関戸城の中央部分にあるだけ。その石は後で使おう。

 

相模から職人を引き連れて来ている。また、現地の人々も少しは労働力として加えられるようだ。元々整地が少しでもされているのはありがたい。スピーディーにやらなければ近くの深大寺城から兵を出されかねない。一応その対策のため、厚木や座間の方の城から兵が出ている。築城期間中の深大寺城の兵を引き付けてくれている。

 

また、近隣の土豪の佐伯一族も兵と労働力を連れてきてくれている。自分たちの城になるのだから張りきっているようで、労働力としては大いに期待出来るだろう。

 

潤沢な予算。十分な資材と立地と労働力。これは少し大がかりな工事でも大丈夫そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「この図面の通りにやろうと思う。出来そうか?」

 

「拝見します。…これはまた大がかりなものですな。ふむ、工期は二ヶ月以内。人数は予定よりも多くおりますので、問題ないかと」

 

「それは良かった。では、早速取りかかってほしい」

 

「はい、お任せあれ」

 

大工の頭に図面を見せても問題無さそうで良かった。急ぎの仕事のため通常より給金が高めなので頑張ってもらいたい。

 

郭の構成はこんな形になっている。一番大切なのは堅牢さではなく、兵が入り、最低限の防衛が出来ること。幸い地形は盛り上がった丘だったので、後は所々削って斜面を急にし、堀を掘った後、余裕があれば門や櫓、木の防壁や竹の柵を付け足す。

 

規模はそこそこだが、様式はまだまだ中世城郭である。近世城郭は建設に時間もコストもかかるので、流石にここでは使えない。もっと金と時間を使える時に披露するとするか。取り敢えず今はこの城を完成させねば。さぁ、取りかかって行こう。

 

 

 

 

 

城も半分くらいまで完成してきた。このまま行けば順調に…。

 

「申し上げます!」

 

「どうしました」

 

「大栗川の対岸に敵兵を確認。数は300ほど」

 

「なんと。直ちに工事は中止。戦闘に入る。厚木・座間両城の兵と佐伯の兵を合流。そうすれば250くらいにはなるはずだ。この城で防衛体勢に入る」

「それが…花倉様がまだ多摩川を渡河中の敵兵を見つけるや否や両城の兵を率いて大栗川側の郭に行きました」

 

え、マジか。不安だ。

 

「様子を見に行く」

 

「はっ」

 

作業中の天幕から出て城外に目をこらす。旗は…難波田か。深大寺の兵だな。川を越えると堀なので接近するか迷っているのだろう。

 

さて、どう対処する…おお!全員弓兵で揃えたか。良い判断だ。和弓の射程距離はおよそ400メートル。余裕で届く。

 

郭から矢が放たれる。敵部隊は撤退を始めた。力攻めには兵力が足りないと判断したのだろう。防衛成功だ。急いで郭へ向かう。そこでは兼成が果敢に指揮を執っていた。

「良くやった。素早く正しい判断だ」

 

「ふ、ふへぇ…。緊張で、腰が抜けましたわ」

 

「……」

最後まで締まらなかったが成長は感じられた。太原雪斎は擁するべき主を間違えたかもしれないぞ。これは可能性の塊だ。稀代の名将になれる要素を持っている。教え続ければ、きっと。やがては北条を支える将となってくれるだろう。

 

その後も工事の途中で何度か上杉方と思われる偵察隊が来ていたが、こちらの兵の数を見て撤退していった。

 

 

 

 

 

分かっていた事ではあるが、重機はやはり偉大だった。工事は人力だと凄い時間がかかる。今回は建造物は既に別の場所で形を作ってもらい、組み立てるのみにしているが、それでも土地の整備に時間を費やす事となる。それでも徐々に完成が見えてきて、先日やっと完成した。

 

石垣はそのまま整備して上にプレハブの櫓を乗っけた。他にも深大寺城に対抗するために施設を付けたので、そこそこの規模になった。

 

兼成はずっと書類作成と計算に追われていた。職人よりも圧倒的な速さで暗算を叩き出すせいで重宝されている。三角関数でも教えるか…。今後の建築の仕事でも役に立ちそうな予感。

 

 

 

 

 

一月くらい居た関戸の町ともお別れである。職人たちは別ルートで彼らの本拠地の小机城下に戻るので、また二人旅だ。馬なので数日で着くので、その点は楽だが。

そんなこんなで小田原へ帰還した。これから報告へ行かねばならない。旅帰りで疲れたので明日以降にしてほしいが、そうも言ってられないのが辛いところ。社畜根性で登城する。労基も労働組合もない戦国はある意味真のブラック企業だろう…。

 

「ただいま参上致しました」

 

「うむ。よく戻ってきた。首尾はいかがじゃ」

 

「はっ。一度敵の攻勢に逢いましたが、これは私の部下が撃退。城は完成致しました。図面はこれに」

 

「見よう。…よしよし。問題ない。これならば深大寺城の抑えとして大いに役立つだろう」

 

「ありがたきお言葉」

 

「褒賞は追って出す。お主の部下にもな」

 

「ありがとうございます」

 

「聞くところによると、その部下とやらは若き姫であり、お主と一つ屋根の下におるとか。なんじゃ、将来を誓いあった仲なのか?」

 

予期せぬ質問に驚いた。確かに世間的に見ればそう思われても仕方ない事してるなぁ…。あれが嫁とか疲れそうだが。決して悪い選択肢では無いが、そういう関係になるつもりはない。しかし、氏綱様め…完全に興味本位で聴いてきてるな。

 

「いえ、そのような事はございません。私は祝言など毛頭頭にございません。北条のお家が関東の王となるその日まで私にそのような出来事は起こらないでしょう」

 

「堅いのぅ。さて、ここからは真面目な話じゃ。お主が関戸に城を建てた事でいよいよ河越城を攻める事となった」

 

「左様にございますか」

 

「それで、お主にも仕事を与える。戻ってきたばかりですまぬが、出陣せよ」

 

「承知致しました」

 

「お主はわしではなく氏康の直臣。氏康指揮下の将として参戦せよ。面子はこの前、花倉の乱と同じだ。よいな」

 

「はっ」

 

「よし。それでは頼むぞ」

 

「御意」

 

退室する。また出陣か。今度は河越城攻略戦。この前の花倉の乱と比べると軍の規模も将の数も違う。そんなにすることは無いかもしれないが、主のために力を尽くすのみ。上杉家の小城を落とすときに武将としての仕事もあるかもしれないし、戦場で工事をせねばならないときもある。忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

私を見送る北条氏綱の顔色が僅かに悪いことにこのときはまだ気付かなかった。

 

そして、関東全てを巻き込んだ大乱の足音はこの時より聴こえ始めていた。




河越城が落ちたら第一次国府台合戦か…。色々と調べなくては…。

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