北条の野望 ~織田信奈の野望 The if story~   作:tanuu

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第14話 第一次国府台合戦・後

弟と息子を討たれた足利義明は、もはや誰の制止も意味をなさない状態であった。完全に逆上したまま、百騎あまりの手勢を率いて突撃を開始した。その目に映されているのは、遠くに見える北条家の旗印のみ。が、憎悪と憤怒に満ちた彼の脳は正常な判断力を失っていた。そして、怒りのあまり人生最大の失策を犯す。

 

 

 

 

 

「来たぞ。構えろ!」

弓兵隊に指揮を出す。遠くに土煙が見える。騎馬が向かってきてるようだ。徐々にその姿が鮮明になっていく。隊の中央を突き進むのは他とは少し違う装いの男。あれがおそらく足利義明だ。

 

怒りに任せて突撃など、大将にあるまじき行為だ。そうなるように誘導したとは言え、ここまで引っかかるのは流石にどうかと思う。器の問題なのだろうか。考える内にもどんどん近づいてくる。その顔も見えてきた。

 

「まだですか?」

 

「まだだ。もっと引き付ける」

 

あと少し。もう少し。敵が馬に乗っていると動いているため当てづらいと思われるかもしれないが、そんな事はない。特に、こちらに向かって縦に移動している場合は、真っ直ぐに射れば距離が近付いても当たる。横向きに移動されると、移動先を考えて射たねばならないが。

 

的は大きい。外すなどあり得ない。自分も弓を構える。弦を引き狙いを定めた。

 

「よし!今だ、放てぇ!!」

 

号令と共に数百の矢が一斉に突撃してくる敵に向かって放たれた。次々と落馬していく敵将たち。だがあいにくと本命は悪運強く未だ駆け続けている。

 

「うぉぉぉぉ!北条許すまじぃ!!」

 

その叫び声に兵が動揺する。修羅になった男は剣を抜き放ち、こちらへ迫り来る。その距離は益々近付く。

 

「狼狽えるな!第二射、放て!」

 

動揺が少し収まり、再び一斉に矢が放たれた。狙いは定まった。ふぅと息を吐き、一点を見つめ…その一射を放った。風切り音と共にその矢は真っ直ぐに進む。足利義明の額へと吸い寄せられるように飛んだ矢は、狙い通りの場所に深々と刺さった。

 

そして、一瞬動きが止まり、勢いそのまま後ろへ倒れ、落馬した。それを目の当たりにした敵兵の勢いが衰える。

 

「敵総大将、足利義明討ち取ったり!」

 

「「「「「おおおおお!!」」」」」

 

兵たちの勝鬨が天へ木霊する。あちらこちらで敵兵の投降や逃亡が始まった。足利義明は討ち取った。この手で。今度こそ、自分の力で。緊張が少し解け、肩の力が抜ける。ひとまず、目的は達した。史実ではここでこの場所での戦闘は終わる。が、今回はそうはいかない。里見を叩きに行かねば。その過程で途中にいるであろう真里谷信応や足利義明の残存兵を倒すこともしなくては。

 

味方が集まってきたようだ。先輩~と手を降りながらやってくる綱成。その後ろには元忠の姿も見える。

 

「先輩!お見事でした。この後は、どうしますか?」

 

「直ちに兵力を結集。最悪騎馬だけでも構いません。まずは南下して国府台城前の真里谷本陣を落とします。話はそれから」

 

「了解しました。騎馬衆集まれ!」

 

「私はどうする。着いていくか?」

 

「いえ、元忠殿はこれより姫様の元へ行って状況の報告をお願いしたいです。その後出来るなら氏綱様やその他の方にも早急に後に続いて欲しいですね。」

 

「よし分かった。伝令役受けよう。終わり次第合流する。先に行っててくれ!」

 

「お願いします!」

 

これで後詰めも来るだろう。里見は無傷。こちらの戦力では力不足だ。しかも指揮するのは並みの将では無いときた。備えあれば憂いなしだ。

 

「先輩、騎馬衆六百ほど集まりました」

 

「よし、これより我らは疾風となり、真里谷が本陣と足利義明の残党を片付ける。ここで逃がしては後々の憂いとなろう!続け!!」

 

「「「「「応!!」」」」

 

北条氏康隊の精鋭騎馬衆が突撃を開始した。目指すは国府台城。そこに陣を構える者たちである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なん、だと…。それは真か?」

 

「はっ!小弓公方足利義明様お討死!」

 

真里谷信応は息荒く帰って来た者の報告に愕然としていた。自分達の制止も聞かずに飛び出て行った時より嫌な予感はしていた。しかし、武勇には優れていたはず。並みの将では討ち取るどころか返り討ちにあうだろう。

 

「ど、どのような戦死を遂げられたか」

 

「騎馬にて突撃していらっしゃりましたところを北条方の矢が雨の如く降り注ぎ、味方が倒れて行きました。なおも義明様は馬を走らせ剣を抜いておりましたが、敵の大将の一人と思われる者の一矢が額へと当たりそのまま落馬され…乱戦のため遺体の回収はままならず…」

 

「そうか…」

 

ずいぶんと振り回されてきたが、そこそこ長い付き合いだった。思うところは多くある。だが、感傷に浸っている時間はなかった。この報せが入った時、既に兵をまとめた騎馬部隊が猛然と進撃してきていたのだ。

 

「申し上げます!北条方の騎馬兵多数こちらへ進軍して参ります!その勢い凄まじく兵は逃亡し始めております!!」

 

「殿、もはや負け戦です。お早く撤退を」

 

「う、うむ。ただちに退くぞ」

 

ここで真里谷信応に不幸があったとすれば北条軍は稀に見る勝ち戦の勢いに乗っていたこと。そして、その向かい来る騎馬兵は精鋭であり、かつその先頭を突っ走るのは後の地黄八幡、北条綱成であったこと。そして史実にはいないはずの人間がこの突撃を指揮しており、その上彼はここで逃がすつもりなど毛頭なかった事である。

 

史実では、真里谷信応はこの後勢いに乗る北条軍に城を追われ里見家へ逃げ込むものの、最後は里見義堯によって自刃に追い込まれる。最大の失策は、足利義明に逆らってでも里見義堯に同心し、渡河中の北条軍を奇襲しなかった事であるが、全ては後の祭り、覆水盆に返らずである。

 

逃走を図る本陣の外から馬の蹄の音が聞こえ始めた。同時に喧騒がにわかに大きくなる。真里谷信応は間に合わなかった。

 

「殿をお守りしろ!」

 

「決して討たせるな!」

 

兵たちが槍を構える。最早これまでか。敵に生かして帰すつもりはないらしい。真里谷信応は凡庸と言えども戦国武将。唇を噛みしめ、覚悟を決めた。どんどんと喧騒は近付き、陣を囲う幕が地に落ちる。

 

「真里谷信応殿とお見受けする」

 

「如何にも」

 

「言い残す事は」

 

「ない。敗軍の将なれど、せめて関東武士らしく討死するのみ」

 

「あい分かった。お覚悟」

 

最期に見たのは騎馬に乗り大太刀を振りかざす若武者の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

敵兵は浮き足だっているようだった。足利義明敗死の報はもう伝わっているらしく、退却を始めようとしていた。逃がしてはならない。

 

「全軍、あれが真里谷本陣だ!かかれ!」

 

「「「「うおおおおおお!」」」」

 

戦意のない敵を倒す事ほど容易い事はない。そもそも立ち向かう意志がないし、勝手に逃げてくれる。攻撃も精度を欠く。

 

「ひ、怯むな!立ち向かえ!」

敵将たちは必死に鼓舞するも無駄のようだ。士気を立て直すのは容易ではない。とは言っても兵はこの有り様でも将は存在するわけで。

 

「貴様がここの大将だな!我が名は真里谷源三郎信常なりぃ!討ち取ってくれる!!」

 

敵将はこのように突撃してくる。実際問題、敵の将を討ち取るのは士気を立て直す数少ない手段である。直接的かつ誰でも見えわかるシンプルな方法故に、効果は大きい。

 

馬上で刀を抜く。日本刀の独特の反りは元々騎馬上で敵を切り裂く為に根元が反っていた。時代と共に馬上で敵を切り裂く事が減ったため中反り(刀身の真ん中が反っている)になり、そして先反り(先端が反っている)になっていく。この刀は中反りだ。南北朝時代に作られた名刀備州長船倫光、その力を見せてくれ。

 

馬上で使うことは減ったが使わない訳ではない。相手は騎馬で突撃してくる。こちらも騎乗し相手へ突撃で立ち向かう。綱成が来るまでは若い武闘派と言えば多米元忠だった。その元忠からみっちり稽古をつけられた。その腕はけっして劣らないと自負している。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

迫り来る敵将。その剣が振り下ろされるより速く、こちらの剣で切り裂く。一瞬視線が交わり、馬がすれ違う。こちらの剣には確かに手応えがあった。傷を負っていないことから、敵の攻撃は宙を切ったらしい。

 

振り向けば、胴体から真っ二つの敵将であった亡骸があった。あまりの光景に自分の手を見る。刃こぼれ一つない刀身が血に濡れながらもそこにはあった。今川義元、何てものを渡してくれたんだ。鎧を貫き綺麗に胴体を切り裂く大太刀。凄まじい逸品だ。感謝するとしよう。使い方を誤ると自分が真っ二つになりそうだが。

 

あまりの切れ味に少し引いていたが、そんな事してる場合ではない。敵はまだ残っている。

 

敵本陣まであと少し。その前方では相変わらず敵兵が宙を舞っている。恐ろしい。

「貴様が北条綱成だな!小弓公方が臣武田一郎右衛門推参!!」

 

「義明様の仇、ここで取る!足利が臣鴻野修理である。その首貰うぞ!」

 

「信応様をやらせはせぬ。西弾正参る!」

 

敵将三人が一気に躍りかかる。一対三なら勝てると踏んだのだろう。だが、認識が甘かったな。相手は北条最強。関東でも五本の指に入るだろう武勇の持ち主。その辺の者では何人でかかろうと…

 

槍の一閃でことごとく首を切り落とされるだろう。現に、先程まで勢いよく名乗りをあげていた敵将三人は物言わぬ骸になっている。一呼吸の間に、何の声を出すこともなく討ち取った。流石と言わざるをえない。

 

敵はもう壊滅寸前だ。最後のだめ押しに本陣へ突っ込む。中にはもう殆ど人はいない。皆逃げ出したようだ。本陣中枢の大将がいるであろう場所へ向かう。幕を蹴散らし中に入れば、敵大将と思われる人物が床几に座っていた。とっくに逃げていた可能性もあったためいささか驚く。

 

助命嘆願でもするかと思ったが、その目は覚悟が出来ていた。

 

「真里谷信応殿とお見受けする」

 

「如何にも」

 

「言い残す事は」

 

「ない。敗軍の将なれど、せめて関東武士らしく討死するのみ」

 

「あい分かった。お覚悟」

刀を振りかざし、そして勢いよく下ろす。上総の名族は叫び声も苦悶ももらさず果てた。戦略はお粗末だし、決して名将とは言えないかもしれない。それでも立派な最期であった。彼らは生きていた。後世を生きる我々はそれを色々と論じるが、彼らはそれでも生きていた。必死に、この乱世を。改めてそれを感じる。

 

いつまでも無情を感じている訳にもいかない。大本命里見は無傷の軍を残したまま、まだ健在である。これを逃しては禍根になる。取り敢えず、一度部隊を整理しなくては。

 

 

 

 

「おおーい!」

 

伝令に出していた元忠が帰還してきたようだ。

 

「もう終わってしまったのか。早いな」

 

「綱成が蹴散らしてまして…。そのおかげで予想よりも手こずらずすみました」

 

「急いできたんだがなぁ。やれやれ。それでだ、氏綱様が全軍を急行させてお前たちの横を通り抜けて国府台城を落とした」

 

全く気付かなかったが、氏綱様以下の一万五千近い部隊が城を落としてくれたらしい。。

 

「一瞬で落城したぞ。今幻庵様を城に置いて氏綱様がこっちへ向かっている」

 

「遠山殿の部隊は?」

 

「そっちは北方の相模台城と根元城の確保に向かった」

 

「なるほど。ではこちらの残存は一万を超えると…」

 

「そうみたいだな。お、いらしたぞ」

 

土煙が見える。多くの騎馬がやって来る。氏綱様自らお越しのようだ。隣には氏康様も見える。安全の為に渡河すらさせず後方に置いてきて安全確保が出来たら渡河して下さいと頼んでいたが、無事合流できたようだ。

 

ちょっと過保護な気がするが、誰も何も言わないので通常運転なのだろう。万が一の事があってはどうしようもないのだし。北条家家臣団は基本的に氏康様に甘い上に過保護だから、その身は安全だ。今回の戦も足利義明が愚かな発言をしたため宿老達を本気モードにさせてしまったという面もあるし。

 

おおっとこのままでは馬上で挨拶になってしまう。失礼過ぎるし普通に打ち首なのでとっとと下馬する。

 

「よくやった。氏康の隊が此度の勲功一等であろう。皆よく戦ったが、この隊の者には特に目覚ましいものがある。まず綱成」

 

「はっ」

 

「我が目は誤っておらなんだな。足利義明の一族二人に加え、多くの大将、雑兵に至っては数えるに両手両足の指では足らぬ。氏康の義妹としてよく働いた。北条の名に恥じぬ働きであったぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

他の将からも拍手がおこる。

 

「次に兼音」

 

「はっ」

 

「渡河の指揮、防戦からの反転攻撃そして敵の穴を突く戦術。見事であった。足利義明やその他にも幾人か討ち取ったと聞く。お主もよく働いた。特にこちらの被害を抑えたのは良き策である」

 

「ありがたきお言葉」

 

「そして元忠。お主も足利義明が配下の将を多く討ち取った。また、素早い伝令大儀である」

 

「ははぁ」

 

「三人には追って褒美を出す。それと盛昌もよく我が娘を守った」

 

「当然の事にございます」

 

「この部隊こそ北条の未来を担う若武者の集まりよ!皆も見習うが良い!!」

 

「「「「ありがたきお言葉。感謝の極みにございます」」」」

 

「うむうむ。これより城に入りて直景を待つ」

 

あ、待て待て。これで終わりの雰囲気だがそれはいささか不味い。

 

「あいやお待ち下され」

 

「む、いかがした」

 

「まだ敵は残っております」

 

「里見か…しかし奴等は少数ぞ。今更何が出来ようか」

 

「ここで戦局を覆すのは不可能でしょう。されど、無傷で里見を帰せば当家の災いとなるは必定。小弓公方ならびに真里谷が討たれたことにより上総には空白が生まれました。その隙を火事場泥棒出来るのは無傷の里見でございます」

 

「ふむ。一理ある。しかし、四千で上総の空白地帯すべての占領は不可能であろう」

 

「もし、その四千が総兵力で無かったとしたらいかがでございましょう。国許にまだ兵を隠しておるやもしれませぬ」

 

「…よし、分かった。お主らの三千に(笠原)信隆、(清水)康英の四千を合力させよう。指揮は言い出したお主がとるのだ。良いな」

 

「はっ!」

 

「皆も良いな!」

 

「「「「ははっ!」」」」

 

「深追いだけはするな。圧しきれぬなら直ぐに戻って参れ」

 

「はっ。承知しました」

 

逃げようと言ってもそうはいかない。里見義堯、首を洗って待っていろ。




次回、いよいよ里見との戦闘です。ある意味この戦いの本番かもしれない。

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