北条の野望 ~織田信奈の野望 The if story~   作:tanuu

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第5話 花倉の乱・後

 花倉城の夜が明ける。朝日は、戦場を煌々と照りつける。敵は城に籠らず、出撃することを選んだようだ。こちらの軍勢は8000。うち武田北条合わせて2500ほどである。

 

対する敵軍は限界までかき集めて4800。数の差はあれど、作戦次第では敵も巻き返しは可能であった。世界の中には11000で80000を撃破した戦闘も存在する。河越夜戦というのだが。もれなく主家、北条家の戦である。

 

とは言いつつ、太原雪斎以下今川の名将たち、武田信繁、北条氏康という面子を相手に状況をひっくり返せるほどの大勝利を掴むのは不可能に近いだろう。

 

現在の陣形は通常よく使われるスタンダードな横陣である。こちらの配置は大分中央よりの右翼。中央と言っても良かった。対する福島軍は偃月陣。大将が切り込み役を務める超絶攻撃的な戦法である。士気は上がりやすいものの、討ち死にの危険性がはね上がる。死を覚悟した陣だった。

 

今回は献策も特にない。何故ならば、そのまま流れに任せていればなんとかなるだろうからだ。太原雪斎が無策で挑む筈がない。氏康様も、私も参謀タイプだが、その頭脳も今日はお休みだ。

 

 

 

 

 

 

 

 夜の城に老将が一人、苦々しい顔で思案していた。周りには悲壮な顔の将たち。福島越前守に味方した自分達の先見性の無さを恨んでいた。

 

「どうされるおつもりか!もはや城はここしかない。ここが落ちれば、すなわち死ですぞ!」

ヒステリックにわめく堀越貞延に舌打ちしたい気分を抑えながら福島越前守正成は策を考え続けていた。

 

「北条、北条が来れば或いは……。もしくは三河衆が……」

 

 本心から言えば福島正成とて三河の田舎者どもに頼みたくはない。しかし、状況はそんな事を言っている場合ではなかった。北条が敵方な事も、雪斎の徹底的な情報封鎖のせいで今は知らない。

 

「申し上げます!」

 

「何か!」

 

「城を囲む敵に新手の軍勢が加わりました!」

 

「どこの手の者か!」

 

「旗は三つ鱗。北条家の軍勢でございます」

 

「なんと…」

 

 最早望みは断たれた。こうなっては勝ち目はほぼ零に等しい。金山の金も、我々の河東における領土請求の放棄も、北条を動かすには足らなかった。唇を噛み締める。堀越貞延の顔は真っ青である。それを冷めた目で見る遠江の諸将。彼らは次々と退席し、最後の夜を過ごそうとしていた。

 

「出る他に道はない。是非もなしか…」

 

今川最強と謳われたその実力を以てしても、覆すのは難しい。人生の終わりが戦場とは何とも自分らしかった。

 

 思えば、長く生きた。この乱世では十分生きたと言えるだろう。かつては伊勢新九郎盛時に憧れを抱き、かのごとき下剋上はまさに乱世の習い、あっぱれと思った時もあった。いずれ我も男ならばかのような鮮烈な輝きを放ちたいと思った時もあった。若気の至りと思っていたが、この年になってくすぶっていた思いが形になってしまった。その結果、かつての憧れの子孫たる北条にまで狙われるとは皮肉だ。

 

「お祖父様、わたくし達は勝てるのですわよね?死にはしませんわよね?」

 

おろおろしながら聞いてくる小娘に視線を向ける。その顔は今川義元と良く似ていた。黒く長い髪、豪華な着物、そして尊大な態度と口調、箸より重いものなど持ったことの無さそうな雰囲気。

 

かつて軟弱と切り捨て、邪魔者扱いした敵の大将とそっくりである。両方に会ったものは、母は違えど同じ血が流れているのが分かるだろう。憎んだ義元とは違い不思議と孫娘には憎悪の感情は浮かばない。

 

「すまない」

 

その言葉が何に対する謝罪なのかは分からなかった。自分が祖父で無かったら、この子は…。そう思う自分に老いを感じた。今まで栄達のために傀儡の道具としてしか見てこなかった自分にそんな感傷に浸る資格はなかった。

 

「お祖父様?」

 

「万一敗れる事があれば、お前は逃げよ」

 

「そんな…」

 

「けして祖父の仇を討とうなどとは思うな。どんな形でも良い。逃げ延びよ。逃げる先は……北条にせよ。あそこなら、或いは匿ってくれるだろう。西国に逃げるのでも良い。生きよ。そして、乱世を見届けろ。良いな」

 

「ですが…お祖父様は…」

 

「良いな!」

 

聞き分けのない孫娘に怒鳴る。

 

「ひ、ひぃぃぃぃ。わ、分かりましたわ……」

 

情けない姿だ。だがそれを見ても苛立ちはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

決戦の火蓋は割とあっさりと切られた。法螺貝の音と共に敵軍が一斉に突撃を開始する。騎馬も歩兵も問わずに。

 

「凄まじい気迫だ…」

 

「はい…。死兵となっています」

 

元忠も盛昌もあまりの敵の気迫に気持ちは後ろ向きになりつつある。かくいう私も、帰れるものなら帰りたい。が、そうはいかないと分かっている。勇気を奮い立たせて戦場を見つめる。

 

折角戦場のど真ん中を勝ち取ったんだ。派手に活躍しなくては。

 

「気後れしてはなりませぬ。我らが堂々としていなくては」

 

「そうだな」

 

「ええ、はい。そうでした」

 

「しかし、初陣のお前に言われるとはな」

 

「はい。随分と武者姿が板についてきましたね」

 

「二人の教えのお陰です」

 

敵は弓の射程圏内に入った。

 

「射かけよ!!」

 

号令を下す。100を超える弓が一斉に放たれた。同時に人力の投石も始まる。敵軍の中には倒れる者もいる。それでも進撃は止まらない。他家も同じように遠距離攻撃が行われている。敵はもう間も無く我々などのいる中央部と接触する。全軍により一層の緊張感が走った。

 

 そこに我々ではない軍団が敵と当たり始めた。おそらく朝比奈家の軍勢。ただし、朝比奈は朝比奈でも駿河朝比奈だ。参陣が遅れたため、手柄を立てようと必死なのだろう。敵の勢いが弱まる。しかし、敵も必死だ。しかも、突破部隊は精鋭のようで、朝比奈隊からは時々血煙が見える。

 

朝比奈隊は突破され、こちらを目指してくる。しかし、ここで状況は大きく変わる。

 

敵軍の横っ腹を突くように岡部隊と武田隊が出現した。なるほど、わざと敵軍から遠めの所に布陣したのは長細くするための場所がいるから。敵を追い詰めたのは乾坤一擲の攻撃に出させるため。

 

うっすらと後方で指揮を執っている信繁の姿も見える。流石は信玄の妹。才能はしっかりあるようだ。しかし、太原雪斎恐るべし。猛将福島正成を掌の上で転がしている。このままでは何も出来ないまま終わってしまう。そろそろ動かなくては。

 

「武田今川なにするものぞ!我ら北条の戦を見せてやれぇ!」

声帯を盛大に震わせ、間宮康俊が叫ぶ。

 

「「「「「おおおおおおあお!」」」」」

 

「突撃ぃぃぃぃ!」

 

叫び声と共に精鋭騎馬部隊は突撃を開始する。混乱している敵軍には効果覿面だったようだ。次々と撃破し快進撃である。

 

「我々も出る。お前はどうする」

 

「ここで弓で援護しつつ、姫様を守ります。ある程度方がつきましたら加勢します」

 

「分かった!」

 

「お気を付けて」

 

「ええ、お二人も」

 

二人を見送る。まぁ、二人とも強いし大丈夫だと思うが。こちらはこちらで出来ることをしよう。

 

「弓の装填を速く!味方には当てないようより戦場後方を目指せ!」

 

少しずつ、だが確実に敵兵は数を減らしている。もはや我々の勝利は確定に近かった。もう頃合いだろう。そろそろ加勢に行くとするか。

 

氏康様の近衛部隊に後を託し、戦場の中央、死体の山の中を進む。どこもかしこも喧騒が聞こえる。間宮康俊や元忠、盛昌などと合流したいが、乱戦になっているこの状況では厳しいかもしれない。戦場を更に進むと、同じように戦場の中を単騎駆ける老将がいた。様子を見ると、我が方の兵を殺して回っている。弓を構え、狙いを定める。誰かを意図して射つのは初めてだ。手が震える。だが、決めたのだ。もう、迷わない。

 

ヒュッ

 

風を切る音を鳴らし、放った矢は老将の左肩に当たる。思わず姿勢を崩した彼は落馬した。近づき人相を確認する。その鎧に彫られた紋所。まさかとは思うが……。

 

「福島越前守正成殿とお見受けいたすがいかがか」

 

「いかにも、わしこそが福島越前守正成よ。先程の弓はお主が射たのか」

 

「左様」

 

「見事な手前よ。味方であればどれだけ良かったか……。名を聞こう」

 

「北条左京大夫が嫡女、氏康様が臣、一条兼音なり」

 

「その名、冥府にて広めよう。もはやわしは戦えぬ。この腹切って死ぬとしよう。辞世の句は要らぬ。情けは無用。介錯を頼む」

 

「……承知」

 

「若いな。戦に出たならば躊躇うな。命取りぞ」

 

「ご忠告痛み入ります」

 

「我が首は汝が討ち取った事にせよ」

 

「しかしそれでは……」

 

「良い。その弓の腕へのせめてもの餞よ」

 

「はっ。ありがたく。……何か言い残す事はあり申すか」

 

「……我が一族の者が北条に行くやもしれぬ。その時は、守ってやってくれ。この大刀も渡してくれ」

 

身に付けていた刀を渡される。

 

「必ず」

 

「お主は、北条家中の者か……。もし、お主が花倉城を落としたならば、我が孫娘を救ってはくれぬか。あれはまだ世を知らぬ。我が欲のための傀儡として、しかもこのような形で生を終わらせるのは、あまりにも惨い」

 

「……」

 

「わしも老いたな。このような感傷を抱くなど」

 

その老人の目は死を前にした者でも、戦場に生きた将でもなく孫娘を思う一人の祖父だった。

 

「お約束は出来かねますが、善処しましょう」

 

出来るかは分からない。だが、この老将が思い残す事なく逝くためには、こう答えるしかなかった。

 

「それで良い。軽々しく確約するような者信じられぬわ」

 

短刀が抜かれる。私も刀を構える。

 

そして、諸肌を出し、刀を突き立て、ゆっくりと腹を切っていく。汗が流れ、血が迸る。

 

「御免っ!」

 

スッと刀を振り下ろし、確かな手応えがあった。綺麗に下ろすことの出来た刀は、猛将、福島正成の首をしっかりと落としていた。

 

最後は一思いに出来ただろうか。初めて、人を殺めた。その人が彼で良かったかもしれない。この人は最後の最後に私を戦国の人間にしてくれたのだ。福島越前守正成。私は生涯、その名を忘れないだろう。

 

「おおい!大丈夫かー!」

 

元忠が馬を走らせながらこちらに来る。

 

「どうした?……この首は、福島正成か!」

 

「その通りです。私が介錯を。見事な最期でした」

 

「そうか……これ、どうする気だ?」

 

「どうすれば?越前守は私が討った事にせよ、と」

 

「ならばそうしてやるのが弔いだろう」

 

「そう、ですね」

 

「やり方は分かるな?」

 

「ええ、勿論」

 

息を吸い込み、ありったけの声量で叫ぶ。戦場全てに届くように。

 

「敵大将、福島越前守正成、北条氏康が臣一条兼音が討ち取った!!」

 

喧騒が止む。そして、

 

「「「「うおおおおおおおお!」」」」

 

戦場のあちこちから叫びが聞こえる。味方の雄叫びだ。一方敵兵は我先にと城への撤退を開始していた。

 

この戦いの敵軍の死者、4800人中2750人。完勝に近い。残存兵は城へ逃げ込んだ。これから熾烈な最後の城攻めが行われようとしていた。




敵将であっても無条件で悪者にしてはいけないと思ってます。この時代は尚更ですよね。どちらにもどちらの正義や信じるものがある。

上杉なんかの何度も戦う敵でない敵についてもキチンと描写していけたらと思います。

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