北条の野望 ~織田信奈の野望 The if story~   作:tanuu

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今回で花倉の乱関連は終わりです。


第7話 帰還

乱は終わった。正確には終わらせた。城は落ちたのである。

 

馬上の人となって、昨日は多くが殺しあった戦場の中央を突っ走っている。朝日に照らされて眩しい。前方には、自陣が見えてきた。そのまま陣中に駆け込み、馬を降りる。

 

「ひぇぇぇ乱暴ですわ~もうちょっと穏やかになりませんの~」

 

と騒ぐ姫はガン無視して陣の中央に向かう。

 

「ただ今戻りました。一条兼音と」

 

「多米元忠帰還いたしました」

 

「お約束通りに、花倉城は落として参りました。此度の争乱は終わりましてございます」

 

「……」

 

「氏康様?」

 

「本当に落としてくるなんて…いや、でも良くやったわ。元忠もお疲れ様。ゆっくり休みなさい。後はこちらが上手くやっておくわ」

 

「「はっ」」

 

「こんなに鮮やかに城が落ちるのは初めて見たわい。こりゃあ氏綱様にも報告せねばならんの」

 

「そうね。二人の軍功はきちんと父上に報告します。それ相応の恩賞が出ると思うから楽しみにしておきなさい。…それと、兼音」

 

「はっ」

 

「……そこの女は誰?」

 

「あ、これはその、福島越前守の遺言にて、出来れば孫娘を助けて欲しいと……」

 

「それで連れてきたと。何してるのよ……」

 

「あいや待たれよ。左様に思い悩むことはございませんぞ。今川とは此度は手を組みましたが、いつ敵になるやも分かりませぬ。今川の血を引く今川義元にとっての不安材料を我らが持つのはそう悪いことではないかと。特に義元が世嗣ぎを残さず死んだ場合は特に」

 

「……分かったわ。でも、それまでただ飯食らいを置いておく訳にもいかないわよ。ましてや箱入りの姫で武勇もない。知力も無さそうとくればますます気が乗らないのだけれど」

 

「それについてはご安心を。助けたのは私の一存。誠に不本意なれど、これを何とかして養っていきます。有事まで。まぁ、ただ飯を食わせる気はないので、最低でも仕事はこなせるように指導しますが」

 

「ならばよろしい。内緒にしておくくらいはやっておくから」

 

「ありがとうございます。ほれ、お前からも何か言わんか」

 

「ありがとうですわ」

 

「話し方から改善ね」

 

「……はい」

先は長そうだ。

 

「それでは私は先に休ませて頂きます」

 

と大あくびをしながら元忠は戻っていった。私はこれから氏康様、間宮康俊と共に今川義元と太原雪斎の所へ向かわねばならない。今回は元忠も盛昌のお休みらしい。あれ、これ私は睡眠出来ない感じ?

 

 

 

 

乱が始まった時に集められたように、参加武将一同が集結している。

 

武田信繁や誰が誰か教えてもらったので判別出来るようになった岡部元信や朝比奈泰朝なんかもいる。信繁はこちらに気付いたようで、少し笑いながら軽く手を振ってきた。こちらも礼で返す。

 

あくまでもまだ無位無官なので、末席に座り、謁見を待っている。あの義元の事だ。時間通りに来るわけがないのだが、もう結構またされている気がする。主がキレそうなので早く来てくれ。

 

「あいや待たせた。すまぬ。お揃いですな。それでは始めましょう。まずは義元様よりお言葉を」

 

「皆さま、わたくしの為にお疲れ様でしたわ。……それでは雪斎さん、後はよきにはからえですわ~」

 

「はっ」

 

またか。またこのパターンか。もう何も思わなくなってきた。これと良く似た人物がうちの陣内にいると考えると萎える。 

 

「まずは各々方の奮闘感謝いたします。無事、乱は終了いたしました。特に援軍の武田北条両家には厚く御礼申し上げます。今川良真は花倉城内で自決して果てたようであります故、今後今川の御家も安泰でありましょう」

 

良かった。バレてない。あの侍女の人はちゃんと役目を果たしてくれたのか。帰ったらあの姫に侍女さんの事を忘れないようにきつく言っておくとしよう。

 

「さて、今回の勲功一等は当家の……と言いたい所ではありますが、我らの不甲斐なさ故に北条殿の家中の将に取られてしまいました」

 

芝居がかった声の態度に軽く笑いが起きる。

 

「北条氏康殿の家臣、一条兼音、前へ」

「はっ」

 

名前を呼ばれ、前に出る。諸将の目線が刺さる。特に岡部元信からは殺気を感じる。

 

「此度の働き誠に見事であった。敵将福島越前守と堀越貞延を討ち取り、花倉城を陥落させたるその武功、誠に称賛すべきなり。故に、ここに義元様よりの感状と太刀を贈る」

 

「ありがたき幸せ」

 

感状は普通は主より家臣に与えるものだが、稀に主と同等あるいはそれより上の相手よりもらえることもある。内容は武功を証明しており、履歴書に近い。効果は半永久的に保証され、例え主家が滅んでも新たな仕官先に役立つ。

 

「太刀は備州長船倫光の大太刀なり。これに」

 

「はっ」

 

「かつて富士の御山に降り来た隕鉄より造りし剣なり。姉妹剣は将軍家にも献上させれておる」

 

差し出された大太刀を受け取る。普通の刀よりは大きい。大きいというより"長い"が表現的に正しいのだろうが。これを使いこなせるように修練しなくては。今の剣はそんなに良いものではない。剣の良し悪しだけで勝敗が決まるわけではないが、悪いものよりは良いものだ。こんな良さげなものを貰える程の事なのかは今一つ分からない。戦国における手柄の評価基準と報酬の基準が分からない。

 

その後も、順調に進んだ。参戦のお礼は金らしい。そう言えば、甲斐や佐渡ほどではないが、今川領内にも金山があった事を思い出す。なるほど、資金源はそれと海運貿易か。塩の専売もある。今川が石高よりも多く兵を出せる理由がそれだ。

 

太原雪斎には警戒を含んだ目線で見つめられていた。どうやら黒衣の宰相の脳裏に名前が刻まれたようだ。これが果たして良いことなのか悪いことなのかは分からないが、いつか越えていきたい壁であることは間違いない。いつかまた会うこともあるだろう。そのときは果たして敵か味方か。それは分からないが、このままでは終わらない気がした。

 

 

 

 

 

 

全てが終われば、後は撤収のみ。陣は片付け終わりそうなので、そろそろ出発である。ここから2日ほどかけてまた北条領に戻る。

 

いやー、やっと帰れる。疲れた。色々濃すぎた。

 

「ちょっと良いかしら」

 

「あ、氏康様どうされましたか」

 

「兼音。あなたにお客よ」

 

「へ?あ、はい。誰だろう」

 

「あっちで待ってるわ。まったく、何をしたら武田の姫と縁が出来るのだか…」

 

「あはは、すみません。少し抜けます」

 

「分かっているとは思うけれど、武田は仮想敵よ。馴れ合わないでとは言わないけれど、余計な事は言わないように」

 

「心得ております」

撤収準備をしている陣の中を抜けて、外に出る。遠くにはいまだに黒い煙の立ち昇る花倉城が見える。隣の陣にいた今川の将は既に撤収したようで、その跡地に武田菱の旗が見える。この頃はまだ有名な風林火山ではない。

 

軍勢の中には、こちらに気付いて手を振る姫武将が一人。

 

「一条さん。まずはこんにちはです」

 

「こんにちは、信繁様。何か用がおありとか…?」

 

「はい。お礼を言おうと思いまして。姉上とのこともそうですが、何より私の目標となってくれた事をです」

 

「自分など、無位無官の弱将。信繁様は、私ごときよりももっと憧れるべき存在が多くいるのでありませんか?」

 

「そう、かもしれません。でも、私も決めたのです。あなたと同じように文武の道に優れ、その力を以て姉上をお支えしたいと」

 

「私が文武両道かはさておき、良き志と思います。となると、いつか戦場にて会うことになるやもしれませんな」

 

「はい。未来の武田と北条が末永く手を結んでいることを願います。…もう行かねば。また今度文を送ります。氏康様にお聞きしましたよ、様々な事にお詳しいとか。色々教えて下さいね。お返事待ってますから」

 

「私などで良ければ喜んで」

 

「それでは、またいつか」

 

「はい。またどこかで」

 

それだけ言うとお互いに馬の向きをくるりと変えて戻る。未来の武田家の中枢部、しかもNo.2の武田信繁と繋がりが出来たのは大きいことだと思う。まだ価値はあまりないが、甲相駿三国同盟が締結されれば、大いに使えるだろう。お互いに。

 

史実では、彼女は川中島で散る。この世界での運命がどのようなものかは分からないが、もしある程度流れに沿って進むなら、彼女もまた…。彼女が死んだことにより、武田信玄はより攻撃的になり、No.2を失った武田家もまた斜陽への第一歩を踏み出す。もし彼女が生きていたら、駿河を獲得するか否かで武田義信を切腹に追い込むことは無かったと言われている。

 

川中島の時は三国同盟はまだ生きている。それを口実に援軍を送るのもありだと思った。もし歴史がどう進むのか分からない以上、生き残る確率もあるのだろうけれど、介入してしまった方が確実だ。

 

まぁ、それはその時になってみないと分からない。援軍を出せる状況にない場合も考えられる。私自身が出陣出来ない場合も。まだ未来の話だと思って思考からは追い出した。むざむざ死なせるのに悲しみを覚えるほどには、関わってしまったのだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

箱根の山を越えて、小田原が見えてきた。あんまり月日は経っていないのに、久々に感じる。駿河とは微妙に違う相模湾からの海風の匂いが鼻を満たす。

 

帰ってきたのだな。もはや、すっかりここが私の家となっている。

 

城に戻ると家の中が少し埃っぽい。こういうのがあるから誰か家政婦的なのが欲しい。誰もいないとあっという間に埃っぽくなるからなぁ。まぁいい、掃除は後回しだ。評定に出なくてはならない。報告会である。

 

 

 

 

「……以上、此度の戦の顛末でございます。花倉城は落城し、今川義元が後を継ぎ太原雪斎が補佐しております」

 

間宮康俊が代表して氏綱に報告している。我々はあくまで付属の与力なので、ここではその報告を黙って聞いている。

 

「うむ。委細良く分かった。北条の存在を今川に再認識させることができたようだな」

 

「はっ、それに関しては存分に。我らの名は深く刻まれたでしょう。若い者たちも大活躍でございました」

 

「話は娘より聞いておる。凄まじい活躍をしたものがいたようだな。こちらでも称さねばなるまい。一条兼音前へ」

 

「はっ」

 

諸将がガン見してきているのが伝わる。ちょっと緊張するからやめて欲しい。

 

「そう緊張するな。注目しておるのだ。何せ、お主の働きが知らされた時は皆驚愕のあまり腰を抜かしかけておったわ。小田原城内は大騒ぎだったのだ。甘んじて受け入れてくれ。さて、此度の戦の働き、大儀であった。大将首に城落とし、いずれも若年の者にそうそう成し遂げられる事に非ず。故に、褒美を出すが何か望みはあるか」

 

そう言えば、立身出世をせねばならんと思ってはいたけれど、具体的に何がどうなれば良いのか良く分かってない事に気付いた。

 

「…俸祿を上げて頂けると幸いです」

 

「それだけで良いのか?もっと他に要求しても良いのだぞ」

 

「でしたら、そのもう少し広い家を下さい。不本意ながら同居人が増えまして…」

 

「同居人のう。まぁ良い。その程度ならいくらでも与えようぞ。ううむ謙虚なのは良いがこれでは儂が吝嗇しとるみたいであるな…」

 

「申し訳ございません。このような事に慣れておりませんで…。何をお願いしたら良いか分からず」

 

「謝る事ではないがの。しかし、そうか……ならば、二つから選ぶが良い。一つは小田原からは離れるが武蔵のどこかの城の城代、二つ目は小田原で普請方の奉行が異動で今空席故、その職に就く。いずれが良いか?」

 

どちらも魅力的ではあるが、今はまだ小田原から離れたくない。城持ちも悪くはないが…普請方となれば江戸時代だと城などに代表される土木系の統率を行っている役職のはず。こっちの方が良さそうだ。城造りのノウハウを実践する機会にもなる。

 

「後者を所望致します」

 

「うむ。そうか。では、励んでくれ。元忠には、加増を行う。良いな」

 

「はっ」

 

あ、そうかそうですよね。元忠は多米家の次期当主。知行持ちなのは当然か。

 

「万事片付いたようだな。これにて評定を終わりとする」

 

「「「「ははぁ」」」」

 

全員で頭を下げて、氏綱退出を待つ。いやはや仕事が変わるものの俸祿も増えるし、家も広くなるし良いことですね。頑張っていきましょう。

 

あ、あの姫を放置したまま来てしまった。やべぇ。回収しにいかないと何をしでかすか分かったものじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

「えー、ここが新しい屋敷らしい」

 

「まぁ、前の屋敷よりはこじんまりとしてますけれど、悪くは無いですわね」

 

「こじんまりは余計だこじんまりは」

いくつか紹介してくれたが、そんなに広い必要は無いと告げるとここが用意された。現代の普通の家4つ分くらいの敷地だ。広いと思うかもしれないが、昔の建物はまず第一に基本平屋なので縦に積んでいた分が横になっている。あと、現代より設備をコンパクトに出来ない。

よって必然的に少し広めになるのだ。

 

中は普通の武家屋敷といった感じだ。女中を雇えるかはまだ不明だが、部屋はそんなに多くないので二人で掃除すれば意外となんとかなるかもしれない。ホワイト企業(殉職あり)の北条家は基本現代換算で午後6時退勤だ。

 

「助けた責任を取って仕方ないので、ここでお前と暮らす事になる。変な事したら追い出すが、普通に暮らしているのなら咎めはしない。あと、暇なときはこれを読んでいろ。ただ飯食らいをいつまでも置いておくほど物好きじゃない。城で働けるくらいは知識をつけろ。良いな」

 

「これ、全部ですの……?」

 

「そうだ。全部だ。肉体労働よりましだろう?試験もやるのできちんと学ぶように。唐天竺の書物や本朝の書物だ。全部揃えるのに結構な金が掛かったのだからものにしてくれ」

 

「うぅ……」

 

「あと、服とか寝具とかも買ったから感謝してくれ。寝る部屋はこればかりは申し訳ないが部屋が無いので同室だ。良いな?」

 

「え、え、殿方と同室ですの……」

 

「悪いがこうでもしないと私が廊下で寝るはめになる」

 

「あ、わたくしが廊下という選択肢は無いのですね」

 

 ……考えてもなかった。

 

「こほん。多少は家事もできて欲しいが、まぁ多くは望まない。取り敢えず、お互いに日々を普通に過ごせるように努めていこう」

 

「はい。分かりましたわ」

 

「ま、もし私が出世した暁には、お前は副将になれるやもしれん。頑張れ。あと、名前をなんとかせねばならん。今川良真のままでいるわけにもいかない。新たな名を考えてくれ」

 

「新たな名……」

 

「真剣に考えろよ。未来に名が知れ渡るやも分からぬしな」

 

「……」

 

真剣に考えている。名前とは自分を指し示す一番メジャーで重要なもの。現代人には想像しにくいが、この時代は名前を変えるのはわりと良くある。とはいっても真剣に考えないかと言われればノーだろうし。

 

「決めましたわ」

 

「ほう、そうか。何にした」

 

「花倉越前守兼成(かねしげ)はいかがでしょう。兼の字はあなた様から貰いまして、成と官位はお祖父様から貰いました」

 

「名字はそれで良いのか」

 

「はい。わたくしはあの城で一度死に、そして生まれ変わりましたわ。故にこの名なのでございます」

 

「分かった。主にはそう報告しておく」

 

「不束者ですが、これから何卒よしなに」

 

「こちらこそよろしく頼む」

 

笑顔だけは一級品だ、と思った。これからしばらく奇妙な二人組の奇々怪々な生活が始まると思うと疲れるが、ま、そう悪いものではあるまい。

 

そう思ったそばから早速障子を破った姿をみて、ため息しか出てこなかった。ここに飛ばされて早くも半年以上が経った。ここでの暮らしは退屈することは無さそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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<未来における姫武将情報>

 

花倉越前守兼成。一条兼音に仕えた一条家の筆頭家老にして副将。一条家の最古参の武将である。一条兼音の出陣したほぼ全ての戦闘に参加している。仕えた時期は大体花倉の乱前後と考えられる。知勇兼備の名将と謳われ、北条家の直臣にもなれると言われたが、頑として兼音の家臣であり続けた。

 

ルーツは全く分かっていない。本人も黙して語らなかったと言うが、文献によれば今川義元の庶子の姉、今川良真ではないかと言われている。




次回以降は、河越城攻略戦と主人公のお仕事のフェーズです。(注意:河越夜戦ではありません。)


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