お姉ちゃんになったお兄ちゃんとイチャイチャしたい。 作:雨宮照
「――ところで、質問なんだけどさ」
一旦、話を切り上げて。
軽くチャーハンを炒め、昼食を用意した私にお兄ちゃんが言います。
「なんですか?」
小首を傾げる私に、お兄ちゃんは疑問があるようで。
「お姉ちゃんになるっていっても……物理的に無理だろう」
ああ、その話でしたか。
お兄ちゃんは、自分がどのように性別を変えるのかが気になっていたようです。
「それならば、心配しないでください」
「なにか、いい案があるのか?」
ふっふっふ。
私を侮るなかれです。
目的のためならどんな計画も立ててしまえる女、それがこの私です!
胸を張る私に、作ったチャーハンを運びながらお兄ちゃんが続きを促します。
あ、運んでくれてありがとうございます。
流れを止めないために口には出しませんが、心の中でお礼を言います。
そして、二人でスプーンと牛乳を持って席につき。
『いただきます!』
声をそろえて言ってから、私は説明を始めました。
「お兄ちゃん。全知全能の神の使い――仙人がいるのを知っていますか?」
「……どうしたの急に。勧誘の人?」
うわぁん。お兄ちゃんが聞いてくれません!
確かに、知らなければ当然の反応なのかもしれないですけど!
私は数口チャーハンを口に運び、訂正します。
「この説明だと、ちょっといかがわしすぎましたね」
「そうだろう? もっとかみ砕いて説明してくれ」
お兄ちゃんは、私の様子に安堵したみたいです。
胸をなでおろす彼に、私はひとこと加えます。
「仙人の――おじいさんがいます」
「どういうこと⁉ 何の解決にもなってないよ⁉」
あれ? 私なにか間違えましたか?
仙人がおじいさんだと言っていなかったから、それで心配したのかと……。
ほら、だって若い仙人は修業が浅そうですし。
と思いましたが、問題はそこではなかったようです。
それでは、こういうことでしょうか?
「その仙人は――白いひげがたくさん生えています」
「だからなに⁉ 俺が心配してるのは仙人の存在自体なんだけど!」
また間違えたみたいです。
お兄ちゃんは、難しい人ですね。
仙人の存在が信じられないのでしょうか。
私もまだ会ったことはないですが、有名人なのに……。
驚いてスプーンを持った手が止まるお兄ちゃんを無視して、説明を続けます。
「……で、その仙人がですね? 毎年イベントを開催しているんです」
「なんか胡散臭いな……。で、それはどういうイベントなんだ?」
訝しげにお兄ちゃんが訊ねてきました。
ふふん。聞きましたね?
聞いて驚くお兄ちゃんの表情が楽しみです。
だって、このイベントの賞品は……
なんでも願いが叶う権利なんですから!
「へぇ……そ、そうなんだ……」
「アレっ⁉」
な、なんでそんな微妙な反応なんですか⁉
かなり衝撃的なことを言ったのに、お兄ちゃんに軽く流されました!
なんというか、お母さんが近所のどうでもいい話をしてる時の相槌みたいです!
ショックなので脳内でお仕置きしてしまいましょう。
思い立つと、私は頭の中でお兄ちゃんを裸に剥いて部屋の中央に座らせます。
そして、その周りを私のよだれで埋め尽くして――
徐々に私の唾液に溺れていく、お兄ちゃんの姿を楽しむのです!
どうですかお兄ちゃん、私の体液にまみれて泳ぐのは!
もう、私のことしか考えられなくなっちゃいますよね?
足の先から頭の先まで、お兄ちゃんは妹汁に浸かっています。
それから、お兄ちゃんの耳、鼻、お尻など。
ありとあらゆる穴を通じて、私のよだれは彼の中へと侵入していきます。
さらに血管や、食道や、尿道。
粘液たちは管という管を通って彼の内部を徐々に蹂躙し。
そうして、最終的には脳みそへと到達します。
すると、私の体液たちは彼の脳をジャックするのです。
「私のことだけを考えますように」
彼の聴覚にはこれだけを延々と流し続け。
彼の嗅覚には私の匂いだけを常に感じさせます。
そうして、妹漬けになった彼の前に私は同じく全裸であらわれ――
「……―い。おーい、若菜―?」
「はいなんですかよだれ漬けお兄ちゃん」
「よだれ漬け⁉ 相変わらずお前の脳内で俺はどんなことに!」
「とろとろしてますよ?」
「うわ! よくわかんないけどなんか嫌だ!」
妄想の中にトリップする私を現実世界に呼び戻すお兄ちゃん。
あと少し遅かったら帰ってこられなくなるところでした。
私は頭を小さく振って意識を取り戻します。
ええと、何の話をしてたんでしたっけ。
確か、私がイベントの話をして――
「そうですよ、お兄ちゃん! なんでそんなに反応が薄いんですか!」
思い出しました。
不老不死になることも、人を生き返らせることも。
なんだって出来てしまうというのに、お兄ちゃんときたら!
欲に目が眩まないところは評価できますが、さすがに人間味がありません!
私は、思わず机に手をついて立ち上がり、お兄ちゃんに激高します。
するとお兄ちゃんは、両手で私をどうどうと窘めて。
「だってそれ、現実的じゃないだろ?」
――と、つまらないことを言ってきました。
ええい、なんで信じてくれないんですか!
「信じる者は救われるんですよお兄ちゃん!」
「インチキに引っかかったら掬われるのは足元だぞ若菜!」
食い下がる私に、それでもなお対抗するお兄ちゃん。
そういえばこの人、サンタさんも信じてないんでした!
夢の欠片もないお兄ちゃんに、私はだんだんと腹が立ってきます。
こうなったら……!
「お兄ちゃん、私と勝負しましょう!」
「おう、望むところだ! お前の目を覚ましてやる!」
「では……内容は、殴り合いです!」
「……えっ?」
急に私が発した危険なワードに、呆気にとられるお兄ちゃん。
最愛の妹を殴るわけにもいかず、狼狽えています。
「ちょっと、それは……」
ためらうお兄ちゃんですが、作戦通りです。
今にも中止を言い出そうとするお兄ちゃんに私は近づいて――
「どりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ぐぶわっ‼」
思いっきり振りかぶった渾身の一撃を、顔面に叩き込みました。
お兄ちゃんは、鼻の頭を押さえてうずくまります。
相当痛かったらしく、声も出ない様子です。
しばらくすると、お兄ちゃんのいる方角からぽたぽたと水が滴るような音がしてきました。
目を向けると、そこにはお兄ちゃんの鼻から血液が垂れていて。
それを私は、床に這いつくばって舐めとりました。
鉄が錆びたような、金属質な風味が口の中に広がります。
今、私はお兄ちゃんの生の根源を口にしているのですね……。
考えるだけで、赤ちゃんが出来てしまいそうになります。
……でも、ちょっと量が少ないですね。
こんなものでは、ジュースにするには到底足りないです。
渇いた私はより多くのお兄ちゃんを得るため、苦しむ彼を立たせます。
そして、今度は鼻の穴にストローを挿し、直に血液を吸い込みました。
ドクドクと、波打ちながら口に侵攻してくる液体。
私は、ジュースをストローで飲んでいた幼い頃を思い出しながらそれを飲み込みます。
女の子は鉄分を摂らなくちゃいけないって言いますし、ちょうどいいですね。
満足すると、私はお兄ちゃんの足を高い位置に上げて、横にしてあげます。
そこで、彼の生命を握っている私はひとこと。
「お兄ちゃん。一緒に仙人のイベントに行ってくれますか?」
目の前の肉体は、泣きながら首を縦に振りました。