不摂生が祟って死亡したと神に告げられるが、クズおじさんは夢の中だと断定してしまう。
夢の中ならば、と『なんでも生み出せて、生み出したものを自由に消せる』能力を願い、何故か少女となった身で異世界をエンジョイするお話です。
「ぅ、あ……」
とある街、その路地裏の一角。
栄える国であれば何処にでもあるような闇。
そんな世界に、今にも目を閉じてしまいそうな幼子が一人、座り込んでいた。
俯き、本来ならば輝いているであろう眼も、光を無くして薄暗い地を見つめるのみ。
空腹に喘ぎ、動く気力もない。
スリに失敗し、暴力を振るわれるも何とか命からがら逃げ出して行きついた先は暗く、薄汚れた国の墓場。
スラム街である。
飢えに苦しむという事は当たり前であり、動けなくなることも日常であるこの場所では、明日とも知れぬ子どもを引き取る変わり者が存在しない事も又、当たり前であった。
「君、大丈夫? お腹空いた?」
この少女を除いて。
「……?」
最早声も無く、漏れる音は呼吸音。
それでも、何とか首を上げる事は出来る。
そうして幼子は声の主を見上げて目を見開いた。
輝いていた。
金色の髪は長く、まるで光を受けて放つはずのものが、自ら発しているかのように目に入った。
眼は青く、何時か見た空よりも爽快だった。
こちらを見て心配そうに歪ませる顔も、街にスリで入った時に見たどんなものよりも綺麗だった。
目を閉じる事も忘れ、自分の時も置いてけぼりにして。
幼心には、ただ、人ではないように思えた。
漠然としたものであったが、こんな所に居ていいような存在ではないのだと。
微かではあるが、偉そうな男が偉そうに喋っていた事を思い出す。
確か、あれは、そう。
「めがみ、さま?」
立ち上がる事はおろか、倒れてしまえば起き上がる事も出来なかっただろう。
実際、先程まで声だって出せなかった。
そう思っていたのに、するり、と幼子の口からその言葉は出ていた。
すると、女神かと問われた女性は少しきょとん、としたような顔をしたかと思えば、くすり、と笑った。
「ふふ、違います」
「じゃあ、」
続けようとした幼子の前に、ずい、と差し出された手にはいつの間にか温かく、とてもいい匂いのするスープがあった。
「違いますけど、あなたを助けます」
何を言われたのか理解が出来なかった。
この差し出されたスープも、香りも、温もりも。
全てが分からなかった。
何より、そう、見ているだけで他の何よりも暖かくなる、その笑顔が。
瞬間。
涙が出た。
嗚咽が止まらなり、声を上げて泣いた。
悲しいのか、嬉しいのか、空腹に苦しんでいるのか。
それすらも分からなくなった。
泣きじゃくる幼子の頭に、ふわり、と優しい熱。
ぬぐってもぬぐっても溢れる涙の中、その少女が手を頭に乗せている事がわかった。
「さて。 落ち着きましたか?」
ひく、としゃくりあげていた声が小さくなり、目を真っ赤に腫らせた幼子に少女は問いかけた。
幼子は頷いた。
「よろしい。 では、空腹でしょう? これをお飲みなさい」
そう言ってまた差し出された手には先程と同じようなスープがあった。
長い時間泣いていたと思っていたが、未だ湯気が出ている所を見ると、それほど経っていないのだろう。
思わず見上げた幼子だったが、少女はまた優しく笑って頷いた。
差し出されたスープを両手で受け取り、ゆっくり口を付けた。
「っ!」
美味かった。
そうとしか言えなかった。
幼子にとって、食は日々を生きる為のもの。
味や食感など二の次三の次で、生きるか死ぬか。それだけだった。
大層なものを食べてもいなかったし、これからも食べる事はないのだろうと思っていた。
要るとか要らない等は頭になく、ただ生きる為にとる。
それ以外に知らなかった。
そんな幼子には、このスープはあまりにも美味かった。
普段食べているものとはまったく違う味。
スープに少し入っている野菜のようなものは、口に入れるとすぐさまほぐれてなくなった。
あぁ、これが食事なんだと、少年は理解出来た気がした。
それ程のものだった。
猛烈な勢いで飲み干し、皿の中身は無くなった。
ほぅ、と息が漏れた。
名残惜し気に空の器を見ていると、ふふ、と笑う声が聞こえた。
「まだ、足りませんか?」
少女がこちらを見て微笑んでいた。
その事に少し恥ずかしく思うも、まだ足りないのは唸る腹で明確だった。
頷く幼子と共に鳴る腹に、いよいよこらえきれないと言わんばかりにくすくす、と声は大きくなった。
「ふふ、ごめんなさい。 さて、まだ足りないのなら私の所へ来ませんか?」
自分なんかが。
向かって手を差し出された幼子の頭にはその思考で埋め尽くされたが、少しの間逡巡した後、大きく頷いた。
すると、一歩踏み込んで引っ張り上げた少女は、たたらを踏む幼子に嬉しくてたまらない、というようなとびきりの笑顔を向けた。
「さぁ、いきましょう」
……………っふぅぅうぅ気っっ持ちいいわぁ~~~~~~~~~!!
キマったっしょこれは。もうバチバチよこれ。
俺の手を握り、少し遅れてついてくるガキを見て先程の一連の流れを思い返す。
いやはや俺ってやっぱさいっこうに『良い人』だわマジで。聖人ロールクッソ楽しいわ。
これよこれ、この為に生きてんの俺。
あ、どうも。
俺はあの~、アレ。
前世がニートで、急に体が苦しくなって気付いたらよくわかんない場所に居た。
よく知らないオッサンに、不摂生で死んだって言われて正直何言ってんだコイツ、と思ったが、よくよく考えてみれば俺飯食ってPC触って終わりの生活を毎日していた。
まぁそら何時か死ぬわな俺、と思っていたがまさか本当に死ぬとは。
流行りの異世界転生ってやつか、とも思ったが、この科学世界。
そんなもんある訳ねぇ! って訳で、夢だと確信した。
だから俺は、その神様に何でもその場で生み出せ、生み出したものを消せる能力を貰った。どうせ夢ならチートになりたいじゃん。
んで、気付いたらこの世界のクッソきたねぇ場所に居た。
女になってるけど夢ならよくなってた事だし、と特に何も思わず適当な場所を住処にして、能力で悠々自適に過ごしていた。
そんなある日、家を綺麗にして住みやすくした後にゴロゴロするのも飽きた俺は、時たま散歩に出かける事にした。
気紛れに散歩に出かけてふらふら歩いていればボロ雑巾みたいになってる人の居る事居る事。
普通にきたねぇし、それを見ているのはなんだかいい気分だった。
俺の下にはまだまだこういう奴らが居るんだな。
それで俺はピーンときた。
この世界でなら俺は上に立てるやん!
と。
小さな頃、俺よりもガキなやつに気紛れでお菓子を分けてやった事があった。
キラキラした目で御礼を言うそのガキを見て、俺はなんだか不思議な感情に包まれていたのを覚えている。
今なら分かる。
あれは『優越感』だ。
上に立ちたい。
人を下に見てやりたい。
自慢じゃないが俺はクソニートで、大した能力も持たない社会の底辺。
何をしようにもそんなにうまくいかないし、金を稼ぐ事も面倒くさい。
誰かに施しをして純粋に感謝されるのはとてもいい気分になるが、現実の俺では不可能だ。
だが、この世界は夢なんだし俺はなんでも作り出せる。
ならば格下相手に施しをして、どれ程の優越感を感じられるのだろうか。
歓喜した。
正直言えば暇していた所に、これはとんでもない玩具がやってきたのだから。
それからというもの、気紛れで汚い路地裏を歩き、カスみたいで生きる活力も無くなったガキを見つける事にした。
ロールプレイが好きな俺は自分を隠して、近付きやすい様に見た目を利用した『優しい少女』を演出する。
中身がゲロみたいなクソニートのおっさんだという事も気付かずに純粋に感謝してこちらを見るガキ相手であれば笑顔なんかは練習せずとも、自然に笑顔になれた。
「さぁ、着きましたよ」
今日もホイホイと捕まえる事が出来たガキを住処に連れてくることが出来た。
じーっと見上げるガキをしり目に、手を振りほどいてそのままコンコン、と扉をノックして少し待つ。
すると、扉の奥の方からやかましく走る音が聞こえてきた。
「誰ー!?」
「私です、開けて頂けますか?」
この声はあいつか、相変わらずやかましいヤツだ。
最初の方に拾った幼女が、今じゃすっかり元気になったもんだ。
うるさくてすぐ引っ付いてくるあのガキには辟易とさせられる。
キャラになりきって注意する俺に、反省しているのかしていないのか分からない態度で毎度毎度。
思い出して腹が立ってきたが、今は置いておくとして。
「あ! シスター来たー!」
ねぇー! シスター来たよー!
そう言ってそのまま奥へと走っていった。
……おい、開けろよアイツ。 一発ぶん殴ってやろうか。
癖になったニコニコ笑顔を維持したまま、どうしてやろうか考える。
その時、くい、と袖が引かれた。
今日のガキだ。
何やら心配そうにこちらを見上げている。
俺は努めて優しく声を掛けた。
「大丈夫ですよ、皆優しい子です。 あなたも、きっと」
滅茶苦茶汚い頭に触る。
あんまり触りたくないから力も込めずふわっとした程度だが。
俺のその声に安心したのか、ガキが袖を離した所で。
「シスター!」
扉が勢いよく開いた。
「もう、扉はそうやって強く開けてはいけませんよ」
「えへへ、ごめんなさーい」
俺に当たったらどうすんだボケ。
何度も何度も言っているってのに未だに直らないクソ癖が。
こういってもどうせ次もやるんだろうな、と思うと、無性に腹立たしくなるものだが、今は気分が良い。許してやるとしよう。
「あれ、新しい子ー?」
「えぇ、仲良くして上げて下さい」
「うんっ! わかったー!」
ホントにわかってんのか知らないが、足音うるさく奥に走っていく。
俺は固まっていたガキを連れて扉をくぐった。
「お帰り、シスター」
「はい、ただいまです」
そう言って俺を出迎えたのは一番最初に拾ったガキだった。
丁度いい、コイツを使おう。
「あの、この子を紹介したいので二人が居るなら呼んで集めて貰えますか?」
「ん? あぁ、わかったよ。 ちょっと待ってて」
俺の後ろに居たガキを見て納得した顔のガキは、他二人を呼ぶ為に奥へと向かった。
後ろに引っ付いているガキを連れて俺も奥へと続く。
入り口を抜けるとリビングだ。
引っ付き虫をそこらに座らせて、俺も適当な場所に座る。
少ししてから、やかましい子供が三人、部屋に入ってきた。
「ね、言ったでしょ!」
「マジだ」
部屋に入るなり、俺とガキを見て三人は各々の場所に座った。
「おはようございます」
『おはよう!』
俺が挨拶をすると、声が揃って帰ってきた。
「皆さん、新しい子です。 仲良くしてくださいね」
やっぱりか、の声と共に了承の声が口々に帰ってくる。
顔を見回すと、否定的な反応は無さそうだ。ええこっちゃ。
「それでは皆さん、自己紹介をしましょうか」
「じゃあ僕から」
そう言って最初に立ち上がったのは、俺を出迎えたガキ。
「僕はドミ。 ここで分からない事があったら言ってくれ。 よろしくね」
俺が一番最初に拾ってきたガキで、家のすぐそばで倒れていた所を見つけた。
灰色の髪に金色の瞳で生意気にも顔立ちは整っており、最近は俺の手伝いをするだけでなく、自主的に色々しているみたいだ。知らないけど。
温和に告げたドミは、そう言って座った。
しかしそれを見届けるよりも早く、はいはーい! という声が視線をずらした。
「次私ー! 私はね、アリスって言うんだ! 仲良くしよーね!」
コイツが扉を開けたクソガキで、問題児って程でもないけど何度注意しても治まらないやかましさの塊。
そんなガキだが、拾った頃はゴミの中に埋もれており、全てに怯え切っていて少しの物音にも敏感だった。
犬みたいな耳としっぽが生えていて、最近じゃあずっとブンブン振っている。
俺は昔の方が静かでよかったと思う。
そして最後に、人相の悪い物騒な顔をしたちびっこいガキがのっそりと立ち上がった。
「ガンタだ」
ドちびで、知らないオッサンからぶん殴られていた所を介抱した。
黒髪でネコのように吊り上がった目、寡黙ではあるが意外と喧嘩っ早い。
要するにクソガキだ。
ガンタは短く、それだけを述べるとさっさと座ってしまった。
上から順で拾ったガキ共だ。
「最後は私ですね」
終わった事を確認して、俺はガキに微笑む。
「私の事はシスター、とお呼び下さい。 あなたの笑顔がたくさん見られますように祈っております」
ガキの番だと言うと、名前がないとかのたまったので、適当に名前を付けてやる。
どうやらメスガキだったみたいだし、……んー、メアリーでいっか。
名前を決めた後はドミとアリスに押し付け、家を案内させることにした。
終わったらご飯にしましょうね、俺はそう告げてその間備蓄や消耗品を確認し終え、一旦自宅に帰る事にした。
え? 家は此処じゃないのか、って?
んなバカな。 憤死するわ。
俺は俺より弱者や、そんなやつが見せる感謝で優越感に浸りたいだけで、それがやり易い相手がガキだったというだけ、俺自身は別にそこまで子供が好きな訳でもない。
シスター、と名乗っているのは、安定して優越感に浸る為に別の家を探している際、たまたま廃教会を見つけて綺麗にして住処にしたから名乗っているだけで、別にどこの宗教に入っている訳でも無い。
理由なんて言うものは後から幾らでもこじつけられるものだ。ちょっと危なくなっても、俺にはチートがあるし問題ない。
あぁ、ガキ共は最初に俺が綺麗にした場所に住まわせている。
そんな俺が奴らの所へ向かうのは飯時やガキ共に用事がある時とか、貯蓄の時くらい。
何事も程々が一番だ。
程々にガキ共に接するから、俺は何度も最高の優越感に浸っていられる。
それ以上に一緒だと、確実に耐えられたもんじゃないだろう。
自宅である廃教会、その地下室。
手をじゃぶじゃぶ洗った後に改めて思う。
この夢での生活は最高だ。
暇潰しの娯楽と、生きていくには最高のチート能力。
暴漢に襲われようが、チート能力でなんかよくわからない生物を生み出して対処できるし、飯だって服だって、何でも作り出せる。元手もゼロ。
俺は俺以下の奴に施しをしてこんな俺に感謝しているのを見て喜ぶ。
格下は施しを得て喜ぶ。
夢の中に現れた登場人物だとはいえ、これならば神にも感謝しよう。
そう考えると、意外とシスターってのも悪くないと思えた。
一つ気になるのは、まったく夢から覚める気配がないって事だけ。
まぁ、夢というのは何時覚めるか分からない。
次の瞬間には起きているかもしれないし、それまでこの夢のような夢の世界を精々楽しむとしよう。
閲覧有難う御座いました。
こういうの好きなので他にも知っていたら是非教えて頂ければ幸いです。