Muv-Luv Alternative The Phantom Cemeter   作:オルタネイティヴ第Ⅵ計画

20 / 40
Episode20:鎧衣課長の決断

Episode20:鎧衣課長の決断

 

 

2001年11月5日(月)22:50

 

 

シミュレータの稼働終了と同時に、ふらふらになったまりもが中から姿を現した。

そのふらつき具合は相当なもので、今にも倒れそうなほどだった。

そして案の定、転倒しかけた彼女を武は支えてやった。

 

「時間がないのは承知の上だが、飛ばし過ぎだ軍曹。あのA-01ですら、最初は乗りこなすことすら大変だったんだ。いくら狂犬と謳われた軍曹でも限界はあるぞ……」

「も、申し訳ありません」

 

思わぬ形で武と密着してしまったことで、まりもは赤面しながら謝罪の言葉を述べた。

 

「だが、それでも流石……という言葉を送らせてもらおう。僅か3時間程度の搭乗で、あそこまで使いこなせるとはな」

 

確かに武の言う通り、まりものXM3の慣熟具合は群を抜いていた。

A-01は、2時間ほどの搭乗でようやく慣れたという具合だった。

しかし、彼女は3時間程度で、キャンセルをほぼ文句なしで使いこなせるほどに、XM3を使いこなしていた。

後はコンボだが、これは戦術機側の学習もあるので、一両日中では難しい話となる。

つまりはと言うと、まりもは武がつきっきりであったとはいえ、僅か3時間程度の時間でXM3をほぼマスターしたということになる。

 

(本当に凄いよ、まりもちゃんは……俺と一時的とはいえ、2機連携を組んだことがあるだけはある――――あれ?それっていつの話だ?)

 

武の脳内に、摩訶不思議な記憶が蘇る。

まりもと2機連携を組み、作戦に参加していた記憶が薄っすらと脳内をよぎった。

少なくともその蘇った記憶では、武と2機連携を組めるのは、まりもだけだということを鮮明に表していた。

 

(……本当にこれいつの話だ?これは本当に自分の記憶か?――並行世界の記憶?いや因果が流入してきているのか?)

 

ここ最近、武は色々なことをよく思い出す。

しかしその大半は、本人の記憶にはない不思議な記憶であった。

自分が自分でないようなそんな感覚に、武は最近囚われていた。

 

「……少佐?」

 

自分を抱きかかえながら、何やら険しい顔をしている武に、まりもは問う。

 

「……ん?あぁ、すまない。少し考え事をしていた。軍曹の習熟具合があまりにも早いからな」

 

そう言って武は誤魔化し、彼女に優しい笑みを浮かべた。

その笑みに、まりもは少し違和感を覚えながらも、少し恥ずかしくなって再び赤面した。

それを見た武は、彼女が疲労しているのだと見当違いな判断を下してこう述べた。

 

「取り敢えず、今日はこの辺にしておこう。あまり力を入れ過ぎては、今後にも差し障りが出る。ロッカールームまで肩を貸そう」

 

一瞬断ろうかと思ったまりもだったが、今しばらく武に抱きかかえられていたいという欲が勝ち、その言葉に甘えることにした。

 

「はい……申し訳ありません」

「気にするな」

 

武は彼女を抱きかかえながら、シミュレータルームを後にした。

こうしてまりもと武の、深夜のXM3講習1日目は終了した。

因みに、それを偶々見てしまったとある人物のせいで、武は後に苦労を味わうこととなる。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

2001年11月6日(火)8:00

 

 

「敬礼!」

 

武の入室と共に、伊隅の号令でA-01の面々が敬礼をする、いつものやり取りが行われる。

武が敬礼を解くと、それに続いて皆も敬礼を解いた。

ただいつもと違うことがあるとすれば、普段は武と行動を共にしていない遥が、彼と共に入室してきたことだろう。

 

「今日1日の訓練予定を伝える前に、皆に話しておくことがある」

 

武の言葉に、皆が頭に疑問符を浮かべる。

 

「涼宮中尉」

「はい」

 

名を呼ばれた遥が、手元の端末を操作してブリーフィングルームの明かりを消し、映写機の電源を入れる。

映写機が映し出したのは、新潟一帯が詳細に映し出された地図だった。

 

「4日後の11月10日。貴様らには、極秘裏に新潟に赴いてもらう」

「それはまたどうしてですか?」

「理由は簡単だ。翌11日に佐渡島ハイヴのBETAが、新潟に上陸するからだ」

「「「ッ!?」」」

 

武から発せられた言葉に、皆が驚きの表情を見せた。

 

「これだけ言えば、後は大体察せるだろう。A-01の作戦目的は、BETAの新潟上陸阻止だ」

 

武の言葉に合わせて、遥が映し出す内容を幾つか追加した。

それは、BETAの上陸予想地点などの詳細な情報だ。

と言っても、上陸予想地点は下越地方南部から、中越地方北部までの広大な地域であった。他には、A-01の展開予定地点などの細かな情報が追加された。

 

「展開予定地点は、旧長岡市北東部になる。現地到着後、速やかに戦術機に搭乗し、BETAの出現報告があり次第発進となる」

 

武が図上の、A-01展開予定地点を指しながら説明する。

それが終わると、武は遥に目配せをした。

理由を察した遥は図を変更し、横浜基地と新潟の両方が映し出された、広域な地図を表示した。

そこには予定進出線が予め記されていた。

 

「出発は10日の18:00(ヒトハチマルマル)だ。移動は87式自走整備支援担架にて行うが、一般的な新潟への通行路は使用せず、少々時間を要するがそれらを迂回して現地へと向かう。少々窮屈な移動となるだろうが、これも特殊部隊の常だと思ってくれ。今回の一連の行動は、極秘裏に行わなければならないからな」

 

一度言葉を区切り、武は一同を見回す。

どうやら全員がしっかりと事を飲み込めているようだった。

それを見た武は言葉を続ける。

 

「そして、BETA上陸の報告があり次第発進し、BETAの糞共を水際で迎撃してもらう。なお、中越と下越新潟地域の帝国軍には、10日付で防衛基準体制2が発令される。よって帝国軍も、それなりの即応体制で動いてくれるだろうが、あくまでBETA第一陣の接敵は貴様らになる。相当キツイだろうが、XM3とお前たちの腕をもってすれば必ず対応できると信じているぞ――あぁ、それと貴様らは偶然(・・)新潟にいたことになっている。それを忘れるなよ?」

 

国連軍は、基本的に現地政府の要請がなければ、出撃は叶わないことになっている。

しかしそれは余裕のある場合の話。

偶然近くにいた国連軍部隊が、偶然戦闘に遭遇する場合、政治的な問題はクリアされるのである。

 

「当日は日頃の訓練の成果を生かし、存分に暴れてもらいたい。言わずもがな、XM3の初めてのお披露目だ。無様な戦い方だけはしてくれるなよ?」

「「「はっ!」」」

 

皆がやる気に満ち溢れた返事をする中、伊隅1人は不思議そうな顔をしていた。

それに気付かぬ武ではない。

 

「どうした?伊隅大尉」

「はっ……その、どうしてBETAの新潟上陸がこんな事前に分かったのでありますか?」

 

伊隅の言葉に皆がハッとする。

確かにその通りであった。

BETAというものは、人知を超え、その行動は気まぐれとすら言えるので、人間様がBETAの動きを予想するのは甚だ困難である。

無論、ある程度の予想は出来る。

だがそれは結局のところ予想でしかなく、周期的な予想しか出来ない。

BETAの上陸行動は、大抵の場合は3ヵ月周期である。

前回はいついつだったから、次はいつ頃になるだろう。

所詮はその程度の予想しか出来ないのである。

基本的にBETAの動きが事前に分かる時は、それは低軌道監視衛星による経過観察によるものである。

しかし幾ら分かったとはいえ、それは大抵の場合、行動の1日前という有り様である。

前回のBETA新潟上陸……第8次BETA新潟上陸防衛戦の時もそうであった。

以上のことから、伊隅の疑問は最もなものなのである。

本来予測のつかないBETAの動きを、5日も前に把握できたのは、一体どのような手品なのかと。

 

「ふむ、その疑問は至極当然だな。答えはな、伊隅大尉――たまたま(・・・・)だ」

「たまたま……でありますか?」

「香月博士の偶然の産物だ。よってこれからも、BETAの動きを予測出来るなどとは、決して思わないことだな、大尉。本当に今回はたまたまなのだよ」

「はっ」

 

武の物言いに、何か含むところがありそうだなと思った伊隅だったが、夕呼の産物だと言われれば、納得出来てしまうのも事実。

それ以上の追及はしなかった。

 

「よって今日の訓練は、統合仮想情報演習システム(ジャイブス)を用いての水際防衛を想定したものへと変更する。後の3日間の訓練は、これのみに重点を置き進めるからそのつもりで」

「「「了解」」」

 

ヴァルキリーズ全員が事の重大性を既に理解し、目つきは厳しいものへと既に変わっていた。

 

「なお、俺は別の任務があるため同行はしない。指揮はこれまで通り伊隅大尉が取れ」

「えっ?あ、はい」

 

武のこの言葉に、皆が少し驚く。

当然武もついてくるものだとばかり思っていたのである。

 

「まだ俺との連携訓練を済ませていない……というのもあるがな。どうしても外せない任務があるからな」

「……了解しました」

 

こうして今日のヴァルキリーズの訓練はスタートした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

A-01との訓練を終え、BDUから国連軍C型軍装に着替えた武の姿は、横浜基地内のとあるフロアの一室にあった。

時は夜もかなり更けた頃合い。

恐らく夜勤の者を除き、大半の者が寝静まった時間帯に、武はとある人物を出迎えていた。

 

「夜分遅くにすみません、鎧衣課長」

「いやいや、別に構わないよ……私も君に興味があったからねぇ、シロガネタケル君。斯衛軍の制服を着て基地の門前に現れるとは、随分と大胆なことじゃないか」

 

武の言葉に、何とも言えない表情で返したのは、鎧衣美琴の父である鎧衣左近であった。

 

「情報が早いですね。流石は帝国情報省外務二課ですね。いえ、流石は城内省保安情報部というべきでしょうか?」

「……そこまで知っているとは。一体どこから情報を仕入れてきているのかね?香月博士経由かな?」

 

仕事柄故だろう。

彼は驚きの様子を武に全く感じさせなかった。

 

「夕呼先生の情報ではありませんよ。自分が独自ルート(・・・・・)で仕入れた情報です」

 

ここで武は、敢えて夕呼のことを名前で呼んだ。

夕呼との親密性をアピールするためである。

そしてもう1つ。

この情報が夕呼からのものではないことも強調した。

あくまで自分には独自のルートが存在することを。

無論、そんなルートなど存在しないが、前の世界では存在した。

だから別に嘘ではないのである。

 

「ほう?」

 

ここで鎧衣が、少しばかり感心したような声を出した。

最も、これすら演技なのかもしれないが。

 

「では、感心ついでにもう一つ。最近、帝国軍内で不穏な動きがありますよね?戦略研究会とかいう。もし彼らが事を起こせば、日本に政治的・軍事的空白が発生することになる。それはBETAとの戦いにおいて、致命的とも言える事態になります。自分はそれを防ぎたい。その為に鎧衣課長と協力したいんですよ」

 

正直、武は鎧衣左近という人間がよく分からない。

前のこの世界でも、結局大した関わりを持ってこなかった。

それ故に夕呼の時のように利害の一致などではなく、彼を説得する唯一の方法は、未来情報と、武の揺るがない信念のみである。

やはり武は武。

人類史上稀に見るガキ臭い英雄なのだ。

 

「そうか。では、その為にはまず、イースター島の歴史から……」

「リーディング対策というのは分かりますが、そんな下らない話に付き合っている暇はありません。それに霞は、別の場所にいますからリーディングの心配はありません――それで、協力するんですか?しないんですか?それをまずはハッキリして下さい」

「……せっかちだな。だからこそ、モアイ像が何のために……」

「時間がないんですよ、鎧衣課長。オルタネイティヴⅣを成功させるためには、貴方の力が必要なんです」

 

鎧衣にとって、このシロガネタケルという男は、警戒すべき人物である事には変わりはない。

彼自身、日本帝国という国に愛国心を持っているし、その頂点に存在する皇帝陛下や政威大将軍である、煌武院悠陽を敬愛している。

前のこの世界で、鎧衣が12・5事件で暗躍したのは、その愛国心からか、或いは将軍殿下への敬愛からなのか、またはオルタネイティヴⅣの為なのか、理由は誰にも分からない。

しかし、それらの行動の結果は全て、日本のためという短い言葉で言い表す事ができる。

だから武は鎧衣を信頼できる人物として、自分の計画に協力してほしいと願っている。

それにこう見えても、実は娘思いであるということを武は知っている。

前のこの世界で彼が、娘の命日である1月2日に、必ず墓参りに訪れていたからだ。

また悠陽の意も受けてのことであろう真那も、例の横浜基地前の桜並木の元に、花束を置いていっている。

 

「それに彼らクーデター部隊の陰には、CIAがいます。本人たちの意志とは関係なく。これが何を意味するか、それは今更語るまでもないでしょう。だから沙霧大尉を協力者にした。クーデターを上手くコントロールする為に。違いますか?」

「……」

 

武の言葉に、鎧衣は初めて無言を貫いた。

しかし、目線は決して武から外されることはなかった。

いつものように、何を考えているかよく分からない眼ではあったが、武はそこから確かに感じ取った。

鎧衣の警戒の色を。

 

「俺は貴方を、一日本人として見込んで話をしているつもりです――これから俺のとある計画をお話します。鎧衣課長、それに協力するかしないかは、それは貴方次第です。ですが、協力して頂けるならオルタネイティヴⅣの完遂を、夕呼先生に代わって自分がここでお約束致します」

「ふむ。香月博士は悪魔と契約でもなさったのかな?ここに来てオルタネイティヴⅣは順調ということかな」

「オルタネイティヴⅣは必ず成功します」

 

あくまでも要領の得ない会話をしたい鎧衣に対し、武は明確な解答のみを突きつけていく。

 

「今からとある計画をお話します。それを以て、協力するか否か決めて下さい」

 

武は己の計画の一部を、鎧衣に話した。

意外にも武の説明中、彼は一切口を挟まなかった。

そして全ての説明が終わり、ここでようやく鎧衣が口を開いた。

 

「ほぉ……そのような大それたことが出来るとでも?」

「オルタネイティヴⅣの成果を以てすれば……可能です」

 

鎧衣の言葉に武は断言を以て答えた。

 

「ふむ……」

 

ここで鎧衣が珍しく考え込む素振りを見せた。

 

「この計画は、鎧衣課長の協力がなくては成り立ちません。俺の第1の目的は、人類の勝利です。その為には、オルタネイティヴⅣの完遂は必須条件です。これが俺の生きる理由です。BETAの糞共をこの地球圏から一掃する。夕呼先生なら、必ず成し遂げてくれる信じています。俺はその為なら、自分の命すら差し出す覚悟です。ですが、それ以前に俺は日本人です。日本の平和は、俺が願って止まないことなんです。その為には、鎧衣課長と協力してこの計画を遂行したいと思っています」

 

鎧衣がジッと武の目を見つめた。

それに対し武は動じることなく、鎧衣の目を見つめ返した。

暫くすると鎧衣は両肩を動かし、ヤレヤレといった感じの動きをした。

 

「ふっ……近頃、そういう目をする若者を、私は久しく見ていなかった。一体何が、君にそこまでの目をさせるのだろうな」

仲間(戦友)たちのおかげです」

「なるほど……よかろう。その計画、私も協力しよう」

 

鎧衣は決断した。

 

「ありがとうございます」

 

鎧衣に対し武は深々と頭を下げた。

 

「だが、始めるからには後戻りは出来ないよ?シロガネタケル」

「覚悟の上です」

 

この日以来、鎧衣左近は決して人類史には残らないながらも重大な決断を下し、武の密かな協力者となったのである。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

2001年11月7日(水)9:00

 

 

A-01に訓練の予定を告げた後、武はその足で207Bの元へと来ていた。

最も肝心のA-01の訓練は、第2シミュレータルームで行われている。

一方の207Bの訓練場所は、第1シミュレータルーム。

殆ど隣に移動するだけのようなものだが。

 

「まずは総戦技演習合格、おめでとう」

「「「ありがとうございます」」」

 

武はA-01と別れたその足で、強化装備姿の207Bと対面していた。

若干恥ずかしそうに立っている207Bの面々。

やはり訓練用の強化装備姿を、曲がりなりにも男である武に見られるのは、彼女たちとて少々恥ずかしいようだった。

しかし武はそんなことは気にしていない。

彼女たちの気持ちなど無視するかのように、武は淡々と述べた。

 

「これで晴れて、戦術機教範課程へと足を進められる訳だが……ここで1つ、俺から貴様らに言っておくことがある」

 

そこまで言って武はその後、数十秒、彼女たちを真剣な目でじっくりと眺めた後、武はニヤリと獰猛な笑みを浮かべて、やっと口を開いた。

 

「――訓練兵諸君。地獄へ、ようこそ」

 

このときの武の言葉と表情を、彼女たちは生涯忘れることが出来なかったという。

 

 






▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。