Muv-Luv Alternative The Phantom Cemeter 作:オルタネイティヴ第Ⅵ計画
Episode20:鎧衣課長の決断
2001年11月5日(月)22:50
シミュレータの稼働終了と同時に、ふらふらになったまりもが中から姿を現した。
そのふらつき具合は相当なもので、今にも倒れそうなほどだった。
そして案の定、転倒しかけた彼女を武は支えてやった。
「時間がないのは承知の上だが、飛ばし過ぎだ軍曹。あのA-01ですら、最初は乗りこなすことすら大変だったんだ。いくら狂犬と謳われた軍曹でも限界はあるぞ……」
「も、申し訳ありません」
思わぬ形で武と密着してしまったことで、まりもは赤面しながら謝罪の言葉を述べた。
「だが、それでも流石……という言葉を送らせてもらおう。僅か3時間程度の搭乗で、あそこまで使いこなせるとはな」
確かに武の言う通り、まりものXM3の慣熟具合は群を抜いていた。
A-01は、2時間ほどの搭乗でようやく慣れたという具合だった。
しかし、彼女は3時間程度で、キャンセルをほぼ文句なしで使いこなせるほどに、XM3を使いこなしていた。
後はコンボだが、これは戦術機側の学習もあるので、一両日中では難しい話となる。
つまりはと言うと、まりもは武がつきっきりであったとはいえ、僅か3時間程度の時間でXM3をほぼマスターしたということになる。
(本当に凄いよ、まりもちゃんは……俺と一時的とはいえ、2機連携を組んだことがあるだけはある――――あれ?それっていつの話だ?)
武の脳内に、摩訶不思議な記憶が蘇る。
まりもと2機連携を組み、作戦に参加していた記憶が薄っすらと脳内をよぎった。
少なくともその蘇った記憶では、武と2機連携を組めるのは、まりもだけだということを鮮明に表していた。
(……本当にこれいつの話だ?これは本当に自分の記憶か?――並行世界の記憶?いや因果が流入してきているのか?)
ここ最近、武は色々なことをよく思い出す。
しかしその大半は、本人の記憶にはない不思議な記憶であった。
自分が自分でないようなそんな感覚に、武は最近囚われていた。
「……少佐?」
自分を抱きかかえながら、何やら険しい顔をしている武に、まりもは問う。
「……ん?あぁ、すまない。少し考え事をしていた。軍曹の習熟具合があまりにも早いからな」
そう言って武は誤魔化し、彼女に優しい笑みを浮かべた。
その笑みに、まりもは少し違和感を覚えながらも、少し恥ずかしくなって再び赤面した。
それを見た武は、彼女が疲労しているのだと見当違いな判断を下してこう述べた。
「取り敢えず、今日はこの辺にしておこう。あまり力を入れ過ぎては、今後にも差し障りが出る。ロッカールームまで肩を貸そう」
一瞬断ろうかと思ったまりもだったが、今しばらく武に抱きかかえられていたいという欲が勝ち、その言葉に甘えることにした。
「はい……申し訳ありません」
「気にするな」
武は彼女を抱きかかえながら、シミュレータルームを後にした。
こうしてまりもと武の、深夜のXM3講習1日目は終了した。
因みに、それを偶々見てしまったとある人物のせいで、武は後に苦労を味わうこととなる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
2001年11月6日(火)8:00
「敬礼!」
武の入室と共に、伊隅の号令でA-01の面々が敬礼をする、いつものやり取りが行われる。
武が敬礼を解くと、それに続いて皆も敬礼を解いた。
ただいつもと違うことがあるとすれば、普段は武と行動を共にしていない遥が、彼と共に入室してきたことだろう。
「今日1日の訓練予定を伝える前に、皆に話しておくことがある」
武の言葉に、皆が頭に疑問符を浮かべる。
「涼宮中尉」
「はい」
名を呼ばれた遥が、手元の端末を操作してブリーフィングルームの明かりを消し、映写機の電源を入れる。
映写機が映し出したのは、新潟一帯が詳細に映し出された地図だった。
「4日後の11月10日。貴様らには、極秘裏に新潟に赴いてもらう」
「それはまたどうしてですか?」
「理由は簡単だ。翌11日に佐渡島ハイヴのBETAが、新潟に上陸するからだ」
「「「ッ!?」」」
武から発せられた言葉に、皆が驚きの表情を見せた。
「これだけ言えば、後は大体察せるだろう。A-01の作戦目的は、BETAの新潟上陸阻止だ」
武の言葉に合わせて、遥が映し出す内容を幾つか追加した。
それは、BETAの上陸予想地点などの詳細な情報だ。
と言っても、上陸予想地点は下越地方南部から、中越地方北部までの広大な地域であった。他には、A-01の展開予定地点などの細かな情報が追加された。
「展開予定地点は、旧長岡市北東部になる。現地到着後、速やかに戦術機に搭乗し、BETAの出現報告があり次第発進となる」
武が図上の、A-01展開予定地点を指しながら説明する。
それが終わると、武は遥に目配せをした。
理由を察した遥は図を変更し、横浜基地と新潟の両方が映し出された、広域な地図を表示した。
そこには予定進出線が予め記されていた。
「出発は10日の
一度言葉を区切り、武は一同を見回す。
どうやら全員がしっかりと事を飲み込めているようだった。
それを見た武は言葉を続ける。
「そして、BETA上陸の報告があり次第発進し、BETAの糞共を水際で迎撃してもらう。なお、中越と下越新潟地域の帝国軍には、10日付で防衛基準体制2が発令される。よって帝国軍も、それなりの即応体制で動いてくれるだろうが、あくまでBETA第一陣の接敵は貴様らになる。相当キツイだろうが、XM3とお前たちの腕をもってすれば必ず対応できると信じているぞ――あぁ、それと貴様らは
国連軍は、基本的に現地政府の要請がなければ、出撃は叶わないことになっている。
しかしそれは余裕のある場合の話。
偶然近くにいた国連軍部隊が、偶然戦闘に遭遇する場合、政治的な問題はクリアされるのである。
「当日は日頃の訓練の成果を生かし、存分に暴れてもらいたい。言わずもがな、XM3の初めてのお披露目だ。無様な戦い方だけはしてくれるなよ?」
「「「はっ!」」」
皆がやる気に満ち溢れた返事をする中、伊隅1人は不思議そうな顔をしていた。
それに気付かぬ武ではない。
「どうした?伊隅大尉」
「はっ……その、どうしてBETAの新潟上陸がこんな事前に分かったのでありますか?」
伊隅の言葉に皆がハッとする。
確かにその通りであった。
BETAというものは、人知を超え、その行動は気まぐれとすら言えるので、人間様がBETAの動きを予想するのは甚だ困難である。
無論、ある程度の予想は出来る。
だがそれは結局のところ予想でしかなく、周期的な予想しか出来ない。
BETAの上陸行動は、大抵の場合は3ヵ月周期である。
前回はいついつだったから、次はいつ頃になるだろう。
所詮はその程度の予想しか出来ないのである。
基本的にBETAの動きが事前に分かる時は、それは低軌道監視衛星による経過観察によるものである。
しかし幾ら分かったとはいえ、それは大抵の場合、行動の1日前という有り様である。
前回のBETA新潟上陸……第8次BETA新潟上陸防衛戦の時もそうであった。
以上のことから、伊隅の疑問は最もなものなのである。
本来予測のつかないBETAの動きを、5日も前に把握できたのは、一体どのような手品なのかと。
「ふむ、その疑問は至極当然だな。答えはな、伊隅大尉――
「たまたま……でありますか?」
「香月博士の偶然の産物だ。よってこれからも、BETAの動きを予測出来るなどとは、決して思わないことだな、大尉。本当に今回はたまたまなのだよ」
「はっ」
武の物言いに、何か含むところがありそうだなと思った伊隅だったが、夕呼の産物だと言われれば、納得出来てしまうのも事実。
それ以上の追及はしなかった。
「よって今日の訓練は、
「「「了解」」」
ヴァルキリーズ全員が事の重大性を既に理解し、目つきは厳しいものへと既に変わっていた。
「なお、俺は別の任務があるため同行はしない。指揮はこれまで通り伊隅大尉が取れ」
「えっ?あ、はい」
武のこの言葉に、皆が少し驚く。
当然武もついてくるものだとばかり思っていたのである。
「まだ俺との連携訓練を済ませていない……というのもあるがな。どうしても外せない任務があるからな」
「……了解しました」
こうして今日のヴァルキリーズの訓練はスタートした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
A-01との訓練を終え、BDUから国連軍C型軍装に着替えた武の姿は、横浜基地内のとあるフロアの一室にあった。
時は夜もかなり更けた頃合い。
恐らく夜勤の者を除き、大半の者が寝静まった時間帯に、武はとある人物を出迎えていた。
「夜分遅くにすみません、鎧衣課長」
「いやいや、別に構わないよ……私も君に興味があったからねぇ、シロガネタケル君。斯衛軍の制服を着て基地の門前に現れるとは、随分と大胆なことじゃないか」
武の言葉に、何とも言えない表情で返したのは、鎧衣美琴の父である鎧衣左近であった。
「情報が早いですね。流石は帝国情報省外務二課ですね。いえ、流石は城内省保安情報部というべきでしょうか?」
「……そこまで知っているとは。一体どこから情報を仕入れてきているのかね?香月博士経由かな?」
仕事柄故だろう。
彼は驚きの様子を武に全く感じさせなかった。
「夕呼先生の情報ではありませんよ。自分が
ここで武は、敢えて夕呼のことを名前で呼んだ。
夕呼との親密性をアピールするためである。
そしてもう1つ。
この情報が夕呼からのものではないことも強調した。
あくまで自分には独自のルートが存在することを。
無論、そんなルートなど存在しないが、前の世界では存在した。
だから別に嘘ではないのである。
「ほう?」
ここで鎧衣が、少しばかり感心したような声を出した。
最も、これすら演技なのかもしれないが。
「では、感心ついでにもう一つ。最近、帝国軍内で不穏な動きがありますよね?戦略研究会とかいう。もし彼らが事を起こせば、日本に政治的・軍事的空白が発生することになる。それはBETAとの戦いにおいて、致命的とも言える事態になります。自分はそれを防ぎたい。その為に鎧衣課長と協力したいんですよ」
正直、武は鎧衣左近という人間がよく分からない。
前のこの世界でも、結局大した関わりを持ってこなかった。
それ故に夕呼の時のように利害の一致などではなく、彼を説得する唯一の方法は、未来情報と、武の揺るがない信念のみである。
やはり武は武。
人類史上稀に見るガキ臭い英雄なのだ。
「そうか。では、その為にはまず、イースター島の歴史から……」
「リーディング対策というのは分かりますが、そんな下らない話に付き合っている暇はありません。それに霞は、別の場所にいますからリーディングの心配はありません――それで、協力するんですか?しないんですか?それをまずはハッキリして下さい」
「……せっかちだな。だからこそ、モアイ像が何のために……」
「時間がないんですよ、鎧衣課長。オルタネイティヴⅣを成功させるためには、貴方の力が必要なんです」
鎧衣にとって、このシロガネタケルという男は、警戒すべき人物である事には変わりはない。
彼自身、日本帝国という国に愛国心を持っているし、その頂点に存在する皇帝陛下や政威大将軍である、煌武院悠陽を敬愛している。
前のこの世界で、鎧衣が12・5事件で暗躍したのは、その愛国心からか、或いは将軍殿下への敬愛からなのか、またはオルタネイティヴⅣの為なのか、理由は誰にも分からない。
しかし、それらの行動の結果は全て、日本のためという短い言葉で言い表す事ができる。
だから武は鎧衣を信頼できる人物として、自分の計画に協力してほしいと願っている。
それにこう見えても、実は娘思いであるということを武は知っている。
前のこの世界で彼が、娘の命日である1月2日に、必ず墓参りに訪れていたからだ。
また悠陽の意も受けてのことであろう真那も、例の横浜基地前の桜並木の元に、花束を置いていっている。
「それに彼らクーデター部隊の陰には、CIAがいます。本人たちの意志とは関係なく。これが何を意味するか、それは今更語るまでもないでしょう。だから沙霧大尉を協力者にした。クーデターを上手くコントロールする為に。違いますか?」
「……」
武の言葉に、鎧衣は初めて無言を貫いた。
しかし、目線は決して武から外されることはなかった。
いつものように、何を考えているかよく分からない眼ではあったが、武はそこから確かに感じ取った。
鎧衣の警戒の色を。
「俺は貴方を、一日本人として見込んで話をしているつもりです――これから俺のとある計画をお話します。鎧衣課長、それに協力するかしないかは、それは貴方次第です。ですが、協力して頂けるならオルタネイティヴⅣの完遂を、夕呼先生に代わって自分がここでお約束致します」
「ふむ。香月博士は悪魔と契約でもなさったのかな?ここに来てオルタネイティヴⅣは順調ということかな」
「オルタネイティヴⅣは必ず成功します」
あくまでも要領の得ない会話をしたい鎧衣に対し、武は明確な解答のみを突きつけていく。
「今からとある計画をお話します。それを以て、協力するか否か決めて下さい」
武は己の計画の一部を、鎧衣に話した。
意外にも武の説明中、彼は一切口を挟まなかった。
そして全ての説明が終わり、ここでようやく鎧衣が口を開いた。
「ほぉ……そのような大それたことが出来るとでも?」
「オルタネイティヴⅣの成果を以てすれば……可能です」
鎧衣の言葉に武は断言を以て答えた。
「ふむ……」
ここで鎧衣が珍しく考え込む素振りを見せた。
「この計画は、鎧衣課長の協力がなくては成り立ちません。俺の第1の目的は、人類の勝利です。その為には、オルタネイティヴⅣの完遂は必須条件です。これが俺の生きる理由です。BETAの糞共をこの地球圏から一掃する。夕呼先生なら、必ず成し遂げてくれる信じています。俺はその為なら、自分の命すら差し出す覚悟です。ですが、それ以前に俺は日本人です。日本の平和は、俺が願って止まないことなんです。その為には、鎧衣課長と協力してこの計画を遂行したいと思っています」
鎧衣がジッと武の目を見つめた。
それに対し武は動じることなく、鎧衣の目を見つめ返した。
暫くすると鎧衣は両肩を動かし、ヤレヤレといった感じの動きをした。
「ふっ……近頃、そういう目をする若者を、私は久しく見ていなかった。一体何が、君にそこまでの目をさせるのだろうな」
「
「なるほど……よかろう。その計画、私も協力しよう」
鎧衣は決断した。
「ありがとうございます」
鎧衣に対し武は深々と頭を下げた。
「だが、始めるからには後戻りは出来ないよ?シロガネタケル」
「覚悟の上です」
この日以来、鎧衣左近は決して人類史には残らないながらも重大な決断を下し、武の密かな協力者となったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
2001年11月7日(水)9:00
A-01に訓練の予定を告げた後、武はその足で207Bの元へと来ていた。
最も肝心のA-01の訓練は、第2シミュレータルームで行われている。
一方の207Bの訓練場所は、第1シミュレータルーム。
殆ど隣に移動するだけのようなものだが。
「まずは総戦技演習合格、おめでとう」
「「「ありがとうございます」」」
武はA-01と別れたその足で、強化装備姿の207Bと対面していた。
若干恥ずかしそうに立っている207Bの面々。
やはり訓練用の強化装備姿を、曲がりなりにも男である武に見られるのは、彼女たちとて少々恥ずかしいようだった。
しかし武はそんなことは気にしていない。
彼女たちの気持ちなど無視するかのように、武は淡々と述べた。
「これで晴れて、戦術機教範課程へと足を進められる訳だが……ここで1つ、俺から貴様らに言っておくことがある」
そこまで言って武はその後、数十秒、彼女たちを真剣な目でじっくりと眺めた後、武はニヤリと獰猛な笑みを浮かべて、やっと口を開いた。
「――訓練兵諸君。地獄へ、ようこそ」
このときの武の言葉と表情を、彼女たちは生涯忘れることが出来なかったという。