鬼滅の刃 ───とある鬼殺の剣士───   作:キャラメル太郎

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第拾話  完成した毒

 

 

鬼殺隊の隊士が負傷した場合に訪れる事になる組織内唯一の診療所、蝶屋敷。何時もは負傷して手当を行った隊士を安静にさせるために敷地内は出来るだけ静かに、ということが暗黙の了解となっている。この日とて蝶屋敷内は静かなものだ。しかし雰囲気まではそうでは無い。

 

蝶屋敷内のとある一室。そこに蝶屋敷を切り盛りする胡蝶姉妹が緊張した面持ちで、鉚迦の前に正座をして座っていた。対する鉚迦も姉妹の前に座っているのだが、何時もは無い胸の大きな膨らみが姉妹の視線を一人占めしていた。蝶屋敷で渡される患者用の服を借りて着込んでいる鉚迦のプロポーションは抜群だ。しかしそれは女性としてのプロポーションという意味である。

 

服を内側からこれでもかと押し上げて双丘を作り出し、留めているボタンが弾けそうだ。これ程立派な山はそうそう見られない。今までの鉚迦は男のような体つきをしていたのに、このビフォーアフターは一体何なのか。姉妹は額に掻いた汗を拭いながら、どういう事なのか詳しく聞くことにした。

 

 

 

「鉚迦さん、あなたは──────女性で間違いありませんね?」

 

「その目と頭は腐っているのか。私をどう見たら男に見える」

 

「では、何故男のような格好を?それにその…鉚迦さんの胸も……」

 

「アレが最も動きやすい。胸はサラシを巻いていた。動くと揺れて邪魔以外の何物でも無いからな。それはお前達にも経験があると思うが?特にしのぶは」

 

「しのぶ……」

 

「ちょっ…姉さん!そんなマジマジと見ないで!」

 

「何時の間にかこんなに大きくなって……」

 

「ねぇ?それどういう意味で言ってるの?」

 

 

 

しのぶはブチッと青筋を額に浮かべながら胸を腕で覆って隠す。背丈は姉に全く敵わないものの、こと胸の大きさに関してはしのぶが先を行く。それでも鉚迦のものと比べるとまだ小さい方だが。姉妹は会話をしながらも、どうしても鉚迦の体の方に目が行ってしまう。人の体を見詰めるのは不躾だとは理解しているのだが、今回は流石に仕方ない。

 

鉚迦は別に男に見られたくて胸にサラシを巻いていた訳では無い。歴とした理由があるのだ。それが激しい運動をした際の揺れである。豊満な胸を持つ鉚迦が走ると、それに連動して胸も揺れる。それはもう胸が運動しているとしか言えない程上下左右に揺れる。そうなれば痛くて、邪魔で、鬱陶しいということでサラシで固く巻いているのだ。

 

 

 

「何故女性と言って下さらなかったのですか?私はてっきり鉚迦さんは男性なのかと……」

 

「私に会う者会う者に自身の性別を明かしていけと?何故私がそんなことをしなければならぬ。寧ろこれだけ近くに居ながら気付かないお前達の観察眼を疑うがな」

 

「「うぐっ……」」

 

 

 

痛い所を突かれたカナエとしのぶは座りながら後退した。これだけ近くに、それも鉚迦は蝶屋敷に泊まっているというのにも拘わらず気付くことが出来ず、偶然鉚迦の裸体を見てから初めて気付くというもの。鉚迦は呆れたような視線を向け、そんな目で見られたカナエとしのぶは恥ずかしさが勝って俯いた。

 

男性にしては綺麗な顔立ちだと思ったが、今こうして鉚迦の見ると大変な美人である。そして彼女は身長も高い。この時代にはあまり居ないだろう五尺七寸はあろうかという高身長。それに伴いスラリと伸びた長い腕と脚。小さな顔に健康的な肌。これならば街中を歩けば声を掛けられるだろうし見られもするだろう。胸をサラシで隠せば男性にも見えることからオールラウンダーである。これは滅多に居ない。

 

鉚迦は実際カナエとしのぶに…というよりも他人から男と思われていようがどうでもいいと考えている。男性であることと女性である事等よりも、鉚迦は鬼舞辻無惨を殺すという目的がある。そして師と再会するという誓いが存在する。そこに他人からの評価等どうでもいいのだ。例えそれが邪魔をすれば殺す冷徹な男だというものであろうと。

 

 

 

「元より私は隠そう等と思ってはおらん。お前達が勝手に勘違いをしただけだ。……こんな事を聞いている暇があるならば常中を習得するための鍛練でもしたらどうだ。言っておくが、水の呼吸からの派生となる花の呼吸を習得したとしても、お前達はまだ弱い。その程度で十二鬼月を殺すと言っても笑い話にもならん程度にはな」

 

「はい…すみませんでした……」

 

「鍛練します……」

 

「ならば疾く部屋から出て行け。私は精神統一をする」

 

 

 

鉚迦に貸し与えられている部屋から強制的に追い出されたカナエとしのぶは釈然としない気持ちのまま鍛練に打ち込んだ。同じ女性と解ったならば、数少ない鬼狩りの同性ということもあって女性らしい会話の一つや二つしてみたかった。まあ、相手があの鉚迦ともなればそんな考えが全くの無意味であるということも直ぐに思い知ることになるのだが。

 

鉚迦はカナエとしのぶが部屋から出て行った後、最早最近の日課と化している精神統一をしながら師の絶技を頭の中で繰り返し思い浮かべる。毒の開発もいよいよ大詰めとなってきたのと同じように、鉚迦は満足のいくものが頭の中で出来上がってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼の苦手とする藤の花の毒はそのままに、人間にも有毒な毒を混ぜて……対比は……この種類の毒は……即効性は……」

 

「……ふぁ…あ……ふぅ……」

 

 

 

鉚迦がしのぶの護衛役となってから、既に二十五日が過ぎようとしていた。この日も鉚迦はしのぶに鬼を捕まえてきて与え、後は木により掛かって見学等をしていた。欠伸を隠すこと無く、鉚迦は伸びをして関節を鳴らした。そんな暇そうな鉚迦とは別にしのぶは周囲が気にならないほど集中していた。

 

毒の開発には一月掛かると言っていた事もあってか、しのぶの毒の研究はいよいよ大詰めを迎えてきていた。これまで鉚迦が捕まえ、毒の効果の実験に使われた鬼は以前にも増して苦しむようになったのだ。これまでは苦しげではあるが、狂う程では無かった。だが今では発狂するほど苦しんでのたうち回るのだ。

 

腕と脚を鉚迦に斬り落とされ、満足に身動きが出来ない状況でも暴れる。それを見ていた鉚迦は、毒の完成が近いことを悟った。そしてごく最近の話になるのだが、しのぶは姉のカナエが先に習得した花の呼吸を習得し、更にそこから新たな呼吸を生み出していた。その名も蟲の呼吸。突きを主体とした剣戟である。後は毒を完成させて呼吸に併せるだけ。それだけでしのぶはこれまでとは比べ物にならない、生き生きとした鬼殺を行うことが出来る。

 

 

 

「ぎい゙ぃ゙や゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙…………──────」

 

 

 

「──────死んだ…?…………完成した。完成した…!完成したわ!!鬼を殺せる毒が遂に完成したんだわ!!あはっ…あはははははっ!」

 

 

 

──────……よもや、本当に鬼が頸を斬られず毒のみで死滅するとは……。この眼で見ていながら俄には信じられんが……。そして、鬼と人間の戦争の歴史の中で確実に語られるだろう偉業を…まだ少女である身でありながら僅か一月以内に遣り遂げるとはな。此奴は天才という言葉では表せん頭脳の持ち主か。姉の方も常中を二十日で完璧に習得した。荒削りと言えども眠りながらも常中を続けている。姉妹揃って稀に見る傑物か。これは…『柱』に至るのも時間の問題か。

 

 

 

歓喜の声を上げながら笑っているしのぶを見ながら、鉚迦は思考する。気配を感じた時から潜在能力が高いことを見抜いていた鉚迦であるが、発現が早い。姉のカナエは短期間で常中を習得し、意外にも昔から存在する水の呼吸から派生される花の呼吸を容易に習得して、既に己の物としている。

 

しのぶは他の追随を許さない程の毒と医療に関する知識と腕があり、その中でも毒に関しては頭が飛び抜けている。鉚迦が興味本位で毒について質問して後悔した程だ。体が小さく、刀を振る筋力が無い事をコンプレックスに思っているが、それを抜きにしても余りある突きに関する才能。試しに硬く大きい岩に全力の突きをさせたところ、しのぶは大岩に風穴を開けた。常中を習得したことも加味されるだろうが、それでも強力無比なものだ。

 

思考している鉚迦を尻目に、しのぶは毒で死んだ鬼とは別にもう一体の鬼に同じ毒を注入した。隣で毒に苦しみ、死んだ鬼を見ていたもう一体の鬼は懇願して助けを求めたが、毒の開発が成功して高揚しているしのぶに声が届く筈も無く、毒を注射器で首元から注入された。その数瞬後、鬼の首元から全身へ紫色に変色していき、最後は苦しげな表情のまま息絶えた。

 

 

 

「──────これにて護衛は完了となる。よくぞ期間内に開発した。その手腕見事だ」

 

「ありがとうございます!鉚迦さんが沢山の鬼を捕まえてきてくれたお陰です!本当に…本当にありがとうございました!」

 

「うむ。……時に相談なんだが、その鬼を殺せる毒を幾らか貰えんか。頸を斬らず鬼を殺す毒。私も試してみたい」

 

「勿論です!今は調合できる量が少ないので、蝶屋敷に戻ったら沢山作って鉚迦さんにお譲りしますね!」

 

「……そこまでの量は求めておらんのだが、まあ良い。如何する、帰還しながら本当の鬼殺を試すか」

 

「いいんですか!?是非、是非お願いします!」

 

 

 

鬼を殺す毒の効果を今度はじっくりと見たかった鉚迦が、帰路につきながら鬼を殺すかどうか聞くと、しのぶは目を爛々と輝かせながら是と答えた。そしてその後、宣言通り鉚迦としのぶは鬼を見つけながら帰っていった。毒は完璧に完成し、十人は人を食っただろう鬼に対しても効果を発揮し、瞬く間に毒に犯された鬼は死滅した。

 

毒を使いながら戦い、鬼を滅殺する。それを試しにやってみようと、しのぶは調合した毒を抜刀した日輪刀の鞘の中へ流し込み納刀する。これによって日輪刀は毒を纏った状態となる。その後は鉚迦が気配を探って鬼を見つけ、現場へ向かう。食事を楽しんでいる鬼の背後から得意の突きを頸へ突き刺した。鬼は頸を狙われたことに焦って距離を取るが、直ぐに毒が効いてきて地面をのたうち回る。そして最後は体が崩壊して滅殺の完了となる。

 

しのぶは終始ご機嫌だった。どの位かとというと、常に不機嫌そうな表情をカナエを彷彿とさせる微笑みを浮かべ、鼻歌を浮かべながらスキップを踏んでいる程だ。更に鉚迦は後ろをついて行っているのだが、時々後ろを振り向いて眼が合うと、これでもかとニッコリとした笑みを浮かべるのだ。鉚迦はどれだけ有頂天になっているのだと、呆れの溜め息を吐いた。

 

 

 

「ふふっ。私が毒を完成させる事が出来たのは本当に鉚迦さんのお陰ですっ。今日のご飯はうんと美味しい物を作りますから、期待していて下さいね!」

 

「……何度も言うが私は護衛をしていただけだ。結局作ったのはお前だ。お前が誇らんでどうする」

 

「良いんですよ。私は戦う事が出来るようになっただけでも嬉しいんです。それに、鉚迦さんでなければ毎日二体以上の鬼を行動不能にして連れて来るなんて芸当出来ませんものっ」

 

「……………………。」

 

「あ、それで思い出したんですけど、あの鬼の焼き焦げた断面はどうやったのですか?鬼は再生が出来なかったみたいですけど」

 

「今のお前には教えても意味が無い。相応の実力をつけたなら教えてやらんでも無い」

 

「えーっ。もぅ…鉚迦さんったら。教えてくれてもいいのに……ふふっ」

 

 

 

鉚迦が言葉をどう返そうと、しのぶ上機嫌に笑う。年相応の可愛らしい花のような笑みで笑う。例えその要因が鬼を殺す為の手段を手に入れた事だとしても、その笑顔は綺麗なものだった。鉚迦は目を細めながらしのぶを見て、気配を感じ取る。歓喜に憎しみ。そして怒り。危ういと思った。しのぶは鬼に対してこれ以上無く憎しみを抱いている。つまりは向上心の拠り所が鬼しかないのだ。人を治すのを生き甲斐だとは思っていない。出来るからやっている。

 

カナエとしのぶの両親はとても誠実な者だった。日頃から二人は両親から、重い荷に苦しんでいる人が居るならば半分背負い、悩んでいる人が居るならば一緒に考え、悲しんでいる人が居るならばその心に寄り添ってあげなさい。そう言って聞かせてきた。だがそんな優しく誠実で、心の底からカナエとしのぶを愛してくれた両親は、目の前で嗤う鬼に殺された。

 

しのぶには到底鬼を憎まない、何てことは出来なかった。姉は人を食らうしかない鬼を哀しい生物だと捉え、憐憫の感情を抱いている。最近では鬼と人間は仲良く出来ると言い始める始末。だからしのぶは鬼を憎むのだ。両親を殺されても憎むことが出来ていない姉の分も、自身が鬼を憎むのだ。

 

しのぶは鬼殺隊の中でも今は実力的にはまだまだだろう。だが何時かは柱にすら到達する。そう鉚迦は考えている。更には鬼を殺す毒を完成させた。今まで見てきた者達の中でも特に稀有な存在だ。しかし、そんなしのぶは危ない。切っ掛けさえあれば壊れるだろうと思えるほど危うい状況にある。だが鉚迦はそんなしのぶ見て……どうでもいいと思っていた。

 

しのぶに協力したのは鬼を殺すことが出来る毒を開発させるため。今やその目的のものは開発を成功させ、更には手に入る。ならばもうしのぶやカナエに用は無い。何処ぞで死のうが生きようが興味が無い。鉚迦の目的は最初から鬼を…鬼舞辻無惨を殺す事なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼を殺す毒を作り出した胡蝶しのぶ。そんな毒を大量に手に入れ、全て珠世へと寄付した鉚迦。後に珠世から猫の茶々丸を通じて文が届き、感謝の言葉をこれでもかと送られた。それと合わせて日頃からの鬼の血の提供に、十二鬼月の鬼として上位者の血の提供。その全てに対して感謝を述べられた。どれだけ強い感謝の念があったのか、手紙に染みついた感謝の強い気配を感じ取って察した。

 

だが感謝で鬼舞辻無惨は殺せない。珠世からの善意だというのに、鉚迦は鬱陶しいという理由で届けられた文を燃やした。全ては鬼舞辻無惨を殺すためにやっているだけのこと。鬼の血を提供して鬼舞辻無惨を弱体化させる事が出来たのならば、珠世すらも用済みという括りに入る。鉚迦は変わらない。何が起ころうと、彼女は自身の考えを貫き通すのだ。

 

だがそんな鉚迦は今、珍しく苛つきを隠そうともせず、歩きながら横を通った時にあった大岩を、擦れ違い様に唐竹割りに両断した。ずずんと地を鳴らしながら真っ二つになった八尺を優に越える大岩を一瞥することも無く、歩みを進めた。鉚迦がこうも苛ついているのは理由がある。

 

 

 

──────何故近頃は十二鬼月が一体も見当たらん。気配も感じん。それどころか塵芥の鬼すらも見掛けん。全く、腹立たしい。それに加えてここ数日、矢鱈と鴉に文を持たせて寄越しおって、あの姉妹の餓鬼が。鬱陶しいから文を送るなと言っても性懲りも無く送りおる。次は読まず燃してやる。

 

 

 

珠世に毒を提供して一年が経過しようとしていた。しかしその間、鉚迦は十二鬼月を二体しか殺していない。雑魚鬼に関してもそうだ。これまで一日一体のペースで殺し回っていたのに、この一年は一週間に一体見つけられれば良い方という、ある意味不景気なのだ。そうなれば苛つきもするだろう。だが苛つきに滑車を掛けているのは、カナエとしのぶも関係している。

 

鉚迦がしのぶの護衛から解放されてからというもの、鉚迦は一度も胡蝶姉妹と会っていない。鬼との戦闘で傷を負う事が無いのだから、当然傷の手当てに蝶屋敷を訪れる訳も無く、鬼と滅多に出会えなくなったので、現場で鉢合うということも無い。だからだろうか、カナエとしのぶは各々で文を書き、鎹鴉に持たせて鉚迦の元へと届けさせているのだ。しかもそれは三日に一通は届けられる。

 

最近の姉妹からの報告の中で、特に大きく変わった事と言えば、姉のカナエが十二鬼月を滅殺したことにより花柱となり、鬼殺隊最上位の剣士として活躍していること。妹のしのぶはカナエの扱っていた花の呼吸を習得した後、独自の呼吸へと派生させて蟲の呼吸を編み出したということ。因みに、毒も鬼に効くようにその場で調合して臨機応変に対応しているとのこと。

 

彼女達に呼吸の基本であり奥義である常中を教えたのは鉚迦であり、それもあって鬼殺隊の階級を飛ぶように駆け上がっていき、カナエに至っては既に最上位となった。その事に関する感謝の言葉も何度も目にした。気配も感じ取った。だからもう文は送るなと言っておけと、鎹鴉を通して言ったのだが、未だに送られてくる。

 

中には是非近くに来たときには蝶屋敷へ寄っていって欲しい。一緒に甘味処へ行こう。蝶屋敷へ泊まっていって下さいと、散々誘われる。無論全て無視した。というよりも、これまで一度も返事は書いていない。それだけ無下に扱われたのならば、嫌な感情が芽生えて文など送ってこない筈なのだが、一向にその様子が無い。

 

鉚迦は何故ここまで自身に執着してくるのか理解出来ない。確かに間接的に命を救った事もあるだろうが、それは既に昔の話だ。今は護られるほど弱くはないのだ二人とも。力を付けた。戦う術を手に入れた。それ故に確かな地位に就いている。なのに鉚迦に歩み寄ってくることを止めない。理解不能だった。

 

 

 

そしてそんな苛つきを見せていた日から数日……鉚迦は運命の日を迎えた。

 

 

 

その日の夜は何処か薄ら寒い夜だった。暗闇を照らす欠けのない美しい満月が登る夜空を見上げ、鬼を探して旅をしていると、騒がしい声と共に鴉の気配を感じ取った。そして鴉…鎹鴉が叫んでいる内容を理解した途端……鉚迦はぎちりと悍ましい笑みを浮かべて心底嗤った。

 

 

 

「──────花柱ノ胡蝶カナエ、上弦ノ弐ト交戦中!応援ヲ要請!オ館様カラモ直接応援要請!祕黎鉚迦、南南東へ急行サレタシ!」

 

 

 

その場に人影は無かった。唯、地面が大きく陥没した後だけが残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その鬼は頭から血を被ったかのような模様の髪色をし、常に薄気味悪く、胡散臭く、何を考えているのか解らないような笑みを張り付けた、青年ぐらいの歳の姿をした鬼だった。月の光に反射して見える鬼の瞳は虹のように煌びやかで、中には上弦の弐と刻み込まれている。手には金色に輝く扇子を持ち、手の中で弄んでいた。

 

そして交戦中と鎹鴉が言っていたが、それには語弊がある。いや鎹鴉が飛び去った時には確かに交戦中だった。上弦の弐と戦っていたのだ。カナエは、たった一人で。しかしそれは直ぐに崩れ、呼吸が辛くなり、隙を見せてしまった所をやられてしまった。今は霞むような息をしながら倒れ込み、上弦の鬼を見上げる事しか出来なかった。

 

目が霞む。視界が暗くなる。意識を保っていられない。上弦の鬼が何かを言っているが、もう聞こえない。仲良く…鬼と仲良く出来ると思ったのに、とんだ茶番だった。この鬼は根から狂っている。会話が成り立っているようで成り立っていない。何かを感じているようで何を感じているのか解らない。カナエは悔やむ。死ぬ前に最愛の妹にお別れを言いたかった。最後にもう一度……命の恩人で憧れの鉚迦に会いたかった。

 

上弦が自身に向かって手を伸ばす。あぁ…本当にこんな所で死んでしまうんだ。そう思いながら瞼を閉じる寸前、カナエは黒い着物と黒刀を見たような気がして、意識を手放した。

 

 

 

「──────あれぇ?君今何処から来たんだい?俺の眼でも捉えられなかったよ。弱くて脆い人の身でそんなところまで鍛えたんだね。全部全部無駄だというのにすごいねぇ」

 

「……………………。」

 

「俺が君を殺しちゃうから意味無いだろうけど、折角だから自己紹介でもしようか!俺の名前は童磨(どうま)。十二鬼月の上弦の弐だよ。今宵は満月だ、いい夜だねぇ」

 

「──────ははっ」

 

「……?」

 

 

 

上弦の弐…童磨は笑みを張り付かせながら首を傾げる。柱だという女の子と交戦し、食べようと手を伸ばした所で突如現れた謎の存在。そんな存在に話し掛けたら突然笑いだしたのだ。可笑しそうに、愉快そうに。何か面白い事でもあったのかなと、楽観的なことを思った童磨は、目の前の人間が被っていた笠を取り、こちらに顔を見せ、手に持つ扇子と同じ様な黄金の瞳を目を合わせた途端、背筋に何かが走り抜けた。

 

童磨の前に現れた存在……鉚迦は嗤う。漸く見つけることが出来た上弦。十二鬼月の中でも最強に近い存在。探し回っていた存在が今、目と鼻の先に居るのだ。

 

 

 

 

ゲラ ゲラ ゲラ ゲラ ゲラ ゲラ

 

 

 

 

「──────ははっ!くははっ…!はははははははははははははははははははッ!!!!ようやっと…ようやっと見付けたぞ十二鬼月上弦の鬼ィッ!!いい夜ゥ?確かに良い夜だなァ!?私は貴様等を探しておったのだ。これまでは塵芥の雑魚ばかりだったが、貴様を見付けた今ならばその甲斐もあったということだ!フハハッ!さぁ逝ね!疾く逝ねッ!我が師の為この世から消えて無くなるが良いッ!!ハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

「──────思い出したよ。お前はあの方が言っていた黒刀の剣士だな。お前はあの方から見つけ次第殺せって言われてるから、この場で死んでくれ」

 

 

 

 

 

 

鉚迦は嗤い狂いながら黒刀の鯉口を切り、童磨は手にしている黄金の扇子を広げて構える。未だ嘗て無い激闘が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 






★大正コソコソ話★

実はサラシを巻いていると肺を圧迫されていて全集中の呼吸・常中が非常にやりづらいぞ!今は慣れたけど最初の頃は完全に全集中の呼吸無しで戦っていたんだ!


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