GBNのログインにはいくつか種類がある。
そもそもGBN専用ハードである「RX‐GBND」は、三つの機器がセットでパッケージングされている。
フルダイブ型ゲーム用ハード特有のバイザー型ヘッドギアと、ガンプラのスキャン機能を持つ他に持ち運び可能な子機としても使えるログイン端末のダイバーギア。そして、ダイバーギアをセットするコネクタを要するシート型PC。部屋に置くにはそれなりにスペースをとる代物だが、それでも一世代前のフルダイブ用ハードと比べると見違えるほどコンパクトにまとまっている。
そしてログイン方法の一つが、このハード最大の特徴である「ガンプラのスキャン」を介して行うフルダイブ。最もオーソドックスな方法であり、GBNと聞いて誰しもが初めにイメージするであろう代物だ。言うまでもないことだが、当然制作側もこれをメインに想定したゲーム作りをしている訳で…逆に言えば、このログイン方法を取らない限り、GBNにおけるガンプラを用いたコンテンツの殆どは利用できない。
だが、他のログイン方法が存在しているということは…並行して、他の遊び方もしっかりと想定されているということに他ならない。
一つは、携帯ゲーム機としてダイバーギアを使う、昔ながらのMMO方式の簡易ログイン。
そしてもう一つが
◇ ◇ ◇
【Welcome to GBN】
全身が浮遊し、そのまま緩やかな引力に引っ張られる感覚。
三角形の光のゲートを幾つも潜り抜けて、見慣れた文字列が刻まれた最後の門を通過すると────そこはまた見慣れたロビーだった。
「ねぇ見た?先週のGBNベストバウト」
「見た見た。【電光石火】のバトロワ16連勝だろ?やっぱ頭おかしいよ一桁フォース」
「ねー。参考にしようにも凄すぎて真似できない…」
「今日どこ行く~?」
「稼ぎかな。もうちょっとでランク上がるし…デスアーミー行かね?」
「オッケー、じゃあ新武装試していい?」
「ゲーミングドライブ乗っけてる機体…見かけちった」
「マ?あれ都市伝説じゃなかったのか…」
「いや、去年のフェスのランキング上位者10人に配られた限定報酬だから…実在はしてる、間違いなく」
「ダイバー系のガンプラ撃つのってやっぱ抵抗あるよね…」
「ところがぎっちょん。ダイバー系で揃えたフォースがいるらしい…」
「畜生かな?」
「外道でしょ。しかも本人たちは至ってまともな事しか言わんのがなんとも…」
「──バエルの元に集え!」
「バエルだ!アグニカ・カイエルの魂!」
「まーたやってるよ頭バエル集団……」
慣れ親しんだ、混沌極まる喧噪の只中に俺は立っている。
周囲を行き交うプレイヤーアバターは、性別どころか種族すら十人十色で…その点はフルダイブ型ゲームならではの臨場感もあって、適当に眺めているだけでも退屈しない。ゲームやガンダムに関心のない女子高生ですら放課後の延長線として利用するというのも頷ける。今代トップの神ゲーとしては、もうこの時点で格が違うという事なのだろう。電子の世界であるここで吸い込んでも味もしない空気を無駄にたっぷり呑み込んでから、一人ごちる。
「なんか…案外あっさり帰ってきたな…」
苦笑。端から見たらぶつくさ独り言を言って笑い始めるという奇怪極まりない俺の行動を、多少訝しむ様子で見ていくダイバーがいて…何だか急に恥ずかしくなった。どこか端っこに退避しよう。
きっと自分一人では、仮にほんの少しの時間であったとしても、この世界に戻ってくることはできなかったと思う。その点はヤツの強引さと身勝手さには感謝してもいいのかもしれない。
ロビーフロア中心から上空に伸びるディスプレイ・ピラーの見慣れぬバナーなんかを眺めていると…後ろからツンツンと肩をつつかれた。
「あのー、すみません」
「…はい?」
「あ、突然でごめんなさい!」
振り返ってみると、見知らぬダイバーが、俺のアバターの袖を摘まんでいた。
小柄で、線の細い少女の姿をしたそのアバターは…いかにも今日始めました、という風情のデフォルトのダイバールックに身を包んでいた。少女はその姿勢のまま、おずおずと言葉を吐き出す。
「ワタシ、今日このゲームを始めたばっかりで…あの、よかったらなんですけど…色々教えてくれませんか?」
うるうるとした上目遣いでこちらを見てくるその姿は、何とも言えぬ庇護欲をそそるもので───って、ちょっと待て。
「…いや、お前のリアル、アロハ野郎じゃん…」
「げっ、開幕バレてら!」
「お前のボイチェンは分かりやすいんだよ…高校からつるんでる身としてはな」
「はーつまんねー!わざわざ課金アイテム使って見た目変えたのに!!」
俺の冷めた目線と返しを受けて…その少女は途端にいつもの口調と、いつもの声音──その華奢で可憐な見た目とはあまりに不釣り合いな野郎の声に戻った。
「ダイバーネームもいつものまんまだし。あと仕草も台詞もあざとすぎる…28点」
「評価手厳しスギィ!」
「やめろその見た目とその声でスラング使うな」
わざわざ課金アイテム──デフォルト固定だが一時的にダイバールックを偽装できるという代物──まで使った悪ふざけを吹っかけてきたこの輩、
舌打ちをしながらコンソールを操作すると、本来の姿であろう和装の男性の姿に変わる。紅葉をあしらった赤い羽織に黒い袴という着こなし。髪は現実と同じく短めだが、こちらでは金色に染め上げるというややちぐはぐな見た目をしている。
「…というか、俺ってよくわかったな」
「それこそお前もユザネ、いつも通りじゃねーか。リアルからあんま見た目弄らんのもそうだし」
「モーフィングめんどくさいんだよな…まんまじゃなきゃいいんだよこういうのは」
「まぁ…結局そういうもんか」
ちょくちょく一緒にゲームをする間柄だからこそすぐに看破できたのはあちらも同じことだったらしい。確かに俺のダイバーネーム【シン】は別ゲーでもよく使うものだし、髪が白い事と、ミリタリーなテイストのケープマントを着ている以外はリアルとそれほど乖離していない見た目をしている。
因みにこれは俺の持論だが…こういのは色々盛ると虚しくなるのだ。ソースは昔やってた別ゲーでの俺ら。それを受けてかヤツも顔立ちや体格はなんだかんだリアル寄りだし。
「で、どうよ。初GBNの感想は」
「うーん……ファンタジーものかと思った」
「わかる…人外多すぎるんだよここは」
そんな俺たちの足元近くを、やたらと小さい埴輪のようなお化けのような…なんとも形容できない姿のダイバーが列を作って歩いて行った。
ガンダムを詳しく知らず、今日初めてログインするというコイツにすらそんな感想を抱かせるのだから、大概GBNはプレイヤーの「自由」を尊重しているということだろう。それが良い悪いという話ではないが、ガンダムシリーズを日頃見ている俺が初めてGBNにインした時もひどく面食らったものだ。いくら原作にもニュータイプのような「新人類」やELSのような「宇宙生物」が登場するとはいえ、あくまでSFというカテゴリに則った範疇であったし、当然本編に埴輪もどきや羽を生やした美少女が出てきたりはしない。しかしそこは電子の空間で仮想の肉体を操るフルダイブゲームであるGBNは、キャラクタークリエイトという側面ではむしろ相当に充実している部類であった。
「よし。合流もしたし、フレにもなったし──本日のメインイベントと行きますか」
「あいよ。じゃあフレ申請して…よし、行くか」
─────だが、今から俺たちが目の当たりにするものこそ、このゲームのクリエイト性における真髄であり…
無限に広がる宇宙のごとく多彩で、広大で、果ての無いものだ。
◇ ◇ ◇
「へぇー…流石にでけぇな」
「平均18mはある機体を置いとく所だからな。ま、機体によってサイズ変わるらしいけど」
喧騒に包まれていたロビーフロアとは打って変わり、自分たちの声が少し反響するくらいには静かな空間。冷たい質感の黒鉄で囲まれたここは、「格納庫」という専用の個別ディメンションだ。
ロビーや他の各ディメンションとは異なり、ダイバー一人一人が個別に持っており、戦闘中などの特別な状況でさえなければ、コンソールからいつでも飛べるほか、今回の俺のように招待を受ければ人の格納庫を利用することもできる。
その用途は書いて字の如くで─────
「しっかし、実際下から見上げてみると…こう、来るもんがあるな」
「…まぁ、わかるよ。で、こいつは?」
「おう。とりあえず組んでみた俺の機体…【魁ブレイヴ】ってとこかな」
一番のハンガーに懸架されている赤と黒の機体。それがダイバー【C・$】のガンプラだった。
「マスラオカラーのブレイヴね…あーこれ、スサノオのパーツも使ってんのか」
「色々調べてみて、ピンと来たキッドをミキシングしてみた。ま、初めてにしては上出来だとは思うが?」
「うん、意外とちゃんとしてて驚いてるくらいだ…あ、ダイバールックってもしかして」
「グラハム・エーカー…ネタキャラネタキャラ言われてっけど俺は好きだな」
ブレイヴ。
劇場版機動戦士ガンダム00-A wakening of the Trailblazerghai-に登場する、疑似太陽炉を搭載した可変型MSである。試験機ながら高い性能を発揮する機体であるが、コイツがベースとしたのはグラハム・エーカーが搭乗する指揮官用試験機の方だろう。疑似太陽炉を二基搭載し、通常機より高性能である代わりに高い操作技術を必要とする。
【魁ブレイヴ】はその改造機ということらしい。因みにカラーリング元となっているマスラオも、パーツを流用しているスサノオも同じくグラハム・エーカー──もとい、ミスター・ブシドーの乗機であり、ヤツのややちぐはぐなダイバールックも、思えば彼をモチーフにしているということなのだろう。なんというか……徹底的なグラハムづくし。いつの間にかヤツはグラハム大好きマンになっていたらしい。
「とはいえ、一応同じシリーズとか、同じデザイナー、同じパイロットの機体パーツでミキシングするのがなんだかんだで堅いってことで選んだんだが」
「うん、それは概ね正しい…ただアレだぞ、グラハムっつーかミスター・ブシドーは変態だから…」
「癖がつえーってのは承知の上だ。ただほら、その方が燃えるじゃん?」
「なるほど…まぁそれ差し引いても、GNドライブは積み得パーツみたいなところあるしなぁ」
要点は抜け目なく調べている所がコイツらしく、しかも愛のあるいい機体だと思う。しかもGNドライブは搭載することで様々な恩恵をもたらす、所謂「環境構築」に常に位置する強力なパーツだ。動力炉として優秀なのは勿論、最大の特徴である「トランザムシステム」は、昔からGBNにおいて一定のポストを確保しているほど有用なスキルとなる。
俺は当初抱えていたもやもやなんかもはや吹っ飛んで──今はこの機体の挙動とか、この機体を組み込んだ戦法など、色々思考を巡らせるほどになっていた。
「…あれ、そういやお前の機体は?」
「ん?あー…今日は無しでログインしたんだ」
「えぇ…つまんねーな、初日でボコしてやろうと企んでたのに」
「舐めすぎだろ…そんなこと言ってたら何も教えてやらんぞ」
まだなんか壁はあるけど、とりあえず清涼剤にはなったか──と、
「それはさておきとして…早速出てみるか、チュートリアルミッション」
「おー…あれ、じゃあお前は?」
「オペレーターモードあるから、それで補助するわ」
「オッケー。ささっと操作覚えて、他のミッションも行ってみるべ」
それじゃ、と俺は自分のコンソールパネルを開いてフレンドリストからこいつを選択し、オペレーターモードを起動する。
少なくとも半年前からあるこの機能は、コクピットによく似た空間から指示を出すことができるという代物だ。機体に乗って直接戦えない代わりに、機体から見られるそれより多機能な広域マップと、随伴すると決めた各味方機体の視点を得ることができる。そのため今回みたいなレクチャー用として使ったり、疑似的な偵察機の役割を果たせるのである。
「この【基本操縦訓練1】ってのでいいのか?」
「そうそう。アプデでチュートリアルミッションはどこからでもやれるようになったから、押せばもう始まるぞ」
「りょーかい。…おぉ、マジにコクピットだ。これがコントローラーね…はいはいはい」
瞬時に光に包まれ、発光するウインドウがいくつも表示される。それを記憶を頼りに弄っていたら、画面の一つにカタパルト内の機体の視点が表示された。興奮した様子のアイツの声に、なんだか懐かしい気分に包まれる。
────あの頃は常にずっと、ワクワクしてて、刺激的で…
かぶりを振って気持ちを切り替える。そして初めの大事なアドバイスをアイツにしてやる。
「アニメ見てんならわかると思うけど…発進シーンは大事なとこだ。音声入力も兼ねてるから…ま、好きにやるといい」
「了解了解、いいねいいね…テンション上がってきた!」
発進位置に出た魁ブレイヴは、巡航形態をとっている。ガイドレーザーが展開され、今サインが赤から…青に。
「C・$。【魁ブレイヴ】、出る!」
迸るのはフォトンの崩壊現象によって輝く赤い粒子の波。稲妻をスパークさせながら、機体は今電子の空を舞う。
あの時と形は違えど、俺はここに……GBNに、帰ってきた。
【シン】
GBNにおける蒼井革のアバター。ハンドルネームは他ゲーでもよく使うというかSNSとかでもほぼ統一している。由来は革→あらた→新→シン。
元々軍服を着ていたが、とある販促アニメに嵌った結果今の格好になっている時点で友人のことはあまり言ってられない。髪や顔は少し弄ってあるが身長や雰囲気はそのままなので知人には割とすぐバレる。
【C・$】
アロハ野郎こと新島司のアバター。見た目はゲームによって性別レベルでコロコロ変えるため安定しないが、ハンネは主人公と同じくだいたいどこでもいっしょ。由来は司→司(し)・つかさ”どる”→シードル。
機体選びの一環でアニメを流し見していたところOOに出会い、回を追うごとにおかしくなっていくグラハムに愛着がわいていった。
余談ですがこちらのGBN世界においては漢字や英語表記キャラも普通に居ます