公子様に過労死寸前まで酷使されたので転職します   作:きのこの山 穏健派

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注意事項
・シリアス君が全力を出し始めました。
・一万字を超えました。
・キャラの口調がおかしいかも

以上のことが大丈夫でしたら
本編をお楽しみ下さい。

追記 
タイトル名が仮の名前のままだったので修正しました。
更に追記
刻晴ファン及び原神ファン、この作品を読んで頂いている方々にご迷惑をお掛けしました。つきましては活動報告もしくは下記のURLを読んで頂けると幸いです。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=267155&uid=247187





第七話 悪夢再来

時刻 17:26 ドラゴンスパインにて

 

 

「ブエックショイ!」

 

「・・・大丈夫かミハイル」

 

「これが大丈夫に見えるか? クソ寒いにきまってるじゃねぇか!!」

 

「本国よりかは寒くはないだろう?」

 

「そりゃそうだが、寒いのは寒いわ! なんでお前は平然としてんだフライスィヒ」

 

「慣れてるからな」

 

「そうかよ....にしても薄気味悪いな」

 

 

ファデュイモンド支部から数人行方不明者が出た。

翌日ファデュイモンド支部から正式な指名依頼をフライスィヒに頼み、ミハイルと同行及び協力を要請し、捜索(そうさく)しに来ているのだが未だ誰1人発見出来ていない。

 

 

「そうだな....警戒を怠るなよ」

 

「分かってるって、こんなとこで凍死したくないしな」

 

 

吹雪が舞い、視界も3m先が見えなく、気温が更に低下しつつある極寒環境の中での捜索は極めて困難であった。この状況下では痕跡(こんせき)どころか足跡さえも雪で埋もれているだろう。これは発見出来そうにもないと思い、一度吹雪が止むのを待つかと考えていたが、不意にあるものを見つけた。

 

 

「・・・・ミハイル」

 

「なんだ?」

 

「足跡がある....他に誰か捜索している奴はいるのか?」

 

「いや、確か西風騎士団も捜索する筈だがまだ準備してる頃だ」

 

「何? 私達以外にも行方不明者がいるのか?」

 

「ああ、何でもアッチも行方不明者が出てるしな」

 

「・・・・・そうか」

 

「だから今回に関しては西風騎士団との協力も考えてるそうだ」

 

 

ミハイルの情報通りだとすれば、我々以外にも捜索している者がいるか()()()()()()が此処にいると予測できる。一先ず、フライスィヒ達は足跡を追うことに決定した。フライスィヒは何故か嫌な予感がするが何事も起きないように祈っていた。しかしーーー

 

 

「おいフライスィヒ」

 

「どうした?」

 

「血痕だ」

 

「・・・・・なに?」

 

 

足跡を追っていくにつれ、薄暗い洞窟へと辿り着き、ミハイルは所持していたランタンを灯した際に壁を見ると、横へズルズルと引かれたような手形の血痕が壁に染み付いていた。

 

 

「どうだ?」

 

「・・・・・まだ新しい....恐らく1時間も経過してない」

 

「となると、厄介ごとに巻き込まれそうになるな」

 

「臨戦態勢にしておけ」

 

「了解」

 

 

やはり嫌な予感が当たってしまったかと思ったフライスィヒは刀を抜き、先頭に立ち歩いた。ミハイルも護身用のナイフと短銃を懐から取り出し、周囲を警戒しながら2人は洞窟の奥へと進んでいった。

 

それから数分経った頃だろうか、暗影の中で見えたのは瓦礫か何かかと思えば、人影が見えたのは。

 

近付くにつれ、人影に見えたそれは2人のよく知る人物だった。

 

 

「おい、あれ.....ジャバートじゃねぇか?」

 

「・・・・・」

 

 

背を向けたジャバートが無言のまま振り返る素振りもなく、ただただ立ち尽くしていた。()()()()であるならば此方に気付き、何かしら接触してくるだろうが、微動(びどう)だにせず立っているだけだった。異様とも言える雰囲気を(まと)いながら。

 

何かおかしいと感じたフライスィヒは、ミハイルに注意しろと伝えようとしたが、既にミハイルはジャバートに近付き、肩に手を置こうとしていた。

 

その時。

 

 

「おーいジャバート! お前も「避けろミハイル!」は?うおっ!?」

 

 

突然声を荒げたフライスィヒに背中を引っ張られたミハイルは体勢を崩し、地面に尻餅をついた。そのせいでランタンが手から離れ落ちてしまったが幸運にも壊れることはなくミハイルは安心した。これは備品なのだ。壊れても経費で落ちるが、あまり物を粗末にしたくないのだ。

 

 

「何すんだ! フライ....スィヒ?」

 

「ミハイル下がれ。様子がおかしい」

 

「ふ、フライスィヒ?」

 

「それと援護頼む」

 

 

いきなり背を引っ張ったフライスィヒにミハイルは文句を言おうとしたが、何時になく真剣な表情をしているフライスィヒに何も言えず、不意にジャバートを見ると、刀を横凪(よこなぎ)に振っていた。丁度そこにミハイルが立っていた場所に。もしあのままフライスィヒが背を引っ張られていなければ首が飛んでいたかもしれない。

 

己の最悪な状況を理解出来た....いや理解してしまった。ブワッと噴き出す汗に嫌悪(けんお)感が増すが、それ以上に同僚(どうりょう)が己に刃を向けたことに信じられなかった。

 

だが、これは始まったばかりだ。

刀を握り締めたジャバートがフライスィヒ達に襲い掛かる。

 

 

「おいおいマジかよっ!!?」

 

「クソッ!」

 

 

ミハイルに向かって来たジャバートをフライスィヒが庇う形で迎え討ち、刃と刃がぶつかり、ガキンと火花が散る。受け止めた力加減からして確実に殺しに来ていると感じ取ったフライスィヒは弾き返し、腹部に回し蹴りを放つ。どうにか距離を取ろうとするも避けられてしまい、刃がフライスィヒへと振り落とされる。咄嗟に防御し何とか持ち堪えるが隙が全くと言っていい程無いに等しかった。

 

 

「ジャバート!俺だ!ミハイルだ!何が目的だ!!」

 

「......を」

 

「あ?」

 

「邪魔する...者には....死を.......」

 

「・・・・これは」

 

 

ミハイルはジャバートに呼びかけるが予想する返答とは違うものが聞こえ、困惑した。いつから此奴は痛い奴になったんだと一瞬考えたが直ぐに振り払い、恐らく混乱状態にあると分析した。

 

だがフライスィヒにとっては()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それと同時に力が弱ったのを感じ取り、再び弾き返して今度は頭部に蹴りを放った。勢いよく放った蹴りはそのまま頭部に直撃しジャバートは地面へと倒れ伏した。殺されかけたとはいえ、同僚の頭を蹴ってしまい、慌てて生死を確認するも息をしていた。

 

どうやら気絶したようだ。もし打ち所が悪ければ、死んでいただろう。

 

 

「・・・・気絶したのか?」

 

「ああ」

 

「にしても、いきなり襲い掛かってくるとはな」

 

「・・・・・」

 

「助かったフライスィヒ.....お前がいなけりゃ消されてたぜ」

 

「・・・・・」

 

「フライスィヒ?」

 

 

一先ず安堵したミハイルはフライスィヒに礼を言うが、無言のままジャバートを見つめていた。すると何を思ったのかジャバートの仮面を外し、短く声を(うな)った。

 

 

「やはり.....だがまだ軽症か。これならどうにかなるな」

 

「? どういう意味だ?」

 

「ミハイル、酒とセシリアの花、清心はあるか?」

 

「・・・・清心は無いがそれ以外ならあるぞ」

 

「構わん、貸せ」

 

 

ミハイルは背負っていたバックパックからセシリアの花と酒を取り出し、フライスィヒに渡すとセシリアの花を細かく刻み、酒に入れていった。またフライスィヒも腰のポーチから清心とヴァルベリーを取り出し、同じように細かく刻み込んで酒に入れ、蓋をし振り始めた。

 

 

「何するつもりだ?」

 

「調合して解呪の薬を作る。これである程度は治せる筈だ。後はジャバートの自我が呪いを克服すれば良いのだが」

 

「呪い?」

 

「・・・・ジャバートの目を見てみろ。但しあまり直視するなよ」

 

 

何故呪いという言葉が出たのか不信に思い、仮面をそっと外しジャバートの目を見ると、中心に蜘蛛が映っていた。ミハイルはなんだこれは?と考えたが、ふと()()()()()()()()()()

 

 

「・・・・これは」

 

「そうだ、()()()()()()()()()()()

 

「ッ.....以前聞いたが、そういう意味かフライスィヒ」

 

「ともかく、余り時間がない。先にジャバートを」

 

 

もしフライスィヒが話した通りなら時間は余り残されていない。急いで下山しなければ間に合わなくなる。倒れているジャバートを担ぎ立ち上がろうとしたその時、奥から足音が聴こえてくる。それも1人や2人ではない....何十人もの足音が聴こえている。

 

 

「なあフライスィヒ、これ」

 

「ああ....一度退くぞミハイル、かなり不味いぞ」

 

 

どうやらこの洞窟は()が拠点としている場所だった。余りにも迂闊だった。さっさとジャバートを連れ、急いで逃げるべきだった。

 

だがもう遅い。奥からゾロゾロと歩いてくる。

ある者は剣を持ち、又ある者は長銃を持ち、又ある者は金槌を持って、ユラリユラリと此方に詰め寄ってくる。まるで亡者の行進だ。

 

 

「おいおいおい....いつから此処はパーティ会場になったんだ」

 

「ミハイル、お前はジャバートを連れて逃げろ」

 

「はあっ!?正気か!?この人数相手だぞ!!?」

 

「・・・・私が目当ての筈だ」

 

「チッ....くたばるなよフライスィヒ!」

 

 

フライスィヒの言葉を理解したミハイルは舌打ちをしジャバートを担ぎ、洞窟の外へと走り出した。己の不甲斐なさを感じるも、そんな場合ではない。時は一刻を争う。

 

出来ることといえばフライスィヒに健闘を祈ることだけだ。

 

 

 

「さて、悪いが貴様達は少しばかし私の相手をして貰うぞ....」

 

 

その言葉を境に、金属音と発砲音が洞窟内に響き渡る。

 

 

(.....ッ!.......すまん、フライスィヒッ!)

 

 

振り返る暇は無い、今は唯逃げる事だけを考えろ。

そう己に暗示させ、洞窟の外へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッタレ! 一体全体何が起きてやがんだ!?」

 

 

急斜面の中、ジャバートを抱えながら急いで下山するミハイルだが、前よりも吹雪が強くなり始め、もはや前が見えなくなっていたがそれでも進むことしか出来なかった。一刻も早く此処から逃げる為に。

 

 

「・・・・・・ぅ」

 

「ジャバートッ!? 起きたか!? 何があった!??」

 

「・・・・洗...姫.....奴が........めた」

 

「何だって? 吹雪で聞こえねぇよ!!」

 

 

幸運にも呪いを克服したジャバートが目覚め、ミハイルに何かを言っているが全て吹雪で掻き消され、耳に届かなかった。ミハイルは何とか聞き取ろうと意識を集中させたが、それが災いしたのか背後からの発砲音に気付くのが遅れてしまった。

 

 

「ヤッベッ!?」

 

 

数発放たれた弾丸の内、一つがミハイルの左脚に擦り痛みが身体中に響き渡った。

 

 

「ガァッ!!?」

 

 

身体が前のめりに倒れ、ジャバートと共に急斜面を転げて行った。視界が何度も反転し受け身を取れず、そのまま転げて行き、気付けば背中に激痛が走った。恐らく背中から、岩か何かにぶつかったのだろう。

 

ミハイルは全身に痛みが生じる身体を起こし、辺りを見回すと1m離れた先にジャバートが仰向けで倒れていた。もしジャバートがミハイルの方に来ていたのなら、ぶつかって骨の一本二本折れていただろう。不幸中の幸いであった。

 

 

「あー....痛ってぇな、チクショウ」

 

 

なんとか立ち上がり、仰向けで倒れているジャバートに近付き、手を肩に回して抱えようとしたが、背後からザクザクと雪を踏む音が聞こえてきた。

 

ゆっくりと振り返ると、長銃を此方に向け、今にも引き金を引こうとしている先遣隊・遊撃兵の姿だった。まさか最期が()()()()()()()者に殺されるとは思いもせず、不意に笑いが込み上げて来た。

 

 

(あーあ、詰んだなこりゃ。 悪りぃなフライスィヒ)

 

 

フライスィヒを囮にしてまで逃げる事が出来ず、何の役にも立たなかった己を恨めしく思ったが、もはやどうでもいい。此処で終わるのだから。そして両手を上げ目を閉じ、死を覚悟したーーー

 

 

「悪いけど、殺されてもらっては困るわ」

 

 

ーーーが、その必要は無かったようだ。

ミハイルの横を紫雷(しらい)が横切り、遊撃兵を一閃し、そのまま倒れた。

前方から雪を踏み歩く音が聞こえてくる。一難去ってまた一難かと思いながら振り向くと以前、報告書で見た事がある人物だった。

 

 

「其処の貴方、大丈夫かしら?」

 

「あ、あんたは.... 璃月七星の一人の」

 

「刻晴よ。怪我は?」

 

「ない様に見えるか?」

 

 

何故此処に璃月七星の1人「玉衡」こと刻晴がいるんだ。まさかアイツらと同じく仲間なのかと思ったが、目をよく見ると蜘蛛は映っていなかった。

 

となると、此処に用事があって来たのだろうと判断し、何とか助かったのかと溜息を吐いたが、フライスィヒを1人残して逃げ出したのを思い出した。

 

とにかく今は猫の手だろうが何だろうが何でも良いから手を借りたい状況だ。あまり頼みたくはないが事が事だ。

 

ミハイルは璃月七星にフライスィヒの

救助及び助力を頼もうとしたが

 

 

「貴方は確かミハイルだったかしら? モンド支部ファデュイ使節団の」

 

「俺もとうとう有名人の仲間入りか...情報の伝達が早いこって。そうだ、それがどうかしたか?」

 

「フライスィヒ....いえ、今はファウルだったかしら?彼を知っている?」

 

「・・・・・何の話だ?」

 

 

何故此奴がフライスィヒの名前を知っている。

何故今フライスィヒの名前を出した。

睨みながら聞いてくる刻晴に

ミハイルは警戒度を引き上げた。

いやそれだけじゃない、何で自分の名前まで...ましてや所属まで知っているのか。確実に裏があると判断し、刻晴を睨むが背中に冷や汗が流れる。

 

ハッキリ言って、もし目の前の刻晴がミハイルに武力行使をすれば10:0で負かされるが、大事な同僚を....友人を売れる筈もない。

 

いや、売って堪るか。

 

互いに睨み合い、数秒経っただろうか....刻晴がふぅと息を吐き、ミハイルに対してこう言い放った。

 

 

「そう....ではこう言えばいいかしら?『愛しの処刑人』と」

 

「・・・・・は?」

 

 

一体何を言われるかと思えば、予想だにしなかった応えが来て、素っ頓狂な声が出てしまった。いやそもそも愛しの処刑人とは誰のことだ?とミハイルの頭の中に疑問が現れる。

 

またミハイルの反応を見た刻晴は想像していた反応と違い、もしや話さなくていいものを聞いてしまったのでは?と考えが刻晴の頭の中に浮かび上がる。

 

詰まる所、お互い頭の中は????の状態になっていた。

 

 

「あら?違うの?」

 

「いや待て、話の意図が分からないんだが」

 

「彼が呼ばれていた異名の話よ」

 

「・・・・そんな名で呼ばれたことないぞ」

 

 

何だそれ初めて聞いたぞと、この場に居ないフライスィヒを今すぐに問いただしたいが自分の代わりに囮となり、逃してくれたフライスィヒに聞けるわけもなく、後で調べるかと頭の隅にメモをしておく。

 

かたや一方、あっこれ完全にやらかしたと内心苦虫を噛んだようになるが表情に出ないよう、ポーカーフェイスを保とうとする。

 

 

「“そんな名で呼ばれたことがない”ね....ふーん、別の名で呼ばれていたのかしら」

 

「こっちとしては、そもそも初耳だ」

 

 

やっべ、これ凝光に後でネチネチ言われる奴だと目が死にそうになりながらも任務を遂行するべく情報の収集もとい尋問を行う刻晴であるが、表情筋は死を迎え真顔になり若干青褪めていた。

 

なお、それを見ていたミハイルはまるでまだ新人だった頃の自分を見ているようで、ホッコリしていた。

 

閑話休題

 

それにしても此奴は只事じゃなくなって来たなと背後をチラリと見た。後ろには十数人はいるであろう千岩軍の兵士がミハイルを取り囲むように並んでいた。

 

 

「それで、天下の璃月七星様が此処に何しに来たんで?」

 

「無論。行方不明者達の捜索と、彼と話をしに来たのよ」

 

「にしては、人と装備(千岩軍)がガチガチに固められてるじゃないか」

 

「当たり前じゃない。何が起きるか分からないからね」

 

「・・・・何が目的だ?」

 

「何度も言わせないでくれないかしら?それとも貴方はトリ頭n」

 

「そういう意味じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

そう言うと刻晴の目が細くなりミハイルを睨みつけた。これ以上詮索するのであれば、それ相応の対処をする事になるぞ、と。

 

 

「さっき言ったじゃない、私達は行方不明者達の捜索と()()()()()()()()って」

 

「・・・・・・・信用ならないな」

 

「それはお互い様じゃない?」

 

 

此奴は使えんとお互いに判断し刻晴はフライスィヒを探しに、ミハイルはジャバートを連れて下山しようと、互いの任務を終わらすべく動こうとしたが、誰かが急いで雪を踏みしめて走ってくる音が聞こえてきた。

 

 

「ん? あれは.....」

 

「フライスィヒ!」

 

 

服はボロボロになり、所々血が付着しているフライスィヒの姿だった。まさか、あの洞窟から逃げて来れるとは思わず、ミハイルはあまりの嬉しさにフライスィヒに近付いて行った。

 

 

「無事だったか!?全く無茶しやがっt「退けッ!!」グッ!何...を....?」

 

 

突然、フライスィヒに突き飛ばされ、ミハイルはナイフを抜いてしまったがその意味が分かった....分かってしまった。

 

フライスィヒの肩に矢が深々と刺さっていたのだ。フライスィヒは刺さった矢を無理矢理抜き、ポーチから止血布を巻きながら逃げて来た方向をじっと見ていた。

 

すると、遠くからザクザクと雪を踏みしめて歩いてくる音が聞こえてくる。

 

 

「チィ.....流石に振り切れなかったか」

 

「フライスィヒ!大丈夫か!?」

 

「唯のかすり傷だ、問題ない」

 

「すまん、フライスィヒ。今のは俺g」

 

「ミハイル、話は後だ。逃げるぞ」

 

 

時間がない。さっさと此処から逃げなければ。

フライスィヒはジャバートを担ぎ上げ、急いで逃げようとしたが刻晴と千岩軍がフライスィヒ達を取り囲んだ。

 

 

(こんな時にッ!!)

 

 

フライスィヒは沸々と湧き上がる苛立ちを抑え、ジャバートの救助を優先すべく早口で捲し立てた。

 

 

「貴女は確か瑠月七星の刻晴様ですね?後で訳を話します。今は此処から離れt」

 

 

だが、もう遅かった。

ザクザクと何十人もの雪を踏みしめる音が聞こえてきた。

 

 

「な、なんだ?」

 

「おい、コイツら、行方不明になってた冒険者じゃないか?」

 

「ファデュイの奴等もいるぞ、どうなってんだ?」

 

「ちょっと待て!そこに居る彼奴は俺の後輩じゃねぇか!?」

 

 

やってきた者達の中には、冒険者や千岩軍、ファデュイ関係者などがいた。職や歳、所属は皆バラバラであったが1つだけ共通しているものがあった。

 

それは皆、目に蜘蛛を宿していた。

 

臨戦態勢をすべく、フライスィヒは刀を抜こうとしたが腕に蜘蛛が張り付いていた。何故雪山に蜘蛛がいると考えたがよく見ると()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「・・・・・遅かったか」

 

「ちょっと!遅いとはどういう「La〜LaLa〜LaLaLa〜LaLaLa〜」....歌?」

 

 

何処からともなく歌が聞こえてくる。まるで生きる者全てに祝福するように(呪いを掛けるように)

 

すると、さっきまでユラユラと立ちひしめき合っていた者達は一列に並んでいき、首を垂れ膝まづいた。

 

まるで主を迎えんばかりに。

 

ザクザクと1人雪を踏みしめて歩いてくる音が聞こえてくる。

 

そうしてやってきたのは赤く細長い線が縦に入った黒い死装束を身に纏う白髪の少女だった。

 

 

「久しぶりね、私のフライスィヒ(愛しの処刑人さん)♪」

 

「・・・・・」

 

「あら、相変わらず素っ気無いわね。でも大丈夫!そういうところも愛して(壊して)あげるから♪」

 

「・・・・何故生きている?」

 

「酷いわね、私がせっかく愛を囁いて「答えろッ!!」....せっかちなんだから、もう」

 

 

少女はニコニコと笑いながら、フライスィヒに近付いてくる。まるで久しぶりに再開した家族のように。

 

かたやフライスィヒは少女を睨み、怒号を発した。それ以上近付くのであれば首が飛ぶぞと言わんばかりに。

 

 

「えーとなんで生きているか、だったかしら?」

 

「そうだ」

 

「そうね、言うなれば....愛故に、かな?」

 

「・・・・・・・るな」

 

「ん?何かしら?あ、もしかして恥ずかしくなったりしt」

 

「巫山戯るなッ!貴様ッ!!」

 

 

フライスィヒは刀を抜き、少女の首目掛けて勢いよく刀を振るうが届く事はなかった。唯、火花が散った、それだけだった。

 

少女の片手にはいつの間にか黒い剣が握られていた。

少女はニコニコと笑いながらフライスィヒの刀を防ぎ、ジッと見つめていた。まるで成長した子を(いつく)しむ母のように。

 

 

「あらあらあら、前より強くなってるじゃない?もしかして私の為に?私、嬉しいわ♪」

 

「誰がッ!お前のような輩にッ!!」

 

「・・・・これが俗に言う照れ隠し(ツンデレ)ね!」

 

「戯言をッ!!」

 

 

あらあらと言いながら、フライスィヒを手の掛かる子供のように見ていた少女はフライスィヒの刀を弾いた。

 

 

「けど、ごめんね?私、受けるより攻めたいんだ。だからさ」

 

「なっ!?ガッ!!?」

 

「次は私からいくね♪」

 

 

態勢を崩したフライスィヒの右肩に刺突し、血飛沫(ちしぶき)が舞い散る。少女の純白の顔に血が付着するが、少女は笑顔のまま今度はフライスィヒの心臓目掛けて剣を突き刺そうとしたが、横から紫雷が割り込み、少女の剣を防いだ。

 

 

「・・・・・貴女は誰かしら?」

 

「悪いけど、彼を虐めてもらっては困るわ」

 

「赤の他人風情が私と彼の邪魔をしないでくれる?」

 

 

ギリギリと剣が軋み合い、若干刻晴が圧されていたが表情には出さず、白髪の少女に煽り返した。

 

 

「あら?そういう貴女は彼と()()()()()()()()でもないのに、よくそんな事が言えるわね?」

 

「ッ! 刻晴様!!」

 

 

すると少女の顔は蒼白になり、身体から赤黒い煙のようなものが出始めた。

 

 

「え....うそ...だって......」

 

「くっ!?」

 

 

突如、少女の身体から出ていた煙が勢い良く増し、まるで爆発したかのように少女を包み込んだ。

 

暫くして煙が散り始めた頃には其処に少女の姿はなく、成人男性の何倍もある体躯を誇り、顔は管状の器官が何本も生えており、何とも表現しがたい化け物がいた。

 

 

「嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘」

 

「何よ...これは.....」

 

「刻晴様、危険です!撤退を!!」

 

 

形容し難い何かは....少女は身体を揺らしながら壊れたレコードのように発していたがピタリと止まった瞬間、刻晴を見つめた。

 

 

「そっかぁ...全部あの女が貴方を惑わせたのね?」

 

「刻晴様ッ!!」

 

 

刻晴目掛けて振り落とされた触手をフライスィヒが受け止めるが、フライスィヒが刻晴を守った姿を見て少女は怒り、振り落とされた触手の力は増していった。

 

 

「ねぇ、何であの女を守るの?なんで?」

 

「早く行けッ!!」

 

「・・・・お前ら!逃げるぞ!!」

 

 

ガタガタと震えながら立ち尽くし使い物にならない刻晴を見たミハイルはジャバートを運ぶようパニック状態に陥りかけた千岩軍に指示し、自身は刻晴を米俵を運ぶように担ぎ上げた。

 

 

「フライスィヒ、すまん」

 

「ちょっとッ!ミハイル!貴方に何の権限があって「いいからさっさと逃げるぞ!」あ、ちょっ、何処を触って!」

 

「テメェら、行くぞ!」

 

 

担ぎ上げられた刻晴が暴れるがミハイルは無視し、千岩軍と共にその場から逃げていった。フライスィヒは振り落とされた触手を何とか弾き、態勢を整えつつ、逃げる様子を見ていた。

 

段々と逃げて行く姿が小さくなり始め、これなら大丈夫だろうと判断し少女に相対した。

 

 

「これでやっと「ねぇ」・・・なんだ?」

 

「なんで...私を心配してくれないの?愛してくれないの?」

 

「・・・・・」

 

「ねぇ何で?私悪いことした?何もしてないよ?」

 

「・・・・・」

 

「どうして黙るの?私が嫌いなの?こんなにも貴方のことを愛してるのに?」

 

「・・・・・」

 

 

幾つもの管状の器官が生えている隙間から赤く輝く眼がフライスィヒを見つめるが、無視し刀を握り締め、少女に向ける。今度こそ息の根を止めてやると言わんばかりに。

 

 

「そっか.....私のこと、無視するんだ」

 

「・・・・・」

 

「わかった。なら私も」

 

 

突然、少女は触手を地面に突き刺し何かを引き抜いた。

引き抜かれた触手の手には錆びだらけで形状がボロボロの剣のような何かだった。剣のような何かを持った少女はそのまま天高く振り上げ、交差させた。

 

すると、高音の金属音がなり吹雪が強くなり始め、少女の姿を隠した。吹雪が止み、視界が晴れた時には触手が持っていた剣は青く輝き、青白い何かを放っていた。

 

ふと空を見上げれば、雲一つない快晴になっていた。

 

だが、フライスィヒはある事に気付いた。

 

 

 

 

 

(何故、月が出ている?)

 

 

 

 

 

今夜は新月の筈だ。それが何故見えている。

何かがおかしい。

本能が警鐘を鳴らすがもはや手遅れだ。

 

 

 

 

(いや、それよりもーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

「貴方と一緒に居れなかった分、愛して(壊して)あげる。だからーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー私を受け入れてね(壊れないでね)




行き過ぎた愛は憎しみとなり
憎しみは恨みへと変わる。
だが、それに少女は気付くことはなかった。
時は満ちた。
次こそ少女は永遠の幸せを手にするだろう。


トロフィー獲得
『憎しみに溢れた愚者の愛』

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