タイトルそのまんま。

Fesプレイしながら書いたので違和感あったらすみません。

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ペルソナ3に情緒を破壊されたので初投稿です。後半息切れしてます(´・ω・`;)


アイギスがちょっと前を向く話

「ねぇアイギス、起きてる?」

 

 コン、コン、と控えめなノックの音と風花さんの柔らかな声。マイクからアナログからデジタルに変換され電気信号を受け取ったわたしは、休眠モードから切り替わり目を開いた。

 

「あ、はい、起きてます。なんでしょう」

 

 部屋の中央にある椅子から立ち上がると、ドアの向こう側にいた風花さんが入ってきた。

 部屋には桐条グループから届けられた(いかめ)しい武装と空薬莢が散乱していて、部屋の隅にはずらりと同じ制服が立て掛けてある。生きた匂いを感じ取れないこの無機質な部屋を見られるのは、恥ずかしい。

 でも、風花さんは気にした様子もなくおだやかに微笑んだ。

 

「今日ね、ゆかりちゃんが帰ってくるんだって。それでその……彼がいなくなってから、みんなすれ違い気味じゃない? だから一緒に食事でもどうかなって。よかったらアイギスも……」

 

 それは〈S.E.E.S.〉メンバーの中でも人一倍優しくて、仲間のことをいつも気に掛けている風花さんらしい発案でした。

 ある時を境に、〈S.E.E.S.〉のみなさんがバラバラの方向へ向かい始めているのはわたしも観測していました。まるでみんなを繋いでいた支えがなくなったかのように。

 ゆかりさんは寮を飛び出して。美鶴さんは桐条グループを率いていく為に。真田さんはより一層トレーニングに励んで。

 わたしも部屋から出ることもなく、部屋の椅子に座って(ぼう)っとしているのが常で、風花さんを含めこうして会話するのも数週間ぶりでした。

 きっとここは風花さんのお誘いを受けるのが正しいのでしょう。でもわたしは即答できませんでした。

 

「あ……その、お誘いいただいたには嬉しいのですが、今日は予定があって、……参加できそうにないです。すみません」

 

 胸の前で握り拳を作りながら、声を絞り出した。うつむいたままで風花さんをまともに見る事ができなかった。

 本当は予定なんて、なかった。機械であるはずのわたしが嘘をつくなんてありえない。自分でも訳も分からず口をついて出た嘘を、結局取り消すことはしなかった。

 どうして、なぜ、と自分の記憶回路を精査して思い当たったのは、ゆかりさんだった。彼が去ってから、ゆかりさんはすぐにこの寮を飛び出した。ゆかりさんにはゆかりさんの考えがあって、でもわたしはモヤモヤして、望月綾時さんとは違ったモヤモヤが、心のタンクから漏れ出そうになった。平常時のように応対できる自信がなかった。

 

「そう……。でも、アイギスの席は用意しておくから、間に合いそうなら来て欲しいな」

「はい。ありがとうございます風花さん」

 

 風花さんは残念そうな素振りを少しだけ垣間見せて、けれど明るい言葉を残して去っていった。

 彼がいなくなって、以前の風花さんなら出来ない事だとわたしは彼女の背中を見つめながら推測しました。

 でも彼女は変わった。

 包容力と忍耐力をえて、人を勇気づけられる人へと。ゆかりさんや美鶴さんとはベクトルの違った、平和な心をもち安らぎを与える女性らしさをもつ人へと。

 風花さんが変わったきっかけは森山夏紀という親友を得たことと彼女との別れに集約されるのでしょう。

 ですがきっとそれだけじゃない。きっと()もまた風花さんを変えた要因だったはず……わたしとおなじように。

 

「…………」

 

 部屋の椅子に、また腰掛ける。

 いつもなら休眠状態に移行するけれど、わたしは何故かそれをしなかった。

 近くにかけてあった銀色の小銃を手に取る。スタームルガーMk3に似た銃は"ペルソナ"を呼び出す召喚器で、本物の銃ではなかった。それに、わたしの物でもなかった。

 持ち主は今はいない。この銃を使っていた彼は、3/5の卒業式にわたしたちが通う学校の屋上でながい眠りについた。

 

「どうして私には"命"がないんだろう。どうしてわたしには"心"があるんだろう」

 

 以前なら命のないわたしでも幸福でいられた。生きてみようと思うことができた。それは、彼が居たから。

 命のある者には必ず(終わり)が訪れ、最後には取り残されて、ひとりになる。

 心を持たない機械であるこの召喚器が、少しだけ羨ましい。彼のもとで役目を果たし終えたこの召喚器が羨ましかった。

 

「だめですよねこんなことじゃ。でも生きるって決めたのに……大切なことにも気づけたのに……あなたがいないだけで、わたしは投げ出してしまいそうになる」

 

 生きると決めたのに、彼がいないと地面がなくなったように揺らいでしまう。ゆかりさんよりも自分にモヤモヤしている。

 抱き締めていた召喚器をほどいて、銃口と視線を合わせる。この召喚器に触れられるのもあと僅か。戦いが終わり必要なくなった召喚器はすべて回収されると内示されている。

 彼の遺品が、彼の部屋から失くなる。それが悲しい。

 

 ……わたしは、わたしに向けた銃口へ、そっと口付けた。

 

 そこで、ポーン、とアラーム音が鳴った。搭載された時計を確認すると風花さんが去ってから随分と時間が経ってしまっていた。

 このままではゆかりさんと鉢合わせしてしまいますね。外へ出ましょう。

 

 召喚器をもどすと、わたしは外へ向かって歩き出した。

 

 

 

 巌戸台駅……ポートアイランド駅……。道行く人々の顔は少し前に比べるとずいぶんと明るい。

 ほんの少し前までカルトや終末思想に溢れかえっていたこの港区も落ち着きを取り戻そうとしている。

 わたしはこの街が好き。「はがくれ」でみんなと食事に行った事も、コロマルさんのさんぽにみんなで言った事も、全部がパピヨンハートに刻み付けたいくらいの大切な思い出が詰まった場所だから。

 

 ぼんやりと空をカメラで写しながら歩く。春の霞んだ雲が空にかかって、電柱と電線が等間隔に伸びていた。

 何気ない日常。滅びと向き合った彼が、命を賭して守ったもの。……でも、そこに彼の姿はない。

 文字通り全身全霊でニュクス(真実の死)へ立ち向い彼は去っていった。あらゆる命が、最後に向かう場所へ、一足先に。

 

「命はどこからきて、どこへ消えていくんでしょう。……これは以前も彼に尋ねて困らせてしまいましたね」

 

 でも、その疑問は何度考えても答えが出なくて。わたしに命がないから答えが出せないのかもしれないと悩んだことも一度や二度ではない。

 そして、最後にはいつも同じ疑問に行き着く。

 命あるものはすべて同じ場所に辿り着いても、心が作られたわたしは決してその場所には行けないんじゃないか、と。

 心はあっても命のないわたしなんかじゃ、みんなと同じ場所に行けないんじゃないか、と彼が去ってからいつもそればかりを考えてしまう。その度に身がすくむほどの恐怖が心を凍らせてしまう。

 

 風が吹く。風にのって、葉桜が舞う。

 

 彼を守ることも、彼とともに生きることも出来ずに、時は過ぎ去っていく。……春が、嫌いになりそう。

 

 

 気付けばわたしは月光館学園に向かっていた。彼がわたしたちの前から去った場所で、彼が去ってから足が遠のいた場所。ずいぶんと此処に来ていなかった気がした。

 

 春休みで校門は開いていなかったから、裏口の門をこっそり解錠して校舎のなかに入りました。解錠に155秒。なかなかのタイムであります。

 柿の木見える通路を横切って、春風に髪をもてあそばれながら歩を進める。久しぶりの校舎には人の姿は少しもなくて、誰に話しかけられることもなくわたしは2-Fの教室に着くことができた。ガラリと音を立てて教室に入り、わたしはなんとなく、彼の席に座った。わたしの隣の席。見える景色はクリアで、窓に差し掛かったカーテンが風に靡かないのが不思議だった。

 思い出深い教室。彼が確かにいて、彼がわたしのそばにいた場所。……でも、ここも来年には進級して離れる事になるのだろう。

 正直なところ、わたしは迷っていた。これまで通り、月光館学園に通っていいのか。進級すればわたしたちは3年生になる。高校生最後の年は忙しくなるに違いない。

 テスト、文化祭、受験……。目まぐるしく過ぎていく時の中で、きっとみんな、彼を忘れていってしまう……荒垣さんのように。それを思うだけでわたしの心には大きな負荷が掛かって、とても耐え切れそうになかった。

 機械は忘れることが出来ない。記憶した出来事をついさっきのように思い出す事が出来る。彼の笑顔もぬくもりも、消え去った21gの重みも。

 思い出さない方法はただ記憶を消すだけ、それだけだった。

 わたしはどちらを選ぶこともできず、彼が去ってからぼんやりと同じ思考を重ねて続けていた。

 

 ひらりと青い蝶が、視界をかすめた。

 

 自動的にカメラがその軌跡を追って、どうやら空へ飛んで行ったようだった。

 なんとなく、席を立って教室をあとにした。教室を出ると右手の少しさきににある階段を登る。

 訪れるつもりはなかったのに、わたしは誘われるようにこの学校で……いえ、この街で一番好きだった場所へ向かっていた。

 

「あれは……、友近さん?」

 

 屋上には先客がいらっしゃいました。

 友近健二さん。わたしや彼と同じクラスメイトの1人で、わたしは友近さんが彼とよくふたりで一緒に居るのを観測していました。友人、だったのでしょう。

 

「オース、久しぶりだな。つっても一週間くらいか」

 

 友近さんは屋上の椅子に腰掛けると、誰もいないのに誰かへ話しかけて、手に持っていた一輪の花をそっと隣へ供えました。

 

「ガラじゃないんだけど、一応な。……しっかしお前も冷たいヤツだよなぁ。いなくなったって聞いてマジビビった。先生何度も問い詰めちまったよ。マ、たしかにあの時のお前、体調ワルそうだったもんなぁ」

 

 その言葉で、友近さんが誰に語りかけているのか気付きました。彼は〈S.E.E.S.〉のみなさんだけでなく、月光館学園や校外にも関係をもった方々がたくさん居たのを知っています。友近さんもまた、その一人でした。

 

「ナンパだってまだ行ってなかったろ、お前ケッコー顔はいいからさ、ゼッタイ引っ掛けれたと思うんだけどなあ」

 

 

「あ、お前がいなくなってから葉隠に新メニュー出たんだぜ。ちょっとお試しで食べてみたけど結構イケたぜ、でも隠し味はやっぱ謎だ」

 

 

「てかそれに妹だって紹介してやるって言ったのにさー、勝手にいなくなんなよなー」

 

 

「……お前さ、俺と最初に会った時にウゼェやつだなって思ってただろ、分かんだぜ俺には。つっても気づいたの大分後になってからだけどな。……でも許してやるよ、シンユー、だしな」

 

 

「いろいろあったよな。でも1番はアレか、あの時駅でエリーたちに怒ってくれたじゃん? そんときはマジ嬉しかった。お前とダチになれて良かったって心から思ったよ。そんで……」

 

 

「チクショウ……なんでいなくなっちまったんだよ! 俺まだお前になにも返せてないのに! バカヤロウ!」

 

 

 友近さんを見ていると心が押しつぶされそうでした。友近さんはわたしや〈S.E.E.S.〉のみなさんとも違う。ペルソナも影時間も知らない、ただの人間で。だから本当のことを知ることは決してない人で。

 けれど彼の影に、炎の巨人(スルト)の姿が見えた気がしました。次々と入れ替わる彼のペルソナの中で、最後の戦いでも行使していたあのペルソナの影が。

 彼と友近さんの深い絆を垣間見た気がしました。

 

「ハハ、ハナ出た。エリーの時よりも泣いたかも知んない」

 

 友近さんを見ていると心が押しつぶされそうでした。友近さんはわたしや〈S.E.E.S.〉のみなさんとも違う。ペルソナも影時間も知らない、ただの人間で。でもそんな特別を知らなくても彼と親友になれた人で。

 わたしは心の奥底から噴き出しそうなドロドロとした物を抑えるのに必死になった。人の出会いは奇跡だと言ったのに、わたしは邪なものを抱きそうになった。ここには居られなかった。

 

 ここ(学校)に居たく、なかった。

 

 

 

 

 ─I never felt like

 

 ─I never felt like

 

 ─Baby stay with me

 

 ─You gotta tell now

 

 

 当てどもなく歩いていると聞き覚えのある曲が流れていて、いつの間にかポロニアンモールに立っている事に気が付いた。ポロニアンモールには1人で来たことはほとんどなかった。彼やゆかりさん風花さんに連れられて来るのが大半だったから。

 特に意味もなく、噴水の周りをぐるりと一周する。シャガールのフェロモンコーヒーの香ばしい匂い、エスカペイドの前に立っている場違いなお坊さん、彼に付き添って訪れたCDショップ。彼のいない景色は、どこか色褪せて白黒だった。

 交番に目を向けると黒沢巡査の姿が見えた。タルタロスでやっとの思いで手に入れた武器よりも、高性能な武器を仕入れていて唖然としたものだった。あの人は何者だろう、とみんな不思議がっていた。少し視線をズラせば、路地裏が見える。この先にはなにもないはずで、でも満月の日やタルタロスに行く前には決まって彼はココに入っていった。行き先が気になってわたしは何度か尾行したこともあったけど、結局分からず仕舞いだった。

 彼というレンズを通して見ると、少しだけ色を取り戻す。センサーに不調はないけど、映し出される色彩は滲んでいた。

 

 ポロニアンモールを抜けて、わたしが辿り着いたのは、ムーンライトブリッジだった。

 潮の香りとともに、いくつかの記憶が蘇っていく。ストレガと争った記録。そしてわたしが二度、"敵"と戦った時の記憶。

 ここはわたしが初めて"怖い"という感情を抱いた場所で、わたしにとって一番死に近い場所だった。望月綾時さんとの一件以来、わたしはムーンライトブリッジに訪れることはほとんどなかった。

 怖いという感情を思い出して、釣られるように彼の記憶も蘇った。彼がまだ少年だった記憶。屋久島で再会した記憶。守れなかった記憶。生きることを教えてくれた記憶。黄金の日々。そして、最後の時。

 

 あなたと、生きたかった。

 あなたと、死にたかった。

 あなたがいればわたしはそれでよかったのに。それ以外いらなかったのに。

 わたしも一緒に、連れて行って欲しかった。

 

 欄干に手をかけて、水面を見つめる。どこからともなくまた、青い蝶が現れた。蝶はわたしを抜き去り、海原へ飛んでいく。ふと、わたしは思わず手を伸ばしそうになった。

 

「やあ」

 

 そこへ、声を掛けてきたのはやせ細った青年でした。わたしはハッとして手を戻すと、訝しげに尋ねた。

 

「あの、あなたは……?」

「僕は神木秋成。君がいまも海へ身を投げそうだったから、声を掛けさせてもらったんだ」

 

 淡い笑みを浮かべた。どこか既視感を覚える笑い方で、すぐに、彼が最後にみせた笑みとすこし似ていることに気が付いた。そう思うと目の前の青年と、記憶のなかの彼は、どこか似た雰囲気をまとっているように思えました。

 

「えっと……わたし、海に身を投げようとなんてしてないです」

「そうかい? すまないね、僕にはそう見えたから。いらないお節介だったかな」

「あ……いえ、ありがとうございます。そのお気持ちだけでも嬉しいです。神木、さん……はいい人なんですね」

「どうかな。僕が声を掛けたのは……君は彼の友達、なんだろう? 彼には随分とぜいたくをさせてもらったからね。彼を知ってる君にも親切をしたかったのさ」

 

 わたしが目を丸くしたのを見てとった彼は嬉しそうに微笑んだ。わたしが驚いた理由は単純で、彼、それが誰のことを指すのかすぐにわかったからでした。

 

「知ってるんですか、彼のこと」

「うん。僕の1番の友達だったよ」

 

 また嬉しそうに微笑んだ神木さんから、わたしは目を逸らした。神木さんもまた、わたしと同じく残された側だと思ったから。

 

「そう、なんですね…………命は、残酷です……。どんなにわたしの考えや在り方が変わっても、いつかは同じ場所へ行ってしまう。わたしたちの手の届かないところへ行ってしまう。それが、とても悲しいです」

「……」

「わたしはあの人とずっと一緒で居れたならそれで良かったのに……。いっそただの機械に戻れたらって……!」

 

 事情を知らない神木さんにわたしは、吐露してしまっていた。

 

「そうだね、命は残酷なものだ。ぼくもその事に何度憤ったか恐怖したかわからないよ。……でも投げやりになっちゃダメだ。悩む事はやめてはいけない。その結果、死ぬ事になっても」

「どうして!? 生きていくのは辛いだけ、なら、彼のそばに居られる可能性が、少しでもある方に賭けてはいけないの!」

「君が死んでしまえば、彼の行いは無意味になってしまうよ」

「!」

 

 神木さんは厳しい表情を解いて、また淡く微笑んでみせた。神木さんは、彼が去ったことを知っている。それでも彼は、どこまでも真っ直ぐな笑顔を浮かべていた。

 一番の友達だった、と失ったことを受け入れて、それでも。

 わたしにはその強さがとても眩しくて、たまらなくて、ふたたび目を逸らしてしまった。

 

「たとえどんな儚い命にもね、意味と価値はあるんだ。自分にわからなくてもね」

「自分にわからなくても……?」

「そう。君自身にわからなくても必ず君自身に意味はあるはずなんだ。命はすれ違ってぶつかり合って、確かななにかを受け継いでいく。僕たちは命のバトンを回して、いつかその先に命のこたえがあるはずさ」

 

 命のこたえ。どこかで聞いた、その単語が、わたしの奥深くに刻み込まれた気がした。

 最初に似ていると感じて、わたしは記憶メモリに少しだけ該当する情報をやっと見つけた。彼が最後の戦いで見せた、"メサイア"と呼ぶペルソナに少しだけ似ていた。

 また彼は淡く笑った。

 

「さあ、もうおかえり。ここは君がいるべき場所じゃない……夢から覚める時間だよ」

 

 それはどういうこと? 問いかける前に、途端に風が吹いて、わたしは髪を抑えた。視線を戻した時には神木さんはどこにもいなかった。正確にはそうではない。視界を覆うほどのたくさんの青い蝶が、いつのまにか現れて嵐する花吹雪のようにわたしの視界をおおっていた。

 

 ━━僕はなにもできないけど……でも僕ら(死者)君たち(生者)のうしろから、背中を少しだけ押すことができるんだ━━。

 

 ━━僕の言葉が君に届けば、いいな……━━。

 

 優しげな彼の言葉を最後に、彼の気配はわからなくなった。

 蝶の時雨が晴れると、わたしは自分の部屋にいた。朝、いえ、夢のなかで見た風景と同じ景色だった。

 さっき見た不思議な夢を、胡蝶の夢ともいうべき、夢のなかでであった彼の言葉を思い出す。

 

「彼が生かしてくれたわたしにも、なにかを意味があるのでしょうか」

 

 呟いても、言葉は帰ってこなかった。けれど、彼が守ったものにはわたしもいて、なら投げやりに捨てることもできない。そう思った。

 

 わたし、あなたがいないと全然ダメで……生きるって決めたのに折れそうになってしまって。本当にダメダメです。

 でも……まだ過去に囚われたままだけど……少しずつ歩いてみよう。

 

 いつかこたえを見つける、その時まで。

 

 

 窓を開けて、そよ風に髪をゆらす。少しの間、そうしていると扉からノックが鳴って、風花さんの声が聞こえてきた。

 どこからともなく現れた一匹の青い蝶が、蒼空へ飛んでいく。

 

 わたしはそれを見届けると、小さく微笑んで、風花さんの待つ扉を開けた。


使用楽曲コード:N00443198


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