奴隷転生~異世界に転生♂したら、美少女♀と間違えられ男の娘として生きています~   作:少尉 カクヨム

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第10話 道化師のお仕事

王宮 クリスティーナ女王の自室

 

その日の夜、黒髪の少女は女王の部屋へと呼び出されていた。

 

「やっと来たのだな」

 

クリスは自らの道化師に呆れた表情を向ける。

 

「ちょっと大金が入ったので、豪遊してました」

 

黒髪の少女、いや、アリスは悪びれる様子もなくそう言った。

 

アリスはいつもと同じ服装で、いつも通りだらしなくソファーに寝転がった。

クリスはそれを咎める事はしない。

 

「そなた、何か隠し事をしているであろう?」

 

クリスの言葉に、アリスは一瞬身体を硬直させる。

 

「それはもう隠し事の一つや二つ、いや三つくらいはありますかね?」

 

その様子を見たクリスはため息をつく。

だが、クリスも深く追求するつもりは無かった。

 

「そなたの軽口を聞くのも久しいな」

 

そう言って、用意していた質素な服をアリスに向かって放り投げる。

それをキャッチしたアリスはまたかという顔をした。

 

「着替えてくるがよい。それとも一緒に着替えるか?」

 

そう言って、悪戯っぽく笑う。

だが、アリスはすぐに首を横に振った。

 

「その冗談に乗って、陛下に数日間からかわれた事は忘れてませんよ」

 

そう言うと、すぐに部屋から退室する。

 

クリスは残念そうにため息をつくと、服を着替え始めた。

しばらく待っていると、部屋の扉が開く。

 

「それで、クリス。今日はどちらまで?」

「とりあえず国民街まで出てくれ」

 

アリスは楽しそうに笑うクリスの手を握る。

 

「この堅牢な王宮の最奥から、そなたがいなくて……ですか」

 

アリスは彼女の昔の言葉を呟く。

 

そして、アリスの魔法が発動すると二人の姿は消えた。

 

……

………

 

月明かりが照らす国民街の大通りに二人は立っていた。

 

そこは夜だというのに喧騒に包まれている。

二人が立っている場所は、国民街の東にある飲み屋街の一角だ。

 

店先から溢れる明かりに照らされた人々は、皆笑顔で酒を酌み交わし、時には喧嘩をしたりと活気に満ち溢れている。

路上では吟遊詩人が楽器を奏で、それに合わせて踊り子が舞っている。

 

ここはいつも賑やかだ。

 

アリスはクリスに先導される形で、歩いていた。

 

「どこへ行くのですか?」

「ついて来るがよい」

 

そんな彼女の先に見覚えのある男が歩いているのが見えた。

 

「うん?」

 

筋肉隆々のそのハーフエルフは、アリスが思い出すより早くこちらに気づいたようで声を上げる。

 

「……女王……陛下?」

 

だが、国民に扮するクリスに気づいたようで、その体格には似合わない小さなささやきに変わる。

彼は脳筋男爵と呼ばれている男だった。

 

「ああ、ラウル男爵か」

 

ラウル男爵と呼ばれた男は困ったように小さく頭を下げる。

深々とお辞儀をすれば、周りに不振がられるかもしれないのだ。

 

そして、主君がそれを望まない事は、服装を見れば一目瞭然であった。

 

「よい、今はただの街娘だ」

 

懐かしい言葉に、ラウルは少しだけ胸が熱くなる。

 

「こんな所で奇遇であるな」

「はい、お世話になっていた方が店を開いたと聞いて、顔を出してきやした」

「そうであるか」

 

そう答えると、クリスは小さく笑った。

それにつられるように、ラウルも笑顔を見せる。

 

「そう言えば、そなた結婚するらしいな」

「じょうお、いえ、あなたの耳にも届いているんですか!?」

「ああ、エリーゼという幼馴染だと聞いているぞ」

 

その言葉に、ラウルは照れたように頭を掻く。

 

「そなたの結婚式には私も参列しようと思っている」

「そんな!たかが男爵の結婚式になど滅相もございません!」

 

ラウルは慌てふためくように首を振る。

すると、クリスは真剣な眼差しで首を振った。

 

「身分など関係ない。言ったであろう?私は馬鹿が好きなのだ」

 

その言葉に、ラウルは思わず目頭が熱くなった。

 

「ではまたな」

 

クリスはそう言って、軽く手を挙げると、踵を返した。

彼女の後ろには、いつもの従者がいるだけだ。

その後ろ姿にラウルは心の中で、深々と頭を下げた。

 

「あれは誰でしたっけ?」

「そなたの記憶力の歪みには呆れるな」

 

クリスはため息をついた。

アリスは苦笑いをしつつ、彼女に着いて行く。

 

その先には白い煉瓦造りの酒場が建っていた。

 

「獣人の宴?」

 

アリスは店に掲げられた看板を読み上げる。

 

「着いたぞ」

 

どうやら目的地に着いたようだ。

 

扉を開けると中は酒の匂いで満ちていた。

小さな店内には数人の客と店主の姿しかない。

 

だが、どれもアリスには見知った顔だった。

 

「お兄ちゃん!」

 

カウンターに座るフィーナが、こちらへと元気よく手を振る。

 

その横には女騎士が澄ました顔で座っていた。

彼女はアリスを見ると軽い笑みを浮かべた。

 

そして、テーブルから立ち上がりこちらに飛び込んでくる一人の女性。

 

「アリスちゃーん!」

 

マリオンは珍しく酔っているようだ。

 

普段は凛としている彼女が頬を赤く染めて、満面の笑みを見せていた。

彼女はアリスに抱きつくと頬ずりをする。

 

「クロくんから離れるんだよぉ!」

「なんだ、アイリスも来てたのか」

 

こっちも酔っているようで、その華奢な身体に似合わず、片手でマリオンを持ち上げるとテーブルの方へ引きずって行く。

 

それを見ていた他の面々から笑い声が起こる。

そんな賑やかな光景を見て、アリスも自然と笑顔になるのだった。

 

「アリス、壁に手を当てて魔力を流してくれないか?」

 

クリスの言葉に首を傾げながら、アリスは白い煉瓦に手を当てる。

 

そして、魔力を込めると天井が星空を描き出し、壁と床は草原へと姿を変えた。

それは幻想的な光景だった。

一瞬にして、外の世界へ放り出されたような感覚に陥る。

 

アリスは、大地を踏み締めるようにカウンターへと向かう。

そのカウンターの奥には、古くからの友人の姿があった。

 

茶色の髪に青い瞳の獣人の女性、ルルだ。

かつて、共に冒険をした仲間。

いつからか大人になってしまったが、昔の面影はまだ残っている。

 

いや、みんな自分以外は見た目がそれなりに変わっていた。

アリスはそれに気づかないふりをして、カウンターの奥へと座る。

 

ルルがグラスを二つ、カウンターに置いた。

そこには安物の葡萄酒が注がれており、懐かしい香りがした。

 

ルルは優しく微笑む。

それはかつての日々を彷彿とさせるものだった。

 

ルルはゆっくりと口を開く。

 

「ようこそ、ルルの酒場へ」

「……ああ」

 

アリスはグラスをゆっくりと持ち上げた。

そして、一口だけ口に含む。

 

「懐かしい味だな……」

 

ただそれだけを呟いた。

 

 


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