動乱の銀河 〜80年後の英雄伝説〜   作:Kzhiro

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予感の秋

「おじさん、おーきーてー!!!もう朝だよ!」

 

テルヌーゼン進駐の立役者の1人であり、現在溜まりに溜まった30日ほどの休暇を絶賛消化中のバーラト自治共和国宇宙軍准将、ヘンドリック・ファン・リーベックは、若い女の声で心地よい眠りから呼び起こされた。

 

「んん…後5分寝かせてくれよぉ…」

 

「後5分っていったって、もう10時だよ!」

 

「んだとぉ…後5分は国父の言葉だぞぉ…」

 

ヘンドリックはそう言って布団に顔を埋めた。若い女の声はぐぬぬと唸ると、直接的な行動に打って出た。

 

「もう!今日は買い物に付き合ってくれるって言ったでしょ!起きなさーい!」

 

刹那、ヘンドリックの周りを纏っていた温かい布団は取り払われ、少しずつ寒くなりつつある外気に彼の体は晒された。もう九月もたけなわでまだ残暑が残っている季節のはずだが。ヘンドリックは明瞭になりつつある意識でそんなことを考えた。

 

「おい!何するんだよ!こっちはせっかく仕事で溜まった疲れを消化していようと努力しているのに!」

 

「流石に10時まで寝ているのは寝過ぎ!ほら!朝食用意してあるから起きた起きた!」

 

若い女の声の主、ベアトリクス・ファン・メーべリングは腰に手を当てながらそう言った。彼女はヘンドリックの姪にあたる人物であり、地方に赴任している親元を離れてハイネセンポリスの中等学校に通っている事情から、ヘンドリックが世話を請け負っているいわゆる居候である。

 

(全く、この世話の焼きよう、誰に似たんだが。)

 

ヘンドリックはベアトリクスの親、すなわち自分の姉の顔を重ねながらゆっくりとベッドから身を下ろした。

 

「全く、こっちはマスコミ対策やら幕僚本部やらなんやらで疲れているんだぞ。もうちょっと大人を労らんか。」

 

ヘンドリックはえんじ色のボサボサの頭をぽりぽりと掻きながらそう言った。

 

事実、彼はあの6月からあまり休めてはいなかった。マスコミからは帝国軍を鮮やかな手口で撃退した英雄とアランゼーム中将共々称えられ、連日週刊誌のインタビューやらテレビ番組やら記者会見やらに引っ張りだこはもはや当たり前であり、連日記者会見の原稿をエイカーズ中尉の添削付きで執筆したりすることが習慣となっていた。

 

一方で幕僚本部でも彼は色々と忙しかった。まずはクロムウェル大将から独断を責められて色々と叱責されたり、しかし英雄と称えられている以上は何かで報いなければならないため一階級昇進、すなわち准将へと昇進させられたり、その手続きで色々と忙しかったりと分身の術を覚えたいと考えるほど多忙であった。

 

他にもまあ、記念式典に参加したり、シモンズと握手する栄誉に浸らせてもらったり、普段の仕事をこなしたりとまあ色々とあったのだが、ここ2、3ヶ月ほどはかなり忙しかった。それを終えてやっと休暇が通ったのである。体を休めたいのは至極当然のことであった。

 

「おじさんったら起きるたびにそれ言ってるよね。もう聞き飽きちゃった。」

 

「うるせー、養わせて貰っているんだ。おじさんの愚痴のひとつぐらい聞け。」

 

ヘンドリックはそう言って姪があらかじめ用意してあったであろう着替えに腕を通していく。どうも外行き用の服を用意してくれたようだ。

 

全く、どっちが養われているんだが。ヘンドリックはそんなことを思いながらボタンをかけた。

 

「んで、今日は買い物に行くとか言っていたんだが、何が欲しいんだ?」

 

ヘンドリックはズボンのベルトを締めながら姪にそう尋ねた。

 

「えっと、新しいコスメに、新しい靴に、あっ、買って欲しい本もあるんだった!あとは新作の服も欲しいし….」

 

こりゃまた金がかかりそうだな。ヘンドリックはこれから財布の中から消えていく給料に思いを馳せて、小さくため息をついた。

 

 

 

「おじさん!ありがとうね!」

 

ヘンドリックは姪の感謝の言葉は空知らず、財布の中身を確認して軽くため息をついた。ディナールに換算して三万は確実に吹っ飛んだだろう。

 

(全く、あいつとんだものを俺に押し付けやがって。)

 

ヘンドリックは姉の顔を思い出し、またしても深いため息をついた。

 

今ヘンドリックとベアトリクスはフードコートのテーブルにいた。ヘンドリックは腹こそ減っていなかったがベアトリクスが腹が減ったようで、彼女に何かを食べさせるためにここにいるのだ。無論、支払いはヘンドリックである。

 

「…それにしても、服や化粧品の類はともかくとして、お前戦記小説なんて変わったもん買うんだな。」

 

ヘンドリックは書店の袋の中からかなり分厚いサイズの文庫本を手に取ってまじまじと眺めながらそう言った。

 

本の題名は「Kämpfe gegen die Erde」。

 

直訳で「地球に対する戦い」と題された小説で、地球教が銀河を支配した末世とも言える世界で行われる抵抗戦争を描いた戦記物の小説である。ヘンドリックも何回か目を通したことがある小説であり、到底女の子が読む小説とは言えないということはよく分かっていた。

 

「あー…えっと…言いづらいんだけどね。それ、読書感想文の課題図書なの。」

 

「課題図書!?これ10巻近くある小説だぞ?」

 

「ほんの一部でもいいって先生言っていたから、大丈夫だと思う。」

 

「大丈夫って…」

 

瞬間、机の上に置いてある呼び鈴が鳴った。ベアトリクスが待ち望んでいた料理が完成したらしい。彼女は立ち上がって料理を取りに向かった。

「…こいつを課題図書にするなんて、いったいどんな奴が主催しているんだ?」

 

ヘンドリックはそう言って本をパラパラと開いた。地球教が自由惑星同盟を乗っ取る場面、大聖戦と呼称された帝国への侵攻、国父率いる対地球教のレジスタンス集団の登場場面、商人となった獅子大帝による情報戦、旧帝国復活とオリオン腕の人民解放を目指す生き残りの人間たち、地球教内部の過激派…冒頭だけでも中学生の課題図書に用いるものではないということがまざまざと分かる。

 

「大体この本国父は主役とは言えテロリストになっているんだぞ。普通はもっとこう、楊家将とイゼルローン起義とかを課題図書に指定するべきだろう。俺がウェンリスタだったらそうする。…これを課題図書に指定した奴、いったい何を考えているんだ?」

 

ヘンドリックは本をペラペラとめくりながら主催者の意図を図りかねていた。今はもう影も形もないが学生時代は文学少年として学校内である程度知られていた男である。多感な時期の中学生に相応しい課題図書を選ぶことなぞ造作もなかった。

 

「お待たせ!あっ!勝手に読んでる!」

 

そう考えている間に姪がステーキとライスの載ったプレートを持って戻ってきたようだ。

 

「ざっと目を通すぐらいいいだろ。減るわけじゃないんだし。」

 

「ダメだっての!これは私の!返して!」

 

ベアトリクスはそういうと本を引ったくって元の紙袋の中に放り込んだ。彼女は袋をそのまま自分の方に寄せ、テーブルの上の料理に手をつけ、美味しそうに牛肉を頬張った。

 

「…なあ、ベアトリクスよ。」

 

ヘンドリックはふと思ったことを姪に聞いてみることにした。

 

「お前さんの読書感想文、誰が主催している?どこぞのいい企業か?それとも政府か?」

 

「…なんでそんなことを聞くの?」

 

ベアトリクスは肉を頬張りながら叔父の奇妙な質問に怪訝な表情を浮かべた。

 

「いや、特にどうってことないというか、少し気になったというか。」

 

いかにも言い訳くさい言葉だな、とヘンドリックは内心自嘲した。

 

「…おじさんったら変なの。まあいいよ。確か人的資源委員会とか何とか先生が言っていたよ。」

 

人的資源委員会。その言葉を聞いて一瞬ヘンドリックは固まりかけた。確かあそこら辺は公教育もその管轄内に入っていたはずである。その教育も司っている省庁が主催する読書感想文に、こんな中学生にあまり相応しくない捻くれた本を課題図書に入れたというのか。

 

…いや、この本の内容をよく知っていれば、今の狂信的愛国の機運が渦巻くこの時世の読書感想文の課題図書としてこの本を入れるのは、逆に考えてみれば「相応しい」と言えるだろう。この本は簡潔に内容を言って仕舞えば「弱者」が「強者」に団結して立ち向かう本である。レジスタンスや帝国残党をバーラトに、地球教政権を帝国に置き換えれば、これほどいいプロパガンダ教育の教科書はないだろう。

シモンズ政権の人的資源委員長は確か新体制派のフィヒテであったはずだ。フィヒテは余程の読書家なのだろう。さもなければこのような捻くれた本を読書感想文の課題図書にぶち込まない。

 

(…そこまでして政府は帝国と戦いたいのか?テルヌーゼンの件でさえ大博打だったんだぞ?)

 

ヘンドリックは人的資源委員会、ひいてはバーラト政府の思惑が何を考えているのかが分からず、ぞっとした。ただでさえテルヌーゼン進駐でも大きな賭けである。大きな賭けであっただけにその反響も凄まじかった。

 

なのに政府はそれに飽き足らずそれ以上に危険な賭けを推進しようというのか?わざわざ公教育にさらなるプロパガンダを織り交ぜてまで?

 

最悪な事態を想定しなければならないようだ。ヘンドリックはそう思った。どうも俺はどこぞで読み違えてしまう悪い癖があるらしい。最初俺は何回か外交衝突があると踏んでいた。バーラト政府と現在の帝国政府の性質を考えるに、おそらくこのままいくところまで言ってしまえばテルヌーゼンに匹敵する外交問題の連続の果てに…

 

(帝国との全面戦争、それも80年前の比ではない。それが生易しく見えるほどの、正真正銘の、絶滅戦争だ。)

 

無論、これは最も悲観的に考えた場合である。ヘンドリックにとっても、杞憂に終わって欲しい考えであった。最終的には比類なき国力を持つ帝国が勝利するのは間違いないし、何よりもヘンドリック自身が絶滅戦争に関わりたくないというのが本音であった。確かに給料のために軍に入ったが、虐殺をするために軍隊に入ったわけではない。そんな場合になったらとっとと軍隊なんて辞めてどこぞの星に亡命してやる。ケンタウルス腕方面のあたりが一番いい。

 

「…おじさん?どうしたの?いきなり固まっちゃってさ。」

 

横から女の声が聞こえてきた。ベアトリクスの声だ。どうも自分は考えすぎて周りが見えなくなっていたらしい。

 

「…いや、なんでもない。ちょっと考え事してただけさ。」

 

ヘンドリックはそう言うと、コップの中に入っていた冷たい水をぐびり、と一気に飲み干した。冷たい水が、考え事で凝り固まった思考に潤いを与えていく。

 

(…まあ、考えすぎだな。最悪の事態がそうそう起こるわけではない。こればっかりは読み違えであって欲しいな。)

 

ヘンドリックはそう思いながら、ベアトリクスに出発を促し、席を立った。

 

テルヌーゼンの立役者ヘンドリック・ファン・リーベックは、ゆっくりと秋の休暇を味わっていた。一抹の不安を胸に。


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