動乱の銀河 〜80年後の英雄伝説〜   作:Kzhiro

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長い時間更新期間を空けてしまいましたが、決して筆を折ったわけではありません。
ああ、執筆時間とモチベを確保できたならば…(泣)


リッテンハイムの騎行 1

「ちっ、ここもしけてやがるな」

オリオン腕にその勇名を莫大な恐れとともに轟かせている海賊提督、アルブレヒト・フォン・リッテンハイム=アルテンブルクは部下から寄せられた「収支表」を見ながら据わりが悪そうにそう言った。

 

リッテンハイムは現在のところスポンサー、即ち『再征服者』の後援の元辺境を中心とした帝国領内でいつも通りに略奪行を展開しているが、ここ最近はどこもかしこも「収入」の入りが悪いというのがリッテンハイムの感想であった。

 

帝国の状況を考えればそれは無理もない話であった。帝国、特に辺境は「血の聖霊降誕祭」から端を発する大飢饉からいまだに回復していなかったのだ。バーラトから食料供給と合成食料増産が行われていたとしてもそれは都市惑星とその近辺と言った重要地帯のみの話であって、辺境には到底そう言ったものが行き渡っておらず、未だに飢饉の影響が引きずっている有様であった。

 

ここ最近のリッテンハイムの略奪はいわゆる「定期便」の様相を示していた。即ち『再征服者』の私掠免状と幾ばくかの賄賂を提示し、現地の総督が民衆から搾り取ったと思われる財を回収し、また次の星系へ飛んでおんなじことをやる、この繰り返しであった。途中でイゼルローンや近隣の軍事基地に通報する総督もいるにはいたが、大抵海賊艦隊の船舶の軽快な船足には勝てず、途中で取り逃すのがいつものパターンであった。

 

しかしここ最近は収入の入りが絶望的に悪くなっていた。しかも月が経つごとに減っている有様であり、このままでは赤字は免れないという状況であった。

 

「侯、現時点における収入は前回の半分にも満たないではないか。このままだと軍需物資どころか必要最低限の物資の供給すらままならぬ。貴様はゴールデンバウム王朝開闢から続く我ら高貴なる血筋とその下に縋る民を飢え死にさせるつもりか。何か策を考えるべきではないのか?」

 

彼を苛立たせる要因は収入の低減だけではなかった。「再征服者」から派遣されたこの偉そうな口を叩く男、シュネッケンハイム元伯爵をはじめとした連絡将校(という名の監視役)たちが結果が自分たちにとって満足いかないものであるとこのように騒ぎ立てるのだ。現にそうだ、そうだとシュネッケンハイムの取り巻きたちが騒いでいる。

 

アルブレヒトにとって彼らの存在は不快そのものであった。あのハイルブロンとかいう伯爵が優秀であるという太鼓判を押したのであるからどのようなものかと期待していたのだが蓋を開けてみればこの有様であった。結果が自分たちにとって満足いかないものであるとこのように文句を言うくせに艦隊に何ら利益になるようなことはあまりせずそのくせして『再征服者』本部への連絡はしっかりとするという、アルブレヒトにとってみれば獅子身中の虫、害虫そのものであった。

 

もっとも『再征服者』にとって見れば最低限の任務、すなわち監視任務をしっかりとこなせる人物を選んだつもりか、数少ない人材をやりくりした結果であるが…アルブレヒトにとってみれば厄介者を押し付けられたという気分であった。

 

(くそッ、時代遅れの老害どもめ…とんでもない野郎を押し付けやがったな。)

 

アルブレヒトはその手に持つグラスになみなみと注がれたウイスキーを一気に飲み干すと、収支表の上にあたかも重りを置くかのようにだん、と大きな音を立てて叩きつけた。

 

「黙れ。これでも精一杯なんだよ。文句があるなら帝国政府に言え。」

 

アルブレヒトはドスの利いた声でそう言い、シュネッケンハイムを睨みつけた。伯爵は一瞬怖気ついた様子を見せたがすぐに調子を取り戻した。

 

「しかし侯よ、これで精一杯であると言ってもこれでは到底軍どころか民を食わすことが出来ぬではないか。これでは蜂起どころか今年を過ごせるかも分からぬわ。」

 

「知らねえよ。今年は当たりが悪かったんだ。新領土から穀物でも肉でも何でも買うなりしろ。どうせ金をしこたま貯め込んでいるんだろ?」

 

「ふむ、侯は略奪と暴虐で国庫に匹敵するほどの莫大な財を築いていると聞き及んだが、期待外れであったようだな。」

 

アルブレヒトはその言葉を聞いて舌打ちをした。こいつ、舌だけはよく回る。この場で斬り殺してやろうかと思ったが辛うじてそのような海賊らしい欲求を我慢した。

 

「…して、我々再征服者から窮した海賊に一つ提案があるのだが、よろしいか。」

 

「…提案、だと?何か策でもあるというのか?」

アルブレヒトは伯爵の言葉に興味を持った。

 

「もはや知っての通りであるがここ辺境では飢饉によって財という財が枯渇して久しい。辺境は暴虐なる孺子の後継者どもの艦隊があまり来ない場所であるがこのような場所でだらだらと略奪をして回ると来襲するのは時間の問題であるし、なによりも我々がその前に破産するやも知れぬ。そこでだが…」

 

伯爵は言い終わる前に取り巻きの一人に何かを囁き、とあるものを渡させた。それは最新式の端末であった。伯爵はそれを手慣れた様子で何回か操作すると、それを海賊提督に手渡した。

 

「…艦隊をここより遥か内側、帝国本土に踏み込ませることを提案する。そこならば少なくとも辺境よりも収穫は見込めるというのが再征服者の見解であるが…どうかね?」

 

伯爵はモノクルを右手で直しながら少し微笑んで海賊提督にそう言った。

 

「…帝国本土だと?冗談を言うな!昔なら確かに荒らして回ったが今は勝手が違うんだぞ!それに帝国艦隊に見つかったら…」

 

「百戦錬磨の海賊がそのような弱音を吐くのかね?帝国艦隊は都市惑星の近辺の治安維持にかかりきりであり今はあまり動けないだろう。孺子の時代の俊敏さをもはや失っているのだ。海賊にとってみれば千載一遇のチャンスというわけだ。」

 

「貴重な艦隊をオーディンかイゼルローンの艦隊に襲われてみろ!不都合を被るのはてめえらもおんなじなんだぞ!」

 

「貴殿の力量なら壊滅とまではまずいかないだろう。それに帝国艦隊にある程度の打撃を与えたらその分我らが有利になる。海賊艦隊には戦場を縦横無尽に駆け回る戦法があるではないか。」

 

ああ、ああ言えばこう言う。この男には何を言っても屁理屈で返されるだろう。殺しておくべきだった。だがここで激昂に駆られて殺してしまったらどうなる。再征服者は暗殺団を差し向けてくるだろう。長年歴史の影に潜んでいた負け犬どもだ。それくらいは得意だろう。

 

リッテンハイムは深くため息をつき、一息して従兵にウイスキーを注がせると一気に飲み干し、一息ついてから何かを決心した。

 

「ああ、良いだろう。そこまで言うんだったら見せてやるよ。リッテンハイム海賊艦隊の戦い方ってやつをよぉ。負け犬ども、見てちびるんじゃねえぞ。徹底してやってやるからな。別働隊のアンスバッハに連絡しろ!一路集結を図り帝国本土へと帆を向ける!野郎ども!炉に火を入れろ!」

 

かくしてリッテンハイムの末裔たる戦狼の率いる艦隊は、一路集結を図るために前進した。再びその牙を帝国の柔らかい腹に突き立てるために。

 

 

 

ローエングラム朝銀河帝国の大公子であるジグムント・フォン・ローエングラム=キルヒアイス中将が初めて旗艦「テオドリック」の艦上の人になったのは、まさしくこの時であった。

 

「未知の敵艦隊襲来」この報を受け取ったのが僅か七日前であった。

 

オーディン駐留艦隊司令長官クルト・マイヤー大将はこの報を受け直ちに艦隊を出撃させようとしたが、その時思わぬ横槍が入ったのである。

 

新領土方面本領駐留軍司令長官を務める帝国軍の中でも重鎮中の重鎮にして、ルーデンドルフ統合派政権最大の擁護者でもある皇族、キルヒアイス大公テオドール・フォン・ローエングラム元帥が遥々ウルヴァシーから人事にケチを付けたのである。

 

「高貴なるものは戦場に立つのが義務、ましてやローエングラム朝の皇族は積極的に前線に立つべし」「常にトマホークを携えて前線に立っている問題皇族」「統合派政権最右翼」として知られる彼は自身の後継者である副司令官ジグムントを最高司令官にして出撃させるべし、と宇宙軍内のシンパを総動員してオーディン駐留艦隊に圧力をかけてきたのである。これは表向きは若くして艦隊司令官となった息子の箔付けと言うのが主な理由であったが、その実彼のイデオロギーである「高貴なるものよ前線に立て。大帝のように」に基づいて行うべしとの信念に基づくものであった。

 

当然ながら管理者としては優秀だが家族を養うためにあまり問題を起こしたくないマイヤー大将はこれを承諾、「賊軍のオーディン侵攻に備える」名目で数千の艦隊と共にオーディンに留まり、残りの討伐に向かう艦隊司令官にジグムントを据えると言う形に整えた。

 

「まったく、あの魚の臓物が腐ったような父上め。このような形で私を前線に出してくるとはな。しかも広範な指揮権のおまけ付きだ。」

 

ジグムントは皇族用に豪奢に整えられた司令官席で不満げそうにしながらそう言った。

 

「まあなってしまったものは仕方ないでしょう。置かれたところで咲きなさいと言うやつです。」

 

艦隊参謀長に就任したエルハルト・フォン・トレスコウ少将はにこやかそうな笑みを浮かべながら主君を嗜めるようにそう言った。この男は「薔薇の皇女」ことアグネス・フォン・ローエングラム総督が自前の人脈の中から用意してくれた自身に協力的な将校であり、軍事の支えであると同時にオーディンに着任したてで未だに立場が安定していないジグムントの政治的な支えとして機能している男であった。

 

「おおむね獅子大帝のようになって欲しいんだろうよ。昔っからああだ。息子に変な期待をかけている。夢から覚めていないんだ。」

 

「全く同意でしょうが仮にもお父上でしょうに。それに殿下は艦隊どころか艦の全てを掌握しているわけではございません。将か兵の誰か聞いていて、お父上の元にすっぱ抜かれたら困りますでしょう。」

「いや、言わせて…それもそうだな。迂闊な発言はやめておこう。それはそうと。状況はどうなっている?」

 

ジグムントは何かを言おうとしたがブリッジの兵員が数名ほどこちらを見ていることを察すると、迂闊な発言を取りやめた。トレスコウがいるからと言って安心できるわけではない。彼はオーディンと言う見知らぬフィールドに新しく打ち込まれた楔に過ぎないのだ。咳払いをして参謀の一人に状況を求める。

 

「はっ。敵艦隊は目下のところシャンタウ星系に集結しつつありとのこと。地上部隊を降下させて乱暴狼藉を働いているとのことです。数は12,000。動かせる戦力のほとんどを動員している模様。」

 

作戦参謀からの報告を聞いてジグムントはふむ、と相槌を打った。

 

「これほどまでの大戦力、間違いなくリッテンハイム海賊艦隊でしょうな。しかし…シャンタウまで、しかもこれほどの戦力で切り込んでくるとは。一体全体、どう言うわけでしょうな。」

 

同じく報告を聞いていたトレスコウが、率直な感想を述べた。率直な感想に聞こえるだろうが、その目は深い知性を宿し、何かを探ろうと試みているのが窺えた。

 

「…確かに。かの艦隊は小規模艦隊による散発的な襲撃だったはず。どこまで行こうが所詮略奪に過ぎなかった。しかし、これでは…」

 

「まるで軍事行動、ですな。軍事行動となるとなんらかの基盤がいるはず。ではそれは一体全体なんなのか?」

 

「…奴は辺境に巨大なネットワークを築いているのではないのか?今までも、これまでもそうであっただろう。」

 

ジグムントはトレスコウの推理に、今まで通りの見解で答えた。確かに、リッテンハイムは辺境にある程度のネットワークを有しており、そのネットワークを動員すれば集中した艦隊運用もできるだろう。

「確かに、今まで通りならそうでしょうな。しかし、それでもせいぜい7000あたりが限度のはず。所詮犯罪組織ですから、そこが妥当でしょうな。」

トレスコウは一通り考え込むと、ジグムントに向き直って結論を告げた。

 

「…何かが後ろにいる可能性が高いです。それも、我々が知らぬ、大きな力を持った何かが。気をつけてかかったほうが良いでしょう。」

 

「大きな力を持った何か?…バーラトか?」

 

ジグムントは昨今新領土で大きな影響力を持ちつつある属国の名を挙げた。確かに、バーラトならこう言った支援策はやりかねなかったし、帝国政府以外に大きな力を持った存在を、彼は知り得なかった。

 

「さあ…どうでしょうな。私にはこれ以上のことは分かりかねますな。」

 

トレスコウは若い主君の顔を見つめふふっ、と笑うと、前方のスクリーンに向き直った。

 

「副司令!まもなくシャンタウ星系にワープアウトします!」

 

航法士官が告げる。これより、若い獅子の初陣が始まろうとしていた。

 

「よし!ワープアウト後全艦に通達!第一種戦闘配置につけ!周囲の索敵を怠るな!敵はリッテンハイム艦隊だ!賊軍だからと言って決して油断はするな!」

 

若獅子はその若さに見合わず、テキパキと指示を発した。それは、ある種獅子大帝の再来のように思えた。


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