動乱の銀河 〜80年後の英雄伝説〜   作:Kzhiro

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楽屋裏の英雄の卵 帝国編

「だから言ったのだ!バーラト自治共和国などと言うものは人類の統一と帝国のためにとっとと取り潰すべきなのだと!」

 

銀河帝国宇宙軍テオドール・ディルレヴァンカー准将は、歴史ある老舗のバー「海鷲(ゼーアドラー)」にて隣の席に座ってしまった哀れな帝国軍将校に酔った勢いで絡んでいた。

 

「分かるか!国家というのは一つの思想、一つの領土、一つの君主によって初めて成立するものだ!ゴールデンバウム王朝はそれすら出来なかったから滅んだのだ!ラインハルト大帝は自らが門閥貴族と同等の存在を生み出したことに気づかぬまま崩御なされたのだ!お陰で後世の人間がどれだけ苦労しているのか!何を隠そう、共和主義の亡霊にだ!」

「は、はあ…そうですか…」

「また生返事だ!貴様、誇りある帝国臣民としての自覚がないな!なんのために帝国軍の禄を食んでいるのか分かっていないな!」

 

この調子で30分だ。いい加減終わらないだろうか。将校のみならずバーにいる全員がそう思っているところであった。

「…お客様、少しよろしいでしょうか。」

「あ!?今ここの将校たる自覚のない者に帝国人、帝国軍人としての自覚を促しているところなのだ!」

「その件ですが少しお声が大きいかと。もう少し静かにお願いできますか?」

バーの従業員はディルレヴァンカーに自制を促した。

 

それがどうもこの将校の癇に障ったようだ。ディルレヴァンカーの顔がアルコールのためとは思えぬほど真っ赤に燃え上がる。

「な、なんだと…帝国軍人としてなんたるかを教えてやろうとしているのに…!!貴様は水を差すのか!貴様!それでも帝国人か!」

「お、お客様、どうかお静かに、お静かにお願いを」

「黙れ!軟弱者に活を入れて悪いことがあるか!もういい!興が醒めた!帰る!不愉快だ!」

 

ディルレヴァンカーは伝票を持って真っ直ぐ立ち上がったが、アルコールのためかすぐにふらつき、立て直した後、ゆっくりとレジへと歩みを進めた。

「…お客様、災難でしたねえ。あの人金払いはいいのですが時々ああいう風になりますから…困ったものですよ。」

「労い、ありがとうございます。あの禿頭の将校、ディルレヴァンカー准将は有能とは聞きますが、人間的に問題があるとあらかじめ聞き及びましたので…なるほど、あんな感じか。」

 

将校は先程の出来事を簡単に振り返ると、グラスの中のハイボールをグッと喉に流し込み、「すみません、ハイボールもう一杯お願いできますか?」とお代わりを求めた。

 

一方ディルレヴァンカーは勢いよく飛び出したはいいもののかなりの深酒を行ったためか、足元がおぼつかなく、途中で何度も倒れそうになりながら、自宅である官舎への歩みを止めずに進んでいた。

 

全く、世間では情けなく嘆かわしいことばかりである。帝都とその近辺ではブラウンシュヴァイク熱だとかヴェスターラントの呪いだとか言う新型ウイルスは流行するわ、それにもかかわらず政府は醜い権力争いの戦場と化しているのは日常茶飯事の有様で遅々として対策が進まないわその影響で今になってもワクチンができてないわテロリストは湧いて出てくるわ…

 

「この体だらく!太祖がヴァルハラから嘆いておるわ!」

 

ディルレヴァンカーは情けなく思って空に向かって咆哮した。通行人がいくらか自分を凝視しているが、彼にとっては知ったことではない。

この体だらくの中で唯一輝ける人が少なからず存在するのを知っている。ルーデンドルフ国家議長がまさしくそれだ。

 

まさしく太祖の世界精神が一人の人間として凝縮されたあの姿!帝国男児なら国家議長の為人こそ目指さねばならぬ。それに比較して今の帝国人の在り方ときたら!国家議長の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい!

特にさっきのあの将校あたりは…

 

そう考えているうちにディルレヴァンカーは街の中を流れる小川にかかる橋に差し掛かった。彼は歩いているうちに体がほてってきたようで橋の袂にもたれかかり夜風に当たることで体を冷やそうと考え、それを実行に移した。

 

かつてゴールデンバウム王朝の帝星であったオーディンの星空は、ルドルフがテオリアから遷都した後も、ラインハルト帝が友キルヒアイス大公と帝位簒奪を誓った時も、80年の時を経て寂れ果てた今も、変わらず美しい星空を夜の帷に湛えていた。

 

太祖獅子大帝はキルヒアイス大公との約束を果たし、宇宙を手に入れ、人類統一政権という失われた概念を復活させた。

 

だが大帝は本当に宇宙を手に入れただろうか。新領土は事実上の国家内国家であるし、イゼルローン近辺では反帝国感情が渦巻いており、到底帝国の統治が行き渡っていると言い難い。なによりもバーラト自治共和国。回廊の向こう側に横たわる共和主義者の本山が存在する。

 

ディルレヴァンカーは両手を眼前の星空に広げてみた。

「なんだ、宇宙って両の腕にも収まらないじゃないか。」

ディルレヴァンカーは思わずはにかんでしまった。太祖は意外と子供っぽい情熱を持っていたかもしれない。それをいつでも持続させついには本当に実行してしまうと言うのだから、そう言った能力こそが大帝を偉人とたらしめているのかもしれない。

 

…今、そんな太祖の築いた国家が、内部の様々な思惑によりズタズタに引き裂かれようとしている。

この状況を許しそのまま命数を使い果たしたら、ヴァルハラの太祖と大神オーディンに何と申し開きをすればいいのだろうか。

 

ローエングラム朝とは世界である。そしてそれと同時に一つの国家でもある。

一つの国家は一つの思想、一つの領土、そして一つの君主により統一されなければならない。

天に二つの日なし。異なる思想など許してはならないのだ。

 

「俺がこの手でかつて太祖が夢見た宇宙を取り戻し、ローエングラム家に捧げ奉る。そのためにこの限りある命を捧げていこう!」

ディルレヴァンカーは天に張り巡らされた星の帷に向かって、自分の決意を改めて叫んだ。通行人がいくらか自分の方を見た気がするが、そんなのは気にするか。燕雀は鴻鵠の志など知らぬのだ。

 

どうも酔いが覚めたらしい。それなのに酒に酔った時よりも気分がすごぶる良い。理想に酔うとは何と心地よいことなのか!

 

ディルレヴァンカーは先ほどよりも軽やかな足取りへ官舎へと帰り着き、やがて疲れた体をベットに預けて、そのまま夢の世界に飛び込んだ。

 

 

 

一方でオーディンのどこかの公衆電話では、一人の男がどこかに電話を掛けようとしていた。

 

先程ディルレヴァンカーに運悪く叱られ、ハイボールを何杯か頼んだ青年将校である。

「…はい、もしもし、私です。件の将校と接触できました。あちらから話しかけて来たので探す手間が省けました。」

青年は電話の向こう側に対し畏まった口調で話していることから、相手は彼よりも上の立場の人間だろう。ひょっとしたら軍の重鎮なのかもしれない

 

「…引き続いて監視の続行、ですね。しかし毎日バーに入り浸るというのもちょっと。…何ですって!?新領土駐留艦隊に移籍ですって!?」

青年将校は電話の相手から告げられたことに困惑を隠せないようであった。どうやら彼は花の艦隊任務になるようである。話の内容から察するにディルレヴァンカーもこの艦隊で何らかの要職に就いているのだろう。

 

「…なるほど、彼の副官として同艦隊に出向する、ですか。副官業務はあまりやったことがありませんが、なんとかやってみましょう。…ありがとうございます。」

どうも電話の主から何かしたの激励の言葉をかけられたようだ。彼は思わず赤面する。

 

「はい、はい。では異動通知が来るまで引き続き監視の継続、と。了解です。最後まで精力的にやらせてもらいますよ。」

青年将校は電話の主にそう告げてから受話器を元の場所に戻した。相当緊張を要する人物との電話だったらしく、ふう、と一息ついて、額に流れた汗を軍服の袖で拭った。

 

「まさか自分が艦隊勤務のために新領土に行くことになろうとは…全く過激派将校の監視のためにこれだけの準備をしてくれるとは、維新評議会政権も至れり尽くせりだな。」

 

青年将校ことヴィンツェンツ・シュミット少尉はそう言いながら、今までお世話になって来たバーの主人に異動を告げるのともう一杯酒を引っ掛けるのを行うべく、再び「海鷲」へと歩を進めた。

テオドール・ディルレヴァンカーとヴィンツェンツ・シュミットが公人として再び顔を合わせるのが今から数えて二ヶ月後、新帝国暦81年5月11日のことである。


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