偶然にできた短篇集   作:偶然だなあ

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存在

 まばらにあった人気は、時が経てば経つほど増えてゆき、気分が悪くなるほどの密集度となっている。……低賃金を与えているバイト学生は、人ごみのせいか暑いっスね、などとため息と共に空を見上げると、更に続けて、これじゃあおつかいに行くのもメンドいし気合い必要だなあ……何でまたあんな遠い画材やに歩きで……普通ソッチでタクシーとか電車代を出してくれるもんじゃないっスか……。

「まぁ、こんな賑わい様じゃあ、そもそも文明の利器らにありつけそうにないか。運良く乗ったとしても……」

 仕事を放棄し、ボヤき続けるバイト学生である。

「あれマキト、絵の具は?」

「サボりだろ!」

「ゲーセンでダンスゲームやってたじゃんお前、何してんだ」

 人ごみより逃れて、バイト学生のマキトと共に日陰で佇んでいると、新たなバイト学生三人が集い、私はこれらのメンバーの繋がりに目を細めた。集った三人は、二時間ほど前に注文したものをこなし、カフェで一時を共に過ごし、ゆったりとしてから私の下へと辿り着いたらしいが、この三人の関係はさほど深いものではないらしかった。……そう、共にカフェなど行かないような。ここにいる私と四人のバイト学生は、雇用主と労働者の関係であって、これぞ金のみの関係だという象徴的な繋がりであった。しばらく共にあっても無駄話がはずまない、正真正銘の愛想笑いといったところだ。

「もうすぐライブが始まるな……」

 マキトを密告したバイト学生、ノマは贔屓のアーティストのことで頭がいっぱいのようである。

「どこがいいんだかね……」

 高慢そうなバイト学生、コシンは外国人のように両手を広げ、ノマを呆れ見ている。「音楽といったらクラシックだろうよ。さっきのカフェでも口喧嘩したけどよ、ノマもキイチも分かってねえよ、まっ、育ちの差っていうか何ていうか。とにもかくにもクラシックだ」

「クラシックかあ……さっき行ったカフェでもかかってたけどね。あれかい? あの曲ってベートーヴェンだとかバッハとか……いや違うかな、うーんそもそも音楽家の人を余り知らないんだよ僕は。アハハ、僕もカフェで寝転がっていた子どもみたいなものだね

「あの少年も、今から毎日クラシックを聴けば、目の前のこいつみたいになるんだろうか

 音楽の嗜好によって間が二分され、クラシック至高主義とその他、そして音楽に興味のない私と好みが不明なマキト……蟻のように道をゆく人々に問いかければどのように分かれるだろうか、と眼前の険悪な雰囲気から目をそらしておく。試しに側を通った人に、尋ねてみれば、不審と苦笑のまま駆けていった。

「何やってんすか。そろそろ十五時っスけど?」

 私の肩に手を置き、マキトはそう言った。なんでもない、と首を振っておく。

 先ほどの人は未だにこちらをちらりちらりと見ながら、雑踏するスクランブル交差点へとまぎれていった。群衆によってかの人物がどの方向へ向かったか見当もつかない。現在この地帯は何と断定することのできない、マキトが耳にはめ込んでいる物体らによる重なりの不協和音が支配している。しかしながら、この不協和音はそれぞれが調和する気のないものだけでなく全く同じ音楽を奏でていることもあり、無意識にそれらが出会うと笑みを零さざるをえない。

 目をつぶり指揮者の不在な音楽に耳を傾けていると、スクランブル交差点の四方のビジョンから広告のCMが流れ始め、音楽は聴こえなくなってしまった。ビルを清掃している作業員がそのビジョンに重なり、テキパキと動いているものだから、さほどその広告に効果は期待できない。

「日本有数の企業広告を身体で妨害ってなんか愉快っスね」

「クラッシックはなぁ! ――」

 彼らは未だ口論をしているようだ。

 作業員は、各々の動きをシンクロさせ、ビジョンをステージに見立ててダンスしているようで、自由自在に動き回り、変幻するビジョンを、完璧に制御していた。作業床が移動し、下へと降りてゆく。遠目からでも懸命に下へと降りてゆくスピードに追いつくよう、ヘルメットの位置せわしなく、ビジョン……壁面を磨いて、身体を躍動させている。

 やがて次のCMへと変わり、その頃には不協和音が再び始まり作業員たちは、ビルの上へと戻っていった。スクランブル交差点をゆく人々は、いずれもが下を向き、あらゆる方向へと蠢き、一定の清掃を終えられたビジョンの光に照らされ、仕事を終えた作業員の存在は無かったかのように……。私には人々が、忘れん坊の鶏のように見えてしまった。

 私は上昇していった作業員たちを見つめていたが、マキトの十五時という言葉がふいに脳内へ浮かび、私も自らの仕事をしなければならないことを思い出した。まったくもって、鶏小屋のように見えるそのスクランブル交差点を見据え、私は描き始める。……バイト学生らは既に役目を終え散っていったようで、私は群衆から少し離れた日陰でキャンバスへ描く、絵の具は足りないが、それでいい。なぜなら、白と赤さえあればこの群衆を描くには事足りるからだ。



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