雲取山の炭焼きの一家である竈門家。
その竈門家では長男の少年──竈門炭治郎がある躍りを懸命に頑張っていた。
「精が出るな、炭治郎」
そう声を掛けてきたのは竈門炭治郎の父──竈門炭十郎だ。
何処か病人の顔つきをしており、炭治郎の見たところ、あと余命は1年か、2年といったところな男だが、そんな風貌にも関わらず、狩りで熊を狩り取るなど、とても病人とは思えない行動を起こしまくる男でもあった。
「ああ、早く父さんのように立派にヒノカミ神楽を踊れるようになりたいからね」
「・・・そうか。それは嬉しいな。このヒノカミ神楽はご先祖様がある人物にした約束だからね。お前が継承してくれると非常に助かる」
「・・・うん、知っているよ」
炭治郎は小声でそう言った。
「? 何か言ったかい?」
「いや、なんでも。それよりヒノカミ神楽をずっと続けられるっていう呼吸について色々と教えてくれないかな?」
「ああ、構わないよ」
炭十郎はそう笑いながら了承した。
◇
突然だが、俺の中身は竈門炭治郎ではない。
前世では鬼滅の刃ファンの1人である何処にでも居る21世紀の少年だった。
所謂、転生者、あるいは憑依者という奴だ。
そして、俺が転生したのは4日前。
丁度、竈門炭治郎が10歳の誕生日を迎えた時。
原作で竈門家が襲われたのが炭治郎が13歳の時の冬なので、原作の3、4年前という事になる。
・・・この世界に来た当初はどうしようかかなり迷った。
主人公に転生した以上、この世界の巻き込まれるのはどう考えても避けられない。
ここで俺が取れる選択肢は3つ。
・自分だけ逃げる。
・竈門家が襲撃される日に鬼舞辻無惨と戦う。
・家族と共に逃げる。
・・・正直、どれも現実的ではない。
まず1つ目はあまりにも後味が悪すぎるし、そもそもここは自分が生きてきた100年前の世界。
子供だけでどうやって生き残れば良いのか、全く分からないし、出来る気がしない。
それに・・・なんとなくだが、この選択肢を選んだら不味いことが起こる気がする。
よって、この案は早々に放棄した。
次に鬼舞辻無惨と戦う選択肢だが、これはほぼ無理ゲーだ。
なにしろ、鬼舞辻無惨は鬼陣営のラスボス。
こいつと戦うのに最低限必要なものは──
・日輪刀、日の呼吸(全集中・常中までを含む)、透き通る世界。
・・・うん、無理ゲーである。
おまけに痣を発現させると、継国縁壱のような生まれつき痣を持っているか、その兄のように鬼になるという例外でもない限り、25歳までしか生きられなくなる。
なので、この案も放棄したかったのだが、それは出来なかった。
なにしろ、続く第三案は『そもそも襲撃される日付が分からないので困難だ』という結論に陥るからである。
まあ、それを言ったら第二案も同じなのだが、こちらは13歳の冬だということは分かっているし、三郎が泊まっていけというフラグが立つと予想されるので、なんとかなる筈だ。
よって、結論としては第二案に落ち着き、まずはヒノカミ神楽こと、日の呼吸を極めるためにこうして鍛練をしていた。
そして、炭十郎に呼吸法のやり方を教えて貰っていたのだが──
(全然、分からん)
炭治郎はそう思いながら先程の炭十郎の教えを思い出す。
一応、教えては貰ったのだが、教え方が抽象的すぎて全く分からなかったのだ。
(そう言えば、原作炭治郎もそんな感じだったな)
原作炭治郎が10日で全集中・常中を会得し、善逸と伊之助に教えていた時、その教え方が抽象的すぎて全く分からず、最終的にしのぶの手ほどきを得て9日で会得していたという経緯があった。
おそらく、教え方が下手なのは炭十郎からの血筋なのだろう。
その為、炭治郎は炭十郎から学ぶのを諦めた。
(こうなったら、炭十郎が日の呼吸を覚えた方法を使うしかないな)
原作で竈門炭十郎は、ヒノカミ神楽を何度も何度も舞うことで日の呼吸の型と呼吸を自然的に覚え、最終的に透き通る世界まで至ったらしい。
それも原作での死因が病死だったこと、更には強化を示す痣について言及されていないことから、おそらくは痣抜きで透き通る世界に至った可能性すらある。
原作で見る限り、痣抜きで透き通る世界に至ったのは竈門炭十郎だけ。
あの鬼滅の刃最強の継国縁壱ですら、痣抜きでは透き通る世界には至れていないのに、だ。
そう考えると、炭十郎というのは凄い人物でもあるが、同時にある希望が持てる。
もしかしたら、地道な修練を重ねれば、25歳に死ぬという痣抜きで透き通る世界に至れるのではないか、と。
前述した修練を重ねた結果、呼吸と透き通る世界を身に付けたのが本当かどうかは分からないし、出来たとしても長い年月が掛かる可能性がある。
しかし、これ以外に方法はない。
やるしかないのだ。
だが、その前にまず日の呼吸を身に付けなくては始まらない。
その為、炭治郎は何度も何度もヒノカミ神楽を繰り返し舞い、更には呼吸が出来るように肺を鍛えるため、雲取山の上り下りを1日に何べんも繰り返した。
そして、半年後──
「うそぉ」
炭治郎は日の呼吸 壱ノ型 円舞によって真っ二つに切り倒された木を見ながら驚いていた。
ちなみに刀の代わりに斧を使っている。
「いや、出来るのは知っていたよ。でも、まさか、僅か半年で壱ノ型だけとはいえ技が展開できるなんて・・・」
ついでに言えば、技が展開できたということは全集中の呼吸が出来たことに他ならない。
全集中・常中は流石に出来ないが、全集中さえ身に付けてしまえば覚えるのはそれほど難しくはないだろう。
現に原作炭治郎も10日で身に付けているのだから。
そして、思ったより早くそれが出来たのは誤算であったが、2、3年後に無惨を相手にするとなると、準備は幾らあっても足りない。
行幸だと思うことにした。
ただ──
「なんで、疲労感が出ないんだ?」
アニメなどの描写にあったヒノカミ神楽を使った後に来るはずの負担による疲労が今の自分には全然来ていなかった。
原作炭治郎はこれにより、比較的持続性のある水の呼吸との併用を余儀なくされている。
別に疲労感など無い方が良いのだが、起きる筈の事が起きないのはやはり気になってしまう。
「・・・まあ、いっか。やることは一杯あるし、後で考えよう。え~と、次にやるのは弐ノ型である碧羅の天か、それとも全集中・常中を先に身に付けるか?」
炭治郎はそこで一旦疲労感についての考えを止め、次に身に付けるべき事を考える。
碧羅の天は劇場版で登場し、最終的に下弦の壱の首を狩り取った技であり、全集中・常中は全集中を24時間行うという究極の呼吸法である。
原作の時系列では炭治郎は全集中・常中を先に取得し、碧羅の天はその後に繰り出されたが、先に型を覚えてから全集中・常中を身に付けるというやり方も悪くはない。
「・・・先に型から覚えるか。全集中・常中が出来たところで型を忘れましたじゃどうしようもないし」
炭治郎は少々迷った末に、先に弐ノ型である碧羅の天から覚えることに決めた。
「まあいいや。それより早く練習だ」
絶対に今の家族を助けよう。
その決意を胸に、炭治郎は鍛練に励んだ。
◇
「ほらっ!とっとと動け!!」
そう言いながら、10歳ちょっとの少女を殴る男。
しかし、殴られているのは彼女だけではない。
彼女の兄弟達もまた、かなり理不尽な理由で殴られているのだ。
ちなみに母親は父親に完全に追従しており、止める気配すらない。
(痛い・・・苦しい・・・)
少女は心の中で泣き叫びながらも、それを口に出す事はしなかった。
言えば、子供のことを奴隷のような何かにしか思っていない両親によって殴られると分かっていたから。
こうして、少女は今日もこの苦しい生活の中を生きていく。
少女の名はない。
両親が名前をつけなかったからだ。
しかし、後に彼女を拾った者はこう呼ぶ。
栗花落カナヲ、と。