居間から退出していく炭治郎と鱗滝。
彼らは禰豆子を連れて廊下を歩きながら、何かを話していた。
「・・・お前のやった訓練が役に立ったな」
「ええ」
鱗滝の言葉に炭治郎は頷く。
実は最終選別から刀が炭治郎の下まで着く間に、万が一にも禰豆子が人を襲わないように稀血を使ってそれに耐えるという訓練を禰豆子に行っていたのだ。
しかし、その方法は稀血を炭治郎が全身に浴びて禰豆子の前に出るという一種の狂気的なやり方であり、最初、鱗滝はあまりの危険性からそれに反対した。
だが、自分が率先してやらなければ意味がないと炭治郎が説得し、渋々だが認めたという経緯がある。
(この子は妹の為にそこまでの狂気に走れるのか)
結果的にそれは成功し、先程の場面でも活かす事が出来たが、鱗滝はその時、炭治郎の覚悟を身に染みて感じることとなったと言う。
ちなみに炭治郎が任務をこなして以降は、鱗滝によって稀血に耐える訓練は行われたが、内容はもっと軽いものに変えられている。
「それでは私は狭霧山へ戻るが、お前はどうする?」
「仲間の見舞いに行きます。ただその入院先の蝶屋敷という場所が何処にあるのか分からなくて・・・」
「・・・今回は特別だ。ワシが連れていこう」
「ありがとうございます」
2人はそう言いながら、蝶屋敷への道を歩み出した。
◇無限城
「──無惨様」
無限城。
それは鬼舞辻無惨を始めとした鬼の本拠地であり、無惨の居城でもある。
ここには無惨の他にはこの城をコントロールしている鳴女と十二鬼月しか招かれない。
そして、先程、十二鬼月の下の方である討伐された下弦の伍以外の下弦の鬼を召集し、無惨はある命令を通達し、血を分け与えた。
その直後、何故か下弦の鬼ではない筈なのに招かれていた上弦の壱こと黒死牟は無惨にあることを尋ねる。
「なんだ?」
「何故、下弦の鬼達に血を?無惨様ならば、下弦級の鬼など、幾らでも産み出せますし、下弦ならば代用も幾らでも居るのでは?」
「・・・その事か」
数年前ならば気分を害した口答えに近い言葉だが、良くも悪くも数年前と変わってしまった無惨はその程度の事では怒らない。
それ故に黒死牟も尋ねることが出来たのだ。
もし昔の無惨だったならば、“私の決めたことに口答えをするな”と理不尽に怒り出したことだろう。
「奴等にはまだやって貰うことがある。それに下弦級の鬼を大量生産する方が手間が掛かるのでな」
「・・・なるほど・・・して、私への用とは?」
「とある洞窟に向かい、そこに存在するという“どんな傷をも治す薬草”というのをこの世から抹消してこい。あれが鬼狩りの手に入ると面倒なことになる。その際、青い彼岸花の捜索と耳飾りの奴の抹殺については一時中止しても構わん」
「!?」
黒死牟は最後の言葉に驚愕した。
青い彼岸花と耳飾りの人間(と言うより、日の呼吸使い)の抹殺。
前者は鬼舞辻が鬼になった時から探し求めていたものでもあり、後者は無惨だけではなく、黒死牟自身もまた望んでいた事でもある。
それを諦めるということは、どうやら鬼舞辻は本気で鬼殺隊を潰しに掛かる気らしい。
しかし、後者を一時的にでも諦めるというのは、黒死牟自身も悔しいものが有るのも確かだ。
だが──
「承知・・・致しました」
それでも黒死牟は命令には従う。
逆らえないというのもそうだが、それ以上にそれもまた道理だとも感じていたからだ。
「では、下がれ」
無惨がそう言った直後、琵琶の音が鳴り、黒死牟の姿は消える。
それを見届けた無惨は、目を瞑りながらこう呟く。
「今に見ておれ、鬼狩りども。目にもの見せてくれる」
それは傲岸不遜な無惨に相応しくない静かな怒りだった。
2年と少し前のあの日以来、無惨はトラウマが再発したせいか、却って最近は冷静となり、手腕を振るっている。
それは決して無惨自身が利口になった事を意味してはいないが、それでも厄介になった事は明らかだった。
──そして、原作と違い、下弦が解体されずに強化されたことにより、鬼殺隊は原作よりも少なからぬ苦戦を強いられることとなる。
◇
那田蜘蛛山の1件から1ヶ月。
原作では機能回復訓練は3ヶ月かけて行われ、直後に無限列車編が始まったので、今は無限列車編の2ヶ月前ということになる。
あの柱合会議の後、鱗滝は禰豆子を連れて狭霧山へと帰り、炭治郎は軽傷だったこともあって任務に復帰していた
結局、カナヲは柱になることは無かったが、下弦の伍討伐の功績を認められて3階級昇進して
そして、それから1ヶ月が経過したが、先の那田蜘蛛山の1件で入院していた2人(ちなみに伊之助は原作と違って下弦の伍と遭遇してしまい、重傷を負った)の怪我はあと1週間で取り敢えず動けるというところまで来ていた。
その後は原作通りに機能回復訓練が行われることになるだろう。
そして、肝心の炭治郎だったが、彼は那田蜘蛛山の戦いで軽傷しか負っていなかったために、逸早く戦列復帰し、ほぼ1人で修行をしながら任務に励んでいたのだが、この日、珠世から貰ったある情報を基にとある洞窟へと向かっていた。
「しかし、どんな傷をも治す薬草、ねぇ。なんかうさんくさいな」
曇り空の下、炭治郎はそう言いながら、件の洞窟の方へと向かっていく。
そもそも炭治郎がここに来たのは、別に任務という訳ではない。
蝶屋敷に住む元花柱──胡蝶カナエを助けるためだ。
実は彼女は4年前の童磨との戦いで肺に重大な損傷を負っており、余命幾ばくもない状況まで追い込まれていた。
その話を珠世にしたところ、先程のどんな傷をも治す薬草の情報を聞かされ、それがあるという洞窟へと向かっていたのだ。
しかし、炭治郎はあまりこの情報を信用していなかった。
それはそうだろう。
何処ぞの魔法とファンタジーのRPGに出てきそうな回復薬じみたものなど、この鬼滅の刃のような世界観に登場するとは到底思えなかったのだから。
それでも完全に否定しないのは、そういった代物がもしかしたら有るかもしれないという希望を抱いていたからだ。
なにしろ、この世界もまた呼吸での止血や身体能力強化など、現実ではあり得ないような事が多々有る世界だったのだから。
「それに、助けた以上は最後まで責任を持たないといけないからな」
炭治郎はそう言いながら、4年前の事を思い出す。
4年前のあの日。
偶々上弦の弐と胡蝶カナエが戦っている現場に出くわした炭治郎は、彼女を助けるために戦闘へと介入した。
その時は上弦の弐を通して無惨に自分の存在がバレては不味いと、お面をして彼らの前に立ったため、カナエは自分がその時助けた人間だとは気づいていない筈だ。
まあ、上弦の弐と戦った際に日の呼吸を使ったので、彼女の前で呼吸を使えばいずれはバレるだろうが、なんにしても助けたからには最後まで責任を持つ義務がある。
少なくとも炭治郎はそう考えており、この場所へとやって来ていたのだ。
「! 見えた。あの洞窟だな」
ようやくその洞窟があと少しのところまで来た為か、炭治郎は歓喜の声を上げる。
そして、彼は件の薬を探し求めてそのまま洞窟の中へと歩いていく。
だが、彼は知らない。
既に先に来ていた2名の鬼殺隊士と無惨によって送り込まれた1体の強大な鬼が洞窟の中に居たということを。
そして、炭治郎がそれを知るまでには、あと1分の時間が必要だった。
那田蜘蛛山の戦いの功績によるかまぼこ隊及びカナヲの階級昇進
竈門炭治郎 2階級昇進 癸(みずのと。一般隊士10階級の内の10番目の階級。つまり、鬼殺隊の階級で一番下)→辛(かのと。一般隊士10階級の内の8番目)
我妻善逸 1階級昇進 癸→壬(みずのえ。一般隊士10階級の内の9番目の階級。つまり、昇進後の炭治郎の1つ下)
嘴平伊之助 1階級昇進 癸→壬
栗花落カナヲ 3階級昇進 癸→庚(かのえ。一般隊士10階級の内の7番目の階級。つまり、昇進後の炭治郎の1つ上)