竈門炭治郎に憑依   作:宇宙戦争

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歪んだ歯車

西暦1915年(大正4年) 8月 産屋敷邸

 

 

「てめェ、なにふざけたこと言ってやがるんだァ!!」

 

 

 炭治郎の御館様への無礼な言葉と要求の内容に、気の短い風柱は早速怒り狂い、今度こそ刀を抜いて炭治郎へと斬りかかる。

 

 しかし、こうなると炭治郎としても黙っているわけにはいかない。

 

 透き通る世界を使って不死川の動きを予測し、その斬撃をかわすと、刀を抜いて反撃しようとする。

 

 だが──

 

 

「止めろ!!」

 

 

 そこで大声を出して止めたのは水柱・冨岡義勇だった。

 

 

「「!?」」

 

 

 意外な人物の叫びに、両者は思わず動きを止めてそちらのほうを見る。

 

 

「お前達、ここを何処だと思っている!!御館様の御前だぞ!!!」

 

 

「!?」

 

 

 その言葉に不死川はようやくその事に気づいて、顔を青くする。

 

 そう、本来なら御館様に斬りかかるなどのよっぽどの緊急性のあるものを除いて、このような場面で隊士を勝手に処罰することは許されていない。

 

 幾ら柱が幹部とはいえ、トップが何も言わないうちに処罰などすれば鬼殺隊全体の統制が取れなくなってしまうからだ。

 

 それは柱合裁判のような場でも同じ。

 

 原作の柱合裁判では勝手に炭治郎を処刑しようとしたり、禰豆子をぶっ刺したりしたが、あれも本来ならしてはいけない行為なのだ。

 

 その証拠に風柱以外は実際に行動に移していない。

 

 ましてや、今は御館様が目の前に居る場で刀を抜いて斬り掛かってしまった。

 

 やってしまった行為の重さを実感し、不死川は柄にもなく胸が潰れそうになる思いを抱いてしまう。

 

 

「ちっ」

 

 

 一方の炭治郎はそれほど行為の重さを感じてはいなかったが、空気を読んで舌打ちしつつも矛を納めることにした。

 

 こんなところで死ぬのは炭治郎としては本意ではないのだ。

 

 そして、輝哉は先程から炭治郎の要求の内容にゆっくりと考え込む仕草をしていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

 

 

「炭治郎、それは鬼殺隊の事を考えてのことだよね?」

 

 

「・・・ええ、まあ」

 

 

 炭治郎は少しの沈黙の後、そう答える。

 

 嘘は言っていない。

 

 無惨を殺すためには流石に今の自分では力不足だし、痣が無い分、鬼殺隊はおそらく原作よりも弱いまま最終決戦を行うこととなるだろう。

 

 それを何とかするためには今のままの状態では駄目だと前々から思っており、一度その組織構造を改革したいと思っていたのだ。

 

 ・・・まあ、それでも隠している本音(・・)は存在するが、その点は決して嘘ではない。

 

 

「・・・ふむ。まあ、それなら構わないよ。やってごらん」

 

 

「なっ!ほ、本気ですか!?」

 

 

 伊黒は驚愕した様子で御館様を見る。

 

 それはそうだろう。

 

 柱が一般隊士ならともかく、他の柱の指揮権を求めるなど前代未聞であり、更に状況が状況なのもあって日柱が怒りで支離滅裂な発言を行っているとしか思えなかったからだ。

 

 しかし、輝哉は別な捉え方をしていた。

 

 

「うん、本気だよ。元々、彼は現在の鬼殺隊に不満を抱いていたようだったし、何かしらの改革を行いたいというのも本音だったんだろうからね」

 

 

 どうやらとっくの昔に輝哉は炭治郎の思惑を察していたらしい。

 

 まあ、そうでなくとも外と接する機会の多い輝哉には鬼殺隊が抱える歪がよく見えるために前々からその辺りを直したいと思っていたのかもしれない。

 

 なにしろ、鬼殺隊という組織はその実力主義体制こそ時代を完全に先取りしていたが、他の組織制度に関しては外と比べて古いと言わざるを得なく、またその実力主義でのしあがっていく人間も復讐という非常に危うい動機でなる人間が殆どだ。

 

 普通の軍隊ならば良くも悪くも上官の意向が働いて、こういった人間は出世出来ない仕組みになっているのだが、鬼殺隊はむしろその真逆なため、復讐で暴走しやすい人間が幹部となる事態となってしまっている。

 

 まともな頭をしていればそれを何とかしたいと考えるのは当然と言えば当然だった。

 

 

「ただし、私の子供達を理不尽な目には遭わせないこと。それが条件だよ」

 

 

「ええ、勿論。理不尽な目“には”遭わせませんよ。ただし、十二鬼月と戦って結果的に死んだとかは別ですよ。これは死んだ方が悪いということで」

 

 

「・・・それは私がやったとしても同じだから構わないけど、私怨で殺すのは無しだよ」

 

 

「まさか!俺は他の鬼殺隊士とは違いますから、その点は大丈夫ですよ!!」

 

 

 そう言って歪んだ笑みを浮かべる炭治郎。

 

 だが、その笑顔に特に柱達、特に日頃から付き合いのあるしのぶはゾッとした。

 

 明らかに狂気を孕ませている感じの笑顔であったからだ。

 

 が、同時にこの狂気もある意味で常人としては普通の反応だった。

 

 なにしろ、彼は妹を殺された直後の人間であり、その怒りを押し殺していたのだから。

 

 むしろ、平然としていられる方が人として可笑しい。

 

 そして、狂人となった経緯に柱達が気づいていないというのも、彼らの異常さを物語っている。

 

 いや、恋柱だけは痛々しい反応をしている分、どうやら彼女だけはまともな感性を持っているのかもしれない。

 

 

「じゃあ、任せるよ。他に必要なものはあるかい?」

 

 

「御館様の名をしばらく隊内で貸して貰います。そうしないと、命令に従わない馬鹿が主に上の方(・・・)に出てきますから」

 

 

 炭治郎は敢えて上の方という言葉を強調する。

 

 厳密に誰とは言っていなかったが、炭治郎の言う上の方という言葉がどんな存在を表しているか分からないほど、柱達は愚鈍ではない。

 

 柱達の殺気が再び濃くなるが、炭治郎は気にもしなかった。

 

 

「うん、分かったよ」

 

 

「それは良かった!では、俺は色々と準備がありますのでこれで」

 

 

「ちょっと待って」

 

 

 そう言って立ち去ろうとする炭治郎だったが、そんな彼を輝哉が呼び止める。

 

 

「・・・なにか?」

 

 

「実は昨日の柱合会議で隊士の質の低下について懸念が上がったんだ。何か良い解決案は無いかな?」

 

 

 それは半年前にも上がった議題だったが、未だに解決されていないまま放置されている問題でも有ったので、その場に居なかった炭治郎に一度聞いてみたかったのだ。

 

 そして、炭治郎は少し考える素振りをしてこれまた前々から考えていたある案を披露することにした。

 

 

「・・・既存の隊士を強くする案は有りませんが、育主とその生徒に対する案なら有りますよ」

 

 

「ほう。何かな?」

 

 

「要は問題がある育主とそうでない育主の境目が分からないから解決しないんでしょ?なら、簡単です。隊士養成学校でも作って、そこに各育主と生徒を集めて教育したら良いんです」

 

 

 これは前々から思っていたことだったが、育主と生徒をバラバラにして最終選別に送り出すというのは非常に効率が悪い。

 

 何故なら、最終選別を許可する基準が育主によって違うだろうからだ。

 

 基本的に生徒は全集中を使えるようになれば最終選別に出される。

 

 まあ、原作のカナヲやこの世界の炭治郎は全集中・常中が出来ても最終選別の許可が下りなかったりしたが、あれはあくまで例外だ。

 

 だが、全集中が出来るかどうかという基準は実は曲者であり、原作の五感組(玄弥は呼吸が出来ないので実際は4人だが)のように各々のエフェクトがはっきり見える者も居れば、村田のように水のエフェクトがほとんど見えない者も居る。

 

 そして、原作では明記されていないが、おそらくエフェクトがはっきり見えるほど技の完成度は高い。

 

 しかし、現実は育主によってはエフェクトがはっきり見えないまま選別に送られることも多く、更にはそのほとんどが最終選別で喰われてしまう。

 

 だが、そんな要領の悪い育主は何処が悪いのか分からない。

 

 周りに育てるのが自分しか居ないからだ。

 

 だが、学校という施設に育主が教官として集められればどうだろうか?

 

 そこならば要領の良い育主も当然集まるので、何処が悪いのか指摘し合えるし、一ヶ所に存在するので柱達もどのような隊士候補が居るのか把握しやすい。

 

 またそこで暮らすことで仲間意識も目覚めて、選別でも共同して生き残るなどの知恵を回らせることが出来るだろう。

 

 まあ、それとは“逆のケース”も有るが、それを考えても仕方がない。

 

 

「それは盲点だったね」

 

 

「ああ、それと最終選別は現役隊士による見回りもさせた方が良いですよ。ダメそうな隊士候補が居たら強制的に失格させて山を降りさせ、次の機会を待たせるという事も出来ますから」

 

 

「なるほど、検討してみるよ。ありがとう」

 

 

「では、失礼します」

 

 

 そう言って炭治郎は産屋敷邸から立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・ふぅ」

 

 

 産屋敷邸から出て暫くして炭治郎は大きく息を吐いて呼吸を整え、懐からかつて禰豆子が使っていたあの竹籤を取り出す。

 

 

「・・・待ってろよ。いずれ俺がお前をあの世へ追いやった奴等を地獄に送ってやるからな」

 

 

 そう言う炭治郎の目には多くの鬼殺隊士が持っている怒りと憎しみが強く宿っていた。

 

 そして、それが誰に向けられたものなのかは言うまでもない。

 

 

「だが、もうしばらく辛抱してくれ。先に母さん達を殺した鬼舞辻無惨を倒すのが先だからな」

 

 

 炭治郎はそんな宣言をしながら、ひとまず無惨を倒すことに集中することを誓う。

 

 ──禰豆子が殺されたことによって、これから少年に待つ運命は分からなくなった。

 

 時間が解決して少年が自らの幸福を望むようになるのか、それとも復讐に全てを費やす他の鬼殺隊士と変わらない人生を歩むのか。

 

 だが、いずれにしろ、1つだけこの時点で確定されたことがある。

 

 それは鬼と鬼殺隊、勝った方が竈門炭治郎の完全なる敵となるという事実だった。


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