竈門炭治郎に憑依   作:宇宙戦争

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西暦1915年(大正4年) 8月 産屋敷邸

 

 

「・・・あの場では敢えて聞きませんでしたが、どうしてあのような事を承認なさったのですか?」

 

 

 炭治郎が産屋敷邸を出て鬼殺隊と鬼双方への憎しみを込めた1つの決意をしていた頃、炭治郎の去った産屋敷邸では、年長者であり炭治郎が去った後のこの場に居る柱の中では一番強い柱でもある岩柱・悲鳴嶼行冥が先程の発言の真意を問いていた。

 

 当然だろう。

 

 炭治郎の発言を気に入らなかったというのもそうだが、柱の指揮権を他の柱に預けるというのも前述したように彼らから見れば、かなり無茶苦茶なものであったのだから。

 

 他の柱も言葉には出していないものの、行冥に同意といった感じで御館様を見る。

 

 

「まあ、その疑問はもっともだけど、実は私たち産屋敷家以外に柱を動かせる人材を作りたいという考えは前々から抱いていたんだよ」

 

 

 そう、産屋敷家は鬼殺隊のトップという立場であり、先見の明という反則的なものを有してはいるが、戦闘のプロではない。

 

 いや、正確には例の呪いによってなれないと言うべきだろう。

 

 ならばと指揮官的なポジションを維持しようとしていたのだが、逆に言えば鬼殺隊は産屋敷家の独裁制で成り立っているとも言えるので、もし産屋敷家が無くなったりすれば、柱の指揮官が居なくなって鬼殺隊が瓦解する可能性も孕んでいるということになる。

 

 なので、その問題を解決するためにも産屋敷とはまた別の柱の指揮官を作っておきたいと、輝哉は前々から考えていたのだ。

 

 

「嗚呼・・・つまり、日柱の提案はその試験的なものにちょうど良かったと」

 

 

「うん。まあ、そういうことだね」

 

 

「しかし、何故奴なのです?そういうことなら悲鳴嶼さんが相応しいのでは?」

 

 

 伊黒は疑問の言葉を口にする。

 

 岩柱は現在の柱の中では古参であり、日柱が来るまでは既存の柱の中で一番強かった柱でもあるし、また近年は柱達のまとめ役だったという事実も存在するので、うってつけの人材なのは間違いない。

 

 だが、日柱の強さは(認めたくはなかったが)本物でも柱の中では一番の新参。

 

 更に言えば、先程御館様に対して無礼を働いた人物。

 

 とてもではないが、そういったことに向いているとは思えなかったし、向いていたとしても心情的に認めたくなかった。

 

 しかし、そんな伊黒に対して御館様はこう言う。

 

 

「ああ、小芭内の言う通りだ。炭治郎は確かに指揮とかはまだ出来ないだろうね」

 

 

「では、何故?」

 

 

「それは彼が一番生き残る可能性が高いと思ったからだよ。指揮官は最後まで生き残らなければならないからね」

 

 

 鬼殺隊はその性質上、戦って生き残ろうと考える人間はそう多くない。

 

 命を落としてでも任務を遂行すべしという考えの人間が多いからだ。

 

 勿論、そうでない人間も居るが、そういった人間は鬼殺隊の中では少数派であり、悲鳴嶼もその例外ではない。

 

 だが、炭治郎や甘露寺は違う。

 

 炭治郎は鬼舞辻個人には家族を殺された恨みがあれども、鬼という種族で見れば特に恨みは無かったし、他の鬼殺隊士と違ってこちらが鬼を殺そうとしている以上、鬼殺隊側も鬼に殺されても仕方ないというシビアな考えを、それこそ禰豆子が殺される前から抱いていた。

 

 まあ、それでも罪もない一般人への被害は流石に仕方ないとは言えないので、そこら辺は鬼殺隊の大半の隊士と同様の考え方だったのだが、考え方には明らかに温度差が存在しており、炭治郎は鬼殺隊と鬼の戦いを『人間と鬼の戦争』と解釈しているのに対し、一般的な鬼殺隊士は『人間と鬼の絶滅戦争』と解釈している。

 

 これがどう違うかと言えば、炭治郎の考えでは通常の人間の戦争と同じで、時に鬼と共闘することや場合によっては和平することが有ると感じているのに対して、通常の鬼殺隊士にそのような考えはなく、『鬼を滅殺する事こそ全て』という狂気的な考えに支配されているのだ。

 

 要するに価値観の違い。

 

 これこそが考え方に温度差を生み出している要因だった。

 

 まあ、それは戦後育ちの日本人である炭治郎と戦前育ちの日本人の違いであったかもしれないが、輝哉の思考はどちらかと言えば炭治郎に近いので、必ずしもそうであるとは断定できなかったが。

 

 そして、甘露寺であったが、彼女は誰か親しい人が殺されたという訳ではないので、鬼に対する恨みの感情は全く存在していない。

 

 だからこそ、この両者は相手を殺すだけではなく、死を常に覚悟しつつも、自分がどう生き残るかも普段から頭の中にインプットされている。

 

 そして、指揮官というのは兵隊の指揮を最後まで取らなければならないので、そういう死を覚悟しつつも、生き残ることを頭に入れている人間が一番勤まるのだ。

 

 だが、甘露寺はその性格上、指揮官役には向いていないので、消去法で炭治郎がその白羽の矢として選ばれてしまっていた。

 

 

「・・・ですが、あれは何か腹に一物を抱えています。もしかしたら、そのうち反乱を起こそうなどと考えているかもしれません」

 

 

 苦し紛れにそう反論する伊黒だったが、実のところこれは当たっていた。

 

 今はなにもする予定はなかったが、事が終わって無惨が殲滅された時は炭治郎は自らの手で鬼殺隊を殲滅しようと考えていたので、伊黒の懸念は決して間違ったものではない。

 

 しかし、そんなことは輝哉とて分かっている。

 

 いや、むしろ、あんな殺気を向けられてそれを想像しない方が無理な話だ。

 

 だが──

 

 

「考えすぎだよ、小芭内。そんなに仲間を疑うものじゃない」

 

 

 輝哉は敢えてそれを否定した。

 

 ここで肯定して日柱と他の柱が仲違いを起こしたところで、『じゃあ、脅威になる前に日柱を粛清しよう』となれば、柱同士が争い、確実に死者が出ることになる。

 

 そうなったら喜ぶのは敵である無惨だけだ。

 

 それに柱同士が刀傷沙汰を起こしたとなると、下の一般隊士にまで動揺が走ることとなるだろう。

 

 だが、既に日柱に完全な不信感を抱いている蛇柱が輝哉の言葉に素直に納得するかというと話は別だ。

 

 それを察した輝哉はもう1つ釘を打っておくことにした。

 

 

「念のため言っておくけど、戦場で暗殺なんかしようとしたらダメだよ」

 

 

「・・・はい」

 

 

 どうやらその事を少し考えていたらしく、小芭内はばつが悪そうにそう返事をするが、それを聞いた輝哉は内心でこう思った。

 

 

(やれやれ、これは不味いね。同じ柱同士でここまで不信感が募っているとなると、無惨を倒すどころか、戦場で同士討ちをしかねない)

 

 

 輝哉は日柱と何人かの柱の間で殺意まで込められた衝突が起きていることを憂いていたが、こればかりはどうにもならないとも感じていた。

 

 自分が言ったとしても、今回出来た一件での溝は完全には埋まらないだろうし、小芭内達も自発的に埋める気は無いだろう。

 

 そもそも炭治郎も馬鹿ではない。

 

 今回の一件で鬼殺隊の人間が自分を殺しに来る可能性については十分に考えているだろうし(実際に風柱は斬り掛かった)、妹を殺された以上、同じ鬼殺隊の人間を殺すことにもう躊躇いはしないだろう。

 

 なにしろ、『鬼となった妹を助けたい』という彼の入隊動機は他ならぬ鬼殺隊士の手で踏みにじられてしまったのだから。

 

 こうなると、最悪の場合、双方が『不幸な事故』として相手を謀殺し合う可能性だってある。

 

 そうなったらどういった形で終結するにせよ、確実に鬼殺隊は悪い空気に包まれるだろうし、無惨討伐にも確実に支障が出るのは間違いない。

 

 

(・・・取り敢えず、時間は稼いだからその間になんとか解決するしかないね)

 

 

 だが、その問題は少なくとも今ではない。

 

 輝哉があの要求を飲んだのには、そういった刀傷沙汰までの時間稼ぎの要素もあったのだ。

 

 そして、輝哉が彼の要求を飲んだ以上、他の隊士達が何かをしない限りは炭治郎の方も鬼殺隊士に対して何かを起こすということはないだろう。

 

 その間になんとか対策を考えるしかない。

 

 

(だが、私の命ももう長くはない。早急に対策を整えなければいけないね。この問題ばかりは輝利哉に引き継がせるわけにはいかない)

 

 

 輝哉はそう思いながら、この問題を解決するための方針を考え始めた。


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