◇
あの縁壱との出会いから1年後。
ようやく滝を斬る技を完成させた炭治郎は、師(本当か?)である鱗滝左近次立ち会いのもと、それを成し遂げようとしていた。
全集中
炭治郎は居合いの状態のまま、全集中を開始する。
全集中。
それはあらゆる呼吸をする上で重要な要素となる代物でもあったのだが、ここで鱗滝は疑問に思う。
(何故、ここで全集中を1度やり直すのだ?)
炭治郎が全集中・常中までが出来るのは既に鱗滝も確認している。
そうでなければ、流石に滝を斬れなどという無理難題は出さなかっただろう。
しかし、今、炭治郎は全集中・常中を一旦解き、全集中をわざわざ一からやり直している。
いったいどういうことだろうか?
その疑問は次の瞬間に解消される事となった。
一点
そう呟いた次の瞬間、凄まじいまでの空気の振動が響き渡り、空気が渦のように舞い、その渦の中心に居る炭治郎の口へと吸い込まれていく。
(こ、これは・・・)
今まで見たことがない光景に鱗滝は背筋に薄ら寒いものを感じざるを得なかった。
全集中というのは周囲にある空気を肺に集中させるため、空気がその吸った人間に集まっていくのは当然のことだ。
しかし、これはそんな生易しいものではない。
この炭治郎が吸って発生している空気の渦だけで、雑魚鬼程度ならば動けなくなりそうな程のものだ。
(炭治郎、お前は何を──)
鱗滝がそう思った瞬間──
日の呼吸 壱ノ型・改 円舞一閃 空
その居合いを引き抜いたと同時に、凄まじい真空刃が滝へと向かっていく。
円舞一閃は原作で炭治郎が霹靂一閃を参考にして作り上げた技で、本来は相手に向かって行き、間合いに入ってから抜刀をするという技だったのだが、今回は足場がないことから間合いには入れなかったので、その場で斬撃を行ったわけだ。
ちなみに空というのは、日の呼吸特有の赤いエフェクトを纏わない、云わば形だけの代物であり、正確には技ですらないという意味でもあった。
まどろっこしいやり方だが、正式な型を使ってしまうと全集中で斬るという主旨に反してしまうので、このような形となったわけである。
そして、全集中・一点。
これはこの世界の炭治郎が独自に編み出した呼吸の技であり、全集中を維持する全集中・常中を一旦解き、それから全集中を出来る限り吸収・凝縮して呼吸を集中させるという一点集中型の呼吸法だ。
一見、普通の呼吸法にも見えるのだが、吸収する量と凝縮するという点が違う。
そして、それによって打ち出された真空刃は、それが日の呼吸であることも合間って凄まじいものとなっており、その真空刃が滝の水面に到達した途端、滝は文字通り横に真っ二つに斬れた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
その光景を見て唖然とする鱗滝だったが、炭治郎がカチンと刀を鞘に納めた音を聴いて我に返る。
「今のは・・・なんだ?」
「全集中・一点。これが俺の編み出した呼吸法です」
そうはっきりと言う炭治郎の顔や体はあちこち土だらけであり、相当な努力を重ねてきた事が伺える。
だが、それを考慮しても炭治郎のやったことは凄まじいものがあった。
なにしろ、新たな全集中の呼吸を誕生させてしまったのだから。
「・・・まさか、出来るとは思わなかったな」
その言葉に内心で『でしょうね』と返す炭治郎。
本来、この鱗滝の下での最終選別の許可は岩を切るという条件のもとで許可されるのだ。
間違っても岩どころか固体ですらない滝を斬れなどとは言われない筈だった。
しかし、炭治郎はあまりにも出来すぎたのだ。
まあ、そもそも全集中・常中を身に付けている時点で教えることなど無かったのだが、それだと許可を出したくない自分の意思に反してしまう。
かといって、誰も切ったことのないような岩を斬れと言ったとしても、炭治郎はそれを容易くやり遂げた事は間違いない。
だからこそ、咄嗟に思い付いた無理難題を提供したのだが、それも1年半でクリアされてしまった。
「これなら最終選別を突破できるだろう。・・・だが、油断するなよ」
「はい、もちろんです!!」
鱗滝の言葉に炭治郎は元気にそう返事をした。
◇藤襲山周辺
「・・・ふぅ、終わったか」
炭治郎はそう言いながら、狭霧山への帰路を歩いている。
藤襲山での最終選別は1週間の時を経て無事通過することが出来た。
そもそも手鬼が居ない上に炭治郎の方は柱ですら身に付けていない技術を多々身に付けていたのだ。
合格しない方が可笑しい。
もっとも、全体の合格者数はどうやら原作と変わらないようだったが。
ちなみに原作の不死川玄弥の産屋敷家の令嬢への暴行は原作同様炭治郎が防いでいる。
そして、炭治郎は偶々見掛けたカナヲに対して尊敬の念を抱いた。
何故かと言えば、炭治郎は傷は負わなかったとはいえ、攻撃する際の泥くらいはついたのに対し、カナヲの方は原作通りではあったが、泥1つ着ていた物に付着することなく通過したからだ。
いったい、どうやったらそんなことが出来るのか1度聞いてみたかったが、今の段階では無視されて終わる可能性が高いので、彼女の姿を一瞥するだけで終わらせた。
「また会えるかな?栗花落カナヲさん」
原作では那田蜘蛛山で再会しているのだが、出来ればあのような再会の仕方は炭治郎としても勘弁願いたいところだ。
そんなことを考えながら、炭治郎は狭霧山への道を歩いていった。
◇同時刻 産屋敷家
産屋敷家。
それは鬼殺隊を統括する家柄であり、その当主は代々先見の明と呼ばれる未来予知じみた能力を持って財を築き、鬼殺隊を維持してきたという経緯を持つ。
やっている事は現代のインサイダーそのものだが、この時代はインサイダーという概念などないし、仮に21世紀だったとしても先見の明など誰も真剣に信じるものは居ないので、一応は犯罪ではないということになるだろう。
さて、その産屋敷家の一室では第97代産屋敷家当主である産屋敷輝哉とその息子・産屋敷輝利哉がある会話を行っていた。
「そうか。炭治郎が合格したか」
「はい」
輝哉の言葉に息子である輝利哉はそう答える。
竈門炭治郎。
それは鬼の妹を人間に戻すために鬼殺隊に所属することになった少年。
存在自体は輝哉も2年前から知っていたが、実際にどんな少年かは分からなかった為、こうして実際に会った輝利哉に聞いていたのだ。
「どんな子だった?」
「実力のほどは専門家ではないので詳しくは計れませんが・・・おそらく、あの場にいた最終選抜突破者の中では栗花落カナヲ様の次に強いでしょう」
輝利哉はそう言いながら、暗にカナヲより実力は下だと言うが、これは着物の汚れ具合から、それぞれどれだけ苦労したかを識別した結果であって別に戦うところを見た判定ではない。
もし戦うところを見ていたとしたら、輝利哉はカナヲと炭治郎の強さは炭治郎の方が上だと判定していただろう。
しかし、幾ら産屋敷の血を引いてその頭脳は優れていると言えど、判断材料がほぼ無い輝利哉にそんな正確な当人の実力を求められても困るというのも確かだった。
そして、輝利哉はもう1つ思っていたあることを輝哉に告げる。
「それと──」
「それと?」
「炭治郎様からはなんとなくですが、父上と何処か同じものを感じました」
「・・・ほう?」
輝哉は珍しく面白げに笑う。
「それで、全体的な人柄はどうだい?信用できそうか?」
「はい、今回の最終選抜突破者の不死川玄弥様がかなたに暴行を振るわれているのをお止めになったところからして、少なくとも悪い人間ではないかと」
「そうか。分かった」
輝哉はそう言いながら、何かを考えていた。