吉原の遊郭。
原作の音柱曰く『日本一欲にまみれたド派手な場所』らしいその場所は、具体的に言うならば娼館とキャバクラを足して2で割ったような場所だ。
そして、これは説明されるまでもないことかもしれないが、この場所には堕姫・妓夫太郎という2人一組の鬼である上弦の陸(この世界では伍)が潜んでおり、餌の確保と鬼側の資金源の確保の1つが行われている。
しかし、現在、その目論みと無惨側の戦力を削ぐべく、炭治郎は必要な人材を集めてこの上弦の伍の討伐を行おうとしていた。
「──それでは作戦は以上です。何か質問は?」
炭治郎はそう言って、この場に居る水柱・冨岡義勇と同期である我妻善逸の2人に質問を求めた。
ちなみに彼の特徴である耳飾りは既に外されており、鬼側にすぐにその存在が自分であると特定されないように、髪型を少し変えたりと工夫を行っていた。
まあ、それでも目はどうにもならないし、そうでなくとも日の呼吸を使えばバレるだろうが、要は向こうがそうだと認識する前に倒してしまえばなんの問題もないと炭治郎は考えている。
さて、肝心の作戦(ちなみに上弦の伍の情報については、偶々任務中に上弦の鬼の事を知っていた鬼と遭遇して聞き出したということになっている)に対する質問であったが、おずおずとした様子で善逸がこのような質問をしてきた。
「な、なあ。本当にこれだけで上弦の鬼をやるのか?」
そう、彼が不安を持っていたのは自分が上弦の鬼と対峙しなければならなくなったという事だけではない。
今回の作戦は炭治郎と義勇、そして、善逸の3人で行われることとなっていたが、前者2人は柱とはいえ、流石に人数が少なすぎるのではないかと善逸は考えていた。
それもそうだろう。
確かに無限列車の時は炭治郎が単独で上弦の参を追い返したが、一歩間違えれば下弦の壱と挟み撃ちにされていたし、6月の一件では善逸は上弦の弐と遭遇したが、音柱である宇髄天元は最終的に自分達を逃すために戦死してしまっている。
あのようなことを繰り返さないためにもこの3ヶ月間、特訓を必死に行ってはいた(ちなみにこれによって原作通り霹靂一閃・八連や霹靂一閃・神速が出来るようになった)ものの、あの時に上弦と直接対峙した恐怖は完全には抜けていない。
なので、柱が2人も居るという状況にも関わらず、上弦が相手と聞いて全然安心が出来ていなかった為、このような逃げ腰な台詞が出てきてしまっていたのだ。
「なに弱気なこと事言ってるんだよ。この作戦で一番危険で役割が大きいのは冨岡さんなんだぞ」
炭治郎はそう指摘する。
この作戦はまず第一段階として、堕姫の居る京極屋に義勇を先行、そこで堕姫の頸を斬った後、分裂したところをすかさず自分と善逸が奇襲によって斬るという二段階の作戦となっていた。
当然、この作戦で一番危険に晒されるのは半ば囮となり、更には堕姫の頸を1度斬らなくてはならない義勇であり、間違ってもタイミングを見て頸を斬ることだけに集中すれば良い自分達ではない。
まあ、失敗すれば同様の危険性となるだろうが、そんなことを考えても仕方がないだろう。
「だったら、なんでお前がやらないんだよ。お前がやった方が確実だろう」
「アホか。俺の日の呼吸は無惨に一番警戒されているだぞ。下手すりゃ戦闘の途中で別の上弦が増援に来る可能性だってある。そうならないためにはこちらは短期決戦しかない。その為の奇襲なんだぞ。だいたいそれだったら、冨岡さんに来て貰った意味がないじゃないか」
そう言いつつも炭治郎は思った。
こいつを連れてきたのは失敗だったか、と。
6月の音柱との一件以来、伊之助程ではないにしろ頑張っていた善逸。
更には原作で速さを重視するその戦い方は今回の戦いにピッタリだと感じたので連れてきたのだが、流石にここまで臆病なのは予想外だった。
(原作の描写だったら、ビクビクしながらも結局、作戦そのものは了承すると思ってたんだが・・・)
我妻善逸という人物は原作の描写としては“重度のヘタレ”として書かれていたが、やる時にはやる男でもあった。
なので、今回の作戦も何だかんだ言いつつも最終的に了承してくれると思っていたのだが、及び腰などころか、どこか反抗的だ。
まあ、それもその筈、炭治郎はあの音柱の任務に同行しておらず、あの時に植え付けられた善逸の恐怖の感情を知らなかったのだから。
そして、その点が炭治郎の唯一の誤算でもあった。
まあ、これを見抜けなかった事については炭治郎に非はない。
何故なら、炭治郎には原作炭治郎のような嗅覚は無かったし、同じく同行していた伊之助は逆に闘志を燃やしていた上に善逸も普段の性格が祟ったのか、弱気なところも何時もと変わらないように見えたので、おそらく炭治郎でなくとも大半の人間が見抜けなかったであろうからだ。
(今からでもこいつを返して作戦を一から練り直すか?まあ、そうなると作戦は中止になるが、今の状況だと成功するかどうかは微妙だからな)
炭治郎がそう思いながら、作戦を中止するかどうかを検討していた時、善逸がこのようなことを言い出した。
「ちぇっ、自分は危険を犯さないのかよ」
「あぁ?」
この呟きを聞いた炭治郎は怒る。
確かにこの任務の関係上、炭治郎の役割は危険度が比較的低いのは事実だが、同じことをする以上、それは善逸も同じ筈だ。
一番危険な仕事を担って貰う冨岡ならともかく、同じ仕事をする善逸にそのような事を言われたら、流石の炭治郎も愉快な思いでいられるはずもない。
「てめえ、もう1回言ってみろ!!」
「おい、よせ!」
炭治郎が怒った様子を見せた時、先程から2人のやり取りを見守っていた冨岡が制止の言葉をかけるが、その程度では炭治郎の怒りは治まらない。
ただでさえ禰豆子が殺された一件で気が荒くなっているのだ。
更に言えば、先程から感じていた善逸の反抗的な態度も気に入っておらず、炭治郎は思わず善逸の胸ぐらを掴む。
だが、今回に限っては善逸の反抗ぶりもなかなか苛烈だった。
「ああ、何度だって言ってやるよ!!てめえは危険を犯さないのかよ!!なんで冨岡さんを囮みたいに扱うんだよ!!ついでに俺も巻き込んで!!」
「はぁ?なに言っているんだお前?」
ここで炭治郎はようやく善逸の異常さに気づく。
なんと言うか、言っていることが支離滅裂なのだ。
冨岡が囮になるのはこの作戦を組んで連れてきた時から決まっていたことだし、そもそも炭治郎だって途中からとはいえ最前線に出る以上、全くリスクを犯さないわけではない。
加えて、こういったことに善逸が巻き込まれるのは、鬼殺隊の剣士となった以上は仕方のないことだ。
そんな分かりきった現実を否定するかのような事を言う善逸に炭治郎は困惑せざるを得なかった。
「だから、お前がやれば良いって言っているんだよ!!死ぬのもお前だけで良い!!」
「ッ!?お前、黙ってれば鬼殺隊士の分際で調子に乗りやがって!!!」
自分に責任を全て押し付けるような言葉を吐く善逸に、炭治郎は今度こそキレて善逸を殴ろうとする。
更に言えば、内心に隠していた鬼殺隊士に対する憎しみの感情も言葉に出ているが、今はそれにすら気づかないほど炭治郎は怒り狂っていた。
「止めろ!」
だが、その行為は間一髪のところで義勇が炭治郎の拳を受け止めたことで止められた。
炭治郎は余計な行為をしたなといった感じの表情で義勇を睨むが、やがて深い深呼吸を1度行って冷静な思考に戻すと、善逸に向かってこう言った。
「お前、もう帰って良いよ。と言うより、帰れ。俺がもう1度怒らないうちに」
「・・・」
そう言った炭治郎に対して、善逸は沈黙を保ちながらも服を整えると、その部屋から出ていった。