(・・・困ったな。いったい何処に居るんだ?)
炭治郎は一向に下弦の伍が見つからない現状に少しばかり焦っていた。
と言うのも、あまりモタモタしていると、御館様直々の命令で送られてきた2人の柱が来る可能性があり、もしそっちに下弦の伍が遭遇してしまった場合、手柄が取られてしまうのだ。
なので、早く下弦の伍と接触し、これを退治する必要があった。
(そもそも1度も会ってないな。なんでだ?原作では最初の初邂逅は母蜘蛛戦の時だったのに・・・)
炭治郎はそんな疑問を呈しながらも、下弦の伍を探すために更に奥へと入っていく。
しかし、その時──
べペン
突如として琵琶のような音が鳴り響き、それと共に障子が現れる。
「ッ!?」
炭治郎はそれを見た途端に驚愕した。
当然だろう。
それは鳴女と呼ばれる鬼によって繋がる無限城への扉だったからだ。
ちなみに無限城に常在する鬼というのは基本的に無惨と鳴女だけだ。
いや、厳密に言えば無惨ですら無限城にずっと居るわけではないのだが、2年前のあれによって最近は無限城に居ることが多くなっていた。
一応、十二鬼月は何かあれば招かれる地位とはなっているのだが、基本的に常在はしない。
「・・・」
炭治郎は冷や汗を流す。
その無限城から送られてくる鬼となると、最低でも下弦クラスの鬼だ。
別にそれくらいなら何の問題もない。
今の炭治郎は下弦の鬼では逆立ちしても勝てないレベルになっているのだから。
だが、上弦の鬼となると少々事情は異なる。
様々な技術を身に付けているとはいえ、炭治郎は未だ戦闘経験の点では熟練した領域にはない。
その為、上弦相手でもその時の条件によっては負けてしまうのだ。
それでも2年と少し前に家族を失いながらも最終的に無惨を撃退できたのは、あらかじめ来ることを想定して待ち構えていたからにすぎない。
もし遭遇戦だったら、自分も家族と共に墓場行きだっただろう。
まあ、その遭遇戦でも(しかも、弱体化無しの)無惨に勝てた人物は居るのだが、炭治郎はそこまで化け物レベルの実力を持っている訳ではない。
そんなことが炭治郎の頭を巡っている間に、障子は開かれ、中から1体の鬼が出てくる。
「その耳飾り・・・お前が・・・あの方が言っていた日の呼吸の使い手か?」
そう言って炭治郎の前に現れたのは、右目に壱、左目に上弦と書かれた十二鬼月最強の存在──
上弦の壱こと黒死牟だった。
◇
一方、炭治郎の推測通り、既に山の中に入っていた蟲柱と水柱の両名は、後から来た蟲柱の継子と共に負傷した隊士の治療と鬼の掃討を行い、隠は戦場の後始末を行っていた。
が、鬼の掃討と言っても、彼らはほとんどすることがない。
何故なら、この山に居た鬼は先行した部隊の増援に来たかまぼこ隊によって、その殆どが討伐されているし、残りは大物である下弦の伍の累だけという状態だったのだから。
そして、その肝心の累だったが──
「──おめでとう、カナヲ」
頚を切られ、灰となっていく下弦の伍の様子を尻目に、蟲柱はその頚を斬った自身の継子を褒め称える。
その傍らには水柱の姿もあったが、彼もまた何処か感心しているようだった。
「これでお前の継子も柱か・・・」
冨岡はそう呟く。
基本的に十二鬼月を倒したものはすぐに柱になれる。
一応、名目上は甲の隊士となることが条件となっているのだが、胡蝶カナエや時透無一郎などの飛び級で柱になった例は存在するのだ。
もっとも、柱の上限は9人までとされていて、今現在それは全て埋まっているので、誰かがその地位を譲り渡さない限り、彼女が柱となることは無いのだが、冨岡は胡蝶しのぶが機会が有れば柱の地位を彼女に譲り渡す算段をしているのを察していた。
まあ、そうでなくとも御館様が特例という形で10人目の柱として彼女を指名するかもしれなかったが、どちらにしろ、十二鬼月を倒した彼女はすぐに花柱として柱の席に座ることとなるだろう。
(そうなると、あいつも機会が有れば柱になれるのだろうか?)
その脳裏に思い出すのは、かつて出会った鬼の妹を引き連れた自分の弟弟子。
全集中・一点という柱どころか、あの鱗滝ですら満足に会得できないものを完成させた驚異の人物。
冨岡は出来ればその人物に“空きとなっている水柱”を継承して欲しかった。
・・・もっとも、当の炭治郎からしてみれば、冨岡の考えは傍迷惑でしかない。
何故なら、彼が使うのは水の呼吸ではなく日の呼吸なので、柱となるにしても水柱ではなく日柱だろうし、本人もそのつもりだったのだから。
冨岡がそんなことを考えているとは露知らず、しのぶはカナヲから視線を外すと、冨岡に向かって声をかける。
「さて、残りの鬼を掃討しに──
行きましょうか。
そう言おうとしたしのぶの言葉は、直後にやって来た轟音によって遮られた。
ドッゴオオオオオオオオオオオン
──先程の雷の呼吸 霹靂一閃 六連の衝撃をも上回る轟音。
それによって
「ッ!」
その衝撃波に冨岡達は吹き飛ばされそうになったが、どうにか堪えることに成功した。
「・・・なんだったんでしょう?今の」
衝撃波が完全に過ぎ去った後、しのぶは思わずそう呟く。
「・・・行くぞ」
しかし、冨岡はすぐにそれが戦闘が行われているというサインだと察し、加勢に向かうためにそちらに足を進めようとする。
が、その直前、鎹烏が襲来し、ある事実を告げた。
『カァー。上弦ノ壱襲来。カァー、現在、癸ノ隊士・竈門炭治郎ガ応戦中。カァー、付近ノ隊士ハ救援ニ向カエ』
◇少し前
(嘘だろ。こんなところで現れるのかよ)
今の状況は考えられる事態の中でも最悪のものだった。
よりによって、十二鬼月最強の黒死牟が現れてしまったのだから。
いや、厳密には日の呼吸を恨んでいるという関係上、いずれは黒死牟と対峙することも想定してはいたのだが、鬼舞辻無惨や他の上弦の対策を考えていたせいで、その存在を無意識のうちに忘れてしまっていたのだ。
そのツケを今、炭治郎は払わされることになっていた。
「・・・」
「・・・」
お互いにじっと睨み合う。
しかし、黒死牟は既に憎悪と怒りで殺る気満々の様子であり、こちらが下手に動けば、すぐにでも戦闘は始まるのは間違いない。
「・・・1つ、聞いて良いか?」
「・・・なんだ?」
「どうやって俺がここに居るのが分かった?」
炭治郎は疑問に思った事を聞く。
鬼舞辻無惨は鬼の始祖であり、全ての鬼の視覚、記憶、位置、場合によっては思考すら読むことが出来る。
しかし、それは出来るというだけであり、無惨が読もうと思わなければ読むことが出来ない。
実際に原作では浅草で出会ったことで無惨は炭治郎の生存に気づいたが、もし全ての鬼の視覚や記憶が常に共有されているのであれば、無惨に会う前に炭治郎が出くわした鬼の視覚や記憶から浅草で出会う前に炭治郎の生存には気づいていた筈だ。
加えて、鳴女の能力はあらかじめ送る位置が設定されていなければ送ることは出来ない。
どうやって自分の座標を知ることが出来たのか?
それが炭治郎の疑問だった。
もちろん、この炭治郎の疑問に解答する義務は黒死牟には無いのだが、何故か彼は律儀にこう答える。
「累は・・・あの方の・・・お気に入りだ・・・加えて・・・お前が2年前に・・・あの方を撃退してから・・・あの方は十二鬼月全ての鬼の感覚を・・・共有させている」
「ッ!?」
その言葉を聞いて、炭治郎は鬼側の状況をなんとなく察した。
累が無惨のお気に入りだというのは原作知識がある炭治郎からしても周知の事実だ。
おそらく、炭治郎が下弦の伍と出くわさなかったのも、無惨が炭治郎の位置が出来るだけ分かる範囲で彼と接触するのを避けるように指示したからだろう。
まあ、それなら鳴女で下弦の伍を回収して別の鬼を監視役として送り込めば良いだろうとも思うが、そこが無惨が頭無惨と言われる所以でもある。
「話は・・・終わりか?」
「・・・ああ」
「では・・・参る!」
──黒死牟のその言葉と共に、両者はほぼ同時に相手へ向けて駆け出していった。