一年と少し前…自分の中に芽生えた禁忌とも言える感情に翻弄される少女、葛藤する父親
ささら父娘の前日譚にあたるお話です

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ささら父娘 始まりver.

「最近のささら、ちょっと変じゃない?」

 

暑い夏が終わり、薄着が辛くなってきた夜、営みを終え一息ついた後に妻が呟いた。

 

「そうか?」

「最近やけにあなたにベッタリだし、あなたのことよく目で追ってるし…」

 

確かに俺自身も思い当たる節がある。

最近のささらはボディタッチが多く、新しい服を買うと妻より先に俺に見せてくるようになった。

俺と妻が親しげに話している時は必ずと言っていいほど割って入り、俺に勉強のことなどを質問して会話を終わらせようとする。

 

中学に上がってから、ささらはますます美人になった。

たまに一緒に街を歩いていると、若い頃の妻とのデートを思い出す。

柔らかな手の感触、俺を慈しむような優しい声、鼻腔をくすぐるシャンプーの香り。真面目でしっかり者で、たまに見せる抜けたところも愛おしい。

なにもかもが妻との恋人時代を思い出させ、まるで昔にタイムスリップしたんじゃないかと錯覚する。

ささらが妻の生き写しなら、妻同様、俺に憧れるのも無理ないことかもしれない。

 

でも、それはあくまで憧れだ。

ささらは俺を父親としか見ていないはずで、それは恋なんかじゃない…。

 

「最近の若い女の子は父親と仲が良いってテレビで言ってたし、ささらもそういうもんなんじゃないのか?」

「ただのファザコンだといいんだけど…」

「ははっ、別に心配するようなことなんてないよ親子なんだし」

 

そうだ。俺はささらを赤ん坊の頃から見てきたし、それはささらだって同じ。

俺達は家族、どうなってもおかしな関係になることはない。

絶対にないんだ。

 

「…そうよね、あなたに限って変なことなんて起こらないわよね」

「そうだよ、ささらはこれからも俺の娘だし、俺はこれからもずっとお前一筋だ」

 

「この指輪に誓ってな」

 

俺はキザっぽく妻の左手の薬指にはめられた指輪に口付けし、妻の上に多いかぶさり、首筋を吸う。

妻が不安にならないように、俺達の壊れぬ絆を見せつけるかのように…

 

 

偶然か必然か、俺達の情事を本当に見ている者がいた。

その女の子は、扉の隙間からこちらをじっと見つめ、爪が食い込むほどに手の平をぎゅっと握り締めていた…

 

 

 

 

事件はその翌日に起こった。

その日は休日で、家族三人リビングで思い思いに過ごしていた。

昼御飯を食べ終わり、妻はキッチンで食器を洗い、俺とささらはソファーに座り、テレビを見たり、スマホをいじったり。

なんてことはない、家族の日常。

 

「お父さん、この服どう思う?」

「うん、いいんじゃないか?」

 

ささらが俺に寄り添い、スマホに映る服の画像を見せつけてくる。

距離の近さと微かなシャンプーの香りにぎょっとする。

 

「似合うかな?」

 

囁きながら俺の肩に手を掛けてくるささら。やはり今日はどこか様子がおかしい…。

 

「似合う似合う」

 

曖昧に返事をし、さりげなく手を除けようとするが、ささらは意に返さない。

それどころか、ささらの行動はどんどんエスカレートしていく。俺の膝に軽く脚を掛け、両手を俺の首の後ろへ回し、顔を近づける。

 

「ささら……!」

「大丈夫、お母さん気付いてないから」

 

妻はこちらに気付かず黙々と食器を洗っている。

焦る俺。ささらをはね除けようとするが、ささらはかまわず身体を擦り付けてくる。

 

「お前、自分が何やってるのか分かってるのか…!?」

「ただの親子のスキンシップだけど?」

「どう考えても度を越えてるだろ…!」

 

そうだ。このままでは娘が一線を越えてしまう。

これまで守ってきた家族の形が歪んでしまう。

俺の必死の制止も聞かず、ささらは鼻先を俺の鼻先にくっ付け、俺の目をまっすぐ見つめる。

ささらの瞳に狼狽した俺の顔が映る。

これまで一度も見ることのなかった娘の上気した顔に息を呑む。

 

「度を越えてるって言うのはさ…」

 

そう呟き、ささらは俺の唇に自分の唇を重ねた。

 

 

「こういうことを言うんだよ」

 

 

この時、俺は初めて確信した。

 

娘は、父親である俺に、恋をしている――。

 

 

 

 

その後もささらの暴走は止まらない。妻が買い物に出掛けるなり、ささらは俺を押し倒し抱きついてきた。

 

「やめなさい…」

「いや…!」

「なぁ、俺達親子だぞ!」

「関係ない!好きなの…お父さん…!」

 

俺が必死に押し退けようとするが、ささらはより一層腕の力を強め、俺の首筋や頬に唇を這わせる。ささらの唇が再び俺の唇に重なろうとしたその時…

 

「やめろって言ってるだろ!!」

 

ささらの身体がビクッと大きく震え、動きが止まる。俺の明確な拒絶に、頭が真っ白になったようだった。

 

「…すまん」

 

ツーっと涙が流れ、静かに嗚咽を漏らすささら。俺の頬にささらの涙が伝う。

俺はささらを抱き起こし、ささらが落ち着くまで寄り添い、頭を撫で続けた――。

 

 

「…私さ、最近おかしいんだよね」

 

落ち着きを取り戻したささらが、俺の胸の中でぽつりと語り出した。

 

「お父さんといると心臓がバクバクしたり、お母さんと仲良さそうにしてるとこ見ると心の中がざわざわしちゃったり」

「夜、お父さんのこと考えて…一人で…シちゃったり」

「……」

「……ごめん、気持ち悪いよね。親子なのに…でもね、でもね…」

 

「私、本当にお父さんのこと、好きなんだ…一人の男の人として」

 

ささらの告白を聞きながら、俺は愕然とした気持ちでいた。

この子を育ててきた思い出が頭の中を巡る。

初めてミルクをあげたこと、まだ小さかった娘を職場に連れていったこと、絵本を買ってあげたこと、初めての授業参観に出席したこと……

全て昨日のことのように思い出せる。

赤ん坊の頃から今日まで見てきた娘が、家族が、俺に恋心を抱いているなんて…

 

 

だが、それ以上に俺は自分自身に愕然としていた。ささらの告白の中に、これまで自分でも気付かなかった俺自身の不可解な行動の、一つの「解」を得たからだ。

 

思えば、なぜささらはあの時俺の唇に触れることができたのか。

いきなりのことに驚いたとはいえ、俺はレスキュー隊で鍛えた強靭な身体の持ち主。

対してささらは運動部に入っているとはいえ普通の女子学生。

力の差は歴然だ。

 

なぜ娘の異変に感付いていながら距離を取ろうとしなかったのか。

それどころか俺は、妻が食器に気を取られている間に娘の隣に座り、娘の熱い視線に気付きながらも、ただ無防備にテレビを見ていた。

まるで娘の暴走を期待しているかのように…。

 

なぜあの日、寝室の扉を完全に閉めなかったのか。

なぜ「指輪に誓う」なんて普段使わないようなキザな台詞を、これ見よがしに吐いたのか。

娘が、扉の向こうから、こちらをじっと見つめていることに気付いていたのに…。

 

おかしかったのは、狂っていたのは、俺のほうだった――。

 

「ごめん、今日のことはもう忘れて。もう大丈夫だから。私も全部忘れて明日からは元通り…」

 

離れようとするささらの手を掴み、引き寄せ、抱き締める。

 

「忘れなくていい」

「え…?」

 

俺は頭の中の「解」を証明するかのように、娘の唇を奪う。

自分の中に眠る、邪悪で憎むべき感情が堰を切ったように溢れだす。

 

俺は、娘を愛している――。

 

 

 

 

「最近のささら、落ち着いてきたようでよかったわ」

「そうみたいだな」

 

ハロウィンが終わり、本格的な寒さが迫ってきたある日の夜、いつものように営みを終え一息ついた後、妻が呟いた。

 

あれから俺とささらは、妻が居ない間に逢瀬を重ねるようになった。

欲求が解消されたのかささらは俺に過剰にベッタリしなくなり、再び元の家族に戻ることができた。

ささら自身、母に敵意はないようで、今の三人の関係をとても喜んでいる。

 

ただ、俺が妻を裏切り、あまつさえ娘に手を出している卑劣な人間であることに変わりはない。

俺は人を助けるレスキュー隊なんてなる資格はなかったのだろう。

だが、どんなに自分の邪悪さを自覚しても、俺はささらへの思いを捨て去ることはできなかった。

一度一線を越えてしまった今、もう昔のような親子には戻れない。

だから隠し通す。妻の前では少し仲が良いだけの親子を演じ通し、家族三人で幸せな日々を送る。

この秘密は地獄まで持って行くつもりだ。

 

「ねえ、12月に神浜でイルミネーションやるんだって」

「へぇ~どっかで一回行ってみようか」

「あ、じゃあクリスマスイブにしない?」

「イブかぁ…」

 

クリスマスイブにイルミネーション、夜は家でクリスマスケーキ。いいじゃないか。

きっと最高の一日になる。

 

聖夜の予定を決めた俺達は、夫婦の営みを再開する。

俺はいつか地獄に落ちるだろう。

でもそれまでの間、家族三人で幸せに人生を送りたい。

 

 

だが、その願いが叶えられることはなかった。

俺は気付いていなかったのだ。

妻の中に、まだ疑いの心が残っていたことに――。


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