あなたに、心の底から愛する人はいますか。

もし、その人が死んでしまうなら。

自身に注がれる愛に溺れることなく。
薄氷の上で己の意志を折ることなく。

あなたは。

やり直せますか。

1 / 1
オイゲンさんって良いですよね?

ね?

2020/12/10 あらすじ改稿


プリンツ・オイゲンのお話。

「は、はじめまして!」

 私が指揮官と出会ったのは——もう、覚えていない程の昔。

「あら、可愛らしい坊やね。私はプリンツ・オイゲン。あなたの秘書艦よ。どこまで楽しませてくれるか——楽しみにしてるわ。」

「は、はい!」

 けれど、私は覚えている。その頃から——彼は小さかった(ショタだった)ことを。

 

 

 

——————————————

 

 

 

「さて指揮官、今から母港の案内をしていくわけなんだけど…」

 プリンツが振り返った先には、ガチガチに緊張した見た目1(ピー)歳の指揮官が立っていた。

「大丈夫かしら?」

「は、はい!大丈夫です!」

 そう、と呟いて彼女は蠱惑的な笑みを浮かべた。唇に指を這わせ、そのままゆっくりと口の端までなぞって行く。桜色の、ぷっくりとした瑞々しい唇の上を指が動く様を、少年は惚けたように眺めている。己の顔が熱を持っている事に気付かないのか、指揮官はその場に棒立ちだった。

「ほら、顔が赤いわよ、指・揮・官?」

 地面に根を生やしたかのように微動だにしない指揮官の耳元で、いつの間にか近付いていたプリンツが囁く。

「ふわぁ!ご、ごめんなさい!綺麗だなって…」

「あら、Vielen Dank…」

「え、今なんて…」

「ほら、行くわよ。時間は有効に使わなきゃ。ね?」

 じっとしたままの背を押し、プリンツは指揮官を急かす。このままじっとしていては、日が暮れてしまう。少年特有の暖かさを持った背中の熱が、手袋越しに彼女に伝わってくる。熱すぎない、程よい体温が心地良い。本土から離れた、南の島と言っても過言ではないこの島で、これから彼女と暮らすのだ——少年に、その意味が理解できただろうか。

「着いてきて。」

 いつの間にか彼の荷物はプリンツに抱えられ、左手は暖かく柔らかい感触に包まれていた。それが手を繋いでいる、という事に繋がるまで時間は必要なかった。

「ななな、なんで手を…」

「あら、指揮官、放っておいたらいつまでも動かないじゃない。だ・か・ら。」

 彼女は銀の髪とともに手を揺らしながら謡うように言った。

「だからって、こんな…子供みたいな…」

「どう見たって子供じゃない。ただ小さいってだけじゃないでしょう?どうしてここに連れてこられたのか分からないけど。」

「えっと、それは…」

「考えてたって何も変わらないの。案内するから、ほら早く!」

 彼を送り届けたクルーザーは水平線の彼方に消え、この絶海の孤島には指揮官とプリンツの二人だけ。少し心細さも感じながら、少年は手を引かれるままにプリンツの横を歩く。

 砂浜の裏手には数メートルほどの壁が聳え立っていた。そこを階段で上がって行くと、急に視界が広がった。同時に、彼は今まで見えていたものは壁ではなく、地面であったと理解する。砂浜の方が低い位置にあるのだ。

「わぁ…」

「ここが、私たちの母港。」

 ひときわ目立つモニュメントを中心に、十時に走る石畳の道。青々と茂る木々の下、影になっている部分にはベンチが置いてあり、昼寝するにはちょうど良さそうだ。

 石畳の道は、それらを囲むようにも作られていた。そのさらに外側に、様々な施設がある。手近な建物の一つ。食堂の中へ二人は入っていった。

「ここは?」

「ここは食堂。でもちょっと特殊なの。…いいかしら?」

 彼女の声に反応し、陽の光しか存在しなかった食堂の中が明るく照らされた。ずらりと並んだ机と椅子、無機質さを感じる内装。寂しいな、というのが彼の感想だった。

「なんだか…」

「無機質よね。だから、こういう事が出来るようになってるわ。」

 プリンツが指を弾くと、食堂の壁が地面へ格納され、上から太陽の光が差し込んでくる。屋根はシャッターになっていたのか、一面に貼られたガラスが柔らかい光を集めていた。いくつかの工程を経て、オープンテラス型の食堂——海の家みたいだと彼は呟いた——が出来上がる。

「海の家、ね。言い得て妙かしら。そろそろお昼だし…何か食べていきましょうか。」

「いいの?」

「ええ。…って、指揮官?あなたも毎日ここで食事するのよ?」

「あ、そっか…」

 抜けてるコねぇ、と微笑しプリンツは無人に見えるカウンターへ声を放った。

「そうね…着任したてだし…カレーとかでいいかしら。」

 うん、と答えようとした彼の口は開きっぱなしのまま固定された。

「あ、あれは…」

「ああ、あれは饅頭よ。」

「饅頭?」

 ええ。

生物(ナマモノ)よ。」

「そ、それ読み方違いますよね!?生物(せいぶつ)って読んでませんよね!?」

「気のせいよ。」

 とてて、とお盆を頭上に掲げた饅頭が二匹(?)やってきて、彼らの目の前にカレーをサーブする。スパイスの香ばしい香りが少年の食欲を刺激し、彼の腹の虫が鳴いた。

「あら、やっぱりお腹空いてたんじゃない。食べましょ。午後からは残りの施設を回るから。」

 饅頭に困惑する彼を余所に、プリンツはカレーを口に運ぶ。恐る恐るカレーを掬い、少年は銀色に輝く匙を口に含んだ。

 美味い。いったい誰が調理しているのだろうと疑問に思ったが、空腹感には勝てない。夢中で手を動かし続け、皿の半分が見えた頃。ゴロッと大きめにカットされた野菜を噛み締めながら彼は対面に座る女性を見る。

 差し込む光を照らし返しながら、銀の髪が眩く輝いていた。上品にカレーを口にしていた彼女は、指揮官に比べてまだまだ食が進んでいなかった。がっつきすぎたかな、と少し後悔しながら指揮官はスプーンを動かす。瞬く間に空っぽになった器を残念そうに見つめる彼に気づいたのか、プリンツは匙を咥えながら口の端だけを上げて笑ってみせる。

「心配しなくてもお代わり自由なのよ、ここ。」

「え、本当ですか!?」

 安心しろ、と言わんばかりに饅頭がドヤ顔(?)をキメる。果たして饅頭のその気持ちが伝わったかはさておき、すぐさま指揮官はお代わりを要求した。

「あら、二杯目?育ち盛りなのかしら?ふふふ…」

 饅頭から受け取った二杯目を掻き込む少年を見て、プリンツはまた笑みを浮かべる。

 

 

 

——————————————

 

 

 

「ここが購買。今は誰もいないし何も置いてないけど、後から誰かが来るわ。」

 あの、と聞こえた声に、プリンツは斜め下を見る。

 低い。自分の胸まであるかないか、ぐらいの身長だろう。

「ここ、食料とかどうしてるんですか?本土からかなり離れてるように感じるんですが…」

「饅頭がなんとかしてるの。」

「いったいどんな原理で…」

「そういうものよ。」

「そういうもの」

 味わい深い表情を浮かべる指揮官。

「あ、ちょうど補充が始まったみたいよ。」

 黄色いナマモノが大挙して現れ、ダンボールに入った様々な物資を棚に並べていく。

 

「あの、あれは…」

「教科書ね。講義を受ける時に使うの。」

「学校みたいですね。」

 

「じゃあ、あれは…」

「装備箱。開けたら装備が出てくるわよ。——ランダムで。」

「ガチャじゃないですか…」

 

「また装備箱ですね。」

「あら珍しい。装備外装箱よ。開けると一週間ぐらい弾の見た目がファンシーになるの。」

「ファンシー」

 

「その他にも色々売ってるわよ。装備強化のためのパーツとか。」

「意外とマトモですね。」

「それに…ダイヤってあるでしょう。あれを使って私たちの服も買えるわ。」

「あ、やっぱりオシャレも大事ですもん…」

「それ着ながら戦うのも気分転換になるの。」

「気分転換。」

 

 説明を続けようとして顔を指揮官に向けると、半目になりながら止められた。解せない。

 

「ここは…何だった(・・・)かしら。——ああそうそう、売店ね。」

「…なんか売店のはずなのに饅頭がお金を差し出してるんですけど…」

「貰っておいたら?損はしないはずよ。」

「ええ…」

 

「ここが戦術教室。さっき購買部で見た教科書を使って勉強するの。」

「あの、饅頭が授業してるんですが…饅頭に。」

「次に行くわよ。」

「ちょ!?」

 

「あ、ここはまだみたい。」

「なんでしょうか…」

「さあ。なんだったかしら。」

 

「ここは宿舎。私たちKAN-SENが過ごす寮みたいなものね。」

「ずいぶん大きいんですね。」

「将来も見越してるのよ。」

 

 さて、とプリンツは最後の建物の前に立つ。既に時間は夕方。陽が傾き、足元には長い影が出来ている。

「ここが大講堂…だけど、執務室とか色々入ってるの。」

「僕はいつもここに居るってことですか?」

 そうね、と頷きながらプリンツは大講堂の中を案内する。ガランとした構内を二人が静かに歩いていく。時々すれ違う饅頭とコミュニケーションを図る指揮官と、それを眺めるプリンツという構図が出来上がりつつも、二人は執務室まで辿り着いた。

「二階の窓際なんですね。」

「帰還した艦隊を確認できない場所に執務室を作るとか非効率的でしょう。」

 確かに、と頷きながら指揮官は扉を開く。

「わぁ…」

 広がったのは母港全体の景色。夕暮れと共に暗くなる母港に次々と灯る明かりが周囲の海との明暗をハッキリと分けていた。

「これで、今日は終わりですか?」

「いえ。指揮官の荷物は部屋に置いてきたから、後一つだけ仕事をして今日は終わりよ。」

 仕事?と首を傾げる指揮官を見て、プリンツは母港に見とれる指揮官の後ろから近付き、その頭の上に胸を乗せた。

「え、これ…ちょ!?」

「ちょうどいい高さにあったから。」

「だからって、どうして…」

「肩が凝ってしょうがないの。ほら、私”の”大きいでしょ?」

 身体を上下に揺する。胸は乗せたまま。

「ほ、ほら!最後の仕事、行きますよ!」

「あんっ…」

 無理やり拘束から逃れようとした指揮官がバランスを崩す。ちょうどプリンツの足に自分の足を絡めて。結果として指揮官がプリンツを押し倒す形になる。

「——指揮官?」

「ん…」

(柔らかい…?)

「“そういうの”は夜にお願いしてもいいかしら?んっ…」

「ああああああ!ごめんなさい!」

 思わぬ形でプリンツの『柔らかさ』を、身を以て経験した指揮官は自分でも驚くほどのスピードで立ち上がる。色々熱いけど気にしないことにする。

「〜〜〜〜っ!は・や・く!行きましょう!」

「そう?それじゃ、行きましょう。」

 

 

 

 

 

 

「ここは?大講堂の地下まで来ましたけど…」

「説明ご苦労様ね。ま、最重要機密よ。指揮官だから、これから何度も見ると思うけど。」

 プリンツがカードキーで開いた扉の先、眼前に広がるのは10本のシリンダーと、それらの上下にいくつも繋がったチューブ。現在は透明な液体に半分まで満たされたそれらには、それぞれいくつかのパネルが設置されている。

「これって、まさか——」

「察しがいいのね指揮官。KAN-SENを生み出すための装置。それがコレ。」

 プリンツは指揮官を置き去りに、No.1と表記されたシリンダーの前に立つ。内部からの光に照らされて、その顔を伺うことはできない。

「ここで、私たちは産まれるの。」

「プリンツさん…?」

「話をしましょう。」

「え…」

 指揮官は、唐突な提案に困惑することしかできなかった。

 プリンツの取り繕っていた仮面が剥がれ落ちていく。『昔のように』余裕を見せるのが、今は酷く苦しい。もう詳しく思い出せない程に掠れ切った記憶の中、嫌でも鮮明に浮かび上がってくる忌々しいモノ。胸を食い破らんばかりに内側から刺すように、ソレは自分を苛んでいく。

「これから話すのは、『私』の記憶。——貴方を守りきれなかった愚かな…未来の、そして過去の私の、記憶。」

 

 

 

——————————————

 

 

 

「指揮官、私のせいで——」

「いいんです。むしろ、プリンツ(・・・・)こそここに居なければ。——もう貴女一人の身体ではない、と何度も言っているでしょう。」

 けたたましい警報と、絶え間ない振動に微かに聞こえる怒号と砲撃音。セイレーンの襲撃だ。

 段々と振動が大きくなり、ノイズと少女たちの悲鳴が漏れている通信機が示すもの。それは一つの戦いが終わるということ。指揮官とプリンツは、仲間達に背を押されて建造室までやって来た。地下なら安全だろう、と。

 どうしてこんなことに。そう、二人は想いを馳せる。

 この基地の前衛艦隊、その最大戦力であるプリンツが戦えない今、手持ちの戦力でも逆転は可能なはずだった。——真正面からやりあうならば、だが。

「まさか、ジャミングなんてね…」

 通信可能距離を短距離、または有線に制限し、レーダーを無効化するジャミングを仕掛けられ、敵の接近に気づかなかったのは己の落ち度だな、と指揮官は自嘲する。

 結果として出撃は遅れ、その間に空襲でこちらの戦力が大きく削られた。現在戦っている仲間たちも、あとどれだけ保つのか。おそらく、長くはない。

「さて、と。」

 建造室に退避してしばらく経った。頭上の振動が収まったのを確認すると、座り込んでいた二人はゆっくりと立ち上がる。時々降って来るコンクリートの粉を払いながら、指揮官はシリンダーの前へと移動する。不思議に思ったプリンツも、彼に同行する。

「僕はこのまま上に——と、その前に。」

 指揮官が何をするのかと見守ろうとしたプリンツは、己が急に抱き寄せられたことに思考が追いつかなかった。

「え——」

 唇に感じる暖かさと、少しの埃っぽさ。決して舌は入れない、いつもの感覚。キスされた、と感じたのは彼の口が離れてから。

「あ、やあ——」

 昔に比べて格段に甘えん坊になったな、と自分で感じるような蕩けた声を出し、彼女は続きを要求する。そうしないと、彼がどこか遠い場所に行ってしまいそうだった。現に、彼は今シリンダーの前に設置された機械を弄っている。普段自動で動作させるはずのNo.1と表記されたそれが、中の液体を撒き散らしながらゆっくりと開いていく。

「とりあえず、この中に入っていてください。万が一崩落してもこの中なら確実に生き残れますから。」

「そ、そんなこと言わないで。まるで貴方が——」

 ほっそりとした、まるで女性のような指で口を塞がれた。

「大丈夫。様子を確認したらすぐ戻って来ます。」

 待って、という間にシリンダーの中に押し込まれた。出会った頃に比べて、自分に並ぶほど大きくなっていた彼。何度も抱きしめられた腕が少し震えているのを感じた彼女は、彼も怖がっていたことを今更ながらに知った。

「うん。いい子です。——では。」

「あ…」

 がしゅん、と音を立て、シリンダーが閉じていく。まるで決して逃れられぬ牢獄のように、彼女を閉じ込めながら。寂しげな彼女に向け、指揮官は最後まで微笑んでいた。

「しきか——」

 轟音。

「————え?」

 呆然とする彼女の眼前。部屋全体が崩落していた。

「…ぅ、あ。」

「あぁぁぁぁ、っ…!うぅぅぅぅ…!」

 泣くことは許さないとばかりに、シリンダーに透明な液体が注入される。建造時、キューブと共にシリンダーを満たす謎の液体だ。

「な、んで…」

 腰が沈み、胸まで水位が上がり、飲み込まれるまで。プリンツはただ呆然と目の前の光景を眺めていた。

「指揮官。貴方は——」

 暗転。

 

 

 

——————————————

 

 

 

「————」

 気がつくと、己はシリンダーの中に変わらず浮かんでいた。

 がしゅん、と内容液を吐き出して開くそれの前に、瓦礫は無い。むしろ埃一つ落ちていない、まるで着任当初のように(・・・・・・・・)

「どういうことなの…っ!」

 地に足を着けると、妙に身体が軽い。存在感を放っていた腹の中の熱が、今は感じられない。

「まさか…」

 地下から飛び出し、大講堂の中へ。

 未だ建設中の(・・・・・・・)大講堂の中、忙しなく動き回る饅頭が走る彼女をみてギョッとした表情を浮かべる。建造室は作ったものの、テスト運用でキューブの欠片(饅頭曰くハズレキューブ)を放り込んだ筈だ、と彼らの中で一瞬で情報共有が為される。事態の異常さを確認した彼らは——そのまま作業に戻った。

 自分たちは饅頭。正体不明の生物(ナマモノ)だ。だからこそ、今は与えられた任務を果たす。それが知恵を持つ我々に課された、母港施設の整備(・・・・・・・)という重要な任務ならば、なおさらだ。

 

 

 

 

 

 

「どういう、ことよ。」

 プリンツが見た先には、まだ建設途中の(・・・・・)母港が広がっていた。

「これじゃまるで、時間が戻ったみたいじゃない…!」

 おかしい。自分は、初期艦の綾波と指揮官に建造された初めての——いや、その記憶は本当に正しいのか?よくよく考えてみると、その記憶自体の信用性が無い。朧げな記憶を手繰り寄せても、自分が指揮官と出会った瞬間だけが思い出せない。

「一体、どうして?私は…」

 記憶というのは、人間を形作る上で極めて重要なファクターだ。日々新たな経験を得ると共に古い記憶を忘却するのが人間だが、KAN-SENに関してはそんな事は有り得ない。個体差はあれど、記憶から得た経験はKAN-SENに少なくない影響を与える。決して忘却されない記憶を唐突に失う、という有り得ないはずの経験を、彼女は身を以て体験していた。

「私は、指揮官に——」

 否。建造の瞬間だけではない。まるで人間のように(・・・・・・・・・)、古い記憶が思い出せない。まるで霧がかかったように。

「私、は…?」

 足元が崩れて行く感覚。底の見えない暗闇に落ちて行くような、気味の悪いモノが彼女の身体を這い回る。

「——指揮官。」

 その一言で、彼女は意識を取り戻した。どうやら自分は石畳の上に倒れているらしい。

「そうだ、これから指揮官が——」

 身体を跳ね上げ(・・・・・・・)、彼女は沿岸部へ足を踏み出した。

「身体が、軽い——あの子、は?」

 自分と、もう一つの生命。指揮官との子。その熱量が今は…感じられない。

 

 

 

 

 

 

「KAN-SENを生み出すのは、メンタルキューブだったわね。」

 プリンツはひとしきり慌てた後、冷静になって作りたての(・・・・・)ベンチに腰を落ち着けた。

 己がこうして記憶を持っている以上、建造過程において何らかの不具合が発生したとみて間違いない。あんな見かけだが、饅頭たちの技術力は本物だ。不具合を生ずるような機械を作り出すような事は決して有り得ない…はずだ。では我々を生み出す『ハード』に問題が無いならば、後は『ソフト』——KAN-SENと、それを生み出すキューブ。そのどちらかまたは両方に問題があったと見て間違いない。

「あ、ちょうどいいわ。そこの饅頭。」

 呼び止められた饅頭は自分より大きい資材を運搬する手を止め、分裂する。とてて、と新しく生み出された個体がこちらに駆け寄ってきた。手のひらの上に乗せてベンチに凭れながら(・・・・・)話しかける。

「建造室、一回稼働させたかしら?」

 彼らとコミュニケーションを取るコツは、「イエス」か「ノー」で答えられるような質問を投げかけること。

「(こくり)」

「そう、それで私が建造されたのね。」

「(ふるふる)」

「え、違うの?」

 突如、饅頭が手のひらから飛び降りる。そのまま自分を先導するように駆けて行く。時折こちらを振り返るような仕草を挟むのは、しっかり着いてきているか確認するためだろう。ちょこちょことした動きが愛嬌を感じさせ、己の口の端が上がるのを自覚する。

「私はしっかりついて行ってるから、心配しなくても大丈夫よ。」

「(こくり)」

 よし分かったと言わんばかりに速度を上げる饅頭だが、ぶっちゃけ歩く速度と変わらない。

「…私に乗って指示した方が早くないかしら?」

「(はっ!?)」

「そんな器用な表情できるのね貴方。」

 

 

 

 

 

 

「ここ、建造室だけど…」

「(こくり)」

 肩に乗っていた黄色い物体はピョン、と飛び降り、とある木箱を引っ張ろうとしていた。必死に引き出そうとしているようだが、明らかにそれ饅頭数匹がかりで運ぶような大きさだろうに、とプリンツは内心ツッコんだ。そのまま見ているのも薄情に思われたので、己が引っ張り出すことにした。

「これ、キューブ…の欠片?」

「(こくり)」

「え、まさか、これで建造したの!?」

 キューブの入手方法などは未だはっきりしないため、彼女がかけらを目にするのは初めてだ。

「欠片なんてあるのね…ってそうじゃなくて。これで建造できるものなの?」

「(ふるふる)」

「なら、どうして…」

 キューブはKAN-SEN一人(・・)を生み出すための素材。であれば、その欠片では?

「欠片じゃ、一人を具現化させるのは不可能よね。」

「(こくこく)」

 饅頭は欠片を差し出してくる。本来の大きさの三分の一と言ったところか。

「これ…あ、使ったのがこれくらいの大きさってこと?」

「(こくこく)」

「なら尚更、私が建造された理由が理解できないわね…」

 KAN-SEN一人分を生み出すには足りない。何らかの方法で補完(・・)しなければ建造など不可能だろう。己はそう考え、ある可能性に行き着いた。

「補完…まさか、『私たち側』で補完したとしたら?」

 呼び出されるKAN-SENが補完する。本来一人分の集合意識(イメージ)を二人で補ったとしたら?

「いいえ有り得ない。そんなこと、できるわけが——」

 そこで己は呼び出された『元の自分』を思い返す。あの時、自分は一人ではなかった。

「まさか。お腹の子供——?」

 時間を逆行するため、二人分のエネルギーを使ったとでも言うのか。

「子供を犠牲にしたっていうの?私——」

「(…ふるふる)」

「違うの?なら、この身体(・・・・)は、一体何なの?」

「(うーん)」

 考え込んだ饅頭。極めて完成された(と思い込んでいるだけだが)生物の己に発声器官は備わっていない。どうにかして伝える手段が必要だと考える。

「…それは、君の子供が成長した姿だ。(cv津田○次郎)」

「キャアアア!シャベッタアア!?」

 饅頭が選んだのは、発声器官を作ることだった。この生物(ナマモノ)、発想が人外のそれである。

「…というか、私が未来からやってきたって信じてるのね。」

「我々は饅頭だ。深くは考えない。(cv中田○治)」

「あ、そう…また変わったわね。」

「気にしないでほしい。——その上で発言させてもらう。未来の君は子供を宿していたんだな?ならば何らかの要因で母親の自分が子供を守ろうとしたはずだ。(cv大塚○夫)」

「——それは」

 最期の瞬間、己は何を考えたのだろう。確かに指揮官のことを見ていた。呟いた。けれども。

「あの子を…守ってあげなきゃって。指揮官を目の前で失って、確かに悲しかった。」

「それでもこの子だけでも——指揮官と私の、子供だけでも、って。」

「ならば、その気持ちが反映されたのだろう。強い後悔と子への愛情がイレギュラーを引き起こしたのかもしれない。そもそもKAN-SENがシリンダーにぶち込まれること自体が有り得ないのだからな。(cv三木○一郎)」

「そう、なの?」

「今は、そうとしか言えないな。」

 モヤモヤしたものを抱えながら、彼らは建造室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変えなきゃ。みんなが死んでしまう、未来を。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここからはダイジェストでお送りしよう、饅頭だ。イメージcvは鳥海○輔でよろしく。

 

 さて、そんな彼女(プリンツ)だが当然指揮官との面識は一方的にしか存在しない。よって彼女は指揮官の与り知らぬ場所で好感度を爆上げしている状態で、右も左も分からない、指揮官と初期艦の二人の指導をしなければならんわけだ。

 

『違うわよジャベリン/ニーミ。この書類はこのくらいでいいの。どうせ殆ど形式的なものなんだから、ここだけ書いときゃ十分なのよ。』

『『なるほど!!』』

『指揮官まで納得してどうすんのよ…』

 

『こらラフィー/綾波!指揮官の手伝いはどこに行ったの!』

『プ、プリンツさん?そのくらいでいいですから…』

『ダメよ。この子やる時はしっかりできるんだから。』

 

 いやあ…苦労してるなあ…時々補佐に入ってやることもあったが、母港の運営は概ね平和に進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、そんな平和ってのもかれこれ…20回を超えたか。

 

 

 

 

 

 

 

——————————————

 

 

 

「それじゃ、あなたは…」

「あなたの前に立っている『プリンツ・オイゲン』は、同じ歴史を辿りながらも未来を変えられず、その未来も指揮官に言えなかった…そんな『ナニカ』なのよ。」

「…………」

「もう疲れたのよ。私は——」

 背後に暖かいモノを感じた。腹に回されたものが腕だと分かった時、自分は背後から抱きしめられていると知った。

「どう、して。」

「僕は、よくわからないままここに連れてこられました。」

「——っ、なら、もう放っておいて…」

 でも。

「僕は、泣いている人を放っておけ、だなんて言われたことはありません。」

 プリンツは頰に触れる。目の前が潤んで見えたのはシリンダーを見ていたからではなかったのか。

「良いのよ、っ。薄情な私を、あなたは何回も愛してくれた。その度に、あなたの優しさに溺れて——未来を変えることはできなかったの。甘えてたのよ!私は!」

 腕を振りほどき、指揮官を突き飛ばす。驚いた彼の表情。ああ。あなたに愛される資格も、あなたを愛する資格も——私には存在しない。やり直した歴史でもあなたの優しさに甘えて、最後まで秘密を打ち明けられなかった私には。

「だから、もう…っ…私を殺してよ…疲れたのよ…」

 

 やり直したい。

 彼の愛に溺れていたい。

 

 相反する二つの願望を天秤に掛け、己はいつも後者を選んだ。

 歪んでしまっていたのだろう。たとえ繰り返しの歴史だとしても、己に注がれる愛情を自覚した時の快感を追い求めていた。指輪を送られた後の、他のKAN-SENから羨望の眼差しを向けられる時。毎晩、まるで獣のように交わる時。

 その歪みを自覚したのは、今朝指揮官と出会った時だ。初期艦を連れずにここにやってきたのは初めてで——彼への欲求をぶちまけそうになった。正直執務室ではよく我慢したと思う。えらいぞ、私。違う。

 

「…では、あなたは。」

「っ、何よ。これ以上話すことは…」

「どうしてですか?」

 そっぽを向いた顔を指揮官に向けると、彼は尻餅をついたままこちらを見上げていた。

「そうしてなんどもやり直して『もらえる』ぐらいには、僕はあなたのことを愛していたんだと思います。」

「でも、あなたはどうしてやり直し『たい』と思ったんですか?」

「高すぎるリスクを背負ってどうして?」

「その身体だって、もう僕より何代後の子供になると思ってるんですか?」

 

「そうまでしておいて、あなたは、僕のことを愛していないんですか!」

 

 限界だった。

 

 

 

 

 

 

「ん、む?」

 プリンツは意識を失っていた。否、眠っていた。

「…あ、ふ。私は…」

 呟いた時、自分の体が一糸纏わぬ姿であること、己がベッドで眠っていたことに気づく。差し込む朝日が解いた銀髪に反射し、さながら妖精のようであった。

「とりあえず、服を…」

 立ち上がろうとして、盛大にすっ転んだ。

「ううあー…これ、もしかして明け方コースかしら…」

 下半身に力が入らない。下腹部に力を入れて立ち上がろうとすると…溜め込んでいた感情とかその他諸々が溢れそうになってマズイ。シャワーだ。シャワー室に行こう。

「ええとシャワー室は…」

「こっちだよ。」

「ああ、ありがと…」

「着替えとタオルはここに置いておくから。食堂で待ってるよ。」

「んー。」

 

 

 

 

 

 

 着任二日目の朝、食堂で指揮官の朝食を作っていた饅頭たちは執務室備え付けのシャワー室からとんでもない悲鳴を聞いた。

「(はてな)」

「(ふるふる)」

 彼らは(自称)完全生物。人間やらKAN-SENの世話を焼いてやるのが仕事だ。余計な私情は挟まない。勿論です。プロですから。

 

 

 

 

 

 

「しししっしししししし指揮官!!!!!」

「ああ、おはよう。起きたんだね。」

 プリンツが食堂に行くと、指揮官がコーヒーを飲みながら待っていた。というかいつの間に敬語から変わった。身長も伸びてませんか。

「えっと、あの、そのう…」

「————」

 顔を赤く染め、両手を胸の前で組む…そんな恋する乙女のような仕草をするプリンツ()に、指揮官はそっと近づいた。

「昨日は、どうだったかな?」

「………ひゃい」

 朝から絶えることのない多幸感に加え、耳元でASMRボイスを聞かされたプリンツは——

「きゅう。」

 顔を真っ赤にして目を回してしまった。

 

 

 

 

 

——————————————

 

 

 

 

 

『さて、と。僕とリーベ(・・・)はここで待っているから。後は——よろしくね。オイゲン。』

「ええ。任せて頂戴。あなた(・・・)。」

 指揮官に全てを打ち明け、そして迎えた『約束の日』。絶対にみんな生きて戻る。そんな決意と共に私は、指揮官は、仲間達は、この日に向けて準備してきた。

「初めて配備する、この要塞砲——使う機会がなければいいけど。」

『えうー?』

『ああ。母さんならきっと帰ってくるさ。大丈夫。』

『あー、がんば、っちぇ!』

「〜〜〜〜っ!任せなさい!今のお母さん、負ける気がしないから!!」

 今日はセイレーンの攻撃があるだろうから、総員戦闘態勢で待機だ、なんて言われてKAN-SENたちは朝から待機していたが…こんな甘ったるいものを見せられるとは思わなかった。普段無表情な者であっても若干呆れが見て取れるぐらいだ、と言えば分かるだろうか。

 げんなりしながら待機していると。

 

『こちらエンタープライズ!偵察機が敵艦隊を発見!』

『了解。』

 

 指揮官が、号令を下した。

 

『作戦開始!』

 

 運命は、ここで変える。

 

「さあかかって来なさいセイレーン共!私が全力で!全霊で!相手してあげるわ!」

『う〜〜〜〜♪』

 

 

 

 

 

 

「生きてるわ。」

『ああ。そうだな。』

 数日に渡って繰り広げられたセイレーンとの激しい戦いは、決着の時を迎えた。

「…っ!オイゲン!」

 安堵する全員だったが、かろうじて生き残っていた敵艦がオイゲンに砲を向けようとし…

『あ!』

『ちょ!リーベ!?そのボタンは駄目だって!』

 灰となった。

『『『『…は?』』』』

 奇しくもこの戦いの最後を締めくくったのは、『今までは誕生していなかった』オイゲンの子供による、砲撃だった。

「っはははは…」

『全くもう…』

 ひとしきり笑い、帰還して行く仲間を追いながら。オイゲンは昇る朝日を見やる。迎えた朝は、今までよりもずっと暖かかった。

 

 

『帰っておいで、オイゲン。リーベも、僕も、待ってる。』

『む!』

『パーティの準備もバッチリだ。(cv諏訪部○一)』

 

 

 今までの自分は打ち明ける、という選択をしなかった。この身体が最初の子から何代後だろうとか、時々考えてしまう。

 それでも、彼を愛していて、その子供を愛していたからこそ、こうして掴めた未来がある。

 

 

「おっそいわよオイゲン!」

「指揮官もリーベも待ってるぜ!俺にそっくりな名前しやがって!可愛いなあ!」

 

 

 母港で、みんなが待っている。

 

 

「おかえり、お母さん。」

「お…かえ、り!」

 

 

 未来であり、過去。幾度とない歴史を繰り返した一人のKAN-SENの歩みは、ここで終わる。

 

 

「ええ、ただいま。」

 

 

 これから彼女は、新たな歴史を紡いで行く。かけがえのない、家族と共に。




最後駆け足気味なのは申し訳ないと思っている。
反省はしている。後悔はしていない。

読んでくれてありがとうございます。
評価とか感想とかくれたら執筆のモチベーションになりますので…ぜひ…


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。