とある製薬会社に務めていた研究員のヤケクソ日記の余白   作:色々残念

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後編1つで終わるかと思ったら終わりませんでした
今回は後編、上となります
上、下で終わるか上、中、下になるかはわかりませんがとりあえず書き上がったものを更新しておきます



ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか編 後編 上

 月 日

ダンジョンの上層で行うベルくんとの鍛練を少し早めに切り上げてダンジョン内でベルくんと別れた私は、24階層を目指してダンジョンを降りていく。途中の15階層で遭遇したミノタウロスは魔石を喰って強化されているようであり、外見も普通のミノタウロスとは違っていた。

 

赤い角を持つそのミノタウロスは強化亜種といったところだろう。力、耐久、器用、敏捷のステイタスがSSに到達している今のベルくんでもなんとかギリギリで勝てるかもしれない程度には強いミノタウロスを、急いでいたので魔石を狙ったタウロススピアによる一撃で倒す。

 

とりあえず強化亜種のミノタウロスが落としたドロップアイテムである赤い角は拾ってリュックサックにしまっておいた。普通のミノタウロスの角よりも良い武器ができそうなので、今度ヴェルフくんに頼んでベルくん用のナイフでも作ってもらうとしよう。

 

更に先へと進んで18階層を越えていき、現れるモンスターを魔石狙いで倒していくとドロップアイテムが落ちることがあるので一応回収しておく。辿り着いた目的の階層である24階層で、木竜グリーンドラゴンが守る宝石樹に実る宝石の実を採取する為に、木竜グリーンドラゴンと戦った。

 

インファント・ドラゴンよりかは少し強いドラゴンではあったが問題なく倒して、宝石の実を根こそぎ採取する。大容量のリュックサックに宝石の実を詰めていき、リュックサックがパンパンになるまで宝石の実を詰め込んだ。今回の目的は宝石の実であったので、目的は達成できたと言えるだろう。

 

赤いミノタウロスの角以外のドロップアイテムと宝石の実を換金したところ、しめて1000万ヴァリスにはなった。1回のダンジョン探索で手に入れたにしては、悪くない稼ぎである。これで合計で2500万ヴァリス程度の金額は貯めることができたが、まだまだ魔導書であるグリモアには遠い。

 

今後もダンジョンで稼がなければいけないな。換金所からヘスティア・ファミリアのホームにまで帰ってきた私は地下室にあるベッドに寝かされている小人族の少女を発見。ベルくんと女神ヘスティアに事情を聞くと、どうやら冒険者である男に痛めつけられていた小人族の少女をベルくんが助けたらしい。

 

その時ベルくんは初めて対人戦をすることになったようだが、私と戦った経験があったので問題なく相手の冒険者を倒せたそうだ。牛若丸の柄で顔面をぶん殴って冒険者を気絶させてから、気絶している小人族の少女を背負ってヘスティア・ファミリアまで運んできたベルくんは女神ヘスティアと協力してハーブによる治療を施したようである。

 

「すいません、ハーブ使っちゃいました」と謝ってくるベルくんに私は、きみが助けたい相手を助けるのにハーブが必要だったなら、幾らでも使ってもらって構わないよと言っておいた。殴打や蹴りによる外傷にハーブによる治療は効果的だったようで、静かに横になっている小人族の少女の容態は問題ない。

 

ベルくんと女神ヘスティアに教えておいたハーブによる治療は的確であったので、私が手を加える必要は無かった。私とベルくんに女神ヘスティアが見守る中で小人族の少女の目が開く。上半身だけを起き上がらせた少女は「ここは」と見知らぬ場所に困惑しているようだった。

 

ここはヘスティア・ファミリアのホームで、きみを襲っていた冒険者からきみのことを助けたのがこのベル・クラネルくんだ、治療を施したのは女神ヘスティアになるかな、と簡単に状況を説明しておく。すると「ここは医療系ファミリアですか?」と聞いてくる小人族の少女。

 

いや探索系ファミリアだが、と答えてから、どうしてそう思ったのかな、と私が聞くと「死ぬかと思うほど痛かった身体が治療されてるからです」と小人族の少女は答えた。まあ、そのあたりは秘密ということにしておこうか、と言った私は、それで何故冒険者から暴行を受けていたのか理由を聞いても良いかな、と切り出してみる。

 

深く深く息を吐いた小人族の少女は「言いたくありません」とだけ言うとベッドから降りると「それでも、感謝だけはしておきます。ありがとうございました」と頭を下げた小人族の少女は「持ち合わせがないんですが治療費は」と言ってきたので、私は治療費は必要ないと思うがどうかな、と女神ヘスティアとベルくんを見てみた。

 

「必要ないさ」と言う女神ヘスティアと「必要ないですよ」と頷くベルくん。「変なの」と呟いた小人族の少女。それから「失礼します」と逃げるように地下室から立ち去っていく小人族の少女が落とした鍵を拾ったベルくんが、落とし物である鍵を少女に届けに走っていった。

 

小人族の少女とベルくんの居ない地下室で女神ヘスティアと会話した私は、明らかに訳ありである小人族の少女を、お人好しなベルくんは決して見捨てないだろうという結論に至る。ベルくんだけでは手に余るようなことになったら私も手を出すことにしよう。

 

どうやらベルくんはトラブルに愛されているのかもしれないな。

 

 月 日

ベルくんとダンジョンへ向かう途中で「冒険者さん冒険者さん、サポーターはいかがですか」と売り込みをしてきたフードを被った少女。どう見ても昨日ベルくんが助けた小人族の少女であったので、ベルくんが「きみは昨日の」と言うと「初対面ですが」と惚ける少女は初対面ということにしたいらしい。

 

被っていたフードを外して頭にある犬人の耳を見せた少女は「リリは犬人です」と言ってきた。ベルくんは別人だと思ったようだが、私は種族を変える魔法があってもこの世界なら不思議ではないと考えているので、リリルカ・アーデと名乗った犬人のサポーターが昨日の小人族の少女と同じだと判断しておく。

 

ベルくんと私に近付いてきた理由がある筈だが、何が狙いなのか知る必要があるだろう。以前から冒険者の間で出回っている小人族の盗人がいるという噂話が真実であるとするなら、恐らくはその盗人がリリルカ・アーデの可能性があるな。

 

そうだとすればリリルカ・アーデが冒険者に暴行を受けていた理由も察しがつく。冒険者から盗みを働いて、それがバレて逆上した冒険者にリリルカ・アーデは暴行を受けることになったのだろう。そしてそこをベルくんに助けられたということになる。

 

お人好しであるベルくんを利用してやろうとでも思っているのかもしれないが、リリルカ・アーデがしっかりとサポーターとして働いてくれるなら問題はない。魔石の採取に関してはリリルカ・アーデに任せておくことにして、私とベルくんはダンジョンで鍛練を開始した。

 

私とベルくんが鍛練しながら倒していったモンスターをリリルカ・アーデが邪魔にならない位置まで運んでいき、手慣れた様子で魔石を採取していく。とりあえず上層で鍛練を終えて、リリルカ・アーデが回収した魔石を換金してみると10万ヴァリスくらいにはなったようだ。

 

ベルくんが半分の5万ヴァリスをリリルカ・アーデに渡しておくと凄まじく困惑していたリリルカ・アーデ。サポーターであるリリルカ・アーデは稼ぎの半分を渡されるようなことは今まで無かったらしい。サポーターに稼ぎを半分渡すことが当然のことだと思っているベルくんは「これからも頼むよリリ」と笑いかけていた。

 

リリルカ・アーデは「変なの」とまた呟いていたな。優しすぎるベルくんに明らかに戸惑っているリリルカ・アーデは根っからの悪人という訳ではない。環境によって荒んでしまった可能性が高いと私の勘が言っている。リリルカ・アーデが所属しているソーマ・ファミリアの良い噂は全く聞かないからな。

 

ソーマ・ファミリアについて詳しく調べてみる必要がありそうだ。

 

 月 日

今のベルくんのステイタスなら上層で死ぬことはないと判断して、ベルくんとリリルカ・アーデのみをダンジョンに向かわせておき、ソーマ・ファミリアについての情報収集を行っておく。結果としてはソーマ・ファミリアは主神ソーマが酒造りをする為にあるファミリアということがわかった。

 

ソーマ・ファミリアの眷族は主神ソーマに忠誠を誓っている訳ではなく、ソーマが造る神酒を飲む為に金稼ぎを行っているらしい。人を狂わせる酒を造っている神ソーマは神酒を造るヴァリスを眷族に稼がせており、ノルマを達成できた眷族だけに神酒を飲ませているようだ。

 

ステイタスの更新をするにもヴァリスが必要になるソーマ・ファミリアは異質だと言える。ソーマ・ファミリアを脱退するにも多額のヴァリスが必要になるようであるが、リリルカ・アーデは脱退する為に金稼ぎをしているのかもしれないな。そうであるなら常識の範囲内で手伝ってもいいだろう。

 

リリルカ・アーデが盗みをする必要がないほどヴァリスを稼がせてやればいい。それに注意力が上がっている今のベルくんから盗みを働くのが難しいことは直ぐにわかる筈だ。とりあえずリリルカ・アーデには稼ぎの半分で満足してもらうしかないな。それ以上を求めるなら応相談といったところか。

 

さて、これからどうなるかだな。

 

気を引きしめておくとしよう。

 

 月 日

ベルくんが奇妙な本を持って帰ってきた。私としてはその本が非常に気になるところではあったがベルくんには必要になるかもしれないと判断して、本を奪うようなことはしない。何故ベルくんがグリモアを持って帰ってきたのかについて作為的なものを感じるが、これも女神フレイヤからベルくんへの贈り物といったところか。

 

本を開いて直ぐに眠りに落ちたベルくんは明らかにグリモアの影響を受けていたな。プランターに生い茂るハーブの世話をしながら時間を潰していた私に「ただいまジョン君」と帰ってきた女神ヘスティアが話しかけてきた。おかえりなさい女神ヘスティア、ベルくんは今眠ってるところですよと言っておく。

 

「ステイタスの更新するからベルくん起こすぜボクは」と言う女神ヘスティアを止めることはない。それからもハーブの世話を続けていた私は廃教会の敷地内に存在する大きな3つのプランターに丁寧に水やりをしておいた。しばらくして地下室から飛び出してきたベルくんが「魔法が発現しました」と嬉しそうに報告してくる。

 

やはりあの本はグリモアで間違い無かったようだ。今回ベルくんに魔法を発現させる機会を譲った理由としては、ベルくんが魔法を使えるようにならないとベルくんが死んでしまうと直感で感じたからだな。あのグリモアはベルくんにとって必要なものだった。

 

せっかく鍛えたベルくんに死なれては困る。それにベルくんが死んだら女神ヘスティアも悲しむことが確実であるなら、私の選んだ選択は正しいだろう。たかがグリモア程度、自らの稼いだ金で手に入れてやるとするさ。

 

私の進む道は私が決める。

 

ただ、それだけだ。

 

 月 日

今日は何かが起こりそうな気がしたので、ベルくんにグリーンハーブとレッドハーブを調合して薬包紙に包んだものを3つほど手渡しておき、ミアハ・ファミリアでポーションを何個か買うようにベルくんに言っておいた。先にダンジョンに向かうつもりのベルくんを送り出すと、私は二日酔いに苦しんでいる女神ヘスティアの世話をしておく。

 

私が作ったしじみのスープを飲んで状態が落ち着いた女神ヘスティアをベッドに寝かせると私も遅れてダンジョンに向かう。ダンジョンに潜るとキラーアントの強化種が群れで出現しており、3人程度の冒険者の死体がキラーアントの強化種達に喰われていた。死体はベルくんやリリルカ・アーデではなく成人した男性達であるようだったが、見覚えのある鍵と魔剣が落ちている。

 

キラーアントの強化種達を倒してリリルカ・アーデが以前落とした鍵を拾い、魔剣も一応拾っておくことにした。向かった先でキラーアントの強化種達と戦いながらリリルカ・アーデを守っているベルくんに加勢して、通常種よりも動きが素早いキラーアントの強化種達を全て倒す。

 

安全になったところでベルくんに本音として色々なことを言いながらも、お人好しなベルくんに助けられたリリルカ・アーデは涙を流してベルくんに抱きついていた。どうやらリリルカ・アーデとのサポーター契約は続行ということになるらしい。

 

とりあえずリリルカ・アーデに鍵と魔剣を渡しておくと「何処でこれを」とリリルカ・アーデが言ってきたので、キラーアントの強化種に喰われていた死体の近くに落ちていたよ、と嘘を言わずに答えておく。「そうですか」と言ったリリルカ・アーデは複雑そうな顔をしていたな。

 

まあ、恐らくはリリルカ・アーデから鍵を奪った冒険者達が居たんだろうが、キラーアントの強化種に襲われて喰われてしまったということだろう。キラーアントの強化種がこれほど大量に発生した理由がある筈だが、偶然が積み重なった結果としてそうなったと私の勘が言っている。

 

やはりベルくんはトラブルに愛されているようだ。ちなみにベルくんに助けられて改心をしたリリルカ・アーデが言うには、ソーマ・ファミリアを脱退する為に必要な1000万ヴァリスまで、後200万ヴァリスであるらしい。ダンジョンで手早く稼いで、リリルカ・アーデをソーマ・ファミリアから解放しておこう。

 

ソーマ・ファミリアがリリルカ・アーデの脱退を渋るようであれば私が出向いて直接話をつけておくとするか。これでベルくんの仲間が1人増えたことになるが、それは決して悪いことではない。

 

もう何人かベルくんに頼れる仲間ができれば、私も安心して元の世界に帰れるんだがね。

 

 月 日

ベルくんとダンジョン内で鍛練をしながら現れるモンスター達を倒していくと、リリルカが倒されたモンスターから魔石を手早く抜き取っていった。大きなリュックサックがいっぱいになるまで魔石を詰め込んだら、それをギルドに換金しに行ったベルくんとリリルカをギルドの外で待つ。

 

今日の稼ぎは40万ヴァリスくらいにはなったようで、サポーターのリリルカに20万ヴァリスを渡したベルくん。ちょうど今回で1000万ヴァリスを貯めることができたリリルカはソーマ・ファミリアに行って今日中に脱退してくるつもりらしい。

 

ファミリア間の争いにならないように、何処のファミリアにも所属していない私が着いていくことにして、ソーマ・ファミリアにまで向かう。辿り着いたソーマ・ファミリアの本拠地でリリルカからヴァリスを奪おうと襲いかかってきた相手を惨たらしく痛めつけて沈めながら進んだ。

 

適当なソーマ・ファミリアの団員を脅して、ソーマ・ファミリア団長と主神ソーマを呼び出すとファミリア脱退と改宗が出来るように話をつけた。すると神ソーマから差し出された神酒を私が飲まなければリリルカが脱退と改宗が出来ないという話になる。

 

差し出された神酒を飲み干しておき、甘い酒は好みではないので私にとっては好きな味ではありませんねと正直な感想を伝えておくと驚いていたソーマ・ファミリア団長と神ソーマ。神酒を好みではない酒だと言われたのは初めてだったらしい神ソーマは衝撃を受けていたようだ。

 

とりあえず動揺しているソーマ・ファミリア団長と神ソーマを正気に戻らせてリリルカの脱退と改宗が出来るようにさせて、ソーマ・ファミリアから帰る帰り道でリリルカと並んで歩く。自由の身になったリリルカは「今日は着いてきてもらって、とっても助かりましたジョン様」と言ってきた。

 

まあ、確かにリリルカ1人だけだと色々と問題が有ったので、私が着いていったのは正解だったと言えるだろう。無事にソーマ・ファミリアを脱退して改宗も出来るようになったリリルカは、ベルくんの助けとなる為にヘスティア・ファミリアの所属となるつもりであるらしい。

 

もっとも主神ヘスティアが拒めばそれまでだが、女神ヘスティアはリリルカを見捨てるようなことはしない筈だ。そこまで薄情な女神ではないと私は思う。これでリリルカが抱える問題は解消されて、もうソーマ・ファミリアと関わることもない。

 

リリルカからヴァリスを奪おうと考えるソーマ・ファミリアの眷族は全員叩きのめしておいたので、ちょうどいい見せしめになって牽制にもなったことだろう。リリルカに手を出せば、酷い目にあうという惨状は作っておいたので、今後ソーマ・ファミリアがリリルカに手を出すことはないと断言ができる。

 

少々トラブルはあったが悪い結果ではないと言えるな。今日はリリルカの新しい門出を豊穣の女主人で祝ってもいいかもしれない。そう決めてベルくんと女神ヘスティアにリリルカを連れて豊穣の女主人へと向かった。豪勢な食事を全員で楽しんでおく。

 

今日は年長者として私が奢っておくとしよう。女神ヘスティアの方が私よりも歳は上だろうが、そこら辺は深く気にしない。確実に歳上である女性の年齢を追求するのは失礼なことだからね。という訳で支払いを済ませて帰り道を歩いていくとリリルカと女神ヘスティアがベルくんの両腕にくっついていたな。

 

私には微笑ましい光景に見えていたんだが、独り身である冒険者達には憎らしい光景だったようであり、凄い形相で睨まれていたベルくん。とりあえずベルくんを睨んでいた冒険者達に私が強めの殺気を込めて睨み返すと素早く目を逸らして逃げ去っていく冒険者達。

 

流石に実力に差がある相手の連れを睨み続ける度胸はないらしい。リリルカと女神ヘスティアに挟まれた状態で困惑しているベルくんは、自分に好意を示す女性達の積極性に着いていけていない様子だった。ダンジョンに出会いを求めてきた割りにベルくんは純粋過ぎるな。

 

今後のベルくんの女性関係が少し心配になるが、私が気にすることではないか。

 

刺されないように気を付けてほしいところだがね。

 

 月 日

アイズ・ヴァレンシュタインはミノタウロスを逃がしたことで危険な目にあわせてしまったことをベルくんに謝罪したいと思っていたようで、ベルくんの担当であるエイナ・チュールにベルくんを呼び出してもらって、ベルくんにしっかりと謝罪をしたようだった。

 

アイズ・ヴァレンシュタインは個人的に関わりあいになりたくないロキ・ファミリアの冒険者であるが、ベルくんに謝罪したところを見るとベートとやらと比べれば随分とまともではあるのかもしれない。とはいえ謝罪だけで終わりという訳ではなかったようで、何故か普段私と鍛練しているオラリオの壁上にアイズ・ヴァレンシュタインを連れてきたベルくん。

 

「貴方は怪物祭の」と私を見て驚いていたアイズ・ヴァレンシュタインは私のことを覚えていたらしい。簡単に自己紹介をして互いに名前を知ったところでベルくんから詳しい話を聞くと、どうやらアイズ・ヴァレンシュタインは私とベルくんの鍛練がどんなものか見てみたいそうだ。

 

とりあえず観戦者が居ようといつもとやることは変わらず、タウロススピアと猛牛殺しを持った私を相手に戦っていくベルくん。私が振り下ろした猛牛殺しを避けて接近したベルくんが放つ牛若丸による突きをタウロススピアの長柄で受けて弾き、ベルくんに中段の前蹴りを繰り出す。

 

蹴りを回避して身体を回転させたベルくんは、両手に1本ずつ持った牛若丸による連撃を行う。2刀流で淀みなく牛若丸を振るうベルくんの動きは日々の鍛練で洗練されており、我流ではなくしっかりと基礎が身に付いた動きとなっている。牛若丸の白刃が煌めき、蛇が獲物に喰らいつくかのような動きを見せていく。

 

タウロススピアと猛牛殺しで連撃を受けきったところで、猛牛殺しで逆袈裟斬りをすると素早く距離を取ったベルくんの動きは、かなり良くなっていた。限界すらも越えて飛躍するベルくんは確実に強くなっていることは間違いない。かなり手加減した猛牛殺しによる攻撃なら避けられるようになっていたベルくん。

 

しかしまだタウロススピアは完全に回避することはできておらず、今日もまた石突きによる突きを喰らうことになって吹き飛んだベルくんは壁上を転がっていく。ベルくんが立ち上がる前に間合いを詰めた私が猛牛殺しをベルくんの首に突きつけると、ベルくんは降参した。

 

私とベルくんの戦いを見ていたアイズ・ヴァレンシュタインは「凄いね、とても駆け出しとは思えない」とベルくんに向かって感想を言うと「貴方も手加減が上手なんですね」と私に言ってくる。照れているベルくんに笑顔を見せたアイズ・ヴァレンシュタインは私の方を向くと「今度はわたしと戦ってもらえませんか」と言い出してきた。

 

断っても良かったが戦いを見ることもベルくんの為になるかと考えて、私はアイズ・ヴァレンシュタインと戦うことにする。猛牛殺しとタウロススピアを置いて牛若丸を構えた私と剣を構えるアイズ・ヴァレンシュタインが対峙し、緊張した顔をするベルくんが観戦者となった。

 

真正面から斬りかかってきたアイズ・ヴァレンシュタインの剣を牛若丸の刀身を滑らせるように受け流す。ベルくんに見せるつもりで戦っていく私と、徐々に熱が入ってきたのか本気になってきていたアイズ・ヴァレンシュタイン。振るわれる剣が一撃ごとに鋭さを増していく。

 

身体能力と技量では私が上回っており、武器の性能と強度ではアイズ・ヴァレンシュタインが上回っている。牛若丸が壊れないように扱っている私とは違って、自らの剣に遠慮をしていないアイズ・ヴァレンシュタインは全力で剣を振るっていた。全力を出しても壊れることのない武器は私も持っているが、使う必要がない時は使うことはない。

 

牛若丸だけで充分だと判断した私は、アイズ・ヴァレンシュタインの猛攻を2刀流の牛若丸で捌いていく。受け流した剣の腹に左腕義手に持った牛若丸の柄で打撃を叩き込んで更に大きく体勢を崩させて間合いを詰めると、生身の右手に持った牛若丸の刃をアイズ・ヴァレンシュタインの首に突きつけて戦いを終わらせた。

 

「貴方は何故そんなに強いんですか」と聞いてきたアイズ・ヴァレンシュタインに、強くなる必要があったからかなとだけ答えて、それ以上語ることはない。私とアイズ・ヴァレンシュタインの戦いを見ていたベルくんは、目を輝かせながら「途中から動きが見えなかったですけど凄かったですよ、ジョンさんもアイズさんも」と大興奮していたな。

 

それからはベルくんと戦ったりアイズ・ヴァレンシュタインと戦ったりを繰り返すことになったが、ベルくんには良い刺激になったことは確かだ。ある程度時間が過ぎて帰る時間になったのか剣を納めると「明日も此処に来ていいですか」と言ったアイズ・ヴァレンシュタイン。

 

ベルくんがアイズ・ヴァレンシュタインに来てほしそうな顔をしていたので、アイズ・ヴァレンシュタインの鍛練の参加を了承することにした私は、別に構わないよとだけ言っておく。嬉しそうに笑ったアイズ・ヴァレンシュタインの顔に、すっかりベルくんは見惚れていた。

 

アイズ・ヴァレンシュタインが鍛練に参加していたことは女神ヘスティアには黙っておくとしよう。

 

また拗ねられても困るのでね。

 

 月 日

朝はベルくんやアイズ・ヴァレンシュタインと戦い、昼はダンジョンに潜り、夜はヘスティア・ファミリアのホームで過ごすという生活を続けていたある日、戦いが始まる前にアイズ・ヴァレンシュタインが「今日はじゃが丸くんを屋台に買いに行きたいです」と言い出した。

 

好きに買いに行けばいいんじゃあないかな、と言う私に「皆で買いに行きたいんです」と言ってくるアイズ・ヴァレンシュタイン。それを聞いたベルくんが「行きましょう」と即答。2人に懇願されて何故か私も着いていくことになって、じゃが丸くんの屋台にまで向かう。

 

するとそこには女神ヘスティアの姿があり、なんというか少々面倒なことになったが、ベルくんと私が説得してアイズ・ヴァレンシュタインの参加が取り止められるということはなかった。「その代わりボクもベルくん達の特訓を見させてもらうよ」と言ってきた女神ヘスティア。

 

今日はダンジョンに行く日ではないので暗くなるまで戦った私達だったが、女神ヘスティアは戦いに驚いてはいたが確実にベルくんが強くなっていることには納得したらしい。帰り道を歩いている最中に不穏な気配を感じ取った私は、複数人の気配を把握した。

 

アイズ・ヴァレンシュタインに目配せすると彼女も気付いているようである。意図的に魔石街灯が壊された道で、姿を現した槍を持つ猫人。ベルくんに槍を突き刺そうとした猫人の槍の長柄を片手で掴んで槍を止めた私は、空いている片手で拳を握ると猫人の腹部に拳を叩き込んでおく。

 

一撃で意識が飛んだようで、槍だけを残して吹き飛んだ猫人から奪い取った一級品の槍を構えると4人の小人族の相手をする。第一級冒険者であることは間違いない4人の小人族を圧倒していき、容赦なく石突きによる突きを叩き込んでおくと「ば、化物が」と道に倒れ込んだ小人族達に言われてしまった。

 

ベルくんやアイズ・ヴァレンシュタインは他の冒険者達の相手をしているようで、危うげなく戦えていたので問題はない。襲撃してきた冒険者達は目元を隠しているので素顔はわからないが、女神フレイヤの差し金であることは理解できている。

 

新手のエルフとダークエルフに向けてベルくんが魔法を放ったがLvが違いすぎて効果はないようだった。それでも女神フレイヤの眷族達は目的を達成したようで足早に立ち去っていく。気絶している猫人とダウンしている小人族達を抱えて素早く去っていったフレイヤ・ファミリアの目的は、ベルくんの魔法を見ることだったのかもしれない。

 

そんな出来事がありながらもそれぞれのホームに帰っていった私達は、明日も特訓をすることを約束して別れた。ステイタスの更新をしたベルくんは力、耐久、器用、敏捷がSSSにまで到達していたらしい。魔力もSになっていたようで、Lv1としては破格のステイタスを持っているベルくん。

 

ミノタウロスくらいなら倒せそうな今のベルくんなら中層に連れていっても問題無さそうだが、中層にベルくんを連れていくのはベルくんがLv2になってからにしておくとしよう。そろそろ乗り越えられる試練なら与えてもいいかもしれないな。

 

ランクアップに必要な試練。そんな都合の良いものに出会えるかどうかだが、ベルくんなら出会いそうな気がしないでもない。

 

ということは近々何かが起こりそうだな。一応気を付けておかなければいけないだろう。

 

ベルくんは本当にトラブルに巻き込まれる子だからね。

 

 月 日

ベルくん達とダンジョンに潜っていると上層でミノタウロスが現れる。天然武器ではない大剣を持っているミノタウロスは何処かの誰かの差し金であることは間違いない。ミノタウロスを前にしても落ち着いているベルくんは「僕にやらせてくださいジョンさん」と自分から言ってきた。

 

ミノタウロスに恐怖を感じていても立ち向かう勇気を持っているベルくんに今回は戦ってもらうことにして、静観している私に「ベル様を殺させるつもりですか」と言い出すリリルカ。これはいずれベルくんが乗り越えなければいけない壁だ、危なくなったら助けるから見ていなさいとだけリリルカに言うとベルくんを見守っていく。

 

片角のミノタウロスは強化亜種といったところだろうが、大剣の扱いはまだまだ未熟だと言えるだろう。大剣を避けて牛若丸を振るうベルくんはミノタウロスを刻んでいき、ダメージを負わせていたが倒すまでには至っていない。戦いの最中、振り下ろした大剣の軌道を変えたミノタウロスは薙ぎ払いを繰り出す。

 

しかしその動きを読んでいたベルくんは薙ぎ払いを潜り抜けると、ミノタウロスの脚に牛若丸を突き立てた。まずは機動力を削いでいくつもりらしい。このままなら無傷で勝ってしまいそうな気がしたが、トラウマの克服にはなるので問題ないかと思っていると現れたオッタルが魔石をミノタウロスに投げ渡す。

 

魔石を受け取ったミノタウロスは大口を開けて魔石を喰らった。更に強化されたミノタウロスは咆哮を上げる。ベルくんの足がミノタウロスの咆哮で止まってしまい、動きが止まったところに大剣が叩きつけられた。一撃で吹き飛んだベルくんの着ていたアーマーが壊れていく。

 

悲痛な悲鳴を上げたリリルカがベルくんに近付こうとしたので止めておき、ベルくんの戦いを邪魔させないようにする。立ち上がったベルくんは、まだやるつもりであるようだった。オッタルの次に現れたロキ・ファミリアの面々は、アイズ・ヴァレンシュタイン以外はベルくんの戦いを止めようとはしていない。

 

アイズ・ヴァレンシュタインの前に立ち塞がったオッタルは剣帯から大剣を引き抜くと「邪魔はさせん」とだけ言う。今にもオッタルに突撃していきそうなアイズ・ヴァレンシュタインのことを止めたのは、同じロキ・ファミリアに所属しているフィンの言葉であったようだ。

 

「止めるんだアイズ、これは彼の戦いだ」そう言ってベルくんの戦いを見ていたフィンは、ベルくんの戦いを止めるつもりはないようである。ベルくんと片角のミノタウロスの戦いは更に激しさを増していき、互いにボロボロになりながら攻撃を放つ。何度地を転がろうが立ち上がるベルくんと、傷だらけで立ち続ける片角のミノタウロス。

 

魔石を喰らったことで上昇した身体能力で大剣を振り下ろした片角のミノタウロスの攻撃を、牛若丸の刀身を滑らせるように斜めに受け流したベルくんは、受け流した大剣が地面に食い込んだ瞬間、大剣の柄を掴むミノタウロスの手首を斬り落とした。

 

牛若丸を鞘に納めて大剣の柄を掴んだベルくんは大剣を振るう。酷使されていた大剣は明らかに傷んでいたようで、片角のミノタウロスを両断するには切れ味と強度が足りていない。それでも大剣を叩きつけていったベルくんの前で折れた大剣。へし折れた大剣を放り捨てたベルくんは牛若丸を1本だけ鞘から引き抜いて片角のミノタウロスの首を斬り裂く。

 

噴き出した血を浴びることなく身を翻したベルくんに対して、追い詰められたミノタウロスが見せる突撃体勢を見せた片角のミノタウロス。片角を突き出して突進してきたミノタウロスを跳躍して飛び越えたベルくんは、空中で身体を半回転させると牛若丸を片角のミノタウロスの脳天に突き刺した。

 

突き刺さった1本の牛若丸はそのままに、片角のミノタウロスから離れたベルくんは、もう1本の牛若丸を鞘から引き抜く。構えたベルくんの前で脳天に突き刺さった牛若丸を引き抜いた片角のミノタウロス。武器を扱うことを覚えた片角のミノタウロスは、牛若丸を片手に持ったままベルくんへと近付いていった。

 

力任せに振るわれた片角のミノタウロスの牛若丸を、右手に持つ牛若丸で受け流したベルくんは、間合いを詰めるとミノタウロスの胸に牛若丸を突き刺す。振るわれる片角のミノタウロスが持った牛若丸を避けたベルくんは後ろ廻し蹴りで、片角のミノタウロスの胸に突き刺さっている牛若丸を押し込んだ。

 

魔石が破壊されて身体が灰と化した片角のミノタウロスは、ドロップアイテムである角だけを残して消えていく。こうして戦いは終わりとなって観戦していたロキ・ファミリアの面々が去っていった。ほんの少し前までは駆け出しの冒険者であったベルくんが成し遂げた偉業。

 

これで確実にランクアップができるだろう。ベルくんに駆け寄っていったリリルカが用意していたポーションをベルくんに飲ませている姿を私が見ているとオッタルが此方に近付いてきて「俺は再び貴様に挑むぞ」と力強い言葉を残すと立ち去っていく。

 

疲れきったベルくんを背負って帰る途中で、何故魔法を使わなかったのか聞いてみると「魔法に頼らず、今までジョンさんに教わってきて身に付いた自分の力だけで何処までやれるのか知りたかったんです」と答えが帰ってきた。ベルくんが自分の手札の1つを封印していた理由は、どうやらそんな理由であったらしい。

 

次からはちゃんと魔法も使いなさい、今日は私が見ていたから危なくなったら助けられたが、常に一緒にいられる訳ではないからね、と忠告しておいた。「わかりました、ジョンさん」と了承したベルくんは素直な良い子ではあるが少し危なっかしい。

 

私の背中で身を預けているベルくんが「僕、勝ちましたよ、ジョンさん」と言ってきたので、ああ、ちゃんと最後まで見ていたよ、本当によくやったねと言うと安心したのか眠ってしまったベルくん。疲れているようだからそのまま寝かせてあげておいた。

 

ヘスティア・ファミリアに帰り、ベルくんをソファーに寝かせておいた私は、椅子に座って今日の出来事を考えてみる。片角のミノタウロスは、どう考えてもオッタルの手引きによるものだったが、ベルくんをランクアップさせて何がしたいのかを考えると、女神フレイヤが関わっていそうだ。

 

ベルくんも私も厄介な女神に目をつけられてしまったな。

 

今日の出来事を書き込んだ日記を閉じて、眠るベルくんを眺めていると女神ヘスティアが優しい眼差しでベルくんを見ていた。

 

今日はベルくんと女神ヘスティアを2人だけにしてあげようと思った私は、宿を探してオラリオを歩く。

 

さて、何処に泊まろうかと考えていた私に近付いてきた神がいた。

 

「君は何者かな?」

 

そう言ってきた神はテンガロンハットのような帽子を被った胡散臭い男神であり、笑顔であっても眼が笑っていない。

 

「今日のところはただの宿無しといったところですかね」

 

と答えた私に興味を抱いているようだった男神。

 

「俺はヘルメス、君の名前は?」

 

此方は名乗っていないのに自己紹介までしてきたヘルメスは、どうしても私のことが知りたいらしい。

 

名前を言わなければいつまでも付きまとわれそうだと思った私は、とりあえず名前だけは教えておくことにした。

 

「私の名前はジョンと言いますが、これ以上の情報は言いませんよ神ヘルメス」

 

それだけ言って立ち去ろうとした私に向けて楽しげな笑みを浮かべたヘルメス。

 

「今日は俺も忙しいから、挨拶程度で終わりだが、また会える時を楽しみにしてるよ、ジョン」

 

踵を返して立ち去っていったヘルメスとまた会いそうな気がした私は、神には厄介な相手が多いようだとため息をついて宿を探した。




ネタバレ注意
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかの登場キャラクター

リリルカ・アーデ
ソーマ・ファミリア所属のサポーター
小人族
ソーマ・ファミリアの劣悪な環境で散々な目にあって心が荒み種族や性別まで変える魔法を悪用して冒険者から盗みを働いていた
原作ではベルのヘスティア・ナイフを盗む為にベルに近付く
リリルカに裏切られてもリリルカを見捨てなかったベルに強い想いを抱くことになる

ソーマ
ソーマ・ファミリア主神
酒造りにしか興味がない趣味神
ファミリアを作った理由も酒を造る為にヴァリスが必要であるから
人を狂わせる神酒を造り出すことができる

フィン・ディムナ
ロキ・ファミリア団長
小人族
槍使い
原作の時点で年齢42歳
明らかに年下であるリリルカ・アーデに求婚するが断られる

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか編のおまけとしてベル・クラネル視点の話を見たいと思いますか?

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