「愛してますよ(笑)、タルソンさま!」 「イアソンだ!」   作:イアメディはいいぞ

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渡辺綱とメディアリリィが話してるところを、偶然目撃したイアソンさまが、「別にオレには関係ない」とか言っておきながら、少しモヤモヤしてる場面を目撃したメディアさん(大人)を目撃したマスターになりたい(怪文書


第14話

 

 

 

 

 

 アルゴー船は大きい。

 当然だ、数多の英雄たちを乗せる船なのだから。

 出来るだけ個室も用意してあるし、船旅に付き纏うストレスを解消する施設も船内に幾つかある。

 

 ——ここで一つおさらいしておこう。

 船旅において、最も避けなければならないトラブルは何か?

 航路のミス、船の破損、座礁——挙げればいくらでも挙げられるが、その中で最優先で避けなければならないことがある……

 

 

 

 

 

 それは、船員同士のトラブルだ。

 長い船旅には、ストレスが付き物。

 同じ環境に、長い時間浸るのは、英雄といえど精神的苦痛が伴う。

 だからアルゴー船は、イアソンは、可能な限り船員のストレスを除いていた。

 

 逃げ場のない海の上で、船内で暴動なんか起きてみろ。

 真っ先に死ぬぞ、オレが。

 それがイアソンの心の内だった。

 

 ——しかし、どんなにイアソンが頑張っても、『爆発』してしまう時はしてしまう。

 特に、喧嘩っぱやくて、仲のあまりよろしくない連中が、偶々同じ卓になった時が最悪だ。

 

 

 

 

 

 

「まーたお前らか! やめろやめろ! 殴り合いくらいなら許すが、武器を抜くな!」

 

「船長は引っ込んでろ! このバカには拳より鋼を喰らわすのが一番なんだよ!」

 

「何だとこのクソ兄貴!」

 

 ——前回の喧嘩からひと月ほど。

 この兄弟の英雄にしては、もった方だ。

 よく喧嘩する二人として、船内では有名なパーノスとスタピュロスという兄弟。

 どうやらまた、些細な言い争いからヒートアップして、お互い武器を抜くまでに至ってしまったらしい。

 

「やっと帰るだけになったというのに、コイツらは……! ブーテース! 力自慢の連中何人か連れてこい! それと船医もな! それと周りで見てる奴らは、賭けてないでいざとなったら止めろよ! 絶対だぞ!」

 

 イアソンは他の船員たちに指示を出していく。

 ちなみに自分が間に入って止めるという選択肢は最初から存在していない。

 

「——何の騒ぎなんですか?」

 

 とそこへ、少し遅れてやって来たメディア。

 

「見たまんま、喧嘩だよ喧嘩。巻き込まれたくないなら、お前は船内に引っ込んで——」

 

「まぁ! それは良くありませんね。喧嘩なんてしても損ばかりです。みんな仲良しさんにならないとっ!」

 

「お、おう……?」

 

 喧嘩という言葉を聞いた瞬間、メディアの態度が一変した。

 さっきまでビクビクしていた子犬が、突如牙を剥いて襲い掛かるように。

 何か使命感を得た英雄のように。

 メディアの瞳には闘志が燃えていた。

 

 

 

 

 

 ——ここで補足すると、メディアは争い事は基本的に嫌い……というより、苦手だ。

 当事者になるのも、傍観者であろうと、モヤモヤした何かを感じてしまうから。

 それは既に忘れ掛け、心の奥底にある記憶の片隅。

 まだ自我の安定していなかった自分のせいで、愛する家族が一度バラバラになりかけた事例があったからなのかもしれない。

 

 喧嘩なんてしなければ良いのに。

 常日頃からそう思っていたメディアは、ある日ふと閃いた。

 ——喧嘩の原因を無くせば良いのではないだろうか……と。

 

「そこの方達! 喧嘩はダメですよ! えーい!」

 

「あうち!?」

 

「あ、兄貴!?」

 

 メディアはトテトテと走り、喧嘩をしていた無防備な兄の背中に、どこから取り出したのか、短剣を『突き刺した』。

 その光景に、周りにいた船員たちに動揺が走る。

 

「お、お前! 兄貴になにしや——う、動けねぇ!?」

 

「あなたも仲良しさんです♡」

 

 そして突然のメディアの奇行に、面食らっていた弟の方に、動きを止める魔術を掛けてから、その腹部にも短剣を突き刺した。

 ドサリと倒れる大の男が二人。

 その中心には、ニコニコの満面の笑みで佇むメディア。

 イアソンだけでなく、周りにいた船員が混乱する。

 メディアの奇行に、理解が追いついていなかったからだ。

 

「お、おま……!」

 

 何してんの!?

 とイアソンが叫ぶ前に、喧嘩をしていて突然現れた王女に刺された兄弟が、何事も無かったかのように起き上がった。

 

 

 

 

 

 

「——オレタチ、ズットナカヨシ」

 

「アァ、オトウトヨ。ズットナカヨシダ」

 

 そして虚な目をした二人は、ぎこちなく肩を組み、ぎこちなく言った。

 

((((何か変だ!?))))

 

 その場にいた誰もが、同じ事を思った。

 

「あら? ちょっと洗脳が強過ぎちゃいましたかね?」

 

((((今、洗脳って言った!?))))

 

 ここまで来れば、殆どが察する。

 この可憐な王女様が、あの兄弟をおかしくしたと。

 

「——でも、これで解決ですね! あ、折角なら『皆さん』にもやっておきましょうか。ストレスや不満を抱えてる方がいるのなら、また喧嘩になってしまいますからね」

 

 メディアが辺りを見回す。

 短剣を握りながら。

 まるで次の獲物を探す狩人のように。

 

 ——ここでイアソンを含めた全員は、身の危険を感じた。

 修羅場を潜ってきた英雄たちとはいえ、危険を感じる本能はある。

 とはいえ、本来なら魔術師とはいえ、成人もしていない小娘に恐れを抱く事はない。

 だが、彼らは確かに感じていた。

 得体の知れない恐怖というものを。

 殺気を全く発する事なく、むしろ善意に似た何かで、短剣を突き刺す凶行ができるこのメディアに。

 

 それに相手は小国のとはいえ、王女だ。

 下手に抵抗して逆に怪我でもさせたら、色々と面倒なのは間違いない。

 故に彼等が選んだ行動は、皆同じだった。

 

「あ、皆さん! イアソンさまもどうして逃げるのですか!?」

 

 蜘蛛の子散らすように、逃げた。

 ある者はひたすら船内を走り続け、ある者は部屋に籠る、隠れる。

 

「……仕方ありません。一人ずつ探して、仲良しさんにしないとっ」

 

 メディアは決意した。

 アルゴノーツ全員を仲良しさんにする事に……

 

 

 

 

 後にこの出来事を通して、メディアは船員たちから『仲良しの魔女』と呼ばれるようになったとか、ならないとか——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、流石に疲れました」

 

 イアソンを無事に『仲良し』したメディアは、魔術の影響で気絶したイアソンを見下ろしながら一息ついた。

 

「何で皆さん逃げるんでしょうか……叔母さまも言ってましたが、短剣を媒介に魔術を起動させるのは止めた方が良いのかしら——でも効率的だし、痛みも怪我もさせないのだから別に良いと思うのですけど……」

 

 ビジュアル的にアウトだよ!

 もしここにメディアの叔母が居たら、そう突っ込んでいてくれてたかもしれない。

 

「……流石、歴戦の英雄たちですね。魔力が結構持ってかれました。早いところ補充しないと——」

 

 ——ふいに、メディアの視界にイアソンの顔が目に入った。

 あいも変わらず、顔だけは整っている。

 

「……唾液交換による魔力補充。微々たるものですけれど……贅沢は言っていられませんし」

 

 海の上を征く船。

 魔力の補充は限られてしまう。

 今この場でできるのは、目の前にいるイアソンからの魔力摂取。

 唾液、血液、精液など、体液から摂取するのが一番だろう。

 その中でさらに手っ取り早いのは、唾液からの魔力摂取。

 ……一言で表すと、接吻だ。

 

「…………」

 

 メディアは床に膝をつき、倒れているイアソンの顔へ、自分の顔を近づける。

 垂れ下がる自分の髪の毛を、左手で押さえながら——

 

 

 

 

 

 

「…………っ!?」

 

 ——直前でメディアは我に返った。

 疲労による判断力の低下、恋の呪い、その他諸々——

 色々と重なって、メディアは自分から恐ろしい事をしようとしていた。

 

「……あとで、アタランテさんからもらいましょう」

 

 そうしてメディアは、顔を真っ赤にしてその場を去っていった。

 残されたのは、哀れにも白目を向いて気絶しているイアソンだけだった……

 

 

 

 




お前も仲良しだ(ナカパン)

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