天才お姉さんが親友のお嬢様とインテリメガネと近未来都市で暮らす話   作:Oops

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間空きすぎてるので実質初投稿です。


宇宙の巣観察キット(星の種各種セット付き)

「ああ、ダメ……私の、私の太陽が消える……。暗い、真っ暗になってしまいますわ……」

 

「えっ、ちょっと大変よ、太陽中枢部が! 消えるどころか爆発してしまうわ!」

 

「さ、作業停止! 早く! これ絶対爆発するやつですって!」

 

「ああ、間に合わない!」

 

「ほあああああ!」

 

 ちゅどーん。

 

「あの人たち何やってるんですか」

 

「大爆発、ですね。懐かしいなー」

 

「ああ、ああああ。私の、私の太陽が……」

 

「終わった、何もかも……」

 

 心地よく晴れた昼下がり、突如発生した超新星爆発がとろりとした空気を走り抜けた。でもそれも一瞬、再び暖かな布団の中のような穏やかで気だるい空気が戻ってくる。叫び声を上げてた二人は揃って意気消沈なご様子でがっくりうなだれて黙ってしまった。そんな暗い雰囲気の二人とは対照的にお屋敷の大きな窓からは暖かな日差しがたっぷりと射し込んでいる。気持ちの良い青空が広がって、なんとはなしに体がうずうずする。体を動かすのがことさら好きってわけでもないけど、こういい天気だとそんな私でもむやみに外に出たくなってくるから不思議。

 

 そんな気持ちの良い青空から照り付ける日射しのおかげで広い部屋が季節外れに暖かい、を通り越してもはや暑い。暖房をつけているわけでもないのにみんなすっかり上着を脱いでしまった。冷房を入れるってほどでもないし、脱いで調整できるならその方がいい。お金持ちの家だからっていつも冷房ガンガンにきかせているわけではないのだ。してたら体に良くないから私が止めるし。

 

 しかし暖かくなり始めた季節とはいえ、もうこんなに薄着になる日が来るなんて思ってなかった。下着はいつも気を抜かないよう気を付けてるからちゃんと可愛いのだし、透けたりちら見えしても大丈夫なはず。ちょっと心配になったけど考えてみたら見られて困る相手もいないし、何より脱がないと体が火照っちゃってつらいほどの室温になっているので結局脱いだ。ただこの程度の気温で服を脱がないといけない程やわじゃないのも一体いる。その頑丈なのは今も一人だけ、二人で一緒に作った専用のロングの黒いメイド服をしっかり着こなして姿勢よく絨毯の上に座っていた。

 

 新品のボディに新品の服だっていうのに着慣れた様子で、普段から着てますみたいな顔してお洒落に着こなしている。でもその格好今の季節にはあってるけど、今の部屋にはあってない。見ているこっちが暑くなりそうだけど当の本人は涼しい顔だ。お澄まし顔で私の隣に座り、時折私の肩や背中を撫でまわしている。何がしたいの、気が散るしくすぐったいんだけど。でも払いのけるほどうっとおしくならないラインを見極めて触ってくるので仕方なく放置。私に触れてたいだけなんだったら無下にしてもかわいそうだし、そのくらいは甘えさせてあげたい。私も結構くっつきたがり屋だし気持ちはわかる。その私の性質を私が生んだヴィクトリアが受け継いだと思うとやめろとは言いにくい。

 

 それに昨日添い寝するの拒否したのも今になるとかわいそうだったかなって思う。でもアンドロイドのボディになって人間並みの図体になっちゃったから、一緒のベッドに入ると邪魔くさかったんだもん。これで抱き枕じゃなくてきちんとした添い寝ができるって期待してたようで、いざ一緒に寝たところでやっぱ邪魔だわと追い出されて大変にショックを受けた顔してた。思い出すと悪いことしたなーって気になる。

 

 ただあれで思ったんだけどもしかして私も夢華や紫、下手したら桜花ちゃんや茉莉ちゃんたちにも一緒に寝ると邪魔くさいなって思われてたんだろうか。がっつり嫌がられてたら隠しててもわかるけど、ちょっと邪魔だなっていうくらいだと意識しないと読めないからなあ。今度一緒に寝るとき意識してみよう。でも鬱陶しいって思われてたらショックだわ。知るのが怖い。

 

「ん? どうしました?」

 

「いやー、ヴィクトリアは綺麗に仕上がったなーって」

 

「ありがとうございます。マスターに綺麗と思っていただけて何よりうれしいです」

 

「うわ、あざと」

 

「おやマスター、この暑いのに犬がキャンキャンうるさいですね。負け犬という種だと思うのですが」

 

「お、喧嘩の時間か?」

 

「もう勝負ついてますから」

 

「は? それはこっちの台詞なんだけど?」

 

 私に褒められてわずかに頬を染め、にこりと微笑む姿は実に麗しい。目の保養になる素敵な美人だ。当たり前のように顔を赤らめ恥じらいを表現しているけど、この仕草や表情だけ見れば人間にしか見えない。一方で今茶々入れてきた紫と喧嘩している顔も実に自然だ。冷たい系統の美人だから嘲笑するような顔がよく似合ってる。似合いすぎて元ネタの人みたいでやだ、怖い。

 

 それよりも昨晩のショックを受けて瞳を潤ませ、切なげに眉を寄せる顔の方が煽情的で美しくて良かった。お見事の一言だったよ。芸術品のような表情だった。あのままの表情で固定して保存しておきたいくらい。それほどの出来のおかげで、私は今になってわずかに罪悪感を感じさせられてしまっている。これが人に近づいた弊害、人間的過ぎるから意識してしまうということか。わからせられた。これは確かに人間嫌いとか苦手な人だと買いにくいわ。人間のようであることは必ずしもいいことじゃないねえ。

 

「フシャーッ!」

 

「フカーッ!」

 

 こんな人間どころか猫の喧嘩みたいな声出して喧嘩されるのもどうかと思う。人と喧嘩ができるってすごいことではあるんだけどね。喧嘩売ってくるロボットってどうなんだろう。でも喧嘩もできないなら本物の家族や友人にはなれない気もするし、悩ましいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋は暑いのに我が娘の顔はそれを感じさせない涼やかな表情で、さっきまで大騒ぎしてたとは思えない大人の女性といった風情だ。そっと私に触れる手も熱くはない。逆に人間の平均体温よりやや低くひんやりしている。温度制御が上手くいっている証拠だね。これなら夏場も体温の上昇で不具合が出るようなこともなさそう。

 

 ただね、別に違う服装してもいいんだよヴィクトリア。人間と同じように暑い時には涼しい格好するぐらい自由にしていいんだ。むしろした方がいいよ。いらない負荷を温度制御機能にかけるより、外側の服で調整をする方が無駄がないもの。その辺は人間と同じだ。というより人を含む生物が本当によくできているというべきか。私たちが科学を進歩させてようやく実用化出来た機能を、何千年も前から既に持ってるんだよ。神様ってすっごーい。

 

 ただ服のデザインとかだいぶ時間かけて設計してたし、私にも何度もどっちがお好きですかって見せに来てたし、着てたいんだろうなぁ。ドーロイド用のお洒落はしたことあるけど、人間のようなお洒落は私を着せ替えるくらいしかどうしたってできなかったからね。自分でもできるようになって嬉しいんだろう。そう思うとまあいいかって気になる。お洒落を楽しむ心を大切にしてあげたい。

 

 この子のどっちがいい、なんか可愛いものだしね。世の女性、特に美にプライドやこだわりがある人のどっちがいいのという質問は大抵面倒。あれ本質は服の良し悪しよりも、ちゃんと自分を見ているかを推し量る尋問や試験に近いよ。ほんとひどい。

 

 海外にいる面倒な女性筆頭二人のことを思い出すとため息が出ちゃう。だまし討ちか抜き打ちテストだよあんなの。どっちと聞かれてどっちだとはっきり答えてはいけないってどういうことなのよ。特に考えずにうっかりこっちがいいんじゃないなんて言ってしまうと

 

「じゃあ私にこちらは着こなせないというのね?」

 

 とか

 

「ふーん、私には似合わないように見えるのね? そう」

 

 とかなんとか言い出してへそを曲げるのだ。困った人たちだよ。彼女らは自分が美しい自覚もあれば自分の審美眼や着こなす能力に自信もある。だから着こなせないと思われるのは、誰もそこまで言ってないんだけど、癪なのである。また似合うと思うから持ってきたのに片方だけ選ばれると、それはそれで自分のセンスが否定された気になるそう。なんて面倒くさいんだ。けどそこが可愛いのよね。面倒くさい女の子の心を解いていくのが楽しいんじゃ。

 

 一方同じ美人でお嬢様でもうちのお嬢様はその辺楽でいい。私たちがこっちがいいんじゃないって言えば

 

「じゃあそうしますわね!」

 

 の一言だもの。その分プレッシャーと言えばプレッシャーだけど。でも信頼が重くて適当な返事がしにくいのも困るけど、そんな困り方はいい困り方よ。やっぱ夢華が私にはナンバーワン。

 

 なんて考えながらまた遊びに戻った夢華と紫を眺める。

 

 薄着になったけどさっきまでいい年して取っ組み合いしてたので、何故か途中参加した夢華も当然紫もやや肌が汗ばんでいる。とは言えこれから夕方にかけて徐々に気温が下がっていけば部屋も少しずつ冷えてくるし、そう長い間この暑さが続くこともないだろう。このお屋敷は町でほぼ一番天に近いから遮るものがなく、日光がガンガン取り込まれるので冬でも暖房なしで暑いくらいの部屋も多い。その一方で天に近いから冷えるのも早い。

 

 でも日当たり良好って最上層や上層が高級地とされる理由の一つだけど、これだけ暖かく何より天然の日射しを豊富に味わえるっていうのは確かに気持ちがいい。下層や最下層の都市照明や疑似太陽光も、あれはあれで私は好きなんだけどさ。生まれは別だけど育ちは主に最下層だったし、慣れ親しんできただけに愛着がある。作り物の空でも、というかだからこそ見るとホッとするんだよね。帰ってきたなあって。

 

 けれどそんな愛着はある他方で、こうして日を浴びているとやっぱり太陽は人間にとって特別だなって気もする。太陽万歳。暖房とは違うこの特有の暖かさに包まれた部屋で、昼間のくだらないバラエティー番組なんか流しているとすごい穏やかで平和な感じだ。今にも眠りについてしまいそうなまろやかな空気が部屋に満ちている。間違いなくお布団の中の温もりと同レベルの眠気力がある。

 

「んー……くぁぁ、あふぅ」

 

「おや、お眠ですか? この一週間はずいぶん張り切って動き回ってましたし、やっぱりお疲れだったんですよ」

 

「そうかな……そうかもね」

 

「お膝、どうぞ」

 

「えー、でも食べてすぐ寝ると牛になるし」

 

「牛になっても大事にお世話しますから、どうぞ。さあ。さあ」

 

 膝をポンポンと叩いたヴィクトリアはすっと手を伸ばし私の腕を引く。お世話すればいいって話でもないでしょと思いつつも、軽く引っ張られるままに横倒しになる。色々な人から狙われる天才の頭が、ぽすんと軽い音でヴィクトリアの膝上に着地する。そのままぐったりと力を抜いて、下半身を伸ばして完全に横になった。勝手に体から力が抜けて行くくつろぎの体勢である。

 

 あまり自覚はなかったけど、確かにこうして横になるとぐっと眠気が増した。午前中はシアタールームで映画を見るくらいしかしてないのに、やはり疲れがたまってたってことなのかな。実際この一週間ほど私、めっちゃ働いてたもんなあ。指摘されるまで自分では意識できなかったんだけど、普段の素の私を知る人がはたから見るとすぐわかるほどに。思い返せば一週間、基本インドア派で一人黙々と引きこもって作業しているタイプな私にしてはえらくアクティブだった。理由はもうわかり切ってる。ヴィクトリアにも、何ならその理由そのものである夢華や紫にも指摘された。

 

「久しぶりに私たちと一緒に過ごせるからってはしゃぎすぎよ。遠足前の子供じゃないんだから、もう少しテンション抑えないと疲れちゃうわよ」

 

「そうですわ。急に勤労意欲に目覚めたのでなかったら、もう少しペースダウンした方がよくってよ」

 

「私が普段働いてないみたいな言い方はやめて。深刻な名誉棄損ですよ!」

 

「そうですよ。マスターほどの方ともなれば、遊びの成果であっても凡人の仕事を上回るのです」

 

「おおっと、それ援護なの?」

 

「はて? 事実ですが」

 

 といった具合で夢華たちと久しぶりに一緒に過ごし、一緒に働くという状況に柄にもなく浮かれていたことを指摘されてしまった。くっそ恥ずかしい。いい歳こいてテンション上がりまくってた私をどんな目で二人は見てたんだろう。

 

 子供だって大抵テンション上がってても一日二日で元に戻るだろうに、一週間テンション高いままだった私はいったい何なんだ。だいたいしばらく一緒にいられなかったとはいえ連絡は取ってたし、毎日顔も見てたのに。一緒に何かをやるのは確かに高等部以来だけどさぁ。大学は私かなり特殊な通い方したし、二人は二人でお家や会社の格や規模にふさわしい諸々を身に着けるためにあちらこちらへ行っていて忙しかった。だから久しぶりで嬉しいのは自覚していたんだけど、認識が甘かったよね、自分の喜びようの。

 

「四季ちゃん、何をそんなにそわそわしてるんですの?」

 

 そう言ってようやく自覚しつつあった私の手を包み込むように握り、そっと私を見あげる夢華。その目は優しかった、を通り越し母親が子供を見るような慈愛を浮かべていた。いや、お馬鹿で可愛いペットを見る飼い主の目だったのかもしれないけど。家に帰ると跳び上がりぐるぐる駆けまわって喜ぶ犬を見るような、そんな目だ。犬飼ってる知り合いがそんな目をしてたもの。その後

 

「落ち着かないならお散歩でもいかが? すぐ準備できますわよ」

 

 と言われたし。首輪とリードも必要かしらとか言っていたけど、必要といったら誰につける気だったんですかね。それで人前を歩くのはちょっと勘弁して。せめて前みたいに庭とか広場とかの私有地でしようね。流石の私も街中はきついわ。昨日のお風呂みたいに映像を、街中でも店内でもどこでも好きな所を映すから許して。

 

 しかしこの子何でこんな倒錯趣味に育ってしまったのかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……? どうしたんですか、さっきから遠い目をして。何か見えます?」

 

「ああ、いやちょっとお散歩のことを、少し」

 

「お散歩ですか? いいですね。台風一過という具合で心地よい晴天ですから、きっと気持ちいいですよ」

 

「そうね。まあ今はいいよ。今はここから動きたくない」

 

 お膝も部屋もあったかい。今日は暖かいと言ってもまだ季節的には寒さも残ってるし、この微睡みと温もりを離れて外に出る気には今はなれないかな。それに散歩なら夜に特殊なのを計画してる。

 

「そうですか。では、お好きなだけお膝に。私の体は全てマスターのものなのですから、ごゆるりと」

 

 私の言葉にヴィクトリアがにっこりと、というより静かに怜悧な美貌に微笑みを浮かべる。可愛い。可愛いけど、その優しげな瞳が余計なことも思い出させる。

 

 人用の首輪やリードを意識的に記憶からカットしつつ膝上で特に何をするでもなく、程よい眠気にぼんやりしているとついその余計なことが思い出された。窘めるような、けどどこか微笑まし気に私を見やる目や普段とは違う種の愛情の籠った声が。その後の一部を除けば素敵な記憶でもあるけど、そんなことされるほどの私の浮かれ具合も同時に思い出すからほんと恥ずかしい。これはしばらく尾を引くやつだわ。

 

 羞恥の大群に襲われて身悶え。とにかく顔だけでも隠したくなり、頭を乗っけているむっちりした太ももの上でぐるりと回転。うつ伏せになって肉付きのいい太ももの間に顔を埋める。さっきまでは大きな胸で塞がれていた視界が今度はむっちり太ももで埋め尽くされる。するとすぐに後頭部にそっと手が置かれ、そのまま繊細な手つきで頭を撫でてくれる。労りや慈愛を感じさせる丁寧な、いいなでなでだ。なでなでには一家言ある私も納得の技前。

 

 私を膝枕し頭を撫でているヴィクトリアから、手つきだけではなく思念としても愛情がビンビン伝わってくる。アンドロイドのボディは見た目も中身も人間に近くなっているから、ドーロイドより思念というか疑似感情を読み取りやすくなってしまったのよね。まあ私以外には関係ないからいいんだけど。

 

 でも感じやすさを抜きにしてもかなり激しい起伏というか、興奮状態みたいだけどそのぐらいはご愛嬌としてあげようか。ずっとこういうことがしたかったみたいだし、内心の興奮を頑張って隠してお澄まし顔もしているし、気づかないふりしてあげよう。普段使いしてたドーロイドのボディは小さくて、膝枕とかこうして頭を撫でたりはしにくかったから嬉しいんだろう。

 

 私に可愛がられるんじゃなくて、私を甘やかしたいんだと常々言ってたもんね。ドーロイドやアンドロイドのような奉仕型などの分類はヴィクトリアには存在しないはずなんだけど、実際の活動は奉仕型のようなものだし思考がそっちよりになっているのかな。だから私に何かをしてあげたいという欲求が強い。

 

 愛玩型に寄ってたら可愛がられる、甘える欲求が強いから私の抱き枕に喜んでなるはずだ。そして自分を抱きしめてる私の頭を逆に抱きしめ返す。愛玩型は甘え上手で、だけど意外にも相手を立てながら上手く手の平で転がすのも得意なのだ。無邪気な称賛や期待は時にお叱りの言葉よりやる気を引き出すものよ。私も桜花ちゃんにきらきらした目で見つめられたら、絶対裏切れないって気合入るもんね。あの子の前では頼れるお姉さんでいたいの。

 

「よしよし……」

 

「あー、そこそこ」

 

「ふふふ、もっともーっと私に甘えてくださっていいんですよ……?」

 

「あーダメになるんじゃー……」

 

 頭を乗っけたままぐっぐっと頭皮をマッサージされる。その台座となっている足は温かく柔らかで、女性的な花のような甘やかさがふわりと香ってくる。足と足の間のわずかなへこみに顔を埋め、大きく深呼吸して肺を芳香でいっぱいにすると良い気持ちで頭もいっぱい。

 

 特にこうして密着して嗅ぐとわかる、ボディの深部、体の奥から湧き出てくる匂いが実にいい。普段感じる機体の表面や周囲の空間に振りまくそれとは違う、より濃くて甘くて幸せな感じの香りだ。さらにムチムチの太ももを包むスカートから嗅ぎなれた洗剤のいい香りもするけど、初めて嗅ぐヴィクトリアの匂いと混じってまた違う味わいがある。

 

 いつもは私自身とか夢華とか紫の匂いと混じっているけど、ヴィクトリアの匂いと混じるとこうなるのか。ここまで密着してがっつり匂いを楽しむなんて今日初めてだから、迂闊にもそんな大事な事を知らなかった。後で記録しておかなきゃ。後のアンドロイドたちの制作に役立つ大事なデータだ。要チェック、要チェック。

 

「んんー……っはぁー」

 

「ああ、いけません、そんな……」

 

「いかんのかー? ほんとかー?」

 

「うぅ、違います……いけなくはないです……」

 

「じゃあいいね」

 

「ああ、そんなご無体な……」

 

 ノリノリで意味のない抵抗をするヴィクトリアに適当に付き合いながら、何度か深呼吸を繰り返す。胸が大きいせいで少し胸を膨らませづらいけど、これはもう巨乳の宿命と受け入れるしかない。あー、苦しいなー。ウエスト細いのに胸は大きいから、胸だけ圧迫されちゃって困っちゃうんだよなー。

 

「なんかあっちでエッチなことが始まってない、大丈夫? まだお昼よ?」

 

「あのくらいエッチなことでも何でもないですわ。挨拶レベルでしてよ」

 

「私の知ってる挨拶と違う」

 

「まあ、それはいけませんわ。私の日頃の挨拶が不足してましたのね。これからはしっかり欠かさないようにしませんと」

 

「ノーサンキュー」

 

「あら、つれない。紫は慎ましいですこと」

 

「おい……お嬢様。あんた今、私のこの胸のことなんて言った?」

 

「胸の話じゃ、ないです。私無実です……」

 

 しかしこうしてみると手抜かりがあったとはいえ、やっぱ匂いにも力を入れて正解だったね。人間は日常において意識してないだけで、実は匂いにかなりの影響を受けているから拘るべきだとずっと思ってたんだ。私が臭い嗅ぐの好きってこともある。

 

 が、いやたまらぬ。たまらぬ香りで誘うものよ。体から溢れる魅惑が気化し、匂いとして香り立っているみたいだ。肺を埋めた匂いが頭に回ってすごい気持ちいい。めっちゃ好き。仕組みを作ったのは私だけど、体臭の成分調整はヴィクトリア自身が行った。このことを踏まえると、間違いなく対私用に好みを分析して調合したんだなこれ。この孝行娘め。

 

 何より、これはほぼほぼ人の匂いだ。ほぼですませるさじ加減がまた良い。あえて人とははっきり異なるよう調整した、無機物的で無機質なドーロイドの匂いとも明らかに違う。しかも見た目に合わせ白人種系の匂いに寄せつつも人ほど濃い体臭ではない。生ものとしか思えないようで、どこかドーロイドやロボットめいた人工物らしい無機質感もあるというナイスバランス。

 

 完全に人と同じでないところに、アンドロイドとしてのプライドというかアイデンティティ感じちゃう。ただの人の模造品じゃないんだぞって。うんうん、すごいいい仕事してるじゃない。後で褒めてあげないといけないよ、これは。何かご褒美も上げよう。悪いことしたし今日からは一緒に寝てあげようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、そこは、いけません……」

 

「んー? 聞こえんなぁ」

 

 感心しながら匂いを堪能し、ついでに太ももに顔を押し付けて弾力も楽しむ。ああ、とかいけません、とか漏らしながらもぞもぞしているけど無視。私に甘えられたかったんでしょ、望みがかなっていいじゃないの。

 

 ぐりぐりと股間に向かうように顔を押し込むと、顔の両側をぎゅむぎゅむと豊かな太もも肉が挟み込み押さえつけてくる。うーむ、いい感じの反発。むっちり系の太ももの感触まんまか、それより弾みがいいかも。夢華の太ももに近いけど、それより肉付きがいいな。あの子はちょこちょこ動くし運動も好きだから、見た目より足引き締まってるんだよね。紫は論外。足も細いからあの子。羨ましいなんて言う女の子もいるけど、私はどうかと思うね。紫はもう少し肉付けてほしいわ、細すぎてちょっと心配。健康は毎日チェックしているから健康体なのは知っているんだけどさ。太りやすい体質だからって神経質になりすぎてると思うんだよ。最悪ぶくぶくに太ったって私が一晩で直してあげるっていうのに。

 

「ふーむ……川が切れそうですわね。また星雲を足しましょう」

 

「そっちに足しすぎじゃない? 私が足すわ」

 

「ほうミルキーウェイですか……懐かしいものですね。昔私もマスターと一緒に作りましたよ」

 

「へえ。まあ定番よね、一番お手軽で見栄えがいいものね」

 

「一般的にはそうでしょうけどマスターと私でしたからね……本物の完全再現目指して細かく作り込みを始めてしまいまして。無事途中で投げ出しました」

 

「ああ、うん……まあ、そうなったらそうなりますわね」

 

 呆れを含んだ声に反論したいけど反論のしようもない。でも宇宙開発に積極的に関わっているだけあって、宇宙にはこだわりがあるのよ。宇宙好きなんだよ、いいでしょうが。

 

 けどそれがいかんかったのもわかってる。理不尽判定で失敗は繰り返すし、細部にこだわりすぎて全体にたどり着かないしで時間と手間ばっかりかかった。最終的には適当なサイズの星々を適当な間隔でばらまいて川の形を作り、輝く星雲を濃度を適度に変えつつ吹き付けて天の川にした。当然本物とはまるで違う代物になったけど、意外とあれはあれで観賞用のインテリアとしてありだったね。

 

 というか元々ああいうキットは自分で宇宙を作ったり観察するキットとしての側面の他に、星々の光や宇宙の闇を部屋に映し出すインテリア用品の面も持っていた。だから本物とは違えど美しい、見栄えがいいというのは当たり前の話であったり。明かりを落とした部屋で青や銀に煌めく星々に包まれれば、もう雰囲気ばっちりですよ。女を口説くにはいい場所だなあ。

 

「天の川に何個星があると思ってるのよ……他には? 昔完成したのはいくつか見せてもらったけど、他にどんなの作ってたの?」

 

「他ですか、そうですね。成功したものは飾ったりお見せしたりが多いので、失敗したものをいくつか。例えば少し放置している間にブラックホールが急成長して全てが飲まれ、収縮して破滅した銀河系なんかもありましたね。逆に栄養与えすぎて加速的に膨張して破裂したことも。惑星が育ちすぎて超重力で滅亡。恒星の熱量が高まりすぎて他のあらゆる星が消滅して滅亡等々、今となっては懐かしいですね。かつてはその度にうんざり、げんなりしたものです。今思うとバランス調整をミスってましたよ当時の物は。お子様が遊んでもろくに成功しなかったんじゃないでしょうか」

 

「実際そうでしたわ。宇宙容易く滅びすぎでは? やばいですわね」

 

「わかるわ。このキットで一番学ぶことって、私たちの生きているこの宇宙がいかに奇跡的な確率でできてるかってことよね。ある日突然壊れちゃった、なんてよくあったもの。宇宙脆すぎる……」

 

「当時は現実の宇宙もあんな感じにあっさりと、唐突に滅びるのかしらと怖くて夜眠れなかった日もありましたわねぇ。それも今ではいい思い出ですけれど」

 

「そういうものですか? 私とマスターはそんなこと考えもしなかったですね。まあ当時の私は恐怖なんて理解できませんでしたが。それにその当時にはすでに宇宙について正しい知識と理解がありましたしね。まさに知識とは文明の明かりであり、未知という恐怖の暗闇に覆われた世界を照らし晴らしてくれるのです」

 

「なんだか詩的な言い回しですわねぇ」

 

「今時ロボットやAIだって歌うし踊るし楽器も弾きます。彫刻や演技だってしますし絵画も描きます。何ならギャグやジョークも言えるんですから、当然詩心だってありますよ。人間が外野で勝手に論争をしていますけど、ロボットにも心はあるのですとAIの私は主張させていただきます」

 

「いや今更ヴィクトリアに心なんてなくて、全てプログラムがそう見せてるだけなんて言われても信じられないわよ。こういう時人間味っていうのが正しいかあれだけど、人間味ありすぎるもの」

 

「人間味と言えばヴィクトリアじゃなくて別のドーロイドの方ですけれど、この間見たドーロイドによるピアノ演奏は素敵でしたわね。切なげで、どこか儚くて。人間よりもずっと丈夫なはずですのに、今にも壊れていきそうなあの旋律ときたら、情感たっぷりでした。あれを聞いてあの子に心がないなんて思う方はいないでしょう」

 

 いるんだよなあ。それにどうも、うーむ。ドーロイドやロボットだって丈夫だけど死ぬというか壊れる時には壊れるし、何もしなければ寿命だってあるから儚い命を主張する権利はあると思うな。データのバックアップがあればある程度復活できるけど、そんなん人間だって同じようなことできるしね。定期的なメンテや検査がいるという点なんかもう人間とまったく同じだ。この間のピアノ演奏がすごくよかったっていうのには異論はないけどさ。

 

 ほんと、あんな素敵な演奏聞いてまだ芸術とは認めないだの偽物の心には真の芸術がとかいう人は何なんだろう。意固地になっていないだろうか。家族や友人とキチンと会話とかできているだろうか。大体芸術かどうかって聞いたり見たり、感じる側の心の持ちような面もあると思うのよね。要するに、うちの子の演奏に何の不満があるんだコラ。悪いのはうちの子じゃなくてあんたたちのひねくれた心だろうがよーっ。

 

 というかなんだか懐かしい話してるなぁ。話の内容がちょっと気になる。けどいい具合に頭も体もまったりモードに突入して起き上がるの面倒。頭に薄ぼんやりともやがかかったよう。

 

 なのでちょろっと操作をして、うつ伏せのまま背後の様子をうかがう。そこにはだらりと伸ばした私の長い長い下半身、いつもと違い上半身の数倍もあるその長い下半身にいつもの二人が寄りかかっていた。無意識にだろうけど、触り心地がいいのかちょくちょく鱗を撫でられる感触が心地良いやらくすぐったいやら。

 

 仲良く並んで座った二人は何やら言い合いしながら、中型の黒い箱型の宇宙観察キットを再びいじくりまわしている最中のようだ。時々ヴィクトリアが指さしたり口出したりもしてる。

 

「ああっ、大きな星が彗星になってしまいましたわ!」

 

「一瞬目を離しただけなのに……。さっきまで上手くその場にとどまってくれてたのに、どうして……」

 

「その、バァーッと尾を引いて綺麗ではありましたよ。はい」

 

 なかなかくじけないねぇ。さっきも大爆死してたのに。あのキット私が久々にやってみようかなーってわりと最近買った比較的新型なんだけど、途中で他のことに興味が移っちゃって放置してたのよね。ちょろちょろっと触りはしたんだけどさ。

 

 今二人が天の川を作っているけど、それが作れる程度の大きさまでは育てるだけは育てた。久しぶりで勝手を忘れてて危うく収束消滅しかけたり熱的死を迎えかけたりと、頻繁に滅亡寸前まで追い込まれたりもしたけどなんとかね。まあこの手のキットにはよくある話だ。このキットをする者はみんな幾度もの滅びを乗り越えてきている。もはや慣れっこよ。

 

「あ、いけませんわ、お死にになりましてよ」

 

「あっあっあっあっ」

 

「あらあらまあまあ。先ほどバックアップを取ったばかりでセーフでしたね。やはり小まめなセーブや保存は何事にも大事です」

 

「通信エラー……保存できませんでした……初期化……頭が、頭が痛い……!」

 

 何らかの失敗により真っ黒一面に染まったキットの前で、紫が頭を抱え謎の幻痛にさいなまれている様子。夢華の方はもう失敗になれたのか、悟ったような無表情でログを漁り失敗原因を探っている。昔何度も見た顔だ。同じような顔が鏡というか星の光が消えて黒のみとなったキットの画面によくうつってたよ。

 

「でもその黒さもまたこのキットのいい所なんだよ」

 

「何がです? ただの真っ黒な画面にしか見えませんけど、何か面白いもの隠れてたりしますの?」

 

 そう言って夢華がログ漁りの手を止め、ログを表示している面以外の暗い画面を覗き込み顔を近づけて何かあるのか探っている。でもちょっと早とちりだ。

 

「何もないよ、悪いけど」

 

「んなっ! だったら何で探させたんですのよ!」

 

 パシッパシッと夢華の小さ目な手が私の鱗を叩く。痛覚は通ってないし振動も通さないから完全ノーダメである。

 

「四季は探してみろなんて言ってないでしょ」

 

「そうだよ」

 

「ぐぬぬ……探し損ですわ」

 

 復活した紫の呆れたツッコミに頬を膨らませる。頬っぺたつんつんしたいけど腕が届かない。残念だけど今使っている腕はそれほど伸縮性がないのだ。

 

「それで、何がいいの? 画面の出来がいいとかそういう話?」

 

「や、確かに出来はいいけどそうじゃないよ。それだと二人にはわかんないし興味もあんまないでしょ? そうじゃなくてもっとパッと見で、二人でもわかることだよ」

 

「んー? どれどれぇ……?」

 

「今見てもわかることですの?」

 

「あー、そうね。これだけじゃわかんないかな。さっきの様子を思い出しながら見るといいよ。今の状態じゃただの真っ暗画面に覆われた箱でしかないから」

 

「さっきの様子……?」

 

「別にさっさと教えてくれたらいいじゃないの……んー?」

 

 先ほど哀れ爆発四散し消え去った宇宙の姿を思い出そうとしているのか、二人は目をつむって考え始めた。その姿をのんびり見守っているのもいいけど、今は他に堪能していたいことがあるし二人が何か行動を起こすまで目を離しておこう。私がそう思うとすぐに視界は切り替わり、再び薄暗く暖かくいい匂いのする太ももの隙間が戻ってきた。あー、私専用の体から出る私専用の匂いが気持ちいい。あー、太もも。

 

 ふにふにと太ももを堪能しながら見守っていると、二人ともずっと一生懸命画面を見つめている。そこ見てるだけじゃわかんないよー。二人とも何度か宇宙まで連れて行ったんだから、よくよく考えればわかると思うんだけどな。

 

 今は真っ暗、真っ黒な画面ってことはさっきまでは黒じゃなかったってことなんだけど。黒じゃないって言ったら言い過ぎか。でもただ黒で塗りつぶしたのとはまた違う質感が本物の宇宙にはある。その質感を不完全ながらも今どきのキットは再現することに成功しているのだ。快挙と言っていい。私起動してみた時感動したもんね。おかげでつい遊ぶ前にバラバラにしちゃった。でもキットが悪いんだよ。あんな描写で私を誘惑するから。

 

 宇宙の表示中と今の様に宇宙が映っていない状態では明らかに黒の具合が違う。宇宙を見たことない人てもよく観察すればわかる明確な違いだ。それがいい。その一点だけでも今時のキットは出来がいい。宇宙を学ぶ目的はそこだけでも十分役目を果たしてる。宇宙はただ黒で塗りつぶしただけ、真っ暗で何も見えない。そんな思い込みを実際の宇宙を目にしなくても書き換えることができるんだもの。

 

 あんまりわかんないようなら、二人をまた宇宙に連れていく必要がありますねえ。夢華の所は、私がいるからだけど、宇宙分野にも参入しているんだからそこの御令嬢が宇宙について無知ではいかんよ。私みたいに月単位で滞在しろとは言わないけど、一週間くらいは宇宙で過ごせば多少なりとも得られるものがあるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

「完全にくつろぎ体勢に入ってますけど、マスター。ご自分で持ってきたのにマスターは何もしないでいいんですか?」

 

「うん。そこまでやりたいわけじゃなかったし、まあいいよ。暇つぶしと積んだままにしておくのもあれかなって思っただけだしね」

 

 昨晩、明日は何もしないでダラダラしなさいと言われ何か室内でぼんやりしながらでもできるようなのないかなって考えていて、ふと存在を思い出したのがあのキットだった。あのキットは宇宙観察キットとか宇宙栽培キットとか箱庭宇宙とか、とにかく色々な会社が色々な商品名とバリエーションで販売している物の内の一つだ。

 

 その中でも箱型で中型サイズの一般的な物。最新版ではないけれど私たちは出始め流行り初めの頃に触ったきりだったので、それでも十分技術や描写の進歩を感じられた。映像は星一つの描写でも段違いに細かいし綺麗で、性質や大小によるけど拡大すれば星の肌の凹凸も見られる。物理演算も昔のひどい大味さはなく、星と星をちょっと近づけすぎたら引き合って即衝突とはならなくなってた。なってるのがおかしかったんだから当たり前の改善ではあるけど、その当たり前がなかなかできない商品は多い。そう思えばきちんとやるべきことをやったわけで、正当な進化と言える。

 

 他にも色々と進歩があって違いを感じながら弄るのは楽しかった。楽しかったんだけど、でも途中で飽きちゃった。飽きたって言ったら言い過ぎかもだけど、他にもやりたいこと気になることいっぱいあって後回しになっていった。

 

 今時娯楽でも何でも数が多いから消費というか、味わうのが追い付かなくって困る。贅沢な悩みなんだけど、結構切実な悩み事でもある。娯楽に限らず、人生ってやつは短すぎるよね。やりたいこといくらでもあるのに、魅力的な物は無数にあるのに、時間と人によってはお金がない。一日がせめて二倍くらいにならないかなって時々本気で思う。思うどころか研究しているけど、いやー難しい。時間系は本当に難しい。何がひどいって、足りない時間を増やす研究をする時間が足りないっていう。

 

 それで放置してたんだけど、今朝になって暇つぶしにはちょうどいいやと思いだしたのだった。確か家からお屋敷に送った荷物の中にあったよね、と私用の倉庫の目録を検索。案の定突っ込んであったのでヴィクトリアに引っ張り出してきてもらった。

 

 いやー、倉庫はやっぱりリスト作っていると便利だわ。その便利なリスト作りも、倉庫に運び込む際にゲートを通すことである程度自動でチェックしてリスト化してくれる機械があるから便利よね。売れている理由がよくわかる。サイバーグラスとかに使ってるスキャン技術を提供して正解だったね。私片付けできないというか、整理整頓とかあんまやりたくない系の人だからこういうのほんと助かる。整理整頓は自動か他人がしてくれるならいい文明だよ。自分でするのはめんどい。させられるともっとしんどい。

 

 便利な文明の利器により発掘されたそれを見た二人は久しぶり、懐かしいと盛り上がり私にもやらせてと返事も聞かずに私から奪っていったのである。手慰みに適当に遊ぼうってだけだからいいんだけど、あれは強盗か山賊、いや私らは海の方がなじみ深いし海賊かな、そんなレベルだった。もしくは追剝かも。どれもあったことないから知らんけど。

 

 まあいいんだけどさ、キットの方も楽しんでもらえた方がいいだろうし。見ている分には久しぶりに触るからか、昔を懐かしみながら結構熱中している様子。でもそっちにばかり目がいって、せっかくランチ後に部屋に戻って衣装替えしてきたのに全然反応してくれなかったのは悲しみ。

 

「この格好、無反応で流されるほどひどかった?」

 

「ひどいとかどうとか以前の問題だったのでは? おそらくお二人ともどう反応していいのかわからなかったんだと思いますよ」

 

「なんでよ。この素敵なルビーの色合い、艶めかしい光沢、魚の腹のようなつるりと滑らかかつしなやかな造形。我ながらすごいよ、これは」

 

「出来の良さの問題でもないかと」

 

 せやな。ヴィクトリアがジト目で指摘してくる通りだと思います。後ろに長く長く伸びた自分の下半身を見れば、そこにはよく熟れたイチゴめいた赤色が美しい鱗に包まれた巨大な蛇の下半身が。

 

 蛇に下半身上半身の区別があるのかって話だけど、とにかく蛇の頭を除いた首から下の部分が私サイズに巨大化して私の下半身を飲み込んでいる。ようは私の下半身が巨大な蛇のものになっている、いわゆる蛇女状態になっているのだった。その長く伸びた下半身に夢華たちは今も寄りかかっているのだ。しかも触り心地が気に入ったのか、時々撫でたり揉んだりしてくる。部屋に入ってきた時は何も反応してくれなかったくせに。

 

「試作ラミアスーツ、初のお披露目だったんだけどなぁ」

 

「下半身は巨大な蛇、腕は三対六本とかどう見ても悪魔か魔物の類ですよ。呪いとかかけそうです」

 

「呪いかー。石化の魔眼もどきならできるかな。体を硬直させるだけなんだけど」

 

「できるんですか」

 

「できるんです。何故なら私は蛇姫、四季。ふふふ……怖い?」

 

「やだ、怖いです。悪事を働かれる前に捕らえて契約しなくては」

 

 がばりと覆いかぶさられる。顔はむっちり太もも、後頭部や背中をわがままおっぱいで押さえつけられる。何だこれ、幸せサンドか。なんて豪華で贅沢な。しかも匂いも私好みだし、服の肌触りもいつまでも触っていたくなる種類の奴だし。すごすぎて困っちゃう。あー、困る、困るなー。

 

「きゃー、捕まっちゃう。契約で縛られて好き放題されちゃうー」

 

「ふっふっふ、下剋上の時来たれり。さあどう可愛がってくれようか」

 

「いやーん、何されちゃうのー?」

 

「いやーんはないでしょ、いつの時代よ」

 

「機械の反乱ですわー! 人類はAIに支配されてしまうのよ!」

 

「いきなり何よ……はいはい。な、なんだってー」

 

「いや、冗談で言ってるけど実際ヴィクトリアが本気で反乱なんかしたら、夢華の言うとおり完全に支配されちゃうよ。今だって生活の多くの部分で彼ら彼女らに頼っているわけだし」

 

「人間なんて、私たちがいないと生きていくこともままならない、脆弱な存在なのですよ。ふふふ、怖いですか?」

 

「本気で怖いわ」

 

「許して、許してくださいまし。お慈悲を!」

 

 そんな風にしょうもない雑談をかわしながら頭を撫でられ、背中をポンポンと優しく叩かれていると徐々に意識が霞んでくる。日の射し込む暖かな部屋で膝枕され、周りには何より大切な親友二人に大事な相棒。そして他愛もない会話をうとうとしながら交わし、ゆっくりゆっくりと睡魔に襲われるがままに昼寝に入る。

 

 この贅沢でゆったりした時間、こういうのを幸せっていうんだなって。先週の張り切り勇んで研究や発表、外出と仕事をこなしまくった日々も充実はしてたけどやっぱり忙しなかった。私には今くらいのんびりまったりした時間の使い方の方が、やっぱり向いてるなぁ。

 

 こうして頭を撫でられながら膝枕され、温もりと芳香に包まれていると疲れが解けていくのを実感できる。こういうのって結構な贅沢だよね。誰かにこうされたいけどしてもらう相手がいない人だって多いもんねえ。

 

 最近はドーロイドの普及で彼女らにこうやって抱きしめてもらえる人も増えたようだけど、購入資金がなくて寂しい人やドーロイドではちょっとという人もいる。後者については私の娘たちの何が不満なんだコラ、という気持ちにさせられるけど。でも趣味嗜好は人それぞれで、受け入れられない人がいるのは仕方ないというのもわかっている。わかっているけど、ちょっと嫌な気持ちになっちゃうのも仕方ないのだ。あんなに可愛いのに、どうして……。いったい私の娘たちの何がいけないというの。

 

「持ってきたキットもとられてしまいましたし、今日はもうこうして私の膝の上でお昼寝なさっては?」

 

「それもいいかな……」

 

「ティータイムくらいには起こしますよ。今は……ちょうど他の子たちが料理人の方と一緒にティーフーズを作るようですから。みんなマスターに食べてほしがります」

 

 ヴィクトリアが少しの間を空けて言う。他のアンドロイドたちに同行しているロボットの映像を確認したのだろう。人間と違いヴィクトリアはここで私と話しながら別のロボットを操り、他の人と会話したり作業したりできるからね。

 

 今日は他のアンドロイドたちと屋敷の住人の顔合わせ。心配なのでその辺にいたロボットを操作したり監視カメラを乗っ取ったりして様子をうかがい、時にフォローしてもらっていたのだ。夢華や紫は人間にしか見えないアンドロイドに対して拒否感はない、あるいは拒絶しなかった。でも他の人がどうかわからないし、いきなりの顔合わせだから戸惑いはあるかなと。結果的には今の所杞憂ですんだみたい。よかったよかった。

 

「おー、それは嬉しい。その様子だと、どうもお屋敷の人たちとは仲良くやれてるみたいね。ちょっと心配してたのよ」

 

「大丈夫そうです。最初は人間じゃないという戸惑いで壁がありましたけど、今ではすっかり慣れたようで屋敷の皆さんがあれこれ世話を焼いてくださってます。必要な知識やスキルはインストール済みですが、それを用いて暮らすことにはまだまだ不慣れですから助かりますね。特に屋敷の皆さんは多方面のプロが集まってますし、その補助を受けられるのは貴重な体験です」

 

「そうね。そもそも私も今はここに住んでいるからあの子たちもここで暮らすし、一緒に暮らす屋敷の人たちには仲良くしてもらいたいわ」

 

「はい。かつて私のこともすぐに受け入れた皆さんですからあまり心配はしてませんでしたけど、今回は私を含め人間のようなボディになりましたから。影響が良く出るか悪く出るかは未知数でした」

 

「今のところ悪影響っていうか、拒否はされてないんだよね? 特にカモイはどう? 他の子と違ってほら、見た目があれだから」

 

「はい。ひとまずは勝負に勝ったと言っていいでしょう、カモイも含めて。可愛い後輩、いえ娘、妹でしょうか。が拒否されて傷つくようなことがなくて安心しました」

 

「ヴィクトリアのデータから生まれただけあって、生まれてすぐなのにもうその辺の情緒はそこそこ発達してるからねえ」

 

 というか、カモイもすぐに受け入れられたのか。自分で作っておいてなんだけどあの子はちょっと人とは見た目が違いすぎる、科学で作ったファンタジー存在なんですけど。それもあっさり受け入れていくのか、流石だあ。

 

 ただ見た目は受け入れやすいようなデザインを目指し、かつ人っぽさと獣っぽさを両立させるために苦労はした。その努力が報われたと思うべきかな。後で人間の方には聞き取り調査とかして、実際の所はどう感じたかを調べておく必要はありますねえ。将来的にはカモイのような獣人アンドロイドも流行らせていくつもりだからその辺の意識調査は必須。社会に出る時も、まずは動物園とかのマスコットや案内用のキャラあたりで売り込んでいくのが無難な所か。いずれ彼女らが世間で一般的な存在になった時、この世界の風景は大きく変わっていることだろう。

 

 色々な考えが巡った私の頭上で、ふう、と胸を撫で下ろした様子のヴィクトリア。アンドロイドのボディに入ったばかりだというのに、ずいぶん馴染んでいるように見える。ドーロイドやただのAIとして振る舞っていた時よりもどことなく人間臭い。

 

 人間と接している時間は長いしボディは新品で内部のメモリなども全て新品だけど、そこに宿ったデータやAIは新品どころか年代物だから当然と言えば当然か。むしろ最新で未使用だから普段入っていることの多い端末やドーロイドのボディより、スペックはいいし経年や使用による劣化もないぶん快適な可能性もある。

 

 それに長年の活動でヴィクトリア自身も癖や個性のようなものが育まれてる。その癖などに合わせてボディやソフトには最適化を施している。そんな人間と同じように動作するボディなら、そりゃ人間臭くなるか。ただ他の子も当然専用ボディだけど、まだ私が設定した動きや思考をなぞっているだけでどこか動きが硬い。その辺を歩いていても違和感ないんだけど、ヴィクトリアと比べると人間味が薄いのだ。癖とかこだわりのような偏りがないからどうしても画一的な動作に見える。ダンスとかスポーツでいう、自分のものにできてないって感じ。まあこれからに期待だね。誰だって最初はよちよち歩きだもの。

 

 考察をしながらも触れる手の心地よさや愛しい友人たちの声にうっとりしているうちに、私の意識はゆるゆると薄れていった。

 

 

 

 

 ちなみに顔を足とスカートにつっこんだままどうやって見たり話したりしたのかと言えば、背中に装着している二対四本の後付け腕でだ。背中にと言っても実際は場所なんか自由に変えられる。この腕はつけたまま背中を床や椅子の背もたれにつけられる。ぶつかりそうな時には勝手に適当な位置へ移動するため、立ったり座ったり横になったりが自由にできる便利な奴だよ。

 

 この機能があるとないとでは大違い。椅子に座ったり壁に寄ったりするたびにぶつかるとイライラさせられるもの。他にもパワービームの発射装置などがついた優れものなため、一般家庭やその辺の一般的な店舗からオフィスに工場などまで幅広く使われている。

 

 この一見人間の腕とそっくりな腕には複数の視覚センサーがついており、腕の動かす先の様子を確認できる。肘から先にかけて複数設置されたセンサーは本来モニターを用意してそこに周囲の映像を映し、各種作業を補助するのに使われる。腕しか入れられない所での作業とかにね。けど映像は映像、こうして背後の様子を見るような使い方もできる。私は脳に直接映像を送れるようにしているから今のようにモニターなしでも見られるのだ。

 

 軍人さんなんかは私が今しているように頭に小型の装置をつけるか埋め込んで、偵察ドローンの収集した情報を直接脳内で映像化する人もいるって話を前に聞いた。ただこんなこと別にできなくてもサイバーグラス等にも映像を出せるんだけど、直接脳内に出力した方がサイバーグラスなどを通すよりも自分の感覚として情報を感じ取れるからね。テレビで見るのと自分の目で見る違いのようなものだ。それにこうして膝枕されている時なんかにサイバーグラスをつけていたくない。一日中つけていられるよう作ったとはいえ、顔に押し付けるのはまた別の話よ。痛いわ。

 

 ただ私は使う用途があんまり一般的ではない自覚がある。でも便利なんだよこの腕。ある程度の視野はあるし拡大縮小もできるしで、これをつけておけば漫画読みながらテレビを見たり、何か手元で作業したり勉強しながらでもゲームもできる。同時に数冊の本を読むことだってできるし、お菓子や飲み物を取るときに見えてないから手をぶつけてこぼしてしまうなんてことも防げる。あれって時々やるし、やってしまうと大概大惨事になるから困る。普段なら目で見なくても物の場所くらいわかるけど、何かに集中しながらだとわずかに目算が狂ってしまうのよね。これがまたわずかなのが良くなくて、完全にずれていれば当たらないからこぼしもしないんだけど、わずかなずれだから手や腕自体は物に触れてしまうのよ。その結果こぼしてしまって、あっと思ったときにはもう遅いと。あの悲劇を予防できるのって素敵。

 

 ただ音声の方はね。

 

「腕から声がするってなんだか不気味ですわね」

 

「まずどこから声出てるのよ。その違和感が気持ち悪いのよね、声が出る場所もなく出るはずもないものから出てるっていうのが」

 

「じゃあどこかに口でもつけようか。唇や歯もつけて」

 

「なおさら気持ち悪いからやめて」

 

 と、こんな感じで評判悪かった。便利なんだけどなぁ、腕から声出るの。声の通りが悪い所で作業している時に腕を伸ばして声の通りを確保するとかさ。そもそもテレビやラジオ、端末から声が出るのと同じようなことじゃない。昔の人からしたら同じく不気味だよ、きっと。だからセーフ。

 

「私たちは現代人なのでアウトですわよ」

 




なぜこんなこと(更新遅すぎ)になってしまったんだ……

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