勇者が魔王の居城へやって来たが、たった一つだけ違うことがありました。

なんと、勇者は生まれたままの姿だったのです。

1 / 1
勇者がマッパでやって来た!

 『和やかな雰囲気で歴史的和解を遂げた』と、とある歴史書にはそう記されている。歴史文献は後世の人などが書くものであり、それは、勝者の視点で記される。

 だが、当事者にとってみれば、和やかとは程遠いものだった、のかもしれない。

 

◇◇◇

 

「魔王様!! 勇者は既に四天王を打ち倒し、魔王の間の手前まで攻めて参りました!」

「お嬢! ここはもうダメです! お嬢だけでもお逃げなすって!!」

 

 矢継ぎ早に伝わるよくない知らせに、側近達が慌てふためく。

 

「たわけ! 魔王たるもの、部下を捨て一人おめおめと逃げおおせるか!」

 

 狼狽する側近達を余は一喝した。余の政権始まって以来のピンチである。

 言うまでもなく我々魔族と人間の歴史を紐解けば、争いの絶えない間柄ではあった。

 しかし大半の争いは互いの領土境界での小競り合いがほとんどだったし、人間如きに余の眼前まで迫るほどの力があるとは思っていなかった。

 確かに、色気を出して人間の領地にちょこっと手を出したのは謝る、ほんと謝る。

 それはそれとして、この仕打ちはあるか!?

 人間の勇者とか言うやつ、単身我等の領土まで乗り込んできたと思ったら、余の部下たちを軽々ぶっ倒しまくって遂に我が居城まで攻め込んできたぞ!?

 気付けば先程伝令に来ていたキング・ジェネラルも撤退を勧告してくれたゼヒニ・オヨバズも勇者討伐に向かったまま戻ってこない。

 いよいよ年貢の納め時と、余も覚悟を決めねばならぬのか……。

 重厚な扉が開かれる。そこに現れたのは剣と盾を携えた、人間の男が一人。

 

「貴様が魔王か! 世界の平和のために、この俺が貴様を倒す!」

 

 よく通る声で人間の男が余に対して叫んだ。

 

「よく来たな人間の勇者よ! だがしかし、その前に言いたいことがある!」

 

 そう、この愚かな人間の男にひとつ、言ってやらねばならぬことがある。

 

「パンツくらい穿け!!!」

 

 いやなんで全裸なんだよこいつ。仮にも淑女たる余の眼前だぞ? 男の裸なんて幼少期にお父様のを見た時以来だ。目のやり場に凄く困る。

 

「俺だってせめて下着くらいは穿きたかったが言い訳がある」

「なんだ、言ってみろ」

 

 何となく下の方に目を向けないように勇者を見る。

 

「どこかで見た映画に出てきた人物イメージしたらこうなっちまったんだよ。確か、『新〇の種馬兼スイーパー』が出てくる」

「どう言うことだよ!?」

 

 どう言うことだよ本当に。

 

「確かそんな場面があってな」

「……心底どうでもいいわ」

 

 いや普通に服着ればいいじゃろ。バカなの?

 

「いや、意味わからないんだが、人間の町とかで売ってる服とか着られなかったのか? 何だったら我々魔族の街にも仕立て屋はあったと思うけど」

「いやね、……服を買ってみたりダンジョンで鎧を拾ったりしたが装備することができなかった……」

 

 ……なんだこのバカは。

 

「気の毒にな……。いや、そもそも、全裸で町を歩いて何も言われなかったのか……?」

「いやな、俺が全裸なことはガン無視だったぞ。加えて言うが、今まで倒してきた魔族にも何も言われなかった」

「そっかー。それはそれでちょっと悲しいな。あと、部下達については再教育しておくからそこは許して」

 

 正直人間の勇者一人にここまで攻め込まれたのなら滅ぼされても仕方ないとは思うけど、全裸の奴にだけは滅ぼされたくない。

 

「で、お前は全裸に武器と盾だけで、余の軍勢を倒してここまで来たというのか……」

「うむ。ただ、一応剣と盾は持っているのだが、鍛えすぎてほぼ意味がない」

「いや、お前はもう勇者じゃなくて鍛え抜かれた身体だけで魔王軍を壊滅させた、ただの変態だよ!!」

 

 せめて「勇者が強過ぎて負けました」くらいの言い訳は残しておいてくれよ!!

 

「しかしだ、お前の部下にも全裸の奴いたし、肉すら身につけてない奴もいたぞ」

「いやほら、アレはアレだから。スケルトンとかだから。ああ言う生き物なの。生きてるかどうか分からんけど」

 

 いかん、このままじゃ相手のペースに巻き込まれるだけだ。勇者だってここまで来るのにかなり消耗しているだろう。

 

「と、とにかくだ、よくぞここまで来た勇者よ! 褒美としてこの魔王自らが直々に、貴様を葬ってくれよう!」

「世界の平和のために俺は負けるわけにはいかない! たとえこの身が滅びようとも、貴様を討つ!」

 

 杖を構える余と実質意味のない剣を構える勇者。歴史を塗り替える激闘が、今、まさに始まる……!

 

「あー! やっぱり服着てくれよー!! まともに戦えるわけないじゃんかー!!」

「俺だってせめてパンツくらい穿きたいわ!」

 

 勇者がツッコむ。いやごめん。ほら余はちゃんと腰巻とか巻いているし。だからそんなゴミを見るような目で見ないでくれませんかね……。

 

「ええいうるさい! 『ダーク・ブラスト』!」

 

 闇の魔力弾を放ちながら距離を取る。そしてすかさず反撃が来る。

 

「くっ!?」

 

 かろうじてガードはしたものの、ダメージは免れんかったわ。

 まったく、厄介なことこの上なしじゃのう。しかもこっちの攻撃は全て避けられるか防がれてしまうというおまけつきじゃ。

 おかげで攻撃らしい攻撃をまだできておらぬ。これではジリ貧もいいところじゃわい。

 こうなったら仕方ない。あまりやりたくはないが奥の手を使うしかないみたいじゃな。

 

「ちぃっとばかし本気を出すからのう! 死ぬでないぞ?」

 

 そう言って余は両手を大きく広げる。するとその手の間に巨大な魔法陣が現れる。

それはまるでブラックホールのように周囲のものを吸い込み始める。しかしただ飲み込むだけではない。徐々にではあるが、確実に相手の体を蝕んでいく。

 通称『デスホール』。いくら奴が強いと言っても不死身のはずがない。必ずどこかに弱点があるはずだ。それを暴き出しさえすれば勝てる!

 ……のだが、ここで予想外なことが起きた。なんとその黒い渦が消えてしまったのだ。

 

「ふぅ、危なかったぜ……」

 

 そこには息を切らせながらも平然と立つ勇者の姿があった。

 嘘じゃろ……? まさかさっきの技を防いだのか? あんな一瞬でどうやって……? まさかとは思うが、実は最初から発動していたスキルの効果なのか? 確かにそれならばあの謎の現象の説明がつく。

 だがそうなると今度は別の疑問が生まれる。なぜ今まで使わなかったんじゃ? あれを使えばもっと楽に勝つことができたであろうに……。

 ……もしや余との戦いを楽しんでいただと。だとすれば、提案する価値はありそうだ。

 

「なあ、そこまでの力があるなら、平和的に生かしてみたらどうじゃ?」

「えっ!?」

 

 余の言葉に怪訝な表情をする勇者。そりゃそうだろう……。いきなりこんなこと言われたら……。

 

「実はな、人間世界でも別の顔を持っているのじゃ」

 

 耳打ちをする。最初は驚いたが、利点を吹き込んだら、勇者も承諾した。

 

◇◇◇

 

「――上がった!!初球打ちだ!!ボールはレフトへ高く上がる!!これは間違いなく入ったぁ――!! ……いや、場外だ!!」

 

 割れんばかりの大歓声。そこには、カクテル光線を浴びながら右手を高く掲げ、ダイヤモンドを一周する勇者の姿があった。

 

「余のチームで革命を起こさないか?」

 

 古の野球監督も言ったらしいこの文句で説き伏せ、プロの野球選手になって打者と投手をしてくれないかと頼んだ時はどうなるかと思ったが、うまくいってるようじゃ。

 報酬だって、勇者やっているときよりはるかに多い。まずは代打からだが、すぐにスタメン入りするじゃろう。

 まったく、あいつ「評価は言葉じゃなくて金額」とか抜かしてるが、さすがの余もそこまで鬼畜ではないからね?

 ちなみにこのシーズン、あいつは打者ではトリプルスリー、投手では二桁勝利を挙げるのだが、それは別の話じゃ。 

 

 剣をバットとボールに握り替えたその雄姿、楽しませてくれよ。




いかがだったでしょうか。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。