ひぐらしのなく頃に 時   作:ののいののい

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其の七 友を想っての言葉

 

 

「ああ、来人じゃん、何さ学校帰りに女の子とデートとか、アンタもやる事やってんだね。如何にも恋愛なんて興味ありません見たいな、ムッツリした感じに振舞ってるくせにさ~」

 

興宮で偶然、園崎魅音の姿を見かけて声を掛けた舞花だったが、魅音は声を掛けてきた舞花ではなく、俺の名前だけを口にして、皮肉染みた、嫌味っぽい口調で俺をからかう。

 

「声を掛けたのは彼女の方だ、俺に絡むのはお門違いじゃないのか?」

 

「あ、良いんですって先輩。確かに知り合いで、声かけてみたけど、実際には知り合ったのはほんの一ヶ月くらい前で、それも一度あった程度なんですから」

 

俺が軽く注意するような言葉で魅音に言うが、舞花はあまり気にしていないと言った振る舞いで、微笑む。すると魅音は、図星を付かれたのか、悪戯っぽい憎たらしい笑みを浮かべながら、口を開く。

 

「いや~、参っちゃったね~。おじさんもホラ、最近何て言うか物覚えが悪くってね~、昔からの知り合いの事はちゃんと覚えてられるんだけど、新しい顔と名前はてんで中々覚えられないわけよ~、ゴメンねお嬢さん。」

 

まるで老婆にでもなったかのように、魅音は振舞っていた。

 

「気にしないで良いよ、ほらアタシ、興宮で民泊やってる家の弓永舞花で~す」

 

舞花は手をヒラヒラと振りながら、既に知り合いであるはずの魅音に自己紹介をする。

 

「ああ、思い出した思い出した!!」

 

魅音はそう言いながら、自分の頭をパンパンと叩いていた。

 

「よし、今度こそ覚えた。次会った時は、こっちから声掛けさせてもらうからね……あ、でも二人っきりの時には空気読んで、そっとしておいてあげた方が良いかな?」

 

結局、舞花と魅音が少し談笑しただけで、魅音の方から予定があるからと言って去って行った。

どことなく、逃げるような感じに去っていた気もしなくはないが、もともと俺と魅音は立場上、お互いに良好な関係とは言い難いので、俺を避けるように去ったとしても不思議では無いはず……だと思う。

 

「ところで舞花」

 

「ん、なんですか先輩?」

 

「お前が前に魅音に会った時……奴はあの髪型だったか?」

 

「髪型……ですか?」

 

俺の質問は舞花にとって予想外だったのだろう、実際俺も魅音がどんな髪型をしていようが特段気にならないのだが……どこか奇妙な違和感を感じて、そんな事を聞いていたのだ。

 

舞花は『う~ん』と唸りながら、口元に右手の人差し指をしばらく当てたポーズのまま考え込むこと10秒程度……

 

「あ、言われてみれば前に会った時はポニーテールの髪形でしたね、けどそれがどうかしたんです?」

 

「いや、別に大したことじゃない……」

 

舞花が前に見たと言う魅音の髪形は俺が知っている園崎魅音の髪型と一致していた。

今日は普段と違う髪型になっているのは、単なる気紛れなのだろうか……少なくとも、髪型程度で特別な事情があるとも思えないし、俺はそれ以上は深く気にする事も無く、心の中で止めて置く程度にした。

 

 

〇 〇 〇

 

 

再び数日が経過した日の事だった。

 

「うおぉぉぉぉん!「ウーハッフッハーン!! ッウーン!アハハーンッ!イェーヒッフア゛ーー!!! ……ッウ、ック」

 

「道の往来で何を泣いている……」

 

クラスメイトのキモ宮が、道の往来で号泣していたのだった。これだけならスルーして素通りしてしまえば良いだけなのだったが、俺の気が付くなりキモ宮は……態々俺の傍に近寄りながら奇声染みた鳴き声を発しまくってきたので、仕方がなく俺は何事なのかと声を掛ける。

 

「ら、来人殿ぉ……某の愛が、愛が足りなかったでオタよぉぉぉ!!」

 

「何の話だ……」

 

やっぱり関わるべきではなかっただろうか?

 

「今度エンジェルモートで行われるデザートフェスタのチケットの抽選……またしても外れてしまったオタぁぁぁぁ!!なぜ、なぜオタ!?某はただ、某はただ……エンジェルモートでたわわなコスチュームで働いてる園崎魅音嬢の姿をデザートフェスタの場で撮影……ではなく応援したいだけオタなのにぃぃぃ!!」

 

もしオヤシロではない神がいるのだとすれば、キモ宮の邪な願望を見抜いたうえで、恵みを与えなかったのだろうと俺は思った。

 

そう言えば、ここは悟史が熊のぬいぐるみを予約した玩具屋だったっけな。アイツは興宮に来るたびにクマのぬいぐるみが売れてないか気が気でなく、あの玩具屋のショーケースを覗きに来ていると言っていたが、ああして予約を済ませた以上、悟史が態々玩具屋を見に行く必要も無いだろう……

 

「って、悟史?」

 

何の因果だろうか、ほんの一時的に悟史の事を考えていた矢先に、悟史の姿を見てしまった。

作業服姿であるので、まだバイト中なのだろうが、勤務中に一人でフラフラと何をしている?

 

「うおっぉほほほほほほっ!!スイーツと美少女を愛でたいだけなのに……なぜ、なぜ、某にはチケットが当選しないオタぁぁぁぁ!!」

 

俺は一人で喚き続けて、無駄に人の視線を集めるキモ宮をその場で放置して、悟史の後を追う。

学校帰りの俺だったが、自転車通学なので徒歩の悟史を追うのは容易い。悟史の後を追っていると、悟史が止まったのはどういうわけか、クマのぬいぐるみを予約した玩具屋だった。

 

「アイツ、もう予約しているのに……」

 

予約した商品が勝手に売れるはずがないと言うのに、悟史が相変わらず同じように玩具屋のショーケースの中を覗き込んでいる光景に俺は呆れ交じり、微笑ましさ混じりに感じつつ、悟史に接近する。

 

「お前が心配しなくても、売れてるわけないだろう」

 

「あ……!ら、来人……こ、こんにちわ……」

 

俺がいきなり声を掛けて、一瞬だけ悟史は不意打ちを食らったような態度でビクッと身震いさせていたが、すぐにその表情は覇気のない弱々しそうな表情に変わっていた。

 

「その様子だと、予約した後も興宮に来るたびに、この店のショーケースを確認しに足を運んでるな」

 

「むぅ……ゴメン、一緒に予約してくれたのはホントに有難いんだけど……僕って心配症みたいでさ」

 

取り繕った笑みを浮かべながら、悟史は自虐的な言葉を口にする。

 

「今日もバイトらしいが、随分とお疲れのように見えるが、大丈夫なのか?」

 

「うん……沙都子の誕生日までに目標の金額を貯めるには、一日も休んでる余裕はないからね。あ、でも今はほんの小休憩だから……」

 

また沙都子か……何処まで行っても沙都子の為に悟史は己の心労など顧みずに……沙都子の誕生日にあの馬鹿でかいクマのぬいぐるみを無事にプレゼントすることが出来たとしても、悟史を取り巻く状況は何も変わらないだろう。

 

保護者の叔父叔母夫婦は仲は相変わらず険悪で、叔父は興宮の愛人の元に入り浸り、たまに帰っては叔母と夫婦喧嘩をおっぱじめて、悟史は夫婦喧嘩の仲裁。

 

叔父が家にいなくとも、ヒステリックな叔母とその叔母と折り合いの悪い沙都子の間でトラブルが起これば、悟史は沙都子を守る為に叔母を相手に怒りの捌け口の盾になる羽目になる。

 

悟史にとってあの家も、あの叔母も、そして妹の沙都子ですら、どう考えても悟史には圧倒的な負担、重荷、少なくとも悟史にとってプラスになるような要素は一切考えられない。

あの家にいる限り、あの連中と一緒にいる限り、悟史は決してその呪縛から解放されることはない。

 

「なぁ悟史……」

 

俺はこの先の言葉を言う事に僅かな躊躇を感じたが、言うべきだと感じた。それによって悟史が俺をどんな感情を抱くか、正直今の関係が拗れる事が容易に想像が付いたが、それでも悟史のこの現状を、悟史自身が自発的に変えるための行動を起こせない以上、身近な人間が言わなくてはならない。

 

「もうすぐもらえるそのバイト代……お前自身の為に使ったらどうだ?」

 

「え……何って……?」

 

俺の言った言葉の意味は、悟史にはすぐに伝わらず、悟史は困惑したように聞き返してきた。

 

「結構無茶な提案だが、あの家に居続けるよりはまだマシなんじゃないかと、俺は思ってる」

 

「来人……一体、何が言いたいのさ?」

 

「バイト代を受け取ったら、その金を使って家出しようとは思わないか?」

 

「…………え?」

 

悟史のその反応は、俺にとって少し意外だった。悟史は俺の提案に驚いたと言うよりは、今までも何度か見せてきたような反応。図星を付かれたり、痛いところを付かれた時に見せる表情だった。

 

「今の反応からして、お前だって心の何処かで考えてたんじゃないか?あの家から……雛見沢から……家族から逃げたいってな」

 

「な、なに……何を言って……るんだよ?」

 

震える声で俺の言った言葉を否定しようとする悟史。俺は続けざまに、一方的に悟史の定まらない決心を促すべく、更に悟史を唆すつもりで、話を続ける。

 

「家出先ならそうだな、東京なら台東区の山谷、より近い場所なら大阪の西成区が良いだろう」

 

「ま、待ってよ……そんな、家出だなんて、な、なんで僕が……」

 

「あの辺りには、住所不定のホームレスや身分証明のできない日雇い労働者、出稼ぎ目的の不法滞在の外国人、そして家出した未成年と訳アリの連中が多いからな、お前一人がその中に混ざったところで大して目立ちはしないだろう」

 

「ち、違う……違う!僕は別に、別に……雛見沢を捨てて、で、で、出で行こうだなんて、そ、そんな!」

 

「おまけにどっちも一泊で1000円そこらの安宿があちらこちらにあるからな、訳アリの連中の巣窟だから泊まるのに身分証明や年齢確認なんざ必要ない。それと同様に日雇い労働の募集も幅広く行われているが、そっちも同じだ、お前でも年齢を誤魔化して働く事は容易いだろう……いや、そもそも年齢を聞かれる事すらないかもしれないぞ」

 

「駄目だ、駄目だよそんな事!だって、そんな事をしたら……オ、オ、オヤシロさま、オヤシロさまが……!!」

 

「なにもずっとそこにいろとは言わない、取り合えず法的に自立できる18歳くらいまでそこで生活して、落ち着いてから別の場所に住まいを構えて、定職に就くってのもありかもしれないだろ。少なくとも、あの家であのまま叔母と妹のせいでお前の神経をすり減らしながら生き続けるよりかはまだ希望はあるかもしれない……」

 

 

「止めろぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

俺の言葉は悟史の雄叫びのような怒鳴り声で掻き消された。周りの通行人達が一斉に怯えたような視線をこちらに向ける程に、悟史の言葉は普段の悟史からは考えられない程に、危機迫る気迫を発していたのだった。

 

「止めろ!止めろ止めろ止めろ!!そうやって、僕を唆すな!僕を惑わすな!僕を……僕を!!」

 

「悟史、考えろ……お前の人生はお前の為のモノだろ?何故身内と言うだけで、身を粉にして何もかもささげる必要がある?」

 

俺が冷静に話せば話すほど、悟史は感情を爆発させる。だが、それが悟史が普段から溜め込み、押し殺し続けている本心だろう。

 

「僕は……僕は消されない!!例えそれが祟りであろうと、人の仕業だろうと……僕は、僕はぁ!!」

 

そこで悟史は、身体をダラッと力を抜いたかと思うと、その状態からユラっと力なく態勢を戻し、まるでさっきまでのやり取りなど無かったかのように、平常な表情、目つきに戻っていた。

 

「そろそろ、バイトの休憩が終わるから……それじゃあね来人」

 

「…………」

 

俺の一方的な提案を聞き、悟史が少しでも自分の身を顧みる事を選んでくれれば……そう望んだ。




そろそろ第一部がクライマックスに近づいてきました。

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