PhantasyStarOnline2 √ of Another 作:今井綾菜
「それで、話とはなんでしょうか?」
マトイと別れて部屋に入れば一緒に入ってきたハリエットが開口一番そんなことを聞いてきた。
「余裕がありませんね。そんなに私が怖いですか?」
「そういうわけではありませんよ。ただ、2人の食事を用意しなければならないので時間がないだけです」
「だから後でもいいと言ったでしょうに」
私が呆れたように肩を落とせばハリエットは少し黙った後、何かを理解したように慌てふためいた。
これだけで、彼女がどれだけこの世界で……そしてオメガで周りの人間に恵まれていたかがわかってしまった。
「大した内容ではないですから空いた時間にでもまた来なさい。貴女は貴女のやることがあるのでしょう?私よりもそちらを優先なさいな」
一人でイラついていた私が馬鹿みたいだった。
本当なら私にだって享受できたかもしれない可能性。
ただ、誰かと笑って過ごしてみたかったと思っていた私の我儘。
「そんなこと、言わないでください」
「は?」
「貴女はもう一人の私のようなものでしょう。その身体は本来なら私のものなのですから」
「だったらなんですか、私にこの器を手放して消え去れとでもいうつもりで?」
「そんなことは言ってません!ただ私は……」
気まずそうに視線を逸らして俯くハリエット。
どうしてこの娘は肝心なところで自信をなくすのだろうか。
オメガでもそうだった、普段は毅然とした態度で入れるくせに自分の知るものや助けを乞うものに甘い感情を残してしまう。
だから、あのように連れ去られいいように利用されてしまうのだ。
そんなだから肉体から追放されて世界から排斥されてしまったのだ。
「……一先ずこのままではお互いに話などできないでしょう。私も“ヒト”の肉体に作り替えられた所為で一度睡眠を取りたいのです」
「わかりました……その事についても後で聞かせていただきますから」
ハリエットが退出するのを見送って、私は用意されていたベットへと横たわる。
眠気というのをこの初めて感じたが、なかなか悪くない感覚だと思いながら私は瞳を閉じた。
****
気がついたら、地球の街を歩いていた。
ああ、気がついてしまった。
これは私がこの世界に希望を持ってしまった日の夢だ。
最終決戦の数日前、なかなか落とせなかった地球の見物に行った時の出来事だった。
あまりにも戦意のない
この出会いが、憎しみと世界の破滅しか望んでいなかった私を変えてしまったのだ。
「おや、アークスの最後の砦たる守護輝士がこのような所で油を売っていていいんですか?」
「なんだシバか……見ての通り視察だよ。ほぼオフみたいなものでもあるけどね」
耳につけたインカムのようなものを鬱陶しそうに外して彼女は私へと言葉を返した。
「いいんですか?シエラさんからの通信だったのでしょう?」
「いいのいいの、さっきも言ったけどオフだし。貴女の方は?」
「そうですね、貴女と同じようなものです」
いつものように、彼女に喧嘩を売るような態度で言葉を返せばアリシアは呆れたようにため息を吐いた。
「……なんですか?」
「いつまでもそうやって気を張ってて疲れないの?」
「……」
気を緩める瞬間など、私には存在しないのだ。
ヴァルナとミトラがこの守護輝士に討たれ、今度はその剣先が私の首元に突きつけられているのは分かっている。
もはや初めのような余裕など私にはなかった。
確かに、私は彼女を大きく上回る力を持っている。
アークスがどう足掻いたところで私の力を抑え込めるのはほんの少しだろう。
───だが、守護輝士だけは違う。
世界の器とはそういうものなのだ。
それに、守護輝士が私と同等のフォトンを扱うようになればどのような権能が開花するかも判ったものではない。
故に、彼女を前に一瞬たりとも気は抜けないのだが……
「まあ、それは貴女の生き方だから私が口を出す問題ではないかな」
まるで諦めたように守護輝士はそう口にする。
それが何故だが無性に頭に来たのだ。
私が享受できなかった当たり前を過ごしているくせにと、思ってしまった。
「だったら、貴女が今日一日私をエスコートなさいな。私に復讐と破滅以外の何かを教えてみなさい」
勢い余って口にしてしまった言葉を後悔したのはその瞬間だった。
守護輝士の口がニヤリと大きく歪んだのをみて私は確信した。
───『ああ、選択肢間違えたな』と
「そんなこと言っていいんだ。それじゃあ、まずはそこの服屋に入ろうか」
「え?は?ちょっと待ちなさい!」
先程までとは違う生き生きとした顔を見てまんまと嵌められたと気がついたが時既に遅し、私は無理やり手を引かれて服屋へと連れて行かれる。
引かれた手はとても暖かかった。
その後、私の服を選ぶ───もとい着せ替え人形にされて店を出たのは入店してから2時間以上後だった。
すっかり地球で出回ってもおかしくない若者スタイルに変えられた私はそのまま手を引かれて街へと連れ去られる。
クレープというものを初めて食べた。
知識では知っていても初めて食べるそれはとても甘くて美味だった。
遊園地と呼ばれる場所に連れて行かれた。
ありとあらゆるアトラクションやからくり小屋に入って一喜一憂した。
初めて誰かと共に食べる食事は、とても……美味しかった。
私にとって、なんの価値もないと思っていた人の営みは……あまりにも暖かかった。
「どうだった?今日私と一緒に遊んでみて」
そんな時間も終わりが近づく。
すっかり日が暮れ、あたりは人口の光で明るく照らされていた。
守護輝士にそう問われて、私は少しだけ口を開くことができなかった。
楽しかった、ただその一言を口にできないでいた。
そを口にして仕舞えば私に従い、彼女に討たれたミトラとヴァルナの忠義に報いることができないと思ってしまったから。
「貴女が今日感じたこと、それがどんな感情かは私はわからないけどね。私は貴女とこうして遊べて楽しかったよ」
「私には……その言葉を口にする権利などありませんよ」
苦し紛れに紡ぎ出した言葉を聞いてもアリシアはただ空を見上げて再び口を開いた。
「私もね、きっと貴女と同じことをされれば……同じように世界を恨んでしまうと思う。マトイを救えなかった私は確かにダークファルスに身を堕としたからね」
「なにが言いたいんですか?」
「だから、シバのやろうとしてることに私が口を出すことは出来ない。だけど、私がアークスの最高戦力として対立している以上、互いの立場は明確でしょ?」
何がおかしいのかアリシアは少しだけ微笑んで私の目をしっかりと見つめて一呼吸置いて……私の心を打ち砕いだのだ。
「だからさ、最後の最後に全力で私たちが戦って……どちらも生き残ることができたら、またこうして一緒に遊びに行こう。今度はお互いに対立する敵同士じゃなくて、友達として」
そう、私はこの言葉に自分の復讐心を持って行かれてしまった。
誰にも求められず、ただ利用され、憎まれた私に手を差し伸べてくれた。
「……そのような未来がもしあるのなら、また付き合ってあげますよ」
「それじゃあ、私も頑張んないとなぁ。君はもう少し普遍の幸せってものを享受してみるべきだよ」
本来ならありえる筈のなかった未来が、この瞬間に生まれてしまった。
この時、今日のように遊べるような日がまだ続けばいいと……ヴァルナとミトラと共に普通のヒトのように過ごしてみたかったと、私の中に確かにそんな感情が生まれた瞬間だった。
****
目を覚ます。
瞳を開けば映り込むのは無機質な研究室のような天井。
「……この思い出は私だけの大切な思い出なんですから」
そっと胸に閉じ込めるように私は再び瞳を閉じた。
少しだけ流れる涙に気がつかないように。