『逃げ、られなかった……』
「おいまて、まだくたばるな」
「聞きたいことがある、ベント、こいつに応急処置を」
いきなりこんな始まり方をして、何が起きたのかと思うだろうが、今の状況を要約すると、風龍廃墟に入ったところで、不自然に一人でうろついていたデッドエージェントを見つけ、ディルックと二人で戦闘不能まで追い込んだって感じだ。
デッドエージェントは本来、璃月の北国銀行の債務取立人という立場に居るらしく、モンドではめったに見かける事はない。
商業を国益とする璃月と違って、モンド人はそういった借金などの事に愚人衆を絡ませる事などないからだ。
そこまで悪徳な商人もいないし、いたとしても他国から渡って来たものくらいだろう。
つまり、こいつがモンドに居ること自体がおかしいのだ。
出歩いているだけで、もう“なにかある”と公言しているようなものだろう。
「さて、二人しかいないからと言って侮ったらさっきのようになるぞ、僕が聞くことに正直に答えろ」
『はっ、見くびられたものだな、貴様らに話すことなど何もない!』
「そうか……まぁ、僕たちもただで話して貰おうなどとは思ってない、ベント」
「なんだ?」
「ちょっと……離れててくれるか」
そう言って振り返った奴の目は全く笑っていなかった。
あぁ、なるほど、話してもらう方針から“口を割らせる方針”に変えたって訳か。
そして、その現場を見てほしくないと。
「分った、終わったら呼んでくれよ」
「あぁ」
『待て貴様、何をする気だ!』
視界の端で赤色に熱した両手剣の柄を押し付けようとするディルックと、悲鳴を上げるデッドエージェントが映り、離れるまでもなく、なんとなくやろうとしてる事が分かってしまった。
……もう少し待ってくれてもいいだろうに。
風龍廃墟内に入ったことはほとんどなかったが、思ったより静謐という訳でもなく、至る所に
旧モンドとも呼ばれ、一般人が寄り付かなくなたことをいい事に―――ってところか。
「―――風よ」
【風魔具足・苛烈西風】を発動する。
一朝一夜で慣れたもので、今では発動に時間が掛かることもなくなった。
しかし、発動時間が長ければ長いほど、全身に倦怠感が強く襲ってくるようになる。
恐らく、これは俺の生命力を素にして発動しているからなのだろう。
長く使いすぎれば、死に至る諸刃の剣だ。
そして―――。
「やっぱりダメか」
近くにあった池に手甲を触れさせ、水元素との小さな拡散反応を起こしてみるが元素特性の変化は起こらない。
恐らく、元素変化は何らかのトリガーが必要、という事なのだろう。
もしくは、単純に強くイメージする対象が必要だとか。
これに関しては心当たりがいくつかある。
まず最初に、俺が初めて元素スキルを発動させたあの雷雨の日、心の奥底には確固たるイメージが焼き付いていた。
それが、フィッシュルの傍らに居る“オズ”という存在だ。
自分が無力であると自覚していた俺は、無我夢中に彼の名を叫び、そして助けを求めた。
そう、自分の内にある何かではなく、自分以外の“誰か”を強烈に思い起こす必要があるのだ。
と、なれば……水元素によって思い起こされるのは……西風教会のシスター、バーバラだろう。
他でもない、彼女の治療によって俺は一命を取り留めたのだ。
だが……。
「形になるほどの、明確なイメージは……ない、よな」
だからと言って、自分の戦術の幅を広げるために、馬鹿正直に『力を見せてほしい』なんて頼むのもどうなのだろうか。
モンドは自由人が多いとはいえ、考えなしの馬鹿正直ばかりの一枚岩という訳ではない。
西風騎士団が抱く俺への警戒ももちろん、様々な事に対して慎重になるべきだろう。
それこそ、明確な力のイメージさえあれば元素変化を簡単に起こせるなんて知られたら、どの組織に抱え込まれそうになるか、想像もつかない。
もしかしたら、ここ、風龍廃墟に訪れている
「だが、だからと言って慎重すぎるのも考えものだな」
大きな力を持つとトラブルが増えるのは承知の上だが、その大きな力が無ければトラブルに対処できないのも事実。
難しい話だ、ついこの前までこんな事を悩みの種にすることになるだなんて、想像もしていなかった。
ふと、視界の端に烈焔花が映る。
自然に自生し、その蕾に常に強力な炎元素を纏わせている植物。
その火力は、傍に生い茂っている雑草を何もせずとも発火させてしまうもので、採取するには一定量の水元素を当てなければならない。
―――炎元素、その明確なイメージはもう浮かんでいる。
ディルックだ。
彼の放った鳳凰による一撃は、今も脳裏に焼き付いている。
水元素はまだ無理にしても、炎元素の特性なら、もう獲得できるかもしれない。
俺は、燃え盛る烈焔花にその手を―――
「ベント、終わったぞ」
触れようとしたところで、背後から声が掛かり、とっさに苛烈西風を解除する。
もう少しで何かつかめる予感がしたんだが……。
「採取の邪魔をしてしまったか?」
「……いや、別段問題ない、それで、何か聞き出せたのか?」
「奴らは、どうやらトワリンが残していったものに興味があるらしい、それは強力な風元素の塊で、奴らの呼称を借りるなら―――『四風守護の断片』と呼ばれているらしい」
「トワリン?なんだそりゃ?」
「あぁ、そう言えば一般には伝わっていない名称だったな。トワリンというのは風魔龍の名前だ、奴は、今でこそモンドに龍災を及ぼした魔龍として語られる存在だが、その正体は風神バルバトスの眷属、モンドを守る四風守護の一体、東風の龍トワリンだ。」
トワリン……東風の龍。
まさか、アレはただの夢じゃ無いのか?
俺が教会で目覚めるより以前、何も無い真っ白な空間で、風魔龍ーーーいや、トワリンと対峙し、彼から涙のようなものを渡された。
あれが普通の夢ではなく、神の目によってもたらされた風神眷属からの恩恵なのだとしたら……俺の力は、もしかしたら本当は、このような義手では抑えられないほどの途方もない火力を持っている可能性がある……ってことか?
涙の事をディルックに話すと、彼も頭を抱える。
「そんな事、ガイアから聞いてないぞ……まぁ、その話が本当なら眉唾ものだ。到底他の奴らは話せないだろうな」
「なぁ、もしかしたら、俺の体に染み込んだその涙が、その『四風守護の断片』って事はないか?」
「ないな、涙なら、以前僕も見たことがある。あれも風元素を内包していたが、それが狙いならいっそのこと、愚人衆はトワリン本体を狙うだろう」
「そうか……」
「とはいえ、これは大きな収穫だ、さっき捕らえた奴に、近くの拠点を聞き出しておいた。今から襲撃を仕掛け、一網打尽にしよう」
「わかった」と返事をしようと振り向いたその時、ディルックの背後に―――複数の
「ディルック伏せろ!苛烈西風ッ!」
「!!」
―――ゴウッ!と収束した風を撃ち出し、さっきまでディルックの頭があった位置に迫る雷元素による攻撃を弾き返す。
拡散反応によって周囲に元素を散らされ、それらは必殺の威力を失い霧散する。
それと同時に、雷蛍へと接近し、手甲によって殴り飛ばし、再び元素反応を起こす。
「【苛烈西風・断罪の大鴉】ッ!!!ディルック、構えろ、どうやら囲まれたらしい」
「そうみたいだな……」
さっきまで負傷していたデッドエージェントがピンピンした状態で岩陰から現れ、その後からぞろぞろと
『助かった、例を言う』
『これも仕事だァ、わかったら働け!』
『冒険者に続いて今度は闇夜の英雄か……面倒ごとが増えた』
デッドエージェント、水銃使い、岩使いが会話する。
いつからいたのか、何処に隠れていたのか、それはもうどうだっていい。
それより、いま岩使いはなんていった?
「おい、今なんて言った?冒険者だと?」
愚人衆はいつも仮面で顔を隠しているが、それでも隠し切れない態度で、面倒くさそうに岩使いが言ってくる。
『答えるのも面倒くさい……だが、これも仕事だ』
「離して!離しなさい!―――あ」
そういって、岩使いは後ろ手を縛った状態の冒険者をこちらに見せてきた。
彼女は―――フィッシュルは恨めしそうに反抗していた。
そして、俺に気付いた。
「こっ、黒翼の皇!」
「フィッシュル!?何故ここに!!―――はッ!」
まずい、知り合いだと知られた。
警戒しながら周囲を見ると、口元が見えるデザインの仮面をつけている風拳使い、雷ハンマー使いがにやりと笑ったのが見えた。
恐らくだが、ほかの奴らも仮面の奥ではほくそ笑んでいるのだろう。
『はははッ!そうか、お前ら知り合いだったか!なら、人質としての価値あり、だな!』
風拳使いがガチガチと拳を打ち鳴らせながらこちらに近付いてくる。
ディルックは俺の方を横目に見ると、俺よりも先に、観念したように武器を捨て両手をあげる。
……選択肢は、ないようだな。
俺も背負っていた弓と片手剣を捨て、両手をあげる。
どうやら、まずい事になったようだ。
話を書くにあたって、どこまで情報を出すべきか悩むこともあったんですけど、そこは要修正って事で……次回!なんか起こる!
感想とか待ってます!