通常形態と同じく翼を展開した姿ではあるが、【
黎明を表していた欠けた日輪はしっかりと輪となった上で後頭部に移動しており、浮いている。
そして、
そして何よりも――――――
【頭に浮かんだとおりの方法で”混ざって”みたが、上手くいってよかった】
それは声をも焼き尽くさんほどの圧倒的な熱量。
愚人衆たちは全員が仮面をつけているからいいものの、もし肉眼で直視していたのなら、ドライアイを通り越して失明までしていたかもしれない。
しかし、実はこの状態は芳しくない。
『上手くいってよかった』とは彼なりのブラフであり、今自身に起こっている変化を隠すための嘘だ。
【烈焔天使】――元素変化によって生み出した元素生物と同化することによってのみ、変身することが出来る特殊形態。
それは高い元素出力と攻撃力を有しているが、同時に使用する本人への負担が非常に大きい。
本来、テイワットに住む人間たちは、元素と共に世界に在りはするものの、体内へ多くの元素を取り入れる事はほとんどない。
例え神の目を持っていようとも、純粋な元素力を取り込んでしまうと、多くの場合体調を悪化させる結果となる。
そのため、多くの元素スキルは本人と同化するようなものは少なく、あっても身に”纏う”程度にとどまっている。
だが、現在のベントのそれは、前述の前例とは異なり、もはや元素スキルの範疇を超える運用方法をしている。
一見すれば、高出力な元素変換を可能としているが、彼自身、この形態をどれだけ保つことができるかを、自身ですら把握できていないだろう。
自分の実力が無いが故の突破口、死中に活を求めた末の形態。
それが【烈焔天使】の正体なのだが、愚人衆がそれを知ることはできないだろう。
【どうした、怖気づいたか?来ないなら―――】
怖気づいているわけではない。
急激な周囲の気温上昇により体が水分を求め―――全員が熱中症になりつつあるが故に、うまくリアクションが取れないだけだ。
【こっちから行くぞ】
そんなことは知ってか知らずか、ベントは強気に打って出る。
背に展開した炎元素を爆破させ、それによって得た推進力で愚人衆に接近、そのまま彼らの元素供給源と思われる幾何学模様の結晶体を次々に破壊していく。
彼自身から発せられる熱に、炎に当てられた者達の衣服、その布地の部分は自然発火し、次々と燃え上がり、周囲を地獄絵図に塗り替える。
『くそっ!なんだァコイツ!急に強くなりやがった!』
『よくわからねぇが、近くにいるとまずい!撤退するぞ!』
『上になんて報告すればいいんだ、こんな化け物ォ!』
次々と熱暴走によって機材や武器に不調をきたし、戦闘続行が不可能となった事によって、先遣隊は蜘蛛の子を散らすように撤退していく。
ある者は火だるまになりかけ、ある者は銃の暴発によって大けがを負い、またある者は雷蛍や氷蛍の羽が焼け落ちたことで完全に戦力外となっていた。
『熱』とは、ただそこにあるだけで危険なものなのだ。
もしここに高名な冒険者がいたらこう口にした事だろう。
―――『まるで
『……ハハッ、今までは手加減をしていた、とでも言うつもりか』
デッドエージェントは灼熱の領域となった風龍廃墟に一人、
いくら瞬きをしても潤わない双眸に、カラカラに乾いた喉と唇。
声を出すだけで体の水分全てが持っていかれる錯覚に陥る。
常人であればパニックを引き起こし、水を求めて逃げまどっていただろうに、彼はそうしなかった。
目の前にいる冒険者を覚醒させてしまったのは自分であり、部隊が全滅しかかったのもまた、捕虜であった冒険者一人に対し、己が最大限の警戒をもってあたっていなかったからだ。
全ての責任を負って、ここでコイツを食い止めなければいけない。
さしずめ、ここが"命の使い所"というものだ。
【そういう訳じゃない、ただ今の俺ならお前を殺せるだろうがな】
『その……ようだ、な。どうした、来ないのか?』
【一つ、聞かせろ。何故、お前たちは風龍廃墟にいた? 愚人衆が風龍廃墟に入ってくるところなんて見たことが無かった……ディルックから話を聞いてからも何かおかしいと思っていたんだ。四風守護の断片とはなんだ?―――一体、お前たちの目的はなんなんだ?】
『何……か、話すわけないだろう、機密情報だ』
【……そうか】
これ以上の会話は必要ない。
ここに居る二人の間に、それほど長く話すほどの関係性は無いからだ。
ただ出会った敵同士、多く語る事もない。
情報を吐かない強情さを持つというのなら、なおさらだ。
敵が全て撤退したこともあり、【
こちらに向かって真っすぐ飛んできた【
荒れ狂う風元素と炎元素はそのままに烈焔天使を解除しつつも、鳳二体分に増幅された力を、ベントはデッドエージェントに向ける。
熱を光として掌に集約させ、圧縮し、荒ぶる炎元素を風元素で拡散しながら押しとどめていき、やがて豆粒ほどにも圧縮を遂げた後、その光は解き放たれた。
【元素解放―――
放出された熱量の塊は、人ひとりを始末するには十分すぎる―――文字通りの意味での火力があった。
【いつの時代も変わらぬ、人の子というものは、決まって無茶をするのだな、バルバトス】
「そうだね、その生き方は、見ていてとても危なげだけど……それでも、僕は彼にまだ生きていて欲しいんだ」
【―――知っているだろう、"アレ"がどういうものなのか、あのような神の目を持つ人間は、到底長生きできるものではない……持ったとしても―――】
「"数日"だろうね、常人なら数時間と持たないだろうさ。それでも彼がまだ生きているのは、奇跡としか思えないよ」
【それでもか】
「うん、ボクはそれでも、彼にこれからを"自由"に生きてほしい。これは、僕の責任でもあるからね……だから、君に協力を仰いだのさ」
【それは命令か?バルバトス】
「ううん、これは頼み事さ、昔からの友人として―――ただのウェンティとして、ただのトワリンへの」
【……そうか……、そうか、友人からの頼み……か―――】
香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
パチパチと薪の音が聞こえ、肌寒さと同時に体内の鼓動に温かさを感じ、少しずつ意識が覚醒していく。
夢うつつとしている頭で、これまでの記憶を探る。
そうだ、俺は確か、炎元素形態の元素解放をして……それで、気を失ったのか。
上体を起こすと、そこは冒険者が使う簡易テントの中で、四畳ほどのスペースには、ベントの他に小さな影があった。
髪を解いてはいるものの、その特徴的な金髪と眼帯ですぐに分かった、フィッシュルだ。
彼女は、交代制で見張りをしながら眠る冒険者としては普通だが、武器を抱えたまま座って寝息を立てていた。
ベントは彼女を起こさぬよう、自身にかけられた布をどかして、右腕が無い違和感に慣れず、バランスを崩しながらもテントの外へ出る。
外にはディルックは居た。
焚き火の上に鍋を吊り下げ、中身をかき混ぜながら、彼は振り返らずに話しかけてくる。
「起きたか。あの後、君はすぐに意識を失ってしまったよ。心配せずとも、愚人衆はとっくに撤退している」
「俺は……どれくらい寝ていた?」
「日暮れから数えて4時間ほどだな、負傷者を抱えて夜に行動するのは危険が伴う、だから今は見張りを交代制で野営している」
アカツキワイナリーのオーナーであるために、戦闘能力の高さこそあれど、ただのボンボンかと思っていたが、想像より思慮深く、冒険者寄りの考え方を持っていたらしい。
数時間も意識を失っていたことに申し訳なさを感じると同時、彼の事を少し見直した。
「少し寝て体調も万全だ、見張りを代わろう」
「いや、君も寝ていて大丈夫だ。義手とはいえ片腕を失っている人間を一人で見張りをさせる訳にもいかない」
「見くびらないでくれ、これでも神の“眼差し”を受けた者だ。歴は浅いが」
「……」
「……」
「いいだろう、なら、僕は少し寝るとしよう」
ディルックは椅子代わりにしていた倒木から立ち上がると、簡易テントへと入っていった。
ベントは持ってきた荷物より、一式の調理器具をもってきて、椀に鍋の具材を注ぐ。
スープは肌寒い夜にはちょうどいい温かさで、体を芯から温めてくれる。
「こんな体になっても内蔵機能には問題はない……か。不思議なものだな」
常時ほのかな光を放つ、胸にある神の目。
……ずっと不思議に思っていた。
神の眼差しを受けた者は、神の目を授かり、元素を操る力を発現させる。
だが、それでは説明がつかないだろう。
この胸にある神の目は、まるで所有者を殺す意思があるかのように、生命力を喰らい、常に元素へと変換し続ける。
これでは神からの祝福ではなく、その逆。
「まるで、呪い」
【如何にも、そう謂れても仕方がないのだろうな】
「―――ッ!」
【落ち着け人の子よ、我は敵ではない】
いつの間にそこにいたのか、途轍もなく大きな気配。
三対の翼、途轍もなく大きな体に、嵐のような威圧感。
―――そして、風元素を濃密に纏った眼光。
過去にモンドを災禍に陥れ、旅人を含めた西風騎士団によって撃退された龍。
「―――風魔龍、トワリン」
【また会ったな、"心臓"を持つ人の子よ】
有名な旅人と西風騎士団が撃退したはずの龍を前にして、警戒しない方がおかしな話だ。
風を纏う龍に至近距離まで近付かれた時点で意味を成さないとは分かっているが、ベントは得意な武器である弓の弦を引き絞―――ろうとして、自身に片腕が無い事を改めて自覚し、腰から解体用のナイフを引き抜き構えた。
「俺に何の用だ」
嵐を起すと言われる龍を前に、やっとの事で絞り出した言葉だった。
彼は―――トワリンは、少し開けた口から風に乗せて言葉を返す。
【我は、貴様の方が、我に用があると思っていたのだがな】
困ったように身を捩る龍から漏れた、意外な言葉に、ベントは「なんだと?」と首を傾げる。
自分がトワリンに用があると思ったと、奴はそう言った。
だが、風龍廃墟に来た理由はディルックからの依頼であり、自分の意志ではない。
【―――人の身には有り余る力だ、依代は必要となるだろう。真に力を使いこなしたければ、後に我の元へ赴くといい】
聞き覚えのある言葉だった。
それは、ベントが神の目を発現した後に見た、夢の中での出来事。
構えていたナイフを下ろしながら聞く。
「―――まさか、あの夢は……現実にあった事なのか?」
【否、アレは貴様の夢に、我が介入しただけに過ぎん……しかし、確かに我は、少しだけ我の力を貴様に分け与えた―――もっとも、それもこのたった数日のうちに擦り切れてしまったようだが……】
言い回しに妙な違和感を感じる。
まるで、そうなる事を予期していたかのような。
まるで、ベントの力を知っていたかのような。
「……アンタは、俺の力が何か、知っているのか?」
【然り―――だが、これを説明するには、少し時間を要するものだ。貴様に、それを聞く覚悟はあるか?】
思えば、この短い期間に、何度も意識を失うことがあった。
拭いされない倦怠感と、生命力を常に吸われるような感覚。
神の眼差しを受けた、元素を操る存在としては、異質と感じるこの力。
その謎が少しでも解けるのならと、ベントは頷いた。
【では話すとしよう―――アレは、今から1000年程、昔の話だ】
大袈裟になっていた描写を修正しました。
流石に強すぎるっぴ。