旅は続く   作:無狼

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第19章 「辛味は良い友達」

 

 

 

 

 

……。夢でも見る。痛み、恐怖、理解。

 

 

暗い暗い闇の奥から、自身の青白い腕が欠けて血に染まった指で私の体を掴んでくる。抗わなきゃいけないのに動けない、金縛りで動けない。

 

「……、……、……、……」

 

動けない。動けない。動けない。

心が苦しい、体が動けない、また死が怖い。

 

 

はっと気がつくと……目が覚めていた。

べっとりとした汗が冷たく体を冷やし、不快感を呼ぶ。

 

「…うぅ。怖いのはイヤ…」

 

 

…揺らぐ眠気にまた身を委ねる。

まだ夜は明けていない。

 

 

 

 

 

……小鳥のさえずりが聞こえた。気がつくともう朝だ。

 

「あーう。朝でしゅ、はふ…」

「…ふぁっ?…ぁー…わたし、ねてたぁ…」

 

 

眠気にまどろみに身を委ねながら身を起こした。窓の外を見れば陽はすっかり昇り、世界を明るく照らしている。夢はもう終わったのだ。暖かい温もりも、残酷な冷たさも、全てが夢で今が現実である事をハッキリと認識させられる。

 

 

「……ぐずぐずしても始まらない、だよね。」

 

 

現実を直視しろ。感情をコントロールしつつ状況に思考。……今だからこそやっと気持ちの整理ができた。納得しなくていいから、感情に振り回されず冷静に判断しないと次こそ死ぬ。それが今得た教訓……いや納得か。思い込みかもしれない。けどそれでいい。

 

 

「……んんー。はっ、そうだ…何も言われてないよ、働かざるもの食うべからず……ギルドの仕事、は手伝えそうにないか。」

 

「としたら会計?でもエイバルさんとイリノイさんで終わってるし……うーん、羊育てるのと、荷馬車の御者と、ちょっとした剣……あれ、待って私、殆ど何もしてない……?」

 

 

生前ならスーパー店員として販売展示や棚卸し、商品の案内や鮮度確認、ついでにレジ打ちと金庫番や車運転といったところなのだが……この世界に来て全く自信がない!できて会計だが、お金の概念が日本の円とまるで違うのだ!

 

 

「やだ私……二度目の人生、いいや三度目なのにもしかして詰んでる……?」

 

 

 

お、女の体にはなったが、心は男だ。けっして男のものを受け入れるなどもってのほ……いや考えないでおこう。なってしまったものは仕方ない、もしそうならないように、靴底やベルト等に仕込み刃を入れておこうか……?

 

 

 

「(こんこんこん)」

 

 

 

木の扉からノック音だ。ハイと返事をするとガチャリとレバー式のドアノブが動き、長い白髪を後ろにまとめた初老のギルドマスター・オーステンタインが笑顔を投げてくれた。

 

オーステンタインは現役冒険者から一線を引いた冒険者ギルドの長だが、その実力は雲の上に位置する白金等級の実力者だ。国家で数えるしかない黒曜等級より一つ下とはいえども白金等級に位置する彼等は揃って化け物揃いであり、貴族の推薦を必要としない最高位として誉れ高き地位である。

 

 

「身体の具合はどうかな、オウルケインのお嬢さん。」

「え、ええ、よく眠れました…」

 

「まだ昨日のことだ、頭の中で整理がつかないと思う。飯を食って笑っているうちに、少しずつ気が楽になるさ。無理に何かしなくてもいいのだぞ。」

「……いえ、お気遣いありがたいのですが私は以前から冒険者になってみたいと思っていました。今は足が自由に動くのもあって、世界を、見てまわりたいんです。」

 

 

オーステンタインはガイアのことを以前から聞いていた。確か杖をつくほど足が不自由であり、今よりも儚げで弱々しいと聞いていたのだが……すくっと立ち上がった様子を見て彼は疑問を抱いた。

 

 

「……お嬢さん。足が悪く杖をついていたと聞いていたのだが、それは一体どういうことだ?」

 

「うっ、そ、それは……」

 

「まさか治った、というわけではあるまい?」

 

「いえ、そ、そうなんです、気がついたら足が動くようになっていて……。そ、それに、あの日はっ、狼に食い殺されて死んだはずなのに、気がついたら一年経っていて、寒くてお腹が空いて…死ぬかと…思いました……」

 

「夢ではないのか?」

 

やはりオーステンタインは怪訝な顔でこちらを見ている。私も信じられないが、死んだはずなのにまさかこうして今も生きているとは…私がよく分かってない。

 

「…夢、と思いたいです。それに、父も母も旅立っていたなんて、自警団が消えていたなんて、知りもしませんでしたし…」

 

 

「……エイリーン。中に入ってくれ。」

「はーい、お呼びですねー?」

 

 

この町の水神ステュクスを祀る女性神官のエイリーンだ。見た目が若いので10代後半といったところだが……彼女の左薬指には、金属リング…結婚指輪なのだろうか? それが目に留まった。この世界では結婚指輪という概念はないはずなのだが……

 

「エイリーン、ガイアに何か変化があるかどうか見てもらえるか?」

「? え、えぇ、分かりましたが……。

 

神の御言葉より我は汝を知る。我導きたるは汝の往く道。神の目は我の目、我は汝を知る。我知るは汝の往く末を導かん。」

 

 

…質素だが金の装飾に紺色の装飾線が入った女性神官服がひらりと浮かび、エイリーンを中心に小さな光が辺りを包んだ。オーステンタインは厳しい目でずっと見定めているが、エイリーンは困惑の顔だ。

 

 

「あの、申し上げにくいのですが、魔力が無いというか、マナがないですね……5,6年前に見ていただいたというロトムさんの言う通りというか、聞いてても驚きですね…」

 

「うっ、今になってもマナが無いなんて…」

 

「エイリーン、ガイアに何か他の変化はあるか?」

 

「いえ、これといって……強いていえば魔力を扱う職業は皆無で、生産系と戦闘系に伸びしろがあるようですが、私にわかるのは職業とスキルの得意不得意の分野ぐらいしか…」

 

エイリーンはしゅんとしているが、10歳の頃に魔力適性がないことは確かだ。そう言われたのだが…生産系と戦闘系に伸びしろ? それ初めて言われた。

 

「あのすみません、エイリーンさん。伸びしろというのは具体的に…?」

 

「はへ? あ、はい。戦士、兵士、剣士、弓士、槍騎兵……あと盗人、山賊などもあれば、格闘家、修道士、騎士、竜騎兵、軍人……幅広いですね。生産系は主に鍛治、火薬製造、裁縫、料理の分野です…が……?」

 

何やらエイリーンの顔がまた不思議そうな表情に変わった。

 

「しぇりふ? がんすりんがー? これは一体なんでしょう、ギルドマスターさん?」

 

「いや、初めて聞くな。そう認知したのか?」

「え、ええ、たしかにそう視えましたが…」

 

2人の反応から初めて聞いたかのような素振りを見せているが……シェリフとはアメリカの保安官のことだ。ガンスリンガーは銃を使う用心棒…どちらも銃を扱う人間を指す言葉だ。

 

この世界では銃を見かけた事がない。私のことをよそに、2人は話を進める。

 

「…何か新しい職業なのだろうか? リヒタルゼンでは魔法銃が開発されたと聞くし、アイゼンではサムライやブシという者らや、ミコやオンミョウジという職業も聞く。この国にはない何かしらのモノなのかもしれんな。」

 

「は、はぁ、私すら知らない世界があるんですね…」

 

「……。」

 

 

「ガイアのお嬢ちゃん、とりあえずは…よく休むといい、それから考えればいいさ。」

「そ、そうですね、とてもショッキングだと伺っていますし…」

 

2人とも心配してくれている。けど私は何かしないと気が済まないタイプなのだ。

 

「お気遣いありがとうございます。でも、私も何かしたいのですが…ううん、冒険者となって旅に出てみたいのです。」

 

 

「…お嬢ちゃん、それが言っている意味が分かっているのか?」

 

「うん、分かってます。怖い事がありましたが…でも、私の足が動かせるようになって、夢がまた見れるようになったのです。それに……ずっと旅したいって、夢見てたんです。」

 

「そうか。別に止めはしないが…だがまず今日は休みなさい。ずっと昨日から寒い中でたった1人過ごしたのだろう? ちゃんと休んでから、それから考えなさい。

 

エイリーン、診察を頼む。」

 

 

「あ、はい。分かりました。」

 

 

オーステンタインは部屋の外に出ると、エイリーンが服を脱ぐように促してくる。酷い怪我を負っていないか診てくれたが特に何もなく、オーステンタインから酒場で食事を取るように伝えられた。

 

 

竜のねぐら亭の酒場店主、虎顔のストロングは小さな白髪青瞳の少女の姿を認めると、一声かけてくれた。

 

 

「んよう、あんたがガイアか? 災難だったな!」

「え?あ、はい。」

「まぁメシでも食っていきな! ほれミシェル、ガイアに案内してやんな!」

 

 

ミシェルと呼ばれた垂れた犬耳に控えめなモフモフ尻尾の、ウェイトレス姿の女性がガイアの近くに来る。この酒場は50人ほど座れるような広さがあり、様々な「冒険者らしい」人種がワイワイガヤガヤとしている。お酒の出る大衆食堂といった様相だ。

 

 

「ガイアさん…ですね? 何が食べたい気分です?」

「あ、えっと私は…」

「あっいいんです、ギルドの人とは業務提携でやってまして、ギルドの人には食事をタダで出してるんです。なんでもいいですよー?」

 

 

中世ヨーロッパとは思えないほど食文化が進んでいるこの町では、スパゲッティはもちろん、ハーブを使った料理やソースを扱った調理法が多く確立している。…不思議な事に、カレーまであるのだ。名前はカリーというのだが、明らかにカレーなのだ。ツッコミたい。

 

 

「えっと…カリーとパンを。」

ミ「はーい! 辛さはどのぐらいにします? 0が甘口、1が普通、2が辛め、3が激辛で、4がかなり激辛ですよ!」

 

「えっと…2で。」

ミ「おー、いきますね。はーい! カリー2辛セット!」

ス「最初っからいくねぇ。誰もが甘口で行くのにチャレンジャーだな?」

 

「え、チャレンジャーってどのぐらい辛いんです…?」

ス「んー、俺らが辛いって思うレベル、3が一口で汗かくレベルだぜ。」

ミ「う、うんうん、辛いのってあんまりないから…」

 

 

なんだか失敗した気がするが、しばらくするとカレーセットだ。犬耳娘のミシェルがささっと置いてくれると、玉ねぎのような味のパープルオニオンとリーフレタスのサラダと、柔らかくて丸っこいパンと一緒に出てきた。

 

オタマのような変わった形のスプーンに、フォークとナイフでいただくようだが、パンをちぎって浸しスープのようにしていただく。

 

 

ス「お、おおう、ガッツリいくな…」

「あー、これまたスパイシー。カレー…っとカリーでしたか、あまり辛くないですね。」

 

ス「えっ?か、辛く作ってあるんだが…あ、じゃあコイツ試してくれよ。ブラックペッパーとレッドペッパーってやつをブレンドしたんだ、これだけで3から4に相当するぜ?」

 

パシっと受け取り、普通にパッパッと掛けた。虎顔のストロングさんが唖然としているが、そんなにおかしい事なのだろうか?

 

ス「うお、おおいっ、そんなかけると本当に死ぬほど辛いんだぞ、や、やめておけって!」

 

「そうなんです? …(ぱくっ、) ん〜。たまらない、これ辛いですねー。」(ニコニコ)

 

 

ス「え、えぇ…(ドン引き)」

 

 

ひどくミシェルやストロングに心配されていたが、私は大の辛い好きなのでこのぐらいちょうどいいぐらいだった。辛さ成分不足で食べたい症候群になっていた私は、ついつい自重せず掛けていた。

 

……後にレベル5が追加されてしまった。辛さガイアという辛さはガイア専用の「"とんでもない"」辛さのため通常料金の2倍になるが、その誰もがその辛さのクエストにチャレンジしようと噂が広まってしまったという……。


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