この素晴らしい世界に二人の探偵を!   作:伝狼@旧しゃちほこ

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Bがやって来る/野菜売りの少女

 デュラハンの戦闘から数日。無事に危機も去り、町は平和を取り戻していた。

 

 幸い死者も出なかった他、ダブルという強い味方がいると分かった町の人々の噂はそれに持ちきりになった。

 

 一方の俺達はというと、フィリップは戦いに現れなかったこと、俺は途中で逃げ出した腰抜けと言われ評価は下がりっぱなし。仕方ないことだと割りきっていたがーー

 

 「その内ボロを出すと思っていたから放っておいたけど、まさか相棒さんから知ることになるとはねぇ」

 

路地裏でメリッサに拘束されている。壁に押し付けられてワイヤーで取り押さえられたこの状況に冷や汗を垂れ流す。

 

 話ではフィリップがウィズの店に行った時には既におり、自分には関係ないと言わんばかりに紅茶を飲んでいたという。それからダブルに変身した都合上、メリッサにも見られてしまったと。

 

 ウィズは急に意識を失ったフィリップにパニックになっていたが、誤解はその時に解けたとしてーー厄介な奴に知られたもんだ。

 

 「待て、待ってくれ。俺だって危ない代物だから話さなかっただけだ。何も知らないで触ってたら」

 

 「聞いたわ。一種の薬物中毒になって、取り返しのつかないことになる……ただ、強大な力が秘められているって」

 

 メリッサはワイヤーを外した。地面に着地し帽子を整える。

 

 「何か利用しようと思ってたけど……まぁいいわ。私が許せないのはあんたが黙りを決め込んだことよ。道具としての自覚あるの?」

 

 「そんなもんあるか!」

 

 本当になんだこいつ。こんなのと組んでて役に立つのかよ……

 

 「ま、ゴミは自らゴミ箱に行かないからね。じゃあここは一つ、あんたの相棒にも体に教えてあげないといけないかしら」

 

 手を上げようとするメリッサに、先に俺は思わず頬をひっぱたいてしまった。口ではとやかく言っていた俺だったが、今回はこれが初めてだった。

 

 「……良い度胸じゃない」

 

 「度胸とかじゃねぇ。俺を罵倒するのはまだいい。ハーフボイルドだと言われてもな。でも相棒をとやかく言うことは許さねぇ。無論、他の人達に関してもだ」

 

 盗人とはいえ、女相手に手を上げちまうなんてハードボイルド以前に男として最低だ。

 

 目を閉じ腕を組んでやり返されるのを待つ。しかし、それはなかなか来なかった。

 

 うっすらと目を開けるとメリッサは既にいなかった。どこ行ったんだよ……

 

 頭を掻きながら路地裏を後にする。【潜伏】のスキルで隠れていたメリッサはそれを解除し姿を現した。

 

 じんじんと痛みが残る頬を触れる。ピリッと、痺れる痛みが走った。

 

 「……生意気ね」

 

 心底嫌そうにメリッサは呟いた。

 

 

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 馬小屋に戻るとそこにはめぐみんとフィリップが何か話をしていた。

 

 「お前、こんなとこでサボってて良いのか?」

  

 「いいんです。大体、町が半壊したのはアクアが無駄に大量の水を召喚したからなんですから。寧ろ被害者です」

 

 頷けるのも無理もない。俺達ダブルが去った後、町の冒険者に任せたらなぜか大洪水に襲われ町が半壊した。どうもアクアが犯人らしい。

 

 デュラハンを倒し特別報酬金を俺達ではなく止めをつけたカズマのパーティーに送られたが、被害額により全ての報酬金を失くした他、借金を背負う羽目になった。

 

 その時アクアは自棄になって俺に対してカズマより臆病だのと暴言を吐かれ、思わず出た言葉が『溜め込んでる報酬金を払え』だ。何をむきにと思ったが、カズマ側から反省の意味も込めて上乗せされた。

 

 「で、クエストには行かないのかい」

 

 「もちろん行きますよ。その前に依頼があるのです。ダブルの正体を暴いてくれませんか?」

 

 「暴いてどうするんだい?」

 

 「お礼とファンになったことを伝えたいのです!お前の罪を数えろ……痺れました!紅魔族の壺をピンポイントで刺激して来ます!」

 

 羨望の眼差しに二人はどう反応するべきかと顔を合わせる。

 

 「……分かった。その代わり何も掴めなくても文句言うなよ」

 

 釘を刺すようにめぐみんに言うと、元気な返事をして馬小屋を出ていった。はてさてどうしたもんか。

 

 自分で言うのもあれだが、こういうのって正体不明だから良いんじゃないのか?

 

 「適当に身辺調査して終わらせるか」

 

 「だね。言わなければいけない時がきっと来る」

 

 フィリップは立ち上がり馬小屋を出ていった。俺も今回の件で信頼を失った分、取り戻さないとな。

 

 

 

 翔太郎が町中を駆け巡るなか、フィリップは一人で女神エリスを象った噴水に座っていた。

 

 どうしてあの時、僕はアクアちゃんの浄化魔法を喰らって体調を崩したのか。

 

 仮に肉体的ダメージがあるものだとしても、それは翔太郎にもダメージを受けるはず。それなのにそれらしい様子も見なかった。

 

 何が原因なんだろうか……精神に問題があるとすれば、僕には耐性が付いている。最も別のものと考えてしまえばそれはそれで出てくるのだが、基本はないだろう。

 

 「お前も悩み事かー?」

 

 「ん……まぁね。そういう君は?」

 

 「うーん……ミーアも悩みじゃないけど、エイミーに迷惑かけちゃって」

 

 ミーアと名乗る少女は獣耳を携えてオーバーオールを着た、小学生程の年齢だった。

 

 「ミーアはな、エイミーと一緒に野菜を売りに来てるんだけど、計算とかよく間違えて……。エイミーは大丈夫って言うんだけど、他にも困らせてばっかりだ」

 

 子どもは世話がかかるくらいが丁度いいというが……実際、魔王軍との戦いがあったりもして教育環境は充実どころか働いていない節もある。彼女の場合手伝い程度だと思うが、教養はなくて困らないことはない。

 

 教養がなくてもスキルカードで個々の能力が数値化され、それに合わせて職を選ぶ。合理的だがある意味統治されてしまっているこの世界では全くという訳じゃないが、貴族などの身分じゃないと教養は受けられないのかもしれない。

 

 例として、紅魔族はほとんど魔法使い職か店を営む者ばかりだ。スキルも誰かに一度教えて貰えば習得出来てしまうので学ぶ機会がめっぽう減る。

 

 ミーアの落ち込んでいる表情を見て、フィリップはあることを思い付く。

 

 「ミーアちゃん。もし良かったら僕と勉強しないかい?」

 

 「勉強?」

 

 「ああ。施設がなくても簡単に出来る」

 

 「本当……でも、お金とか」

 

 「いらないよ。さ、行こうか」

 

 フィリップはミーアを連れ歩き出す。いつの間にか自分が悩んでいたことも忘れてしまっていた。

 

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 町から少し離れた木陰で、僕とミーアちゃんの二人で色々な話をしながら勉強をしていた。

 

 ミーアちゃんはサムイドーという北の国からやって来た商人で野菜を売っている。何でも獣人が採る野菜はなぜか美味しくなるらしくそれなりに稼げるらしい。

 

 けれどミーアちゃんはそれが不服らしく、野菜ばかりで肉が食べられないと嘆いている。

 

 「外で勉強なんて考えたことなかったぞ。サムイドーじゃなまら雪が積もってそれどころじゃないから」

 

 「青空教室って言って……なまら?なまらとは一体?」

 

 「なまらはなまらだ。フィリップは言葉の勉強だな!」

 

 僕達二人の勉強会は夕暮れになるまで続いた。

 

 

 

 ーー翌日。

 

 翔太郎によるとなまらとは北の方言らしく、『すごい』などの意味があるらしい。順当にいけば『すごい雪が積もっている』との意味なので合っていると思う。

 

 噴水前を通ると、ミーアちゃんがきょろきょろと誰かを探している。僕と目が合うと走りだし飛び出してきた。

 

 「今日も勉強だ!」

 

 「手伝いはいいのかい?」

 

 「エイミーに出かけるって言ったらいいよって言ってくれたぞ。それにな、分かるって楽しいことだぞ」

 

 満面の笑みだった。末っ子の僕としては、まるで妹でも出来たような感覚だった。

 

 どうやらしばらくはこの関係が続くみたいだ。


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