二人が居なくなって一週間が経過していた。
静かになった事務所に不安だけが募っていた。
「全く、翔太郎君もフィリップ君も何してるのよ」
所長さんの両手にいつものスリッパを握っているがアグレッシブさはなかった。
所長さんの体は所長さんだけのものじゃない。新たな命が芽吹いていた。
裏風都の件が終わり暫くした後、妊娠が発覚した。今はほとんど家で過ごすことが多く、私は日常の手伝いをしている。
その時、事務所の扉が開いた。所長さんの夫で刑事の照井さんだった。
期待の眼を向けるが、刑事さんは静かに首を横に振った。収穫はなかったみたいだ。
「風吹山の方とかは?ほら、お父さんの別荘もあるでしょ?」
「捜索に当たったが見つからなかった。そもそも付近にいるなら自力で戻ってくるはずだ」
それもそうだ。それに遠方にいるとしたら連絡が来るだろうし、電波が届かないならフィリップがエクストリームメモリを使って居場所を伝えにくるとか方法はある。
久し振りにドーパントが出た時も私と所長さんは事務所におらず、後から刑事さんも増援に来たがもぬけの殻だった。
私達はおろか、風都イレギュラーズのメンバーや救ってきた依頼人にも心配されている。
街からヒーローが消える……それがどれだけ不安なことか大きく押し寄せてきた。
静寂に包まれるなか、再び事務所の扉が開いた。私だけじゃなく所長さんも顔を上げた。
しかし、立っていたのは二人ではなく一人。しかも首からカメラをぶら下げた男性だった。
「今は休業中で……」
「それぐらいの張り紙は読める」
そう言って男はいつも翔太郎が依頼人の話を聞くときに座る椅子に腰を掛けた。尊大な態度に少し癪に触った。
私は二人に知り合いかどうか、無言で瞳だけの合図を送った。どうやら二人とも知らない様子だった。
「客人にコーヒーも出さないのか」
「客人?依頼人じゃなくて?」
「依頼人だったら入ってこない。知りたいんだろ、探偵二人がどこに行ったかをな」
その言葉に私よりも先に刑事さんが動いた。胸ぐらを掴み無理やり立たせる。
「お前がドーパントか?」
「俺に質問をするな」
返された言葉に刑事さんは難色の表情を見せた。他でもない、今の返しは刑事さんが多様する謳い文句みたいなものだからだ。
「照井竜。いや、仮面ライダーアクセル。俺は別に戦いに来た訳じゃない。むしろ助けに来た。ちょっと面倒事になってるからな」
男は刑事さんに乱された服装を直すと再び椅子に腰をかけた。刑事さんが仮面ライダーだと知ってるのは風都ではごく一部、いや、それこそ私達ぐらいしか知らない。裏風都の生き残りか、新しい敵組織か……?
「助けに来たなんて信じられると思ってるの?」
「どう信じるかはお前ら次第だ。だが探偵はお前らじゃ手を出せないところにいる。ま、そこで何をしてるのかまでは知らないな」
嘘をついてるようには見えなかったが、なぜか信じきることは出来なかった。微妙に漂うただ者じゃないような言葉では言い表せない雰囲気。そもそも正体を知ってるのが特別なんだけど。
「俺は忙しいんだ。早く答えを出してくれ」
「……私、いくよ」
本当にこの男を信じていいのか分からない。けれど唯一舞い込んできたチャンスを逃す訳にはいかなかった。
「刑事さんは風都と所長さんをお願いします」
「待て。お前まで居なくなったらもし左が戻ってきた時になんて言えばいい」
「その時はまた翔太郎が助けに来てくれる。だから今は私の番」
刑事さんはまだ少し納得していない様子だった。戦う術を持っていない私が行くのはやっぱり気が引けるのだろう。
「ときめちゃん!所長命令よ。必ず二人を連れ帰ってくること。事務所に関しては任せなさい!」
後押しするように所長さんが言い放った。刑事さんもそれを見て仕方なさそうに頷いた。
「話は纏まったみたいだな。さっさと行くぞ」
男が立ち上がり急ぎ気味に事務所を出ていく。私も後を追うように事務所を出た。
「手を出せないって、具体的にどういうこと?」
「行けば分かる。着いた後は自由行動だ。忘れ物するなよ」
忘れ物……あっ!
「ちょっと準備するから待ってて!」
私が用意し始めたのは唯一現場に残っていたバイク。移動手段にも便利だし……まぁ、私は免許持ってないけど。
「いつでも行けるよ。と、その前に貴方が何者かを聞いておかないと。翔太郎が心配する」
「あの男も随分心配性なこった。まぁいい。実際、俺はもう一つ用事があるからな。もしかしたら合流することもあるかもしれない」
「俺はーー通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ」
その言葉とともに、私は銀色のオーロラに包まれた。
次からまた本編に戻ります。アイリスが出てきますが、どうなることやら……?