舞台はテラスティア大陸にあるルキスラ帝国。その東端区域にある冒険者の店《狼の牙亭》です。GMであるクラインの指示を受けながら、アミュスフィアが見せるルキスラ帝国の街並みを横目に、プレイヤーたちは狼の牙亭へと足を踏み入れます。
店に入ると、ウェイトレスの服装をした十代と思しき人間の少女が駆け寄ってきます。
ウェイトレスの少女:あ……いらっしゃいませ。狼の牙亭へようこそ。皆様新人の冒険者さんですか。
キリト:ああ、冒険者の仕事を受けるには、どうすればいいんだ?
ウェイトレスの少女:それでしたら、カウンターにいる店長に声をかけてください。
リズベット:ねぇ、このウェイトレスの声って、クラインが喋ってるのかしら?
シリカ:えっと、どうなんでしょう。
アスナ:基本的にはGMが全部喋るみたいだけど、このアプリはあらかじめセリフを入力しておいて、自動で話すようにもできるんだって。
リズベット:なら、さっきの挨拶はあらかじめ入力したやつなのね。いや、クラインが裏で声を当ててるのを想像したら、気持ち悪くて。
GM(クライン):おい! 聞こえてるからな。
このアプリではプレイ中プレイヤーからGMの姿は見えませんが、GMからはプレイヤーの行動を見ることも、声を聞くこともできています。また、プレイヤーに直接声をかけることも可能です。
プレイヤーがカウンターに近づくと、店主と思われるドワーフの男がいました。ドワーフの男性は大抵髭を蓄えているため年齢は判断しづらいですが、おそらく壮年は過ぎています。かつては冒険者だったのか、腕には古傷が残っています。
ドワーフの店主:見慣れん顔じゃな。冒険者志望か?
リーファ:おじさんがここの店主さんですか?
ドワーフの店主:おお、儂はレアンという。冒険者になりたいと願うなら、その時点で冒険者じゃ。歓迎しよう。
アスナ:あの、今受けられる依頼は何かありますか。
ドワーフの店主→レアン:ふむ。なら、一つ遣いを頼もうかの。ここから東に2時間ほど進んだところにある森で、儂の古馴染みが炭焼き小屋をやっておる。そこへ日用品と食料を運んどくれ。報酬は一人100G。途中でつまみ食いせんよう、おまけで保存食を三日分つけてやろう。
リーファ:えーと……この世界だと1日の生活費が50Gぐらいだから、100Gって報酬としてはかなり安いんじゃ。
リズベット:保存食が1日分で10Gだから、合わせても130G。新人だからって、足元見てんじゃないの?
アスナ:報酬は100Gだけなんですか?
レアン:森に出るのは野生の獣ぐらいじゃ。ある程度腕が立つものなら、さして危険な仕事ではない。これ以上金を払う仕事ではないし、新人に任せられる仕事は今の所これぐらいしかないぞ。
シリカ:でもこれ、絶対に獣だけじゃ済まないパターンですよね。
リーファ:とは思うけど、他の依頼がないなら、この依頼を受けてシナリオを進めるしかないんだろうし。チュートリアルだって割り切るしかないのかな。
キリト:んー…………なあ、これでも俺たち腕にはちょっと自信があるんだ。強い魔物が出る依頼でも、全然構わないぜ。
レアン:うーむ…………
キリトの言葉を聞いて、レアンは腕を組んだまま口を閉ざしてしまいます。
アスナ:ちょっとキリトくん。そんなこと言っても、チュートリアルの内容は変わらないでしょ。
キリト:いや、GMの判断次第では、もしかしたら。
少し待っていると、最初に出迎えてくれたウェイトレスが近づいてきました。
ウェイトレスの少女:あの、腕に自信があるということでしたら、私の依頼を受けてもらえませんか?
一同:おー!!
リーファ:すごいクラインさん。キリトくんの無茶振りに対応してる。
リズベット:いや、クラインがすごいんじゃなくて、最初からシナリオに組み込まれてたんでしょ。そんなに機転が利くとは思えないし。
GM(クライン):まあ、その通りだよ。
ウェイトレスの少女は名前をマオといい、彼女が依頼を出すことにレアンは難色を示しましたが、プレイヤーが乗り気であったために半ば諦めたような表情になります。そして、マオが依頼の内容を話し始めました。
ウェイトレスの少女→マオ:私には冒険者をやっている兄がいるのですが、二日前に依頼を受けて出かけてから、まだ帰ってこないんです。どうか兄を探してはもらえないでしょうか。
シリカ:お兄さんが受けた依頼というのは、なんだったんですか?
マオ:東の山脈にある廃坑が蛮族の住処になっているらしくて、近隣の村から討伐依頼があったんです。兄はその依頼を一人で受けてしまって。
リズベット:一人で? なんでそんな無茶なことを。
マオ:兄はナイトメアで、子供の頃に差別された経験があるせいか、他の冒険者の方と上手く馴染むことができていなかったようなんです。私はてっきり最近パーティーを組んだ人たちと一緒だと思ったんですが、すでにパーティーを抜けていたことが昨日分かりました。
リーファ:種族の差別……同じナイトメアだから、他人事に思えないな。
アスナ:マオさん、お兄さんのことすごく心配してるのね。
キリト:お兄さんの名前と容姿、あとレベルもわかったら教えてくれ。
マオの話から、レオという名の二十歳前後に見える体格のいい黒髪の男で、冒険者技能はファイターLv4、ソーサラーLv3の魔法戦士だと判明します。そのレベルの高さにプレイヤーたちは息を飲みました。
リズベット:レベル4の冒険者が帰ってこないってことは、敵も最低でもレベル4以上ってことよね。
リーファ:敵のレベルと冒険者レベルが同じなら、冒険者の方が強いらしいので、もしかしたらレベル5や6かもしれません。
アスナ:それ……勝てるのかしら。
キリト:さすがに初心者用シナリオでレベル6は出ないだろ。ひとまず、話を聞いたからにはその廃坑に行かないとな。
シリカ:あれ? そういえば廃坑は東の山脈にあるって言ってましたよね。たしか、最初にお遣いを頼まれた森も東だって。
一同:あ……(察した)
レアン:東の山脈に行くなら、ちょうど炭焼き小屋は通り道だ。ついでに荷物を持って行ってくれ。廃坑の場所はそこで聞けるはずじゃ。
一同:ですよねー。
マオから兄レオの捜索、レアンからはついでのお遣いの依頼を受け、プレイヤーたちは東の森を目指します。徒歩で2時間(ゲーム内時間が経過しただけであり、実際にはアバターが森へとワープした)ほどかけて着いた森は、背の高い木が密に生えており、所々に真新しい切り株も見えます。木々の間に炭焼き小屋へ続いていると思われる林道が、森の奥へと伸びていました。
リーファ:森はALOとあまり変わらないかな。
キリト:ALOとは違って、GMのタイミングでモンスターが出現するから、何の気配もなくて少し物足りない感じがするな。
アスナ:そんな風に感じるのはキリトくんだけよ。
リズベット:でも、いきなり敵が出てきて、ダイスの目が悪いと不意打ち受けたりするんでしょ。レンジャーの私とスカウトのキリトが前後で分かれたほうがいいかしら。
シリカ:タビットは種族特徴の第六感で危険感知できるので、不意打ちがあれば気づけますよ。
アスナ:なら、後ろからの警戒はシリカちゃんに任せて、キリトくんとリズは二人とも先頭を進んで。罠や待ち伏せがあるとしたら、先頭の方が確率が高いわ。
GM(クライン):(さすがにSAO生還者だと用心深いな。モンスターは普通に出現させるか)
しばらく林道を進んでいると、獣の雄叫びが響き渡り、行く手を阻むように狼のような獣が五体出現しました。このセッションで初の戦闘が幕を開けます。
このアプリケーションでは魔物と遭遇し戦闘を行う場合、自動的に魔物知識判定と先制判定が行われます。戦闘前に使える魔法などがある場合は、それらを使用するかの確認ログが表示されますが、今回はそういった魔法を持つキャラがいないのですぐさま判定が始まります。
魔物知識判定はセージ技能を持つアスナの目が悪く、Lv1のウルフだと判明しますが弱点を見抜くことができませんでした。続く先制判定ではスカウトのキリトが1足りずに先制を取られることになりました。
リズベット:ちょっとキリト! なにやってんのよ。
キリト:仕方ないだろ。あいつら以外と素早いんだよ。
アスナ:二人とも、喧嘩してる場合じゃないでしょ。敵は五体だから、前衛は三人。キリトくん、リズ、リーファちゃんお願い。私とシリカちゃんが後衛。
一同:了解。
先制のウルフの攻撃。ダイスの結果、三体がキリトに残りの一体ずつがリズベット、リーファに襲いかかります。
キリト:なんで俺だけ三体も(コロコロ……)くそ、三回目だけ回避失敗。3ダメージか。
リズベット:あ、6ゾロで回避成功。
リーファ:あ! あたしも6ゾロ。
キリト:な…………俺も攻撃で6ゾロ出してやる。見せてやる二刀流……じゃなくて両手利き。
戦闘特技の両手利きは片手用の武器を二つ同時に扱えるようになる特技です。1ラウンドで二回攻撃できる強力な特技ですが、使用できる武器に制限があり、命中にペナルティがかかるデメリットがあります。
キリト:いくぞ。(コロコロ……) ……二回とも外れた。
一同:(苦笑)
リーファ:次はあたしよ。魔力撃で攻撃(コロコロ)、よし命中。威力は(コロコロ)クリティカル。(コロコロ)すごい、またクリティカル。
キリト:な、なんで俺の時には出てくれないんだ。
リーファは自分の魔力分ダメージを上げる魔力撃に加え、連続クリティカルで最終的に33ダメージという数字を叩き出してウルフを一撃で倒しました。この数字は初期キャラとしては相当な威力。ウルフなら二回倒してなお余るほどのダメージです。
アスナ:リズ、回復はしばらく必要なさそうだから、私も前へ出るわ。次にかばうの宣言をお願い。
リズベット:オッケー。
アスナ:前線に移動して攻撃。(コロコロ……) クリティカルが出たけど8ダメージ……やっぱりフェンサーじゃ威力が低いわね。
リズベット:止めは任せて。アスナにかばうを宣言して、ダメージを負ったウルフに攻撃(コロコロ)、ごめん外した。
シリカ:なら、あたしが止めを。エネルギーボルトを撃ちます。(コロコロ……)抵抗突破して8ダメージです。
シリカの魔法で二体目のウルフも倒れ、再びウルフの攻撃です。対象はキリト、リズベット、リーファに一体ずつ。
キリト:うわ、また回避失敗。5ダメージか。
リズベット:回避成功。
リーファ:魔力撃のペナルティあったけど、回避成功。
キリト:だから、なんでさっきから俺だけ出目が悪いんだよ。今度こそ、両手利きで攻撃(コロコロ……)一回命中してダメージは(コロコロ)い、1ゾロ!? 攻撃失敗……
一同:(……こんな頼りないキリト初めて見た)
リーファ:あたしに任せて、また一撃で(コロコロ……)あ、あたしも1ゾロ。
リズベット:兄妹揃ってなにやってんのよ。
アスナ:リズ、私はいいからキリトくんにかばうをお願い。回復は次にして、このラウンドは数を減らすために攻撃するわ。(コロコロ……)命中、4ダメージ。
リズベット:アスナ、出目は安定してるんだけど攻撃力がね。私は(コロコロ……)命中して9ダメージ。うわ、1だけ残った。
シリカ:大丈夫です。まだあたしがいます。エネルギーボルトで倒します。
そうして三体目も戦闘不能。残る二体の攻撃はキリトをかばうリズベット、アスナへと向かいますが、リズベットは高い防護点でノーダメージ、アスナは回避に成功します。
キリト:三度目の正直(コロコロ……)よし、一回命中、7ダメージ。
リーファ:あたしはまだダメージを受けてないウルフに魔力撃(コロコロ……)、16ダメージ。また一撃。
アスナ:すごいリーファちゃん。私も攻撃(コロコロ……)4ダメージ。
リズベット:これで決める。(コロコロ……)8ダメージで倒したわ。
アタッカーであるはずのキリトの目が振るわず、魔法戦士のリーファは一撃で倒すか攻撃失敗という両極端なダイスの荒ぶりを見せ、多少時間はかかりましたが、このパーティー初の戦闘はキリトが少々ダメージを負ったのみで危なげなく終了しました。
しかし、敵はソード・ワールドでは最弱に近いウルフです。この先、より強力な魔物が彼らを待っていることでしょう。
《続く》