「どうやら逃げ切れそうだな」
「油断して落っこちないでよ。水中に大型のモンスターがいるから」
キリトさんとリーファさんの会話を聞きながら、橋の中央に設けられた、円形の展望台に差し掛かった時だった。
ピュ~~~~
ドォオオオオオン!!
「「「!?」」」
ゴゴゴゴゴゴッ
「やばっ・・・」
「な・・・」
僕等の頭上を背後から二つの光の点が高速で通過して、僕等の十メートルほど先に落下して、一瞬、爆発するかと思ったら、重々しい音とともに、橋の表面から巨大な岩壁が高くせり上がって、完全に僕等の行く手を鬱いだ。
ダッ
「うおおっ!」
「えっ!キリト!?」
「あ・・・キリト君!」
僕とリーファさんはそれで、走る勢いを緩めたけど、キリトさんは揺れめることなく、背中の剣を抜くと、岩壁に突進していった。
ガツーン!
ドサッ
「!?」
剣を思い切り岩に打ち込むと、衝撃音と共に弾き返されてキリトさんは尻餅をついた。
「・・・キリト」
「・・・ムダよ」
「もっと早く言ってくれ・・・」
「無理ですね。キリトがせっかちすぎるんです」
そんなキリトさんの横に止まると、リーファさんは言った。
それを聞いて、キリトさんは恨めしそうな顔で立ち上がった。
「そうよ。それに、コレは土魔法の障壁だから物理攻撃じゃ破れないわ。攻撃魔法をいっぱい撃ち込めば破壊できるけど・・・」
「その余裕はなさそうですね・・・」
三人で並んで背後を振り返ると、血の色に輝く鎧をまとった集団の先頭が橋のたもと差し掛かるところだった。
「飛んで回り込む・・・のは無理なのか。湖に飛び込むのはアリ?」
「ナシ。さっきも言ったけど、ここには超高レベルの水竜型モンスターが棲んでるらしいわ。ウンディーネの援護なしに水中戦するのは自殺行為よ」
「じゃあ戦うしかないわけか」
「ですね」
剣を構えなおすキリトさんに僕は頷き、刀を抜いて構えた。
「それしかない・・・んだけど、ちょっとヤバイかもよ・・・。サラマンダーがこんな高位の土魔法を使えるってことは、よっぽど手練れのメイジが混ざってるんだわ・・・」
「リーファ、君の腕を信用してないわけじゃないんだけど・・・ここはサポートに回ってもらえないか?アルトリアも」
そして、リーファさんは頷きつつそう言って、唇を噛むと腰の刀を抜いた。
その時にはもう敵の集団をはっきりと目視できた。
それを見てかどうかはわからないけど、キリトさんは僕とリーファさんをちらりと見て、言った。
「それなら、私が戦います」
「!アルトリア」
「彼等がトレーサーを付けたのが、昨日なら、キリトの戦い方を知っているんじゃ無いですか?」
「!?」
それには、流石に抗議した。
議論している暇は無いのはわかってる、けど、二重の意味でダメだって思った。
ポンッ
「!?」
「大丈夫だ、アルトリア。お前は下がって、リーファと回復役、頼んだ。その方が、対策されてたって思い切り戦えるし、な?」
なのに、キリトさんは僕の頭に手を置くとニッと笑って言い聞かせるように言った。
「・・・わ、わかりました。死なないでくださいよ?」
「ああ。リーファも頼んだ」
「わかったわ」
それで仕方がなく、リーファさんと一緒に、軽く地面を蹴って橋を遮る岩壁ぎりぎりの場所まで後退した。
ジリッ
「・・・」
ダンッ
僕等が後退すると、キリトさんは腰を落とすと体を捻り、剣を体の後ろ一杯に引き絞り、津波のように手前の三人に迫った。
「せいっ!!」
カァア!!
ブンッ
ガァーン!!
気合いの声と共にキリトさんは左足を一歩踏み出すと、青いアタックエフェクトに包まれた剣を、深紅の重戦士達に向かって横薙ぎに叩きつけた。
その叩きつけた時の斬撃で空気は断ち割れるように唸り、橋が揺れた。
キリトさんのその攻撃を盾で受けた人達のHPが一割以上減少する。
「えっ・・・!?」
「「「セアー・フィッラ・グーリン・エール、ヘルガスク・アルール・エイトルドー、リーザ・フォルク」」」
「「「エック・バルパ・エイン・ブランドー・ムスピーリ、カッラ・ブレスタ・バーニ、ステイパ・ランドル・ドロー」」」
ドドドドドッ!!
「キリト君!!」
「!?」
けど、その減ったHPは後方から立て続けにスペル詠唱の声が響き、瞬時にフル回復。
その直後、彼等の後ろからオレンジ色の火球が次々にキリトさん目掛けて発射され、キリトさんの立っていた場所は、湖面を真っ赤に染まるほどの爆発が起きて、キリトさんはそれに飲み込まれていった。
それにリーファさんは思わず悲鳴にも似た叫びを上げ、僕も声には出せなかったけど、その光景に衝撃を受けた。
「スー・フィッラ・ヘイラグール・アウストル、ブロット・スバール・バーニ」
「スー・フィッラ・ヘイラグール・アウストル」
そこから、爆発で上がった炎が薄れ、その中にキリトさんの姿を確認して、リーファさんが回復魔法の詠唱に入る横で僕も今、使える回復魔法をキリトさんに使う。
そして、思った。
“ほら、みたことか”って、だから、僕が戦うって言ったのに・・・。
「うおおっ!!」
ガァーン!!
僕等の回復魔法でキリトさんはHPが一応、フル回復する。
回復するなり、剣を構え直して、猛然と重戦士の列に打ちかかり、剣と盾が衝突したことで、火花が散る。
「「「セアー・フィッラ・グーリン・エール、ヘルガスク・アルール・エイトルドー、リーザ・フォルク」」」
「「「エック・バルパ・エイン・ブランドー・ムスピーリ、カッラ・ブレスタ・バーニ、ステイパ・ランドル・ドロー」」」
「!スー・シャール・リンド・アシーニャ、バート・エイミ・オーグ・スヴェルド!」
キリトさんがせっかく、ダメージを与えても、それはすぐにフル回復され、おまけに、また爆裂魔法を使ってきて、咄嗟に高速で防御魔法のスペルを唱えた。
ボワッ
ドドドドドドドドドッ!!
「!?」
「くっ」
キリトさんの体を、僕の両手から飛び出した無数の蝶が包み込むと、そこに爆裂魔法が降り注ぎ、僕のMPが一気に下がっていって、0になってしまった。
ドドドドドッ!!
「うわぁっ!!?」
「!?」
MPが切れ、立て続けにキリトさんに降り注いだ火球は防ぐことが出来ず、キリトさんは直撃を受けて、吹き飛ばされて、地面に叩きつけられた。
キュポッ
「ゴクッ・・・スー・フィッラ・ヘイラグール・アウストル」
「スー・フィッラ・ヘイラグール・アウストル、ブロット・スバール・バーニ」
一気にマナ回復ポーションを飲み干して、回復魔法を使う。
「う・・・おおおっ・・・!」
「もういいよ、キリト君!」
そして、また立ち上がり、剣を振りかぶるキリトさんにリーファさんはその背中に向かって叫んだ。
「またスイルベーンから何時間か飛べば済むことじゃない!とられたアイテムだってまた買えばいいよ、もう諦めようよ・・・」
「・・・」
けど、そんなリーファさんへキリトさんが返す言葉なんて、手に取るようにわかった。
「嫌だ。俺が生きてる間は、パーティーメンバーを殺させやしない。それだけは絶対に嫌だ」
「!?」
少しだけ、こちらを振り返ったキリトさんは押し殺した声で言う。
「うおああああああ!!」
ダッ
ガァアン!
ギギギギッ
「!?」
「くそっ、なんだコイツ・・・!」
次の瞬間、仁王立ちになったキリトさんは吼えて、敵の火力が途切れた一瞬の隙を突き、そびえ立つ盾の壁に突進していき、右手に剣を下げ、空いた左手を盾のエッジに掛けると無理矢理にでもこじ開けようとする。
その思いがけないアクションにサラマンダー隊列は乱れ、わずかに開いた隙間に、右手の剣を強引に突き立てる。
当然、キリトさんの予想外の行動に敵側から途惑いの声が上がった
「チャンスは今しかありません!」
「!ユイ」
「チャンス・・・!?」
「不確定要素は敵プレイヤーの心理状態だけです。残りのマナを全部使って、次の魔法攻撃をどうにか防いでください!」
その時、ユイちゃんの声がして、見てみると、いつの間にか僕の左肩に掴まって、その隣にいるリーファさんにも聞こえるように、ユイちゃんは言った。
「で、でも、そんなことしたって・・・」
「やりましょう。リーファ」
「・・・えぇ」
普通に考えれば、焼け石に水だろうけど、ユイちゃんの目はものすごく真剣で、キリトさんもやる気なんだもん。
「「「エック・バルパ・エイン・ブランドー・ムスピーリ、カッラ・ブレスタ・バーニ、ステイパ・ランドル・ドロー」」」
バッ
「「スー・シャール・リンド・アシーニャ、バート・エイミ・オーグ・スヴェルド!」」
僕とリーファさんは、同時に両手を上空に向かって突き出すと、先に詠唱を始めていた敵よりもわずかにだけど、早く高速詠唱を終わらせ、僕等の両手からさっきと同じように無数の蝶が飛び出すと、キリトさんの体を包み込んでいく。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
「ふっ!」
「・・・」
直後、敵の爆裂魔法がキリトさんに降り注ぐ。
そして、今度は、僕のだけじゃなく、リーファさんのMPも結構なスピードで減っていく。
「パパ、今です!!」
「セアー・ウラーザ・ノート・ディプト、レン・ヘルベルグ」
後、もう少しでMPが切れるという瞬間、ユイちゃんが僕の肩で叫ぶと、キリトさんの詠唱する声が聞こえてきた。
「え・・・!?」
「!?」
敵の爆裂魔法とこちらの防御魔法がほぼ同時に終わり、一際大きく火炎の渦が巻き起こり、ゆっくりと鎮まっていくなか、炎の壁の中から、ゆらりと黒い影が動いた。
一瞬、目の錯覚かと思った。
その影が、あまりにも巨大だったから。
たしか、さっき、キリトさんが詠唱していたのは、プレイヤーの見た目をモンスターに変えるという幻影魔法だったはず、変化する姿はプレイヤーの攻撃スキル値でランダムで決定されるらしいから、キリトさんが使えば、雑魚モンスターになるはずは、無いと思うから、きっと、ボス級?
「・・・えっと、キリト君・・・だよね・・・?」
「の、はず」
で、のっそりと起き上がった姿を見て、思わずそう言ってしまった。
黒い肌だったり、紅い目だったりと、所々、違う部分はある、あるけど、僕にはアインクラッド七十四層のフロアボス、“グリームアイズ”にしか見えなかった。
だから、呆然と呟くリーファさんに、僕は曖昧に答えた。
正直、僕にもわからなかった。
「ゴアアアアアアア!!」
「ひっ!ひいっ!!」
ダッ
「!?」
ガァアン!
ドスッ
ボッ
そして、目の前で、あんな巨大なモンスター変化したキリトさん(仮)に凍りつく彼方さん達。
キリトさん(仮)がゆっくりと天を振り仰ぎ、雄叫びを上げると、前衛の一人が悲鳴を上げて数歩後退した。
その瞬間、キリトさん(仮)は恐ろしい速さで走り始め、盾の列に開いた隙間に鉤爪の生えた右手を無造作に突っ込んで、その指先が重戦士の体を貫いた。
と思った次の瞬間には、その重戦士の人は姿を赤い火みたいなのに変えた。
「うわあああ!?」
「馬鹿、体勢を崩すな!奴は見た目とリーチだけだ、亀になればダメージは通らない!」
それを見て、同じく前衛だった残りの二人は恐怖で悲鳴を上げて、盾を下ろし、左手の武器を振り回しながら、じりじりと後ずさっていく。
その後ろから、彼等のリーダーらしき人物が怒鳴るけど、その声は、恐怖に包まれた彼等には届いていない様子だった。
「ゴアアアアアアア!!」
ガブッ
「!?」
サッ
「!?」
そして、キリトさん(仮)は大音量で吼えながら飛び掛かると、右の人は巨大な口で頭から咥え、た、段階で僕は、視線をずらし強く目を瞑ると、耳も両手で塞いだ。
ここから先が想像できたし、だからこそ、見たくなかったし、聞きたくもなかったから。