ソウル・オブ・メモリーズ~始まりの章~   作:アユ夢

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黄金津のカノン(上)
第64話・第六層主街区≪スタキオン≫へ


「パクチッ!」

「!?」

 

 

花火とカウントダウン・パーティーが終了して、集まった人達がそれぞれ、宿屋や狩場へ姿を消し、街中に静けさが戻った頃、僕達も移動を開始した。

その時、僕の隣を歩くアスナさんがくしゃみをした。

 

 

「ぱくちっ!」

「・・・それはくしゃみ?それとも明日の朝飯にパクチーが食べたいと言う意思表示?」

 

 

そして、もう一度。

僕等の前を歩いていたキリトさんがアスナさんにそんなことを聞いて来て、アスナさんは鼻を押さえつつ、キリトさんを睨んだ。

 

 

「私、パクチー苦手」

「じゃあ、コリアンダーは?」

「苦手」

「じゃあシャンツァイは?」

「苦手・・・ってそれ、全部同じ草でしょ?」

 

 

キリトさんは、それでも、パクチーの別名を次々と出していって、それに答えていったアスナさんは、最後には突っ込みを入れて、一つ溜め息をついた。

 

 

「くしゃみ・・・だと思うわ。確信はないけど」

「へ?どういう事?くしゃみかそうじゃないかくらい解るんじゃ・・・」

「くしゃみって、寒い時に体温を上げるためか、鼻に入った異物を排出するための不随意運動でしょ?どっちもアバターには必要ないわ」

「ははあ、それはまあ、確かに・・・」

 

 

そのまま、くしゃみの仕組みを話で説明してくれたアスナさん。

ふずいうんどう?とか良くわからないけど・・・

 

 

「つまり、SAOのシステムがわざわざ擬似的なくしゃみ機能を再現しているなら、それは本物のくしゃみと呼べるかどうか微妙・・・って事よ」

「なるほどね・・・ぶるすっ!」

 

 

そう言う話をしていると、今度はキリトさんが盛大にくしゃみをした。

 

 

「あら、明日の朝ご飯にブルスケッタが食べたいの?」

「・・・ブルスケッタって何?」

「イタリアのカナッペみたいな料理」

「それは普通に美味しそうだな」

 

 

そこですかさず、アスナさんはにんまりと笑ってキリトさんにさっきの仕返しをした。

僕としては、ブルスケッタもだけどカナッペも良くわからなくて、ちんぷんかんぷんだった。

 

 

「・・・ていうか、なんか寒くないか?」

「・・・確かに、寒いわね・・・」

「・・・」

ガバッ

「!?」

「アスナ、こうしたら、寒くない?」

「・・・」

 

 

そして、寒いと言ったアスナさんに僕は、抱き付いた。

そしたら、アスナさんが一瞬、フリーズした。

これ、ダメだったか?

 

 

「だ、大丈夫よ?カヴァス?貴女は、寒くない?」

「僕は、平気」

「そう、良かったわ。」

 

 

アスナさんは、苦笑いを浮かべて僕を引き剥がすと、メニューを開いて装備フィギュアを手早く操作して、あっという間に白いタイツを履いた。

 

 

「これで、私も大丈夫だから、ね?」

「う、うん」

「それにしても、お正月なんだから寒くて当然かもしれないけど、そのわりに、ついこの間までいた四層は暖かかったわよね。アインクラッドの季節感ってどうなってるの?」

「え、ええと・・・ベータテストは八月だったんだけど、昼間の日向とか、確かに暑いなーと思うことはあっても不快なこんじじゃなかったな。現実世界の真夏の蒸し暑さとは、体感的には全然違ったよ」

 

 

そこから、アインクラッドの季節感の話になった。

 

 

「ふぅん・・・。まあ、本気で暑かったらフルプレート・アーマーなんて着てられないものね」

「確かに。昔のヨーロッパの騎士とか、夏はどうしてたんだろうな」

「エルサレム王国のテンプル騎士団は、暑さで動けなくなってサラディンの軍隊に負けたのよ」

「な、なるほど。・・・ともかく、アインクラッドの気候は、それなりに季節感を出しつつ本当に辛いレベルで暑くなったり寒くなったりはしない、ってことだと思う。いまだって、現実世界の真冬に比べれば全然マシだろ?」

「まあ、この格好でもせいぜいくしゃみが出る程度よね」

「ただ、それにも例外はあって、一年中真冬だったり真夏だったりするフロアもあるって、雑誌が何かで読んだ記憶があるな」

「ふぅん・・・ベータテストの時は、その常夏フロアは見つからなかったの?」

「うーん、何せ実際に夏だったから・・・。でも、確か七層の南側にはビーチがあったよ。真っ白い砂浜にヤシの木が生えてて、水着でサマー・バケーションしてる連中も結構いたなぁ」

「その言い方じゃ、キリト君は完全スルーだったんでしょ」

「そりゃあ、だって、男一人でバケショっても空しいだろ・・・。いいんだよ、俺は攻略一直線だったんだから」

「七層の南側ね、覚えておくわ。もしそこが常夏エリアだったら」

「・・・だったら?」

「んー、その時までナイショ。さあ、早いところ次の主街区まで行きましょ。明日・・・じゃなくて今日から六層の攻略を始めないと」

「ばけっしょ!」

 

 

そう言う話を、ほぼほぼ、キリトさんとアスナさんがして、それを聞きながら、歩いてると、キリトさんが再び、くしゃみをした。

 

 

「あっ!俺には抱き付くな?ハラスメントコードが発動するから」

「・・・ちっ!」

 

 

だから、今度はキリトさんに抱き付こうとしたら、キリトさんに全力で拒否され、僕は、舌打ちをした。

 

 

「フフフ(笑)抱き付いて貰えば良いじゃない?」

「そう言う訳には、いかないだろ」

「それに、そんなにサマー・バケーションが楽しみなの?」

「ちっ、ちがっ」

「なら、六層はさくさく突破しないとね」

「僕も頑張る!」

「えぇ、頑張ってね?」

「えっ、ちょ、だから、違うって!」

 

 

そして、キリトさんが必死に“違う”って言うのを聞かずに、僕とアスナさん、ワンちゃんは転移門をくぐり、第六層へと向かった。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

「・・・なんだか、改めて見ると、ゲームの中の街みたいだね」

「まあ、ゲームの中だけどな」

「「・・・」」

 

 

第六層の主街区≪スタキオン≫は、五層の主街区≪カルルイン≫と違って、隅々まで整った街並みだった。

ゲームの中の街の基準は、僕にはわからないところだけど、アスナさんが言うんだから、そうなんだろうと思った。

それに、キリトさんがそんな冷めるようなことを言うとのだから、僕は、アスナさんと一緒に冷たい眼差しで、キリトさんを睨んだ。

流石にそれは、ダメだ。

 

 

「??」

「・・・ねぇ、キリト君」

 

 

そうやってキリトさんを睨んでたら、キリトさんは黙り込んで、俯いてしまっていた。

 

 

「どうかしたの?キリト?」

「そうよ。いきなり黙り込んで、どうしたの?まさか、もうお腹が空いたんじゃないでしょうね」

「い、いや、そう言う訳じゃ・・・」

「なら、六層最初の質問、いい?」

「は、はい、どうぞ」

「これ、なに?」

「へ?」

 

 

そんなキリトさんに僕とアスナさんは声をかけて、アスナさんはキリトさんに自分達の足許を指さして質問した。

足許の舗装された灰色のタイルの四つに一つくらいの割合で一から九までの数字が刻まれたソレを。

 

 

「あ・・・あぁ、これね・・・ほら、ここのラインがちょっと太くなってるだろ?」

「ほんとだ」

「この太いラインで、タイルが九×九の八十一マスずつに区切られているんだ。こう言うの、向こうで見たことないか?」

 

 

そして、キリトさんに言われて、足許のタイルを見つつ、思い返してみた。

 

 

「そういえば、お姉ちゃんが買って来る雑誌とかで見たことある気がする。」

「雑誌?・・・あー、そっか。これ、ナンバープレイスね。私、結構得意だったよ。へぇー、広場のタイルがパズルになって・・・るん・・・」

 

 

思い返してみて、お姉ちゃんが買って来る雑誌のページの中で見た気がして、言うと、アスナさんが目を輝かせてタイルを見て、改めて転移門広場を見回して、その嬉しそうだった声がしぼんでいった。

 

 

「・・・これ、パズル幾つ並んでるの?」

「ベータの時と変わってなければ、八十一マスのセットが縦横二十七個ずつ。真ん中だけが転移門で欠けてるから、二十七の二乗から一を引いて、七百二十八個」

「ななひゃく・・・一瞬全部やってやろうって思ったけど、やりたくなくなった」

「それがよい・・・ベータテストの時は、このナンプレに囚われてフロア攻略を断念した連中が、敬意を込めて≪ナンプラー≫と呼ばれたもんじゃ・・・」

 

 

そして、足許のナンプレの数を知って、アスナさんはぷいっと視線を剃らし、そんなアスナさんに何故か長老風な口調でキリトさんは言った。

 

 

「・・・五層の遺物拾いにハマっちゃった≪ヒロワー≫さんたちより更に悲しい称号ね。でもさ、これだけ大がかりなパズルなんだから、全部解けば何かすごいご褒美があるんじゃないの?」

「まあ、そう思うよな。俺もベータの時はそう思ったし、ナンプラー達は確信してたと思うよ。でも、これが実にイヤらしい仕組みでさ・・・毎日午前零時に、ヒント数字が全部変更されるんだ」

「えええ!?ってことは、全部解こうと思ったら、二十四時間で七百二十八個も解かなきゃいけないわけ?」

 

 

更には、口調はもとに戻して、午前零時にヒントの数字が変わることを教えてくれた。

 

 

「えっと・・・これ、ぱっと身で難易度マックスな感じだから、どんなに慣れてる人でも一個解くのに二十分はかかるよ。てことはかける七百二十八で、一万四千五百六十分・・・を六十で割って、二百四十時間と四十分・・・十日以上かかるじゃない!絶対に無理よ!私やらないからねこんなの!」

「だ、誰もやれなんて言ってないし・・・」

 

 

それを聞いて、アスナさんは、これを全部解くための時間を計算して、出した答えに驚き顔を呆れ顔に変えて叫んだ。

 

 

「ともかく、当時のナンプラー達も最後の方は手分けして挑戦してたんだけどそれでも零時に間に合わなくて、ベータテストの最終日にはとうとう禁じ手を使ったらしい」

「禁じ手?」

「うん。テストの時は、もちろん、ログイン・ログアウトが自由だったから、ヒント数字の配列を暗記して、ログアウトして外部のプログラムに解かせて・・・」

「あー、なるほどね」

「んで、テスト終了の一時間前に全クリしてさ。ほら、よく見ると、八十一マスの中で一つだけ、タイルの色が濃くなってるだろ?」

「あ、ほんとね」

 

 

そして、キリトさんに言われてよくよく見てみたら、確かにタイルの色が濃いヤツがあった。

 

 

「そこに入る数字が、たぶん何かのキーなんだ。戦いの果てにナンプラー達は七百二十八個のキーナンバーを手にして・・・」

「うん」

「ふむふむ」

「おしまい」

「はぁ?」

「へ?」

「その数字をどうすればいいのか、誰も解らなかったんだ。テスト終了までの一時間、この広場にはパンツ一枚で数字を叫びながら躍り狂うナンプラーたちの悲しい姿があったと言うよ」

「「・・・」」

 

 

そのタイルの説明とそれらにかかりっきりで、結局、何も解らぬまま終わったベータ時代のナンプラーさん達の話を聞いたら、なんとも言えない気持ちになった。

 

 

「わあ、もう三時過ぎなのね。そろそろ宿屋に行きましょ、今日はDKBもALSも寝坊するでしょうけど、十時には攻略に出発したいわ」

「そうだな・・・」

「じゃあ、質問その二ね。スタキオンのおすすめの宿屋、どこ?」

 

 

その気持ちを切り替えて、キリトさんの案内のもと、僕等は宿屋に向かって歩いた。


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