DQ2 四つ葉の勇者~人間に戻った王女に1勇が降臨しました~ 作:みえん
時刻を知らせる真鍮の鐘はすでに九回。
明け方と同時に帰ってきたカインもようやく眠い目を擦りながら、鐘の音で目を覚ます──と思いきや、鐘ではない。
竜の翼で帰ってきたラヴェル王子が、なかなか起きようとしないカインを、無理やり「ザメハ」で起こしたことによる目覚めであった。
(なんか……変な朝だなぁ)
まだ重い瞼をこすりながら、カインは頭を振った。
朝はよくしゃべるロルは、今日に限ってぼーっとしている。
ラヴェル王子は王子で、ただでさえ少ない目尻の鋭角をさらに絞って、話を切り出したい様子で、皆が揃うのを待っている。
腕組みした部分と足のつま先が小刻みに揺れているのは、イライラしているからなのだろう。
仕方なくカインは、部屋の反対側にあるベッドに向かった。
アイリンの姿をしたレオンが、布団を深くかぶって眠っている。
少なくとも、睡眠時間は十分なはずなのに、なかなか起きないのは何故なのだろう。上から手を添えて揺さぶった。
「朝だよー、起きて、レオン」
ゆさゆさ。ゆっさゆさ。
何度か揺り動かすと、透明な膜が張られたような、色素の薄い赤瞳がぱちりと開いた。
右へ左へと、虚空をさまよったのち、やっと自分と目が合うと、彼は──アイリンの姿のレオンは、にこりと微笑んだ。
「……ああ、起こしにきてくれたのか、フィーロ。今日は父さんが寝坊したな」
「……はい?」
訊いたこともない穏やかな声に、カインは思わず身をすくませる。
フィーロ? 父さん? 誰?
「起きてて大丈夫なのか? 今日は調子がいいんだな」
いよいよ、一歩下がる。ひくり、と喉が鳴った。
様子を遠巻きに見ているはずのロルも、ラヴェルも、今だけは自分と似たような表情をしていることだろう。
アイリン、ではない。
かといって、レオンとも違う。
寝ぼけているのか。それとも、アイリンがまた別の人間を? ──いや、それはない。
何が起こったのかわからないまま、とにかく激しく揺さぶった。
「ちょっと! しっかりしてレオン。僕だよ、レ、オ、ン!」
ぎゅっと、目尻に皺ができるほどきつく両目が閉じられた。
やがて再び開いた瞳に、先ほどの柔和さはなかった。真紅の瞳が赤々と、燃えるように煌き、いつもの、刺すような眼光が戻っている。
勢いよく身体が自身の筋肉によって引き上げられ、カインの顔に影を作った。
「邪魔だ、どけ」
片手で押しのけられる。避けるのを待たずに通ろうとするあたりは、いつものレオンだ。
ただひとつ、違うところと言えば、今回は全裸ではない。乱れてはいるが服は着ている。もっとも、目に毒なのは違いない──一枚の薄布なのだが
「なんなんだよ……」
先ほどの印象が強すぎて、動機が早まっている。なんのことはない、ただ寝ぼけていただけなのだろう。
「カイン、話を始めるってよ」
こっちこいよ、と手招きをするロルに頷き、寝室と繋がっている続きの間へと歩いた。
「星読みの少女が言うには、命と月の紋章は、デルコンダルにあるそうだ。送ってやるのは可能だが、どうする?」
淡々と告げるラヴェル王子に対し、ロルは「もちろん頼む」と即答した。
カインは一瞬、口ごもり、レオンは渋い表情をする。
もっともレオンが朗らかな時など、食事以外では見たことがないのだが。通常の渋いよりも、より苦い、といった程度だということは察した。
「あのさ」と、遠慮がちに切り出したのはカインである。
「疑うわけじゃないけれど……その、星読みの彼女は、ロトの子孫に恨みを持ってるはずじゃあ? なのに、どうして協力してくれるの?」
「疑ってるじゃないか」
あっさりとカインの気遣いを切り落とし、ラヴェルが答える。
「まぁ、出自にかかわることだ。そちらの使命も彼女にはある故、嘘を言うことはない。信用していい」
「なら、いいんだけどさ」
その傍ら、レオンが独り言のように呟く。
「またデルコンダルか……いつも邪魔しやがる」
「いつも?」
「また?」
ロルとカインが顔を見合わせる。
つっこみたい気持ちを抑えつつ、返答は期待できないとふんだカインがいち早く、呟きを拾った。
「面倒でもなんでも、シアを助けに行くのは変わらないよね?」
「違う。月の紋章と命の紋章を手に入れるために行くんだ」
そっぽを向いたままでレオンが答えた。
「……あ!」
今、気づいた。と言わんばかりにカインは口元を抑える。しかし、もう遅い、気づいてしまった。
よくよく考えたら、このパーティ、チームとしての機能は無いではないか。
もっとも、アイリンにレオンが降臨したときからおかしな流れではあったが、あのときはまだシアがいた。シアも自分も、周りに気を配るほうだし、協調性もあるほうだ。
しかし、悲しいかな、この三人──。
誰もが誰も、わが道を行くタイプで聞く耳を持たない。うち二人は自尊心がかなり高い。そして、人の話を聞かない。
この中に一人、笹舟のような弱い自分が大海にぽつりと浮いている状態で、どうやって沈まないでいられよう。無理だ。
「またそんなこといって。どうしてレオンは仲間を信用しないんだよ。おかしいだろ、それ」
「仲間、か」
「なんだよ。否定しようって言うのか?」
若干、睨んでいるように見えなくもない。
いつもより、剣呑な空気を出したロルが、レオンと対峙していた。
「俺にも仲間がいた時期がある。それ自体は否定はすまい。だがな、」
「だが?」
……ああ、もう始まっている。
当然のことながら、ラヴェル王子は仲裁はしない。黙って終わるのを待っていて、終わらないときに「いいかげんにしろ」と諌めるタイプだ。
「ちょっと、二人とも」──と、カインが間に割って入ったときだった。
「では聞くが。今現在、ロトの血が入っている者が、世界に何人いる? 緑、貴様はサマルトリアの王子選出戦で、候補は他に何人いたんだ。言ってみろ」
「はぁ?」
思わぬところから、話がこちらへと向いた。
とりあえず、とカインは過去を思い出しながら、指を折る。
「十五歳から二十五歳までの、ロトの血を引く独身男子で、かつ自国出身者っていう規定だったなぁ。トーナメント戦で僕は四回戦ったから……予選含めて、五十人くらいいたかな」
「それみろ。もう世界中に何百人と散らばっているんだ。それでどうして、ロトの血筋というだけで、信用できる? その何百人の子孫は、皆、善人だと言い切れるか?」
「善人かどうかじゃないだろ! 仲間を信用できるかどうかの話だろ!」
結局、話がループしている。
「……ね、二人ともさぁ。その辺は個人の自由ってことで、意識を統一しなくても……」
「何だよ、カイン。シアは仲間じゃないってのかよ!」
「シアは絶対正義だけどね、今はそういう話じゃなくてさ」
無理にまとめて、話を進めようとした矢先であった。
窓の辺りで奇妙な音が鳴った。
バサリバサリ、と羽を使い、わざと知らせているようにも聞こえる。鳥だ。いや、鷹だった。
「……シア!」
「は?」
「あ、ごめん、僕の鷹だよ。シアって名前なんだ」
近づくと、羽根をもどかしそうに動かす。片方が重いようでアピールするかのように、カインに訴える。
「血……?」
「怪我?」
「いや、この子の血じゃ無いみたいだ。洗ってあげないと」
「その前に、手紙読んでみろよ。急ぎの用事かもしれない」
頷いた。言われるまま、カインは足のホルダーから丸めてある紙を取り出す。陽に当てて文字を確認すると、彼には珍しく眉間に皺がよった。
『お兄ちゃん、助けて』
手紙にはその一文。最後に署名がある。
隣からひょいと覗き込んだロルが、カインの肩に腕をのっけた。
「サマルトリアのチェリ姫じゃないか。何かあったのか」
「……たいしたことないさ、きっと。いつもこんなことして遊ぶ子だから。僕の反応を見て面白がっているんだ」
ほっといていいよ、と手紙をゴミ箱に入れる。鷹についた血を洗い流すため、洗面室へと足を向けたとき、おい、とロルが止めた。
「妹だろ?」
「血は繋がってない。ロトの子孫ではあるけど、善人とは限らない」
「お前、さっきと言ったことが……いや、ある意味ブレてないか。いいやもう。それより、今回こそ、本当に、助けを必要としてんのかもしれねーぞ? いいのか?」
「側近に優秀なのがいるから、大丈夫じゃない?」
「だったらわざわざ鷹を使ってまで、手紙よこさないだろ」
うつむいて、ちらりと横を見た。これはカインの癖だ。何か含みがあるときの。どうやら事態はわりと深刻だ。
ロルは肩から手を下ろし、代わりにその手で背をぽんと叩いた。
「とにかく、カインは戻れよ。デルコンダルには、後で合流すればいい。人間のシアは、俺が取り戻してきてやるよ」
「……頼む、ロル」
「話はまとまったかい?」
ラヴェルが待ちくたびれたと言わんばかりに横柄に椅子に腰掛け、肘でで頬杖をついていた。
「ルーラで行きたいところだけど、今、デルコンダルは式典を行っている最中とかで、城門を閉鎖中だ。侵入するなら隙をうかがって私が飛ぶほうがいい。よって、これより二度三度の窺見をかねて、ローレシアで待機したいと思う……邪魔してもいいか、ローラント」
「もちろん、かまわないさ」
ラヴェルはレオンにも目を向けた。
「貴方も来るのがよろしいでしょう。今のローレシアと、ローレシアの現国王を見たいとは思いませんか」
レオンの眼(まなこ)が、ゆるりと動いた。