Mercenary Imperial Japan   作:丸亀導師

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北米戦役

1941年8月

南米からの通信により、計画通りに事が進んでいることがわかるも向こう側の戦況が完全に安定化しなければ、こちらには兵力が無いので攻勢には出たくない状態である。

 

幸いなことに、米国陸軍は戦力の逐次投入を行いながらこちらの要塞線を攻略しようとしているが、そのおかげで最近では攻勢がピタリと止んでいる。

いったいどんなやつが指揮をしているのかと、そう考えているが向こうも必死なのだろう。

 

一番に気掛かりなのは東欧では無いだろうか?あそこは現在波蘭が押し込まれているのだから、最悪風船のように破裂してしまうのではないか?そうとなっては最悪の場合、独逸も共倒れか…やはり南方戦役の戦力をあちら側へも送るべきだ。

そうとも属国の者達もある程度は戦ってしかるべきではないか?我々だけが、血を流すのなど。

 

であるならば、ロマノヴァへの働き掛けるのをもっと積極的に行うべきだと、本国へと通達するか。敗けては何もかもを失うぞと。まあ、ロマノヴァの戦力が動くのはまだ先だろうが、奴等のドクトリンは防御一辺倒で侵攻を考えていないからな、墓穴を掘ったな。政治的に必要な事であったがそれが足枷になろうとは。

 

今日の会議も終わり頃、本国から新型戦艦の建造が終了したと言う連絡があった。戦力化には最低でも3ヶ月は必要だろうが。

さてその全容を見たとき、思わず頭を抱えたくなった。全幅が最初持っていた情報よりも大きいのだ。

 

これではパナマは越えられぬ、南米をぐるりと回らねばならぬとは、どうしてこんなものを作るのか。

戦力化は良いがそこをもっと考えてほしいものである。

あんなデカ物国庫を圧迫するだけだ、戦力として持て余しそうであるがそれでも使ってやらねばならぬ。

 

極力の消耗は抑えつつ敵の動向を制限するためにも周辺の土地、特に奥地にあるであろう生産工場の爆撃を重点的に行っているが、日に日に爆撃隊の損害が多くなる所を見るに対応がいちいち過剰だが、いい判断をしている。

 

少し回りくどい方法ではあるが、実行中のあれが目を芽吹くまでの辛抱か?あれが出来れば悪鬼羅刹の如くこちらに牙を向けて突撃せざる負えなくなるはずだ、期待して待っていようと思う。

 

そう言えば近日中に新型爆弾の『気号』が前線入りしてくるようだ、まだまだ作戦に使うには早いしなにより資料を見るに工場区域等で使うには些か破壊力が違いすぎる。

これは、防御計画を少し修整しその部分に当ててみるのもいいやもしれぬ。

 

 

 

 

 

1999年2月

 

とても暑いブラジルでの作業が滞りなく進捗している中、合間を縫って高祖父の文書を読んでいる。

これは、後日に書いたものと月記があったためだ。

昔、私が初めて見たときは発見されていなかったようであるが、どうも最近になって旧宅から発見されたようである。

 

1941年の8月と言うのは米国の主戦派の議員の一人が何者かの手により暗殺される。と言う事件が起こった時期があるが、高祖父の『実行中の作戦』と言うものはそれだったのではないだろうか?

この事件が起こる前から、米国内での無差別的な殺人が前年の2倍に跳ね上がっておりもしかすると、と言うのが私の見解である。

 

特に白人を中心に狙いを定めている事から、白人と黒人の対立構造を更に先鋭化させるには効果的であったようで、戦争中の合衆国下院では度々話題に登るほどに深刻化していたようだ。

特に人種間の対立が激しい運動に繋がり、白人が黒人を射殺する等が当たり前になりつつあったのだ。

 

黒人も黙っているのではなく、やり返すのだからこれによって小さな小競り合いどころの問題ではなくなっていた。

そこで、この事件の犯人を日本軍の関係者とすることによって、事態の収集に務める事となったのだが、正しく答えであったのは皮肉な事だ。

 

もっとも、この当時の動きは既に高祖父の耳に入ったようだ。その証拠に、日本軍は要塞線の形状を少し変化させることにより、米軍を錯覚させるようになっていく。

 

1941年の11月頃、南部及び中央部の攻略が不可能なことから米軍は北部の日本軍のライフラインである補給線の寸断を目的とした、北部大攻勢を開始した。

これも高祖父は誘導したようでこの攻勢で米軍は兵力の1割が、戦線から離れざる負えなくなったと言われている。

 

いったいどのような手を使用したのか、陣形図を見るにその形は一見すればまるで時代錯誤ではないのかと思われた。

鶴翼の陣とよばれるものだと、戦闘終了時の形状を見れば言われるが、この戦闘でのこれは元々は違うものであったとされこの事から日本軍は初めから米軍をはめるためでこれを思考したのだろう。

 

後にスレーブ湖畔の戦いと呼ばれる。

 

その動き自体は非常に緩やかなもので、まるでクッションに包まれていくようと言われる程の超至近戦闘。

殆ど肉薄した距離である為に、双方砲撃など出来ない。それどころか、機銃を撃つことすら難しく歩兵装備でのみでそれらに対応する他ない。

 

米軍の兵士達はそんな戦いに次第に奥へ奥へと誘引されていき、陣形は次のようになっていく。

中央に行くほどに、人口密度が多くなりある程度行ったところで前進が止められる。

 

罠だと判断した頃にはもはや手遅れで、意図して制空権に機体を入れていなかったところへ、戦術爆撃が新型爆弾を投下していく。

 

ある兵士の手記にはこうある。

 

『上空で一段回目の爆発が起き、爆弾から何かが広がっていくそして地表に到着する次の瞬間周囲一帯は、とてつもない爆風で満たされた。

 

それは戦場の至るところで観測される。

一見すれば、米戦車の姿は健在なものもあるがピクリとも動かない、そう中の乗員は圧死したのだ。

この惨たらしい兵器は我々の損害を少なくするには良いが、こんなものを使って我々は絶滅戦争でもするのだろうか?』と。

 

実際この時に使用された爆弾は通称気号爆弾、と呼ばれる燃料気化爆弾の一種であったと言われており、焼死体等の情報からそれらの火力は既に現代でも通用するものとなっていたようである。

 

また、この時の事を高祖父はこう記した。

『例えどのような手を使っても戦争というものは勝たねばならぬ、例え私が裁かれようが気にも留めずただ突き進むしかない。』

と、しかし当時高祖父の参謀と呼ばれた者たちによる告白文がある。それによると

 

『生駒中将はそれを聞くと非常に喜んで言った。

「そうか、そうかそれは良いことを聞いた。ところで、これを市街地に投げ入れたらどうなるだろうか?君たちはどう思う?私は面白いものが見られると思うな。」と、あの時は背筋に冷たいものが流れるのを感じた。』

と、高祖父は当時の人から見ても何処か頭のネジが抜けたような人だったのだろうか?

ここで高祖父の経歴を見たとき、一つある事に目が行った。

 

ロマノヴァの首塚、あそこでかつてあった戦には高祖父が士官として参加していた事がわかったのだ。

そして、その時の戦果は誇れるものではない。実際こう記されていた。

 

生駒少佐 小隊長首並びに雑首19をここに献上す。

 

つまりは、そういう事なのだろうか?私の高祖父は、人の生首をとって喜ぶようなそんな人物なのだろうか?

少し思い悩むも、では北米戦役当時の高祖父はそんな考えでここまで大規模なものを行うかと言われればそうでもない。

 

きっと、あっさりと方が付いたことと、気化爆弾と言う代物の戦術的価値に関してそう感じたのではないだろうか?

その証拠と言えるだろうか、市街地においてこの兵器が使用されることはただの一度も無かったようだ。

 

専ら敵の塹壕や掩蔽壕への空襲に使用されたという、特に基地に対する第二次攻撃に頻繁に使用されたようで、的確に兵士のみを攻撃していたようだ。

親族だから庇っているわけではない、高祖父もきちんとした人だと言う事を忘れてほしくはないのだ。

 

 

 




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