Mercenary Imperial Japan 作:丸亀導師
2000年2月
映画への資料集めもそこそこに、私は久方ぶりの実家へ帰省をしていた。
日本国本土での生活環境はとてもじゃないが、私の実家なんかよりも遥かに快適で正直に言うと、今はとても寒い。身体の隅から隅へと冷気が流れていくようだ。
今日は吹雪いてはいないが、その寒さは大河が凍ってしまう程には寒い。
そんな中でも、基地の方からは砲撃の音が響いてくる。
クラスノヤルスク大公国軍の軍事基地、そこでは例年通り寒気の中での雪中行軍。
砲爆撃訓練が実施されているようだ、この訓練であるが何故このように寒い時期に本格的にやられているのか、と言えば。
これもやはり、第二次大戦の影響が大きいのは当たり前の事で、かつての自分たちの国の役割とそして自分たちはいつでも万全と言うことを、周辺国に思わせるためでもある。
そして、そんな彼等の行動には昨今様々な意見が飛び交っており、時にはそれが批判されることもある。
例えば隣国であり、現在ロマノヴァと文化財等の保護等で言い争いが耐えないロシア連邦との軍事面での緊張に繋がる。だとか、軍隊を廃止しろだとか、そういう人たちからだ。
だが、彼等がこんなにも厳しい訓練に耐え抜き、空きを生じさせないでいるからこそロシア連邦とは対等な貿易関係でいられるのだ。
未だに工業化乏しいロマノヴァは、それがなければ今頃国家が吸収されていても不思議ではないのだ。
確かな鉱物資源の裏にはこのような薄暗い背景が存在し、工業国への依存度がかなりの割合で高く、労働者の所得や物価もやはり先進国と比べれば低い水準である。
中流国と例えるならばどの国か、そう言われると真っ先に名前が上がる程にこの国は代表的なのだ。
だが、この国が唯一誇れる工業生産品が存在する。それは除雪車だろう。
日本帝国のようなぼた雪というのは意外なほどに、他国には少なくどちらかと言えば、氷の上に降り積もりそれが圧雪されて氷のようになるのが一般的だ。
もちろんその為に、日本帝国への輸出は伸び悩んでいるが欧州や各国の南極観測隊等には基本的に、ロマノヴァのものが使われている。例外としてやはり日本帝国だけは使わないのだが。
さて、この除雪車これが発展したのはやはり世界大戦後の話となるのだが、これはとある出来事のお話だ。
1942年2月
ソ連の背面を付くために冬季攻勢を本格的にしようとしていた時のことだという。
ちょうどこの頃、日本帝国の97式戦車後期生産型が登場しソ連の防御重戦車の装甲を何とか抜いていた頃の話だ。
この頃の北方戦線は冬真っ只中、雪だけでなく河は凍りつき風に触れただけで凍傷になるほどに深刻な寒さの中、行軍していた者たちがいた。
日ロ連合軍である。
その最前線には道の雪を、氷った道を少しでも進ませるために、排土板を、取り付けたпр2が前進している。
装甲厚のある先頭車両はきっと弾除けの代わりも兼ねて、その道を作っているのだがそれでも凍った地面は容赦ない。
進んでいるさなか、1輌の97式が空転した。一度回転してしまうと、無限軌道ではとまらない。足元を止めなければ、どんどん回ってしまう。
せめて路面が土であるならば良いのだが、生憎完全に凍っている。
それを見るロマノヴァの兵士たち、そして日本軍の将校へとこう言った。どうして冬期装備を付けていないのか、これでは行軍どころではないと。
対して、これが我々の冬期装備だ。貴官等の方がおかしいと。
実際ロマノヴァの装備は世界でもっとも冬季に強いと言われていただけに、標準的ではない。
さて、ここで日本帝国の車両が回転してしまったが、どうしてロマノヴァの車両が空転しないのか。
無限軌道の作りに要因がある。それは、ピンだ。ロマノヴァの無限軌道はスパイクシューズのように地面に突き刺さる、それも戦車の自重で用意に突き刺さり地面をしっかりと食っている。
これ日本軍の97式の地形適応能力、特に氷雪地帯に対する適応性の低さというものを証明するエピソード、として有名なものだ。実際初期ロットのものは、こういったものが多かったようだが後期にもなると対応をしたのか、1944年以降でこのようなものは聞かない。
しかしながら、これの記す通り日本帝国の除雪もとい除氷能力は実際のところ低かったと言えよう。
これは、単に本国が比較的温暖であったと言うこと、更にロシア中央部の気候を甘く見ていたことが要因と思われる。
そして、ロマノヴァ軍はそれを見ていた。人の振り見て我が振り直せという諺通り、日本軍のそれを見てさらなる対策を講じようと冬季での戦闘をより効率的に行えるよう進化していったのが、現在のロマノヴァ軍だ。
軍隊と民需の除雪車の開発はこうやって繋がっているということを、私は言いたい。
たまにこう言う人がいる、軍事は悪だ何故貴女はそんなものを研究しているのか、即刻辞めるべきだと。
個人の意見を持つことは良い事だ、だが私は一言言いたい。個人の意見を忙殺するような、そんな物言いをされたくはないと。
私は、近現代史を研究する傍ら軍事雑誌や映画、テレビ等のものに対してアドバイスをして、銭を稼いでいる。
勿論その殆どが海外への外征、で溶けていく。
軍事は悪か?いいや私は違うと談じよう。軍事とは単なる集団的自衛本能とでも言うべき行動に基づいて、そうやって組織化されたものだと。
本当に悪ならばそれは存在できていない筈であり、一人一人が意見等持つことも出来ないだろう。
話がそれてしまって申し訳ない、実を言えば2週間後テレビ討論とか言う番組に出演することになった。台本も貰っているけど、実際の話台本には殆どなにも書かれていない。その人物の意見を尊重するというのが手指のようだ。
私がこうして実家に帰ってきたのは、私が日本人ではなくロマノヴァ人である、という事を改めて認識する事と私の高祖父に対しての客観性を意識するためだ。
私だからこそ、言える意見があると心に秘めて。
そして、客観的に見た高祖父の事を今ここで話そうと思う。
もしも高祖父が、北方戦役に駆り出されていた場合、間違いなく行軍が停止することは無かった。確実に準備を重ねていき、裏でも動いたに違いない。
何かしらの行動を起こす為には、前段階となるものが必要となる。しかし、高祖父は同じ時期に対米戦を有利に進めるべく一部の部隊を大西洋岸のカナダ領へと向かわせた記録が残っており、実際にその部隊は戦後、あまりにも早い行軍速度を疑問視されている。
そう考えるに征北軍は、大将軍にその土地に対する知識の不足があったが為に、今も尚批判されることがある。
だが、高祖父だけが異常だと言うことは高祖父の指揮をする範囲が如何に広大かと言う事で解る、彼は一人で北米大陸全ての戦線を操作していたのだから。
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