ハイスクールD×D Dragon×Dark   作:夜の魔王

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木場の過去

 カキーン

 

 旧校舎の裏手の草の生えていない場所に金属音が響き渡る。

 

「何故俺にはライナー!?」

 他の人にはフライなのに。

「部長、いじめですか!?」

「私は眷属を大切にしているわ」

 そうでない俺には優しくしてもらえないということか!

「球技大会は来週よ。部活対抗戦、負けるわけにはいかないわ」

 その球技大会の種目が未だ不明なので、手当たり次第に練習しているのだ。

(部活がある野球が競技になったら、野球部が勝つだろうから、野球は違うと思う)

 だとしたらなんだろう。順当にドッジボールだろうか?

 

「次はノック行くわよ。皆、グローブをはめてグラウンドに散らばりなさい!」

(部長、ここは空き地でグラウンドではありません)

 ちなみに練習するのは通常の意味の他に、悪魔の力は人間を超えているので、その力を制御(セーブ)するためでもある。

(あれ? 俺がする必要が薄くなったな)

 しかもイッセーたち悪魔の皆さんはこの後も夜のお仕事がある。ハードすぎるな。

 

「行くわよ裕斗!」

 部長の打った硬球が木場の元へ飛んでいく。いつもの木場ならそれは簡単に捕球できただろう。しかし、木場はその打球を見逃した。

「……あ、すいません。ぼうっとしてました」

 そう言ってから木場はボールを拾いに行く。

 そんな木場を見た皆は彼を心配そうに見ていた。しかし、その心配の質は、部長、姫島先輩、子猫と、イッセーとアーシアとでは違っていた。

 イッセーとアーシアは木場に何かあったのか、調子が悪いのかと、気遣いから心配している。しかし、それ以外の人――悪魔なのだが――は何か(うれ)うような視線を向けている。まるで木場が何かを仕出かしてしまうかの様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 パン!

 

 少し前から降り始めた雨音に混じって、乾いた音が響いた。

 これは数ヶ月前にも一度こんなことがあったが、叩かれたのはイッセーではなく木場だった。

 というのも、球技大会当日になっても木場の調子は一向に戻らず、心ここにあらずといった様子で、全く覇気を感じられず、まるで抜け殻のようだった。球技大会の種目であったドッジボールの際もぼんやりしていてイッセーに(かば)われる始末だった。

 余談だが、その際にイッセーは球と玉とが激突する事態に見舞われた。あの時俺は外野から思わず叫んでしまったよ。

 それが気に食わなかった部長は木場の頬を叩いたという訳だ。

 

「もういいですか? 球技大会ももう終わりましたし、夜の時間まで休ませてもらっていいですよね? 昼間は申し訳ございませんでした。どうも調子が悪かったようです」

 木場は無表情から普段のニコニコ顔へと表情を一転させてそんなことを言う。傍目から見ていてもおかしいと思った。

 それはイッセーも同じだったようで、木場に声をかけたが、あえなく拒絶された。

 そして、木場が最後に言った言葉が、やけに耳に残った。

「僕は復讐(ふくしゅう)のために生きている。――聖剣エクスカリバー。それを破壊するのが僕の生きる意味だ」

 そう言った時の木場の顔は、五年前の俺と同じ顔をしていた。

 

 

 

 

 

 雨の中を家に帰る途中――傘は持っていなかったので神器にて作製した――に、日常に在らざる音を聞いた。

剣戟(けんげき)の音……こんな所で?)

 俺の耳に聞こえるということは、結界の類はないのであろう。

 こんな所で剣を振るうような知り合いが一人思い当たったので、音がする方に駆け寄った。

 

 少し離れた所では、二人の男がつばぜり合いをしており、更にその近くには、神父の格好をした男が致死量に達するであろうほどの血を流して倒れていた。

 つばぜり合いをしているのは方や駒王学園の制服を着て、方や神父服を着ていた。

 普通に考えれば駒王学園の制服を着ている男――木場が神父を殺害し、その連れと相対していると思うだろうが、この場合は事情が違った。

「フリードか!? まだこの近くに居たとはな」

 つばぜり合いしていた二人は飛び退いてこちらに視線を向けてきた。

「ひゅう! こんな所で会えるとはついてるねぇ!」

 フリードはテンション高く何やら言ってから――俺にはフリードの言葉はイマイチ分からないのだ――その手に持った剣にて斬りかかってきた。

「――ッ!?」

 目に見えぬ速さで振るわれたその剣を、両手に創り出したロングソードを交差させて間一髪受け止めた。

天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)!? 何で貴様のような奴が持っている!?」

 フリードが手にしているのは俺がこの前盗んだエクスカリバーの内の一本だ。能力は一閃が目に見えぬほど速いこと。

(まさかこいつに渡るとはな! 世間は案外狭い……)

 ロングソードを半ばまで断ち切られながら、右足を回し蹴り気味で放つ。

「おっと」

 フリードはそれを軽々と避けたが、そこに木場が斬りかかった。

「ぬぉっ! ちっ、流石に二対一は不利か! 逃げさせてもらいますよっと!」

「待て!」

 木場が逃がすまいと逃げようとするフリードに斬りかかったが、その手の魔剣を聖剣に砕かれる。

 俺が援護で投げた短剣を避けながら、フリードは雨の向こうに逃げていった。

「ちっ、厄介なことになりそうだな。……木場、大丈夫か?」

 自分の招いたことに毒づいてから、木場に負傷が無いか心配した。聖剣で傷を負わされたら、悪魔にとってはカスリ傷でも致命傷になりかねないからな。

「……ああ、大丈夫だよ」

 そう言った木場は見るからに意気消沈している。

「雨でずぶ濡れだし……風邪をひいても困るだろ? 家に寄って行くといい」

「うん。お言葉に甘えさせてもらおうかな……」

 

 

 

 

 

「黒縫さん、おかえりなさい」

 家に帰って俺と木場を、レイナーレが出迎えた。

「って、どうしたんですか!? ずぶ濡れじゃないですか! グレモリーの騎士(ナイト)さんも一緒ですし……」

 レイナーレは俺たちの様子を見て驚いた。急な雨とは言え、俺がずぶ濡れになるなんてことは今までなかったからな。

「悪い、レイナーレ。タオル持ってきてくれ」

「分かりました」

 レイナーレがパタパタと足音をさせて洗面所に駆け込んでいく。

「君と彼女は一体どんな関係何だい?」

「家主と同居人が一番正しいな」

「格好を見ていると、そうは思えないけど」

「それは気にしなくてもいいことだ」

 

 

 

「粗茶ですが」

 タオルで一通り体を拭いた俺と木場は、リビングの椅子に座ってレイナーレの淹れたお茶を受け取った。

「いただきます」

 そう言って木場がお茶を飲んだことを確認してから、俺は口を開いた。

「さてと、そのお茶のお代替わりに聞かせてもらおうか。何故お前がそんなにもエクスカリバーを嫌悪するのかを」

「……言わなくちゃ駄目かい?」

 木場は普段とは別人な様な表情で、顔を伏せたままそう言った。

「普段だったら言わなくてもいいけどな。近くにエクスカリバーがある現状では、聞いておきたい」

(まあ、原因は俺なんだけどな)

 木場はしばらく黙っていたが、淹れたお茶が冷める頃に口を開いた。

「この話は教会にとっての汚点の話でもある。聞いてしまったら、君が教会に命を狙われる可能性もあるよ」

「魔王の妹が直接管理している土地にいる以上、俺を殺しうるほどの戦力は教会も送り込めないさ。そもそも、どこにでもいるただの人間を殺す暇があるほど教会は暇なのか?」

 イメージ的にはずっと暇してそうだが。

「それもそうだね。――黒縫君は、聖剣計画というものを知っているかな?」

「いや、知らないな」

 

「聖剣計画というのは、聖剣――特にエクスカリバーを扱える者を人工的に生み出す計画で、剣に関する才能や神器(セイクリッド・ギア)を持つ者が被験者として集められたんだ。そこで僕たちは何年も非人道的な実験を繰り返した、まるで実験動物(モルモット)のようにね」

 そう言う木場の表情は、無理やり取り繕った無表情だった。

「そんな扱いをされながらも、僕たちは過酷な実験に耐えていた。やがてエクスカリバーを扱えるようになると信じて、聖歌を口ずさみながら。だけど、僕たちは『処分』された。生きながら毒ガスを浴びせられてね。僕は何とか逃げ出せたけど、毒ガスに体を(むしば)まれていた。もう瀕死の時、僕はイタリア視察に来ていた部長と会って、眷属悪魔に転生したんだよ」

 (うつむ)いていた木場は顔を上げると、ここではないどこかを憎悪に満ちた瞳で睨みつけた。

「部長は僕に聖剣に拘わらずに生きて欲しいと言ったけど、僕は同士たちの無念を晴らしたい。彼らの死が無駄ではなかったことを、彼らの分まで生きて、エクスカリバーを破壊することで証明したいんだ」

 木場がそう締めくくり、しばらくの間雨音だけが響いた。

 

「木場、この家を見て何か不思議に思ったことは無いか?」

「?」

 静寂が部屋を支配する中、朧が口を開いてそう言った。

 木場はその質問に疑問を抱きながら答える。

「別に、普通の家だと思うけど……?」

 自身なさげに回答した木場に朧は頷く。

「そう、普通の家だ。普通に生きる人間が、家族と暮らす(・・・・・・)普通の家だ」

 それを聞いて、木場は朧の聞きたいことに気づく。

「黒縫君、ご家族は?」

「死んだ。正確には殺された。堕天使にな」

 朧がそう言うと、部屋の隅に立っていたレイナーレはその場を立ち去った。堕天使である彼女にとって、これからされる話は決して聞きたいものではないのだから。

 

「俺の家族は父と母、そして妹がいた。極々普通に暮らしていたよ。あの時まではな」

 湯呑を持つ朧の手に力が入る。

「普通に暮らしていた俺の家族は、ある日堕天使によって襲われた。そして父が、母が、そして妹が殺された。それを見たシスコンである俺は大激怒した。そしたら目覚めたんだ。神器(セイクリッド・ギア)がな」

 両手に黒い長手袋を出す。

「堕天使たちはそれを(あや)ぶんで襲って来たそうだが、むしろ逆効果で、返り討ちにあった」

「それで、一体何が言いたいんだい?」

 朧の告白に驚きながらも、痺れを切らした木場が話を(さえぎ)る。

復讐(ふくしゅう)を果たした俺から、(いま)だ復讐の道中にあるお前に一言だけ言っておく――復讐なんて意味はない。少なくとも俺はそうだった」

 実体験を伴う故か、重みのある言葉に木場が黙り込む。

「だけど、僕は……」

 それでも復讐を捨てきれない木場に、朧はため息を吐いた。

「それでも諦められないなら、とっとと叶えてしまおうか」

「えっ?」

「何だ? 止められるとでも思ったのか?」

 木場は頷いた。

「既に復讐を果たした俺が、誰かの復讐を止める権利が有る訳ないだろう。それに対象が物なら何も問題ないしな。教会から命狙われるようになるかもしれないけど」

「えっと……」

「たとえ他の誰かがお前に止めるように言っても、俺は肯定してやる。どうせ、お前はそれをしないと先に進めないだろうし」

 木場は驚いた顔を朧を見て、そして頭を下げた。

「ありがとう」

「何で感謝してるんだよ。俺はお前に何もしてないぞ」

 朧はそう言うが、木場にとっては自分のしようとしたことを肯定してもらえたことは嬉しかったのだ。

 

 それからしばらくの間頭を下げていた木場は、朧に気持ち悪いと言われて家の外に追い出された。

 その時の雨は、小雨になっていた。

 


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