「それにしても、朧の奴はどこに行ったんだろうな」
勉強しながら一誠がそう言ったのは、朧がいないことで日に日に増しているオーフィスの圧力が原因である。本人(ドラゴン)には自覚がないのが一番怖い。
「ああ……早く帰って来ねえかな。マジでどこいったんだろあいつ」
「お教えしましょうか?」
その場に居る誰でもない少女の声がした。
一同がギョッとして声がした方を見ると、部屋の隅に紫色の小紋と真っ赤なプリーツスカートを着た少女――厄詠葛霧が正座していた。
「あなた誰? どうやってここに?」
「ここで問題です」
リアスの質問に対して一切答えることなく、逆に葛霧が問いかける。
「あなた方の周りにいる神出鬼没な人物は?」
『朧』
「正解です」
全員が一糸乱さず、間髪入れずに回答した。
「つまり、そういう訳です」
『どういう事!?』
その反応を見て葛霧は舌打ちする。
「説明が面倒ですね。私は預言者ですが、語るのは得意ではないのです。これが朧さんなら話が早くて助かりのですが。申し訳ありませんが、察して下さい」
無茶言うなと思った。
「なるほど」
そんな中でオーフィスが得心が言ったとばかりに頷いた。
「え、分かったのか?」
「全然」
「ですよねー」
実は分かっていなかったオーフィスの反応を見て、葛霧はため息を吐いた。
「仕様がない人たちですね。それでは一度しか言わないのでよく聞いてください」
その言葉に一同は勉強の手を止めて葛霧へと向き直る。
「説明が面倒だと言ったら朧さんがくれたDVDに全て記録されているのでご覧下さい」
『だったら最初からそれ出してよ!』
時間は文化祭の最終日まで巻き戻る――
「お久しぶり、
「お久しぶりです。
「どうしたんだ? まさか、俺に会いに来てくれたのか?」
「ええ、その通りです。あなたにどうしても会いたくて」
合わせてくれる葛霧ちゃん素敵。
「そうか……なら、俺の胸に飛び込んでおいで!」
その言葉と共に俺の広げた腕の中に肘打ちしながら飛び込んできた。
「真面目にしてください」
「す、すいません……」
肘打ちの痛みに耐えながら謝罪すると、葛霧ちゃんは深々と、マリアナ海溝よりも深くため息を吐いた。
「ねぇ、分かりますか? 私にとって掛け替えの無い人が私のことなどどうでもいい人だと知った気持ちがあなたに分かりますか?」
痛みと謝罪のために下がった頭を葛霧ちゃんはぐりぐりと踏みにじる。頭を上げたらスカートの中身が見えそうだが、その頭は踏みつけられて上がらない。
「えっと……その人っていうのは俺のこと……?」
「他に誰が居ると思ってるんですか? あまり
頭の上の足からかかる圧力がより一層強くなる。本当に潰されそうである。
「俺には君がどうして俺がそこまでになってるのか分からないんだけど」
「分からないのですか。まあ、分かるわけありませんよね。私だって本当は分かってないんですから。けど特別に教えてあげます。私が分かってると思っている内容を」
葛霧ちゃんは足を頭の上から下ろすと、地面に手足を着いていた俺の背中に横座りになる。
「私の母方はですね、『
「体は牛、顔は人の、災厄などの予言をする妖怪だったか?」
「そうです。その中でも私の先祖は特殊で、とある個人についての予言をする
「はずでした?」
「そいつは予言される前に死んだんですよ。分かりますか? 予言して死ぬはずの件が予言できずに生き長らえたんですよ? その後の件生は無意味に等しいです。実際、牛から生まれ、牛の体を持つ件の本来なら存在するはずのない末裔が人型で生まれるほどには荒れています」
何とも口を挟みづらい話題だ。
「で、能力は性質も含めて遺伝しまして、私も個人への予言する宿命を持っているわけです」
ようやく話が見えてきた。
「その予言が俺に対するものな訳だ」
「その通りです。非常に業腹ですが」
「俺、君にそんなに嫌われるような事したかな?」
少なくともこんな事をされる心当たりはない。
「知ってます? そんな訳で家の家系は代々予言した人に尽くすんですよ。相手が異性ならば
女流家系なんだなと現実逃避気味に考える。
「それが何ですか。ようやっと見つけた私にとって一生モノの運命の人は既に他の誰かさんに夢中ではありませんか。これでは私は何のために生きてるんだか。まあ、あなたの為なんですけど」
(どう対処すればいいか分かりません。誰か教えてください)
色々重くて圧死しそうである。あ、体重は軽いです。
「そして何が一番
(背中に柔っこい感触が)
背中にしな垂れかかられて言われても説得力がない。
「という訳で、私はこれからあなたに一生付き纏いますという事だけ覚えて頂けたら結構ですので。予言の内容をお伝えしていいですか」
「いいよ。いや、ちょっと待った」
「何ですか?」
「件は予言を伝えたら死ぬんじゃ……」
「大丈夫です。私は純粋な件ではありませんので、死にはしません。気を使ってくれるあなたが大好きですよ。好きではありませんが」
「どっちだよ」
発言が支離滅裂になりつつある葛霧ちゃんに苦笑いする。
「私は私の幸せのために、さして好きではないあなたに一生尽くすだけですよ。それでは、予言をお伝えします」
(多少引っかかる物言いだけど、案外これって
失礼なのは分かっているが俺はその想いには応えられないのだ。幸せにはするけど。
「では予言を――――無限の龍神に聖槍と神の毒が迫りし時、黒き者は境界を超えて、尽き果てる」
その予言の内容は、決して意外なものではなく、ある程度予想が付いていた事だった。たった
予言の内容を驚きながら反芻する俺を、葛霧ちゃんが不快なものを見たような顔をして見下ろす。
「後もう一つ言いたい事がありました」
「何かな?」
(また何かしてしまっただろうか?)
「
「お前の俺に対する感情複雑すぎるだろ」
結局好きなのか嫌いなのかどっちだよ。件的も個人的にも。
「短い間ですが、これから
「短い間だけど、今から
軽口に軽口で答えると、葛霧ちゃんは頬を赤く染めた。
「式はどこで挙げましょうか?」
「ノリノリだなおい!」
本心が本当にわからないんだけど!
「それで、今からどこへ行きますか?」
「愚問だな」
「ああ成程、結婚式場ですね」
「気が早い……というより、俺は結婚式を挙げる気はない」
招待する人がいないからとは言わなくてもいいことである。ぼっちとか言うな。
「『
「そうですか」
葛霧ちゃんは重々しく頷いてからしばらくして、俺に一つの質問をしてきた。
「ところで、『
「そこから知らないのかよ!」