「で、ここが英雄派の本拠地ですか。ただの廃校にしか見えませんよ?」
「そりゃそうだ。紛う事なき廃校だからな」
自分の発言を肯定した朧にそうですかと返して校庭に足を踏み入れようとする。
「おいおい、どこに行こうとしてるんだよ、葛霧ちゃん」
「どことは可笑しな事をおっしゃいますね。ここに連れてきたのはだーりんではありませんか」
「ダーリン言うな。兎にも角にも戻ってらっしゃい」
朧が手招きし、葛霧が近くに寄って来たのを確認すると、右手で魔方陣を展開する。
「英雄派の本拠は確かにここにあるが、厳密にいえばここと繋がった異空間にあるというべきだ。だから、その空間に繋げる魔法無しでは近づく事も出来ないんだよ」
朧の説明が終わると同時に、朧の魔方陣が発光した――警告を示すような真っ赤に。
「朧さん、繋がらないようですけど」
「……ゲオルグの奴、『鍵』の設定変えたな」
『鍵』というのは本拠と『門』の役割を与えられた校門(元)を繋げる魔方陣の術式である。
(それを変えたという事は……成程成程、これは縁切りと取られても文句は言えんだろうな)
「それで、どうするんですか朧さん。魔法無しでは近づけもしないという話でしたから、帰ります?」
クックックと不気味な笑いを浮かべる朧に葛霧が問いかけると、朧はかぶりを振った。
「葛霧ちゃん、一つ良い事を教えよう」
「はい、何でしょうか。もしや、新婚初夜の過ごし方についてでしょうか」
朧は葛霧に対してそれは俺も知らんと返してから、影の中から一振りの日本刀――霞桜を取り出す。
「俺が言いたいのはだな、何事にも例外があるという事だ!」
そう叫んで霞桜を唐竹割りに振り下ろすと、その軌跡をなぞる様に空間に亀裂が奔る。
朧は振り切った霞桜を影に仕舞い直すと、すぐに閉じようとする亀裂に黒い長手袋に包まれた腕を差し込み、強引にこじ開ける。
裂けた空間の向こうには、廃校と似た造りの、しかし今も使われていることが遠目でもありありと分かる校舎が見えた。
「葛霧ちゃん、ついて来るならお先にどうぞ」
「それでは、失礼して」
葛霧ちゃんはどーんと言って朧に体当たりし、朧と共に倒れ込むように裂け目を超えた。というか、実際に倒れた。
「何をするか、この小娘」
「朧さんにかかる負担が減るかと思いまして」
「余計なお世話だ。さっさと退け」
「ですが断ります」
朧の上に乗ったままの葛霧は一向に退こうとはしなかった。
押し問答を続けていると、あっという間に英雄派の面々に囲まれた。
「おいおい、お前のせいで囲まれてしまったろうが。いい加減に退きなさい」
そう言われて葛霧は渋々と朧の上から退いた。
「仕方ありませんね。私が怪我したらあなたの責任ですからね」
「一々重い!」
「女の子に向かって重いとは何ですか」
「体重の話じゃない!」
「……何用だ」
英雄派の一人が明らかに二人のやり取りで苛立った様子で尋ねた。
「胸に手を当てて考えてみろ」
そう言うと同時、
「オーフィスに危害を加えようと考えた。ただそれだけで、俺の悪意を買うには十二分だ」
黒い悪意を籠ったオーラを周囲に撒き散らした朧を見て、葛霧はうっとりとする。
「
悪意でもいいと言うあたり、葛霧も歪んでます。
「さて、行くぞ葛霧ちゃん」
「あなたと共なら地獄の側まで」
「微妙な所までだな」
(そこは普通、底までついて来るだろう)
次々に襲い来る英雄派の
ちなみに、英雄派の
本人としては
しかし、その綱渡りのような行為がいつまでも上手く続く訳もなく、ついに
「
(ああ、こいつはイッセーにやられた……影男)
朧は『
「お前の能力のネタはもう上がってんだよ。――炎、熱せ」
魔方陣から吹き出た炎が影に触れないように取り囲み、影の鎧ごと熱する。
「う、おおっ!」
炎を突き抜けて影男が現れると、朧は無造作に左拳を突き出した。
突き出した拳は影の鎧の中に飲み込まれる。
「はい、ここで爆破」
「ぐあッ!」
飲み込まれた左腕から爆発が起こり、至近距離で発生した爆風が影男を吹き飛ばす。
「タネの割れた手品ほど、詰まらないものはないな」
朧は見下しもせず、嘲笑いもしないただの無表情でそう言った。
「嗚呼、その無表情もいいですね。その表情で見下して欲しいです」
その朧を見てハァハァしてる葛霧はどうせ好意(恋愛的な意味で)を向けられないからと、何でも良くなったらしい(快楽的な意味で)。
影男は
「何、自決? それとも
朧は怪訝そうに注射器を見る。その目には隠しきれない興味の色が浮かんでいた。
朧に見逃される形で首に何かを注射した。
「お、オオオオォォォォォォOooooooooooh!!」
影男の体は先ほどよりも大量の影を纏い、全長五メートルほどの四足の獣へとその姿を変えた。
「お、
「Gyaaaaaaaaaa!」
雄叫びを上げて影の獣が跳躍し、頭上から襲いかかる。
後ろに飛び退いて躱す朧だったが、着地した際に吹き飛ばされた砂塵が視界を奪う。
「葛霧ちゃん、ちょっと飛ばすぞ」
「あなたのお気に召すまま」
朧は砂塵に包まれた視界を塞がれると、すぐ側にいた葛霧を空高く放り投げる。
その一瞬後に砂埃をかき分けるように黒の前肢が振り抜かれ、朧を敷地の端の壁まで飛ばす。
「がはッ……!」
壁に叩きつけられ、肺の中から空気が押し出される。
「Guooooo!!」
影の獣は唸り声を上げ、その凶悪な黒い牙の並んだ
「……
朧が右腕を突き出すと、影の獣を囲うように黒い箱が出現する。影の獣はすぐにでも突き破ってきそうな勢いだったが、中からは一切の音がしなかった。
「光が届かなければ影も生まれない――
突き出した右手を握り締めると、立方体の箱は一立法メートルまで小さくなる。
「ん?」
中から何の物音をしない事を訝しみ、
「んんっ? 俺はまだ何もしてないんだが……っと」
何故か一立方メートルの箱に閉じ込めただけなのに血だらけになって倒れていることを首を傾げながらも、先ほど投げ上げ、そしてようやく落ちてきた葛霧を受け止める。
「お帰り葛霧ちゃん」
「ただいま帰りました朧さん。そしてお帰りなさい重力」
やけに滞空時間が長かったのは、体重を軽減する魔法が働いていたからである。そうでなければ身体強度は然程高くない朧の腕はもげている。
朧は受け止めた葛霧にかけた魔法を解除して地面に下ろすと、地面に倒れて動かない影男へと近づく。
「無茶なドーピングの副作用かな。だけど、
朧は少しの間頭の中を探ったが、すぐにそれどころではないと思い直した。
「さて、そろそろ幹部に出てきて貰えないかね」
朧は居る意味がよく分からない葛霧を