現れた朧は、辺りを数秒見渡すと、黒の軌跡を残して姿を消した。
残された黒の軌跡を追って見上げると、朧はサマエルの
ちなみに、サマエルの舌はオーフィスを閉じ込めるために伸びていた。その状態で顎が閉じるとどうなるかは言うまでもない。
『オオオオオォォォォォオオオオオ……』
サマエルは痛苦の悲鳴を上げる。一切の攻撃を受け付けなかったサマエルの舌も、自分の歯牙だけは例外だった。
「オーフィスをペロペロしていいのは俺だけだ―――――ッ!!」
一度地面まで自由落下した朧は叫びながら再び跳躍し、顎に再度痛撃を与える。
これにはサマエルも堪らず、ゲオルグの制御を振り切り舌を引っ込める。
サマエルの舌が引っ込められた事で、黒い塊は消えて、中からオーフィスと鵺が現れる。
「朧、我の力、奪われた」
朧を見ての第一声が再会の言葉ではなく、あくまでいつも通りのオーフィスの言葉に、朧は一瞬だけ微笑み、そしてすぐに鋭い眼光でその場にいる全員を睨みつける。
「……アーシア、イリナ……後はオマケで小猫とレイヴェル、ルフェイ」
それを聞いた皆は何の事かと首を傾げた。
「それ以外は後で私刑」
いきなりの死刑宣告ならぬ私刑宣告である。
「理由はオーフィスに敵意を向けたから、もしくは利用したからです」
なお、先ほど宣言された人以外は既に怪我をしていた。オーフィスの加護か朧の呪いか悩むところである。
突如として現れ、サマエルからオーフィスを救出した朧に、曹操はいつもの様に槍を肩に担いで、嘆息してから話しかける。
「全く、君という奴は常識外れにもほどがある。まるで存在自体が
「それは未だ
不服そうな朧に、曹操は神妙な顔をして首を振る。
「いや、本心だよ。だから、今度こそ完全に息の根を止めさせて貰おう。君はそこにいる二天龍より厄介だ。でもその前に――ゲオルグ、奪ったオーフィスの力はどの程度だ?」
「四分の三ぐらいだな。これだけあるなら十分だろう。サマエルの制御も限界だ」
「十分だ」
曹操が指を鳴らすと、サマエルが魔方陣に沈み――
「
朧の腕から伸びた鎖が縛り上げて引きずり出し、地面へと叩きつけた。
「オーフィスに
地面に伏すサマエルを朧が見下ろすが、先程までサマエルの制御をしていたゲオルグの表情が変わる。
「拙い……! 今ので制御が完全を離れた。暴走するぞ!」
『オオオオオォォォォォオオオオオォォォォォ!!』
口から
「喧しい、暴走しているのが貴様だけと思うなッ!」
朧は全身に纏う黒いオーラの密度を高め、突進するサマエルに真っ向から激突し、弾き飛ばす。
自身も反動で吹き飛ばされた朧は、オカ研メンバーの近くに降り立つと、近くに落ちていた聖剣の芯を拾う。
「ルフェイ、
「はい!」
ルフェイがどこからか取り出した
それをキャッチした朧は
「構築――
一瞬の閃光の後、朧の手の中に幾千の時を超え、一振りの聖なるオーラを放つ長剣が現れる。そのオーラの輝きはデュランダルにも匹敵するが、その輝きは剣を含めて一瞬後に黒く変わる。
「
これは幻覚ではあるが、効果を受けた者に仮想の冷気を与えるほどの再現率を持つ幻覚である。難点があるとすれば精巧過ぎる故に本人も影響を受ける事だが、本来のコキュートスでも眉一つ動かさない朧には効果が無いに等しい。
特に本物を知っているサマエルには効果
「
頭上に掲げた
『オオオオオォォォォォォオオオオオォォォォォォ!!』
「
唸り声を上げ飛びかかろうとするサマエルが、聖剣から発せられた光を浴びると、
「
「
巨大な大剣が前触れなく振りかぶられ――
「
「
通常サイズに戻った聖剣を血塗れで倒れ伏すサマエルへと向けると、剣先から
数秒後、サマエルは手のひら大の黒い球体へと封じ込められた。
「封印完了。聖剣の力は偉大なりってか?」
そう言った所で、手の中の聖剣が澄み切った音を立てて砕け、一本の剣と六つの欠片へと分たれる。
それと同時に曹操たちを縛る強制力とコキュートスの幻覚が消滅する。
「一振りで限界か……まあ、突貫作業じゃこんなものか」
朧は興味を無くしたように聖剣を捨て、代わりにサマエルが封じられた宝玉を手に
「オーフィスに害を為せる数少ない存在を、ハーデスなどという骸骨に任せてはおけん。あんなのに使わせるぐらいなら俺が使う」
その言葉を聞いて一名ほど嫉妬していたが、誰も気づいていない。気づかなくても良い。
「そういう訳にはいかないな。それを取られると俺たちがハーデスに怒られる」
曹操は朧へ
「ハッ、知った事では無いわ。今となっては敵になった貴様らにかける情けはない。精々その聖槍で相討って果てろ」
影から引き抜いた、すっかり刃こぼれが修復されている霞桜の
(うん、やっぱり聖剣なんかよりしっくり来る)
二人はお互いに敵意と得物を向け合い、些細なきっかけで戦いの火蓋が切って落とされるほどに緊迫していた。
こういう場合は大抵第三者がそのきっかけを作るのだが、今回そのきっかけを作ったのは朧であった。
だが、そのきっかけにて戦いは始まらない。戦いに至るにはまだ少し時間がかかる。
何故なら、そのきっかけというのは――
「お、オエエエエエェェェェェッ――!!」
最近ずっと我慢していた吐き気が動いた事で耐え切れなくなった朧が吐いたためだからだ。
なお、朧が吐いたのは吐瀉物ではない。
全身に纏う黒いオーラから、今まで無数に溜め込んで、