「朧、右」
「はい」
オーフィスを肩車している朧が、彼女の指示通りに動くと、オーフィスは別空間に腕を突っ込み、そこから一匹の『蛇』を取り出した。
「それで全部?」
「ん」
オーフィスは頷くと、『蛇』を自身の内へと戻す。
この『蛇』はサマエルに力を奪われる前に別空間に逃がしてあったオーフィスの力であり、今それを回収したのだ。
「今、強さどのぐらい?」
「ドライグとアルビオンの合計」
何事も無いように言うオーフィスではあるが、それは三大勢力と同等と言ってもいい。これで大分弱くなったって言うんだから驚きである。
「そこそこだな。サマエルに残ってた力もほんの僅かだったから……どこかに転送されたな」
朧はここから出次第、場所特定して襲撃して奪い返してやると息巻く。
「我の力、ここまで残ったの、鵺のおかげでもある」
「そ」
朧は軽く頷くと、自分の側にいる鵺の頭を撫でた。鵺は気持ち良さそうに目を細める。
「朧、大丈夫?」
オーフィスの唐突な質問に、朧の鵺を撫でる手が一瞬止まる。
「何が? ああ、お前からの攻撃ならいくら喰らおうがご褒――」
「
「攻撃、受けてないのに、血、吐いた。朧、どこか悪い?」
肩車をしているため、頭上から顔を覗き込むオーフィスに、朧はため息を吐いて空々しく笑う。
「どこも悪くない。強いて言うなら、
朧の言葉は衝撃的過ぎて、オーフィスも一瞬言葉を失う。
「……朧、死ぬ?」
「さてどうだか……そうだとしても何の問題もないよ。
オーフィスの、他人からしたら分からないが、深刻そうな声音に、朧はあくまでいつも通りに答える。
「我、朧の言葉の意味、分からない。生物、死ねば終わる。なのに朧、代わりある?」
「くかか、お前に一生付き合う気なのに、寿命程度乗り越えられんでどうする」
心底楽しそうに笑う朧の頭を、オーフィスがペチリと叩く。
「命、大事に」
「分かってる。俺だって出来ることなら死にたくない。でも、寿命はどうにもならない。それこそ生まれ変わりでもしない限りはね」
(ま、今度は
「さて、そろそろ戻るかオーフィス。脱出の算段はもうついた頃だろう」
「朧でも出られない?」
どこでも転移できると豪語する朧が、脱出の算段を考えるという、普段なら考え付かない事を言ったので、オーフィスは疑問に思って尋ねてみた。
「まさか。お前以外なら全員まとめて転移させられる。ただ、お前が脱出できないのに俺が脱出する意味はない」
お前を置いて逃げるぐらいなら死んだ方がましだと、そう言った。
「あいつらと一緒ならこの空間ごと壊すぐらいはできそうだしな」
「我も頑張る」
朧はそれはそれで不安だと思ったが、口には出さなかった。
「朧さんの分かり易い解説コーナー。さて朧さん、私たちはどうやってここから脱出するんでしょうか?」
葛霧が朧に対して、暗に説明しろと要求した。
「俺が本気出せばオーフィス以外はどうにでもなるんだけど、それは言わないでおく」
非常にやる気を削ぐ前置きをしてから、朧は作戦について話し始める。
「この空間はゲオルグの
「
「ぶっちゃけると、何の関係もないよ」
ただ被っただけです。
「そして、
「つまり、それを壊せばこの空間から脱出できると」
「そういう事。ではどうやって壊すんだと言うと、三つある結界装置の内、まず比較的防御が手薄な二箇所にイッセーが砲撃して破壊。その後残った一つを総力を挙げて破壊かな」
「まあいつもの力技ですね分かります。私は何もしませんので、頑張ってください」
葛霧の他人任せの態度を朧が
「そこは何も出来ないって言おうよ」
非常に些細な箇所をであったが。
「ふ……朧さん。私が何もできないとお思いですか?」
「――ッ!?」
まるで何かを隠しているような葛霧に、朧が身構える。
「まさか葛霧ちゃん……!」
「こう見えても……足を引っ張る位の事はできます!」
「よしお前先に帰れ」
マイナス方向だった。
「ふっ……私に帰る場所なんてありませんよ……」
今度は悲しげな表情をする葛霧。
「葛霧ちゃん……」
「ニートしてたら追い出されて、行き先も無いから予言の相手を探しに来た私にはね……」
「家には入れてやるから同情を返せ」
普通に自業自得である。
「同情するなら金をください」
「養ってもいいのなら」
その条件だと朧が一方的に金を払う事になる。
ちなみに朧の財産は両親の遺産を元手にしたデイトレードで稼いでいる。通帳には一人では使い切れない額が入っているとか……。
「素敵です。惚れ直しました。結婚して一生養ってください」
葛霧の褒め言葉(?)に、朧は微妙な表情になる。
「お前の言葉って嘘っぽいんだよな。真剣味に欠けると言うか」
軽々しく言っているせいだろうか、朧には葛霧の言葉が空々しく聞こえた。
「む、それは聞き捨てなりませんね。こうなれば実力行使です」
そう言うや否や、葛霧は朧の顔に手を添え背伸びをする。
「そこまで」
「むぎゅ」
葛霧の顔が朧と葛霧の間に割り込んだオーフィスによって鷲掴みにされる。
「それは駄目」
「痛い痛い、痛いです。分かりましたから離してくださいオーフィスさん」
オーフィスは葛霧の頭から手を離すと、後ろにいる朧へともたれ掛かり、朧も慣れたようにその
「ぬっ……時間を感じさせるやり取りですね」
自分との扱いの違いに、葛霧はこう見えて少しへこんでいた。
(あそこまで顔を近づけて無反応だなんて……嘘っぽいというなら向こうも相当に嘘っぽいです)
ちなみに、この考えは朧のある重要な欠点を見逃して――誰も気づいていないので仕方なくはあるが――いるため、ある程度的を外れている。
「おーい。作戦始めていいか?」
三角関係を形成している三人へと、アザゼルが話しかける。
「あ、勝手に始めて大丈夫ですよ。俺、今は何もできないですから」
「あぁ?」
アザゼルが怪訝そうに顔を歪めると、朧はすぐに言い訳を始めた。
「ほら、ここ大分高度あるじゃないですか。飛べない俺としては駐車場に行くには飛び降りるしかない訳ですよ。この高さだと着地を失敗すると俺は死んじゃいますよ? 飛び降りたら飛び降りたでどうやって戻るんだという感じですし」
扱いに困る存在。それが黒縫朧である。
「それじゃあ、お前はオーフィスとその子たち守ってじっとしてな」
「ええ、そのつもりですよ」
しかし忘れてはならない。この男は自分の言った事を守った事など余り無いという事を……。