「シャルバァァァ!」
ホテル外壁を駆け上がった朧は、勢いを殺すことなく両翼を広げて飛び上がり、シャルバ目掛けて突進する。
一誠との戦闘に集中していたシャルバはそれに間一髪で飛び退き、マントを大きく削られるだけで済んだ。
「チッ……!」
「おのれ、貴公も真なる魔王たる私を蔑ろにするつもりか!?」
「真なる魔王? 何の事だ」
空中に滞空する朧はシャルバに向き直る。
「俺がお前を殺すのは、オーフィスに手を出したからだ。オーフィスに手を出したなら、単細胞生物から神まで、一切区別なく俺の敵だ!」
朧は三対の翼を広げると、シャルバに向かって突進する。
「貴公もここでそこの赤龍帝と共に死ぬが良い!」
シャルバは蝿の大群の召喚し、
それを朧はオーラを纏った突進で、一誠は拳でその攻撃を打ち落とす。
「ぬっ……ぐぉぉぉ!」
シャルバは一直線に突き進む朧を何とか回避するも、続いて接近した拳を喰らって悶絶する。
そこからは一方的な展開だった。
シャルバの攻撃は一誠と朧には通じず、朧の突進を辛うじて避けた後に打ち込まれる一誠の拳を受けて血反吐を吐く。
シャルバが未だに生きていられるのは、朧が飛行に慣れておらず、攻撃が直線的だからであり、ここが地上だったら今頃シャルバは寸刻みだ。
「このクソ共が、これでどうだァァァァァッ!」
シャルバが魔方陣から撃ちだした二本の矢がそれぞれ鎧とオーラを貫いて二人に突き刺さる。
その程度で二人が止まる訳がなく、再度攻撃しようとしたとき、二人の体に異変が起きた。
矢が刺さった箇所から、じんわりと、しかし激しい痛みが伝わる。
「その矢の先端にはサマエルの血が塗り込んである! 元々はヴァーリへの対策とその予備として持ってきていた物だが……まさかこの様なところで使う事になろうとはな。だが、これで形勢逆転だ。ヴァーリならいざ知らず、貴公らではすぐに死ぬぞ」
シャルバの言う通り、赤龍帝である一誠は勿論、オーフィスの一部を取り込んでいる朧にはサマエルの呪いは効果
だが、
翼を広げて再び動き出す二人を見て、シャルバは
「バカな! 呪いを受けている身でなぜ動く!? 死が怖くないのか!?」
一誠がシャルバに連続で拳と蹴りを叩き込み、ビルの屋上へ叩き落とす。
ボロボロのシャルバは、近くにいた捕らえられたままのオーフィスに近づいて懇願する。
「オーフィス! 私に『蛇』を――」
「汚らしい口でオーフィスに話しかけるな虫けら!」
オーフィスに
「どうせ、貴殿らもサマエルの毒で
「うざい」
シャルバの
「悪いなイッセー、迷惑をかけた」
「いや、いいさ……好きでやった事だからな」
朧の展開した、空間の崩壊を妨げる魔方陣の中で、朧と一誠は背中合わせに座っている。朧の胡座をかいた足の上には拘束を解かれたオーフィスが座っている。
二人は激しい痛みで意識を途切れさせない様に会話を続ける。
「なあ、何でお前は『
一誠の疑問に、朧は僅かに顎を引いて肯定する。
「確かに、オーフィスを助けるだけなら他にもやり様はあったな。当時の『
でも、と一度区切ってから、朧は続けて言う。
「俺には他にもやりたい事があって、それに『
そんな朧の言葉に、一誠は苦笑する。
「つまり、この状況はお前のせいかよ」
それには朧は首を振って否定する。
「そうでもないさ。ただ、敵が『
「そりゃ、俺にとっては嫌な話だな……」
ドサッと音がしたので朧が振り向くと、一誠が横になっていた。
『相棒、しっかりしろ! 皆が待っているのだぞ!』
「イッセー、何か、あいつらに伝えて欲しい事はあるか?」
一誠に死相を見た朧は、彼にできる唯一の事として、遺言を訊こうとした。
『いや、この男は死なぬ! この男はいつだって、どんな時だろうと立ち上がってきたのだ!』
ドライグの抗弁には耳を貸さず、朧は一誠の口から漏れる微かな声に耳を傾ける。
「大好きだよ、リアス………………」
「――そんな事自分で言え!」
朧は一誠の周囲に無数の魔方陣を展開し、その全てが高速でキチキチと音を立てながら循環し始める。
「愛の言葉を最期の言葉にするとか、伝える側と、伝えられる側の気持ちになってもみろ! 誰が伝えてやるものか、自分で伝えろバカ野郎!」
叫びながら朧は一誠の命を救う手段を模索する。回転する魔方陣は速度を上げ、一誠の現状を解析する。
「肉体は無理か……なら、魂だけでも!」
しかし、肉体を壊し尽くしたサマエルの呪いはすぐに一誠の魂をも侵食する。
「くっ、間に合わないか……!」
魂を救出するのにかかる時間は残り五秒ほど。だが、サマエルの呪いは三秒もあれば一誠の魂を壊し尽くす。そうなれば救いようが無い。
『諦めるな!』
「歴代赤龍帝の残留思念か!」
『我らが身代わりになって時間を稼いでいる内に、早く!』
「了解した。お前らの遺言も聞いてやっていいぜ! 愛の告白以外ならな!」
『ならば――』
歴代赤龍帝は咳払いをしてから、声を揃えて言う。
『『『『『ポチっとポチっと、ずむずむいやーん!』』』』』
「赤龍帝は変態ばっかりか!」
思わず朧は叫んだ。
『おケツもいいものだよ』
「アルビオンに謝れ!」
白龍皇の残留思念にも叫んだ。
朧は叫びながらも頭を休める事なく魔方陣を操り、どうにか一誠の魂を肉体から切り離す事に成功した。
「ドライグ。魂は鎧に移した。後はアザゼルに頼むなり何なりして肉体を再生させてもらえ」
『ああ。感謝する』
一段落着いた朧はゆっくりと息を吐き出すと、オーフィスに話しかける。
「オーフィス、そこにいる?」
「うん」
今も朧に体を預けているオーフィスに、朧は問うた。朧の感覚は、もうほとんど機能していなかった。
「ねえ、オーフィス。抱きしめてくれる? 力一杯、壊れるぐらいに」
「分かった」
オーフィスは朧を抱きしめる。力一杯、だけど壊れないように優しく。
僅かに伝わる圧力と温もりに、朧は安堵してため息を吐く。
今朧を襲っているのは、彼を何度も襲った中で、一番濃密な『死』。
「死ぬのは、怖いなぁ……」
そして、朧の意識は途絶えて消えた。