黒いオーラと赤い光が収まると、朧の視界は先ほどよりも高い位置にあった。
「おお、もしや巨大化?」
そう思ってしたを見ると、巨大な赤い鎧が目に入った。
(つまり大きくなっているのは俺ではなく……)
『俺、でっかくなってるぅぅぅ!?』
「うるさっ!」
体の大きさに比例して大きくなった一誠の絶叫に思わず耳を塞ぐ。
その時につい身を丸めた朧は、一つの違和感に気付いた。
「頭が重い……?」
不思議に思って頭に手を当てると、返ってきたのはサラサラとした感触。朧にはその感覚に覚えがあった。
「オーフィスの髪の感触?」
不安を覚えて持っていた手鏡(身だしなみを整えるためではなく、背後を窺うためのもの)で自分を映してみると、髪の毛が腰の辺りまで増量した自分の姿が映った。
「これが合体の影響か……」
よく見ると耳の形なども少し変わっている。
「オーフィス、そっちは平気?」
自分が表に出ているならオーフィスの意識はどこにあるのかと思い、内心外界に向けて声を発すると、聴覚ではない何かが一つの音を捉えた。
『すぴー……』
「寝てらっしゃる!?」
頭に響くというかたちで聞こえたオーフィスの寝息に朧は驚いた。
(よくまあこの状況で眠れるな……)
朧はそう思ったが、オーフィスは朧と居る時は寝ている方が多い。
しかもここ数日は色々なことがあったので、合体によって朧とこれ以上ないほど接触しているので、緊張の糸が切れて寝てしまったとしてもおかしく無い。
「……まあ、自分より大きな力の制御は得意だし、オーフィス抜きでもなんとかなるでしょう」
(しかし、この状態でどうやってイッセーとの意思疎通を図ったものだろうか)
朧は試しに普通に呼びかけてみた。
「イッセー、聞こえてる?」
『……朧か? 今どこにいるんだ?』
(普通に会話できるみたいだ)
「お前の頭の上だ――と、悠長に会話している暇はなさそうだ」
朧の視線の先では
『我こそが……真なる魔王…………現悪魔は皆殺し……』
『シャルバか……?』
「いや、あれはただの残留思念だけだ。奴の遺した怨念が宿っているだけで、本人の意識はほとんどないだろう」
朧が
その直後、
『……朧、本当にシャルバの意識はないんだよな?』
「……蝿を取り込んだことでシャルバの情報を取り込んだのかもな。なんにせよここで絶対に消滅させるぞ」
『おう!』
朧と一誠が身構えると同時、生み出された蝿たちが魔方陣を描き、
「イッセー、お前は炎を!」
『分かった!』
イッセーがドラゴンショットを操り吐き出された火球を上空を跳ね上げると同時に、蝿が描く魔方陣から放たれた各属性魔力攻撃に向けて、指鉄砲を構える。
「
そう言うと同時に構えた指先が光ると、その延長線上に存在する攻撃がかき消される。
「BANG,BANG,BANG,BANG,BANG! オマケでBANG!」
全ての攻撃を打ち消した朧は、ついでに本体へと一撃を食らわせる。
その一撃は眉間を貫いたが、その風穴はみるみる塞がっていった。
「弱点はなさそうだな……」
『なら、全力でぶっ飛ばす!』
一誠は地面を抉りながら突進してきた
「――っと」
格闘戦が始まったため、
ブブブという耳障りな羽音に朧は顔を
「
魔方陣から真っ赤な炎が一斉に吹き出し、蝿の大群を飲み込んで焼き尽くすと共に空を赤く染め上げた。
『朧、目から光の攻撃が来るぞ!』
「防ぐ!」
一誠の声を受けた朧が
そして生まれた隙に一誠がパンチを放ち、更に朧がオーラを飛ばして頭部を粉砕するも、すぐに新しい頭が生え、頭部の残骸は蝿型魔獣へと変わる。
「チッ、このままだとキリがないな」
『それについてだが、グレートレッドからいい
「よし、それ当てて
うんざりし始めた朧は、ドライグの提案に一も二もなく乗った。
『だが、問題があってな。ここで放てば辺り一帯が消滅してしまうそうだ』
「どんだけ超威力だよ。だけど、あのプラナリアレベルの生命力を持つ相手ならそのぐらいの威力がないと倒せないのか」
『なら、上に放り投げて使うしかないか?』
その提案に朧とドライグも同意する。
「氷柱、囲え!――さてどうするか……お前が攻撃するなら、放り投げるのは俺の役目なんだろうけど、俺そんな術式知らないぞ。あれ転移効かないみたいだし」
相談途中で突進して来ようとした
『グレイフィアさんたち頼む』
「げっ」
朧は一誠の言葉を聞いて顔が引きつる。
「イッセー、事情説明は頼んだ! 俺は離れた場所で援護するから!」
自分がいると面倒になると思った朧は翼を広げて全力で後ろに飛んだ。別にグレイフィアに対して苦手意識があるわけではない。決して無い。
「さて、イッセーに本体を倒してもらうなら、俺は周りの蝿を何とかしますかね」
さっきまで遥か彼方に見えていた悪魔たちの都市の端の高い建物の屋上に降り立った。
しかし、そのかなりの距離をおいても、朧は巨大化した一誠と
(なるほど、オーフィスと合体したことで全能力が底上げされているのか。戦闘関連だけでなく、五感までも)
その効果はオーフィスの『蛇』よりも数段上だった。
「なら、これもできるか?」
朧が手の平に普段と比べて一段と複雑な魔方陣を展開した時、
「さっすが。なら俺も、派手にやらせてもらいましょうか!」
朧が叫ぶと同時に、手の平の魔方陣が自身の身の丈ほどまで大きくなる。
「開け、
呪文の詠唱と共に魔方陣に異常なほどに増大した魔法力が充填され、その効果を発揮する。
吹き飛ばされた
だが、その黒い穴は周囲の物体を、敵味方物体地形一切問わずに引き寄せ、
そう、今朧が魔法によって作り出したのは人工的なブラックホール。
朧が術式だけ考え、
といっても、そのブラックホールは朧が全力を尽くしても直径数センチという小ささのものを制御するので手一杯であり、一刻一秒ごとに全身から力が抜け落ちていく。
朧が制御の限界に達し、術式を解除した瞬間、一誠の放った赤い閃光が
「疲れた……もう二度とこの術式使わない。封印しよう」
「シャルバの思念は……さすがに消滅したかな? これでまだ
仙術で気配を探り、邪念の類が残っていない事を確認し、朧はため息を吐いて全身から力を抜いた。――その時だ。
《ハーデスさまの命です。オーフィスは渡して貰いますよ》
完全に気を抜いた朧の背後から、直前まで完璧に気配を殺したプルートが現れる。
「プル……!」
《遅いですよ》
素早く振り返った朧の顔に、プルートが持つ大鎌の血のように赤い刃が突き立った。